018
街中で馬車を乗り換えて、公爵邸へ帰還した。成り行きで兄たち二人も一緒だ。
アデレイドは今更ながら心配になった。
「兄さまたち、学院を無断で抜け出して、大丈夫なの…?」
兄たち二人は「聞くな」というように目を逸らした。
(うっ…)
全然大丈夫じゃなかった。と、思ったら。
「学院にはお二人の外泊届を出しておきました。明日帰れば問題ありませんよ」
サイラスが爽やかに素晴らしい報告をしてくれた。
「サイラスさま、ありがとうございます!」
アデレイドが目を輝かせて礼を言うと、サイラスは少し照れたように微笑んだ。それを見た二人の兄は心の中で叫んだ。
(だからなんでサイラスさまはアディにデレデレなんだ!?)
(サイラスさまも危険人物じゃないか?)
そんな兄たちの葛藤には気付かずに、アデレイドは兄たちを見上げる。
「兄さまもお礼言わないと」
兄たちは我に返った。そうだった。サイラスが助けてくれたことには変わりない。たとえそれが新たな危機に繋がっていたとしても。
「ありがとうございます、サイラスさま」
二人揃って綺麗に頭を下げると、サイラスはふっと微笑んだ。
「君たちに大事な話がある。来たまえ」
二人はごくりと喉を鳴らした。
アデレイドは、サイラスが兄に何の話だろうと顔を見上げると、サイラスはふわりと微笑んでアデレイドに言った。
「アディ、貴女は着替えてください。素敵なドレスが届いていますよ」
「!!」
早い。朝採寸したばかりではないか。サイラスが言い終わるのと同時に、両脇を侍女に挟まれた。
「お嬢様、まずは髪染を落としましょう」
侍女はにっこりと笑うと、アデレイドに有無を言わせず階上へと連れて行った。
兄たち二人は、妹が連れ去られても見守ることしか出来なかった。
(ドレスって?作ったのか?アディの為に?)
(やっぱりサイラスさまは……)
どこから突っ込めばいいのか。呆然としている二人に、サイラスは付いてこいと促す。二人はハッとして、後に続いた。
サイラスに連れて来られたのは、公爵家の奥のプライベート空間、決して客人が立ち入るエリアではない、家族の居間だった。
二人は驚きながらも足を進め、通された居間で更なる衝撃を受けた。
居間の壁に掛けられた一枚の肖像画。
「アディ…!?」
「なんで…」
それは今のアデレイドよりももう少し成長した、けれど紛れもなくアデレイド本人が描かれているとしか思えない、少女の肖像だった。
「この絵が描かれたのは三百年程前だ」
「!?」
サイラスの言葉に、二人は驚いて振り返った。サイラスは二人に椅子に座るように促した。
「まぁ、座りなさい。長い話になる」
ジェラルドはぐっと奥歯を噛んだ。これは心して聞かねばならないと思った。セドリックに視線を向けると、戸惑ったように見つめてきた。ジェラルドは頷いて、二人掛けの長椅子に座った。セドリックも後に続いた。
二人が座ったところで、失礼いたしますと声がして、執事がお茶を運んできた。
そして、サイラスの話が始まった。
「この肖像画の少女は、三百年前のグランヴィル公爵令嬢。名をレオノーラという。彼女はエルバート王子の婚約者だった」
けれど王子が他の女性に恋をして、憔悴した彼女は死んでしまったこと。
サイラスは淡々と話した。
「我が一族は、彼女をとても愛していたんだ。それ故、不実な王子が赦せなかった。以降、公爵家は王家との婚姻を結んでいない」
ジェラルドとセドリックは驚いた。三百年間、一度も王家と婚姻を結ばず、それでも筆頭貴族としての地位は揺らいでいない。
サイラスは口元を歪めるように笑みを浮かべた。
「ここからが本題だ。この肖像画はもう一枚ある」
ジェラルドは嫌な予感がした。
「これは本来、レオノーラが王子妃となれば、王家の家族の間に飾られるはずだった肖像画だ。彼女を愛していた両親は、王子妃となる彼女が誇らしくも、娘が嫁ぐのが寂しくて、絵師に同時に同じ絵を描かせたのだ。王宮へ贈った一枚と同じものを」
セドリックも、この話の続きには嫌な結末しかない気がした。
「王子妃にならなかった娘の肖像画など、本来であれば既に破棄されているはずだが。…残されていたのだ、レオノーラの肖像画は。王宮の奥の間に。…そして、現在の第三王子オズワルドは、肖像画に恋した王子、という綽名を持つ」
ジェラルドは頭痛がした。セドリックは胃が痛くなってきた。
(それって完全に、殿下の狙いはアディじゃないか――!!)
他の銀髪の娘で代用できるとは思えない。なぜなら、瓜二つといっていいほどレオノーラとアデレイドは似ているのだ。
「わかってくれたかな。私がアディを気にする理由が。それと、第三王子が君たちを追いかける理由も」
二人は深く頷いた。
「驚きました…。まさかこんなにもアディにそっくりな少女がいたなんて」
「ああ。私も驚いたよ。…だからこそ、王子とアディを会わせるわけにはいかない」
サイラスの言葉に、ジェラルドは気を引き締めた。今までは、銀髪と紫紺色の瞳の兄弟を持つ令嬢というだけで、アデレイドへの関心はほんの戯れ程度だっただろう。
だが彼女の容姿がレオノーラとそっくりだと知られれば、王子の執着は今以上に強くなることは確実だ。
だがそこでジェラルドはふと、疑問に思った。なぜサイラスは王子とアディを会わせたくないのだろう。筆頭貴族たる公爵家が、王子の想い人を隠すようなことをしてもいいのか。その疑問がわかったのか、サイラスは唇に皮肉気な笑みを刷いた。
「…言っただろう?公爵家は不実な王子を赦していない。アディはレオノーラにそっくりだ。生まれ変わりなのではと思わずにはいられない。だから私は全面的にあの子の庇護者になろうと思う。これは公爵家の総意と思ってくれていい。君たちには突拍子もない、高位貴族の戯れと思われても仕方ないが、我々は代々、この肖像画を受け継ぐ際、レオノーラにまつわる悲恋を語り継がれている。アディ自身が望むならともかく、王子の身勝手な行動であの子を振り回してほしくない。子爵家だけでは王家に太刀打ち出来ないだろう?我が公爵家の協力は、君たちにとっても悪い話ではないはずだ」
サイラスの提案は魅力的だった。裏がなければ――の話だが。ジェラルドはじっとサイラスを見つめた。
(信用して、いいのか?アディが遠い先祖にただそっくりだというだけで、アディを身内のように思えるものなのか?)
サイラスは静かにジェラルドの決断を待った。
ジェラルドはゆっくりと口を開いた。
「…貴方は、どうなのです?幼い頃からこの肖像画を見て育ったのでしょう。殿下と同じなのでは?」
セドリックははらはらと兄を見つめた。そんなことを言ってもいいのか。
ジェラルドは挑発的な眼差しでサイラスを睨み付けた。サイラスはジェラルドの瞳に目を合わせると、二人はそのまま見つめ合った。
沈黙が流れる。
ふっと、サイラスが微笑んだ。
「…そうだよ。私も、殿下と同じだ」
ジェラルドは目を見開いた。セドリックもだ。
サイラスは挑戦的に言った。
「さて、君たちはどちらを選ぶ?…私か、殿下か」




