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001


 アデレイドはデシレー子爵家の末っ子にして、待望の女の子だった。アデレイドの母親は、お互い結婚前から仲の良かったレイ子爵家の夫人と「将来子供が生まれたら結婚させましょうね」と約束していた。そのレイ子爵家の一人息子、ローランドはアデレイドの三つ年上の八歳。生まれた時からのアデレイドの婚約者だ。


「アディ…どうしたの」

 ローランドは、緑がかったオリーブ色の髪と金色の瞳の、美しい少年だ。神秘的な金の瞳を大きく見開いて、呆然とアデレイドの髪を見つめる。

「今日から私は男の子になるの」

 きっぱりと言い切る少女の髪は無残にも首のあたりでばっさりと切り落とされていた。その上、少女は男の子の服装をしている。

「これは兄さまの子供のころの服なの。似合う?」

 えへへ、と照れたように笑うアデレイドに、ローランドは頷いた。

「似合うけど…。ってそうじゃなくて、なんでそんな恰好を」

 似合うと言われて、アデレイドは嬉しそうに笑った。

「ローランドの親友になりたいの。だから男の子になるの」

 意味が解らない。ローランドはこめかみに手を当てた。

「アディ…、アディは女の子だよ。男の子にはなれないよ」

「やだ。男の子になるの。女の子なんて辞めるの」

「どうして?」

「どうしても」

 アデレイドはぷいと顔を逸らして、なかなか理由を話したがらない。ローランドは、辛抱強くアデレイドを宥めて、答えを引き出した。

「…だって、ローランドに好きな女の子ができたら、私から離れていっちゃうでしょ」

 頬を真っ赤に染めて、今にも泣きそうな表情で上目使いで睨むように見つめるアデレイドに、ローランドはきゅんとした。

「アディ以外の女の子を好きにはならないよ」

 本心だったけれど、アデレイドは信じてくれなかったようだ。

「そんなの、今だけだもん。いつか心変わりするもの。…そんなの、嫌だよ」

 アデレイドにとって「婚約者」は、トラウマだった。レオノーラの婚約者だった王子が別の少女に恋して、捨てられたことは癒えない傷として今もアデレイドの胸の底に横たわっている。

「親友なら、ずっと一緒にいられるもの。ローランドに好きな女の子ができても、…祝福するから」

 アデレイドは、大好きなローランドのことを、兄のように慕っている。だがこれ以上好きになっては、この先捨てられたときにまたあの苦しみを味わう羽目になる。それだけは避けたかった。

 醜い嫉妬で醜態を晒して、ローランドに嫌われるなど、耐えられない。そのため、無意識に距離をおこうとしているのだった。

 ローランドは、突然のアデレイドの宣言に、困惑した様子で眉根を寄せた。

「どうして僕の気持ちが変わると確信しているのかな…」

 だが、今のアデレイドには何を言っても無駄だった。ローランドは仕方なく、アデレイドの男の子宣言を受け入れるしかなかった。

 バッサリと切られた髪が、勿体ないとは思ったが。月光を紡いだような、光沢のある美しい髪だったのだ。

(まぁ…髪の短いアディも可愛いし…)

 なんとなく、可愛いアデレイドを他の男の子に見られなくて安心している自分もいるのだった。

 納得しなかったのはアデレイドの母親とローランドの母親だ。二人はアデレイドの格好を見て悲鳴を上げた。

「アディ…!!!???何があったの…!!!その恰好は一体…○×◆…**!?」

「ロ、ローランド…??貴方、アディちゃんに何を言ったの?」

 アデレイドの母親のローズは卒倒寸前だ。だが続いたアデレイドの言葉に、ローランドの母親ヒルダと、さらにはローランド自身も蒼白になった。

「母様、ヒルダおばさま、私は男の子になるから、ローランドとの婚約はかいしょうします」

 キリっと、いい顔で宣言するアデレイドに、ヒルダは滂沱の涙を流した。

「ア、アディちゃん…!!お願い、ローランドを捨てないでぇぇぇ―――!!!」

 取りすがるように抱き付かれて、アデレイドは焦った。ローズにも、「お、お母様は婚約解消なんて赦しませんよ…!!」と鬼の形相ながらも半泣きで迫られ、円満に婚約を解消しようと思っていたアデレイドは自分の思い違いを理解した。

(え、これって私が婚約者を捨てる格好になるの?違うのに…ローランドとこの先もずっと仲良くするための解消のつもりだったのに)

「アディ…僕のことが嫌いなの?」

 ローランドにも哀しそうに言われて、アデレイドは慌ててぶんぶんと首を横に振った。

「嫌いじゃないよ!!…でも、私男の子になるから…」

「それなら問題ないよね」

 ローランドはにこりと微笑んだ。

「え!?」

(ローランド…男の子が好きなの?)

 ローランドとしては、アディが自分を嫌いじゃないなら、という意味で言ったのだが、アデレイドは致命的な勘違いをしてしまったのだった。

 けれど、婚約を解消したくない二人の母親と、ローランドにより、アデレイドはなし崩し的に言いくるめられたのだった。

「よかったわ!アディちゃんがローランドを嫌っていなくて。それならなんの問題もないわね」

「そうね、この際男同士だろうと、なんだろうと構わないわ。婚約解消は認めませんよ」

 婚約解消問題を前に、最早アデレイドの奇抜な格好など二の次のようだった。

(えっ…男同士でも大丈夫なの…??)

「いいんだよ、本人同士が了解しているなら」

 ローランドとしては、アデレイドはあくまで女の子だから、例え奇抜な格好をしても男の子だとは思わないから大丈夫、という意味で言ったのだが、アデレイドは衝撃を受けた。

(三百年経って、世の中は変わったのね…。男同士でも結婚できる時代になったとは…)

 びっくりしたが、ローランドや二人の親がいいと言うのであれば、とりあえず婚約は継続でいいか、とアデレイドはここは引き下がることにした。

(いつか、ローランドが女の子を好きになったら、ちゃんと身を引こう)

 そんなことを考えながら。


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