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もう、恋なんてしない  作者: 桐島ヒスイ
第一部

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19/99

018


 街中で馬車を乗り換えて、公爵邸へ帰還した。成り行きで兄たち二人も一緒だ。

 アデレイドは今更ながら心配になった。

「兄さまたち、学院を無断で抜け出して、大丈夫なの…?」

 兄たち二人は「聞くな」というように目を逸らした。

(うっ…)

 全然大丈夫じゃなかった。と、思ったら。

「学院にはお二人の外泊届を出しておきました。明日帰れば問題ありませんよ」

 サイラスが爽やかに素晴らしい報告をしてくれた。

「サイラスさま、ありがとうございます!」

 アデレイドが目を輝かせて礼を言うと、サイラスは少し照れたように微笑んだ。それを見た二人の兄は心の中で叫んだ。

(だからなんでサイラスさまはアディにデレデレなんだ!?)

(サイラスさまも危険人物じゃないか?)

 そんな兄たちの葛藤には気付かずに、アデレイドは兄たちを見上げる。

「兄さまもお礼言わないと」

 兄たちは我に返った。そうだった。サイラスが助けてくれたことには変わりない。たとえそれが新たな危機に繋がっていたとしても。

「ありがとうございます、サイラスさま」

 二人揃って綺麗に頭を下げると、サイラスはふっと微笑んだ。

「君たちに大事な話がある。来たまえ」

 二人はごくりと喉を鳴らした。

 アデレイドは、サイラスが兄に何の話だろうと顔を見上げると、サイラスはふわりと微笑んでアデレイドに言った。

「アディ、貴女は着替えてください。素敵なドレスが届いていますよ」

「!!」

 早い。朝採寸したばかりではないか。サイラスが言い終わるのと同時に、両脇を侍女に挟まれた。

「お嬢様、まずは髪染を落としましょう」

 侍女はにっこりと笑うと、アデレイドに有無を言わせず階上へと連れて行った。

 兄たち二人は、妹が連れ去られても見守ることしか出来なかった。




(ドレスって?作ったのか?アディの為に?)

(やっぱりサイラスさまは……)

 どこから突っ込めばいいのか。呆然としている二人に、サイラスは付いてこいと促す。二人はハッとして、後に続いた。

 サイラスに連れて来られたのは、公爵家の奥のプライベート空間、決して客人が立ち入るエリアではない、家族の居間だった。

 二人は驚きながらも足を進め、通された居間で更なる衝撃を受けた。

 居間の壁に掛けられた一枚の肖像画。

「アディ…!?」

「なんで…」

 それは今のアデレイドよりももう少し成長した、けれど紛れもなくアデレイド本人が描かれているとしか思えない、少女の肖像だった。

「この絵が描かれたのは三百年程前だ」

「!?」

 サイラスの言葉に、二人は驚いて振り返った。サイラスは二人に椅子に座るように促した。

「まぁ、座りなさい。長い話になる」

 ジェラルドはぐっと奥歯を噛んだ。これは心して聞かねばならないと思った。セドリックに視線を向けると、戸惑ったように見つめてきた。ジェラルドは頷いて、二人掛けの長椅子に座った。セドリックも後に続いた。

 二人が座ったところで、失礼いたしますと声がして、執事がお茶を運んできた。

 そして、サイラスの話が始まった。



「この肖像画の少女は、三百年前のグランヴィル公爵令嬢。名をレオノーラという。彼女はエルバート王子の婚約者だった」

 けれど王子が他の女性に恋をして、憔悴した彼女は死んでしまったこと。

 サイラスは淡々と話した。

「我が一族は、彼女をとても愛していたんだ。それ故、不実な王子が赦せなかった。以降、公爵家は王家との婚姻を結んでいない」

 ジェラルドとセドリックは驚いた。三百年間、一度も王家と婚姻を結ばず、それでも筆頭貴族としての地位は揺らいでいない。

 サイラスは口元を歪めるように笑みを浮かべた。

「ここからが本題だ。この肖像画はもう一枚ある」

 ジェラルドは嫌な予感がした。

「これは本来、レオノーラが王子妃となれば、王家の家族の間に飾られるはずだった肖像画だ。彼女を愛していた両親は、王子妃となる彼女が誇らしくも、娘が嫁ぐのが寂しくて、絵師に同時に同じ絵を描かせたのだ。王宮へ贈った一枚と同じものを」

 セドリックも、この話の続きには嫌な結末しかない気がした。

「王子妃にならなかった娘の肖像画など、本来であれば既に破棄されているはずだが。…残されていたのだ、レオノーラの肖像画は。王宮の奥の間に。…そして、現在の第三王子オズワルドは、肖像画に恋した王子、という綽名を持つ」

 ジェラルドは頭痛がした。セドリックは胃が痛くなってきた。

(それって完全に、殿下の狙いはアディじゃないか――!!)

 他の銀髪の娘で代用できるとは思えない。なぜなら、瓜二つといっていいほどレオノーラとアデレイドは似ているのだ。

「わかってくれたかな。私がアディを気にする理由が。それと、第三王子が君たちを追いかける理由も」

 二人は深く頷いた。

「驚きました…。まさかこんなにもアディにそっくりな少女がいたなんて」

「ああ。私も驚いたよ。…だからこそ、王子とアディを会わせるわけにはいかない」

 サイラスの言葉に、ジェラルドは気を引き締めた。今までは、銀髪と紫紺色の瞳の兄弟を持つ令嬢というだけで、アデレイドへの関心はほんの戯れ程度だっただろう。

 だが彼女の容姿がレオノーラとそっくりだと知られれば、王子の執着は今以上に強くなることは確実だ。

 だがそこでジェラルドはふと、疑問に思った。なぜサイラスは王子とアディを会わせたくないのだろう。筆頭貴族たる公爵家が、王子の想い人を隠すようなことをしてもいいのか。その疑問がわかったのか、サイラスは唇に皮肉気な笑みを刷いた。

「…言っただろう?公爵家は不実な王子を赦していない。アディはレオノーラにそっくりだ。生まれ変わりなのではと思わずにはいられない。だから私は全面的にあの子の庇護者になろうと思う。これは公爵家の総意と思ってくれていい。君たちには突拍子もない、高位貴族の戯れと思われても仕方ないが、我々は代々、この肖像画を受け継ぐ際、レオノーラにまつわる悲恋を語り継がれている。アディ自身が望むならともかく、王子の身勝手な行動であの子を振り回してほしくない。子爵家だけでは王家に太刀打ち出来ないだろう?我が公爵家の協力は、君たちにとっても悪い話ではないはずだ」

 サイラスの提案は魅力的だった。裏がなければ――の話だが。ジェラルドはじっとサイラスを見つめた。

(信用して、いいのか?アディが遠い先祖にただそっくりだというだけで、アディを身内のように思えるものなのか?)

 サイラスは静かにジェラルドの決断を待った。

 ジェラルドはゆっくりと口を開いた。

「…貴方は、どうなのです?幼い頃からこの肖像画を見て育ったのでしょう。殿下と同じなのでは?」

 セドリックははらはらと兄を見つめた。そんなことを言ってもいいのか。

 ジェラルドは挑発的な眼差しでサイラスを睨み付けた。サイラスはジェラルドの瞳に目を合わせると、二人はそのまま見つめ合った。

 沈黙が流れる。

 ふっと、サイラスが微笑んだ。

「…そうだよ。私も、殿下と同じだ」

 ジェラルドは目を見開いた。セドリックもだ。

サイラスは挑戦的に言った。

「さて、君たちはどちらを選ぶ?…私か、殿下か」

 




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