016
学院は全寮制で、基本的に貴族は一人部屋、平民は二人部屋だ。ローランドも一応貴族の端くれなので、一人部屋だ。
男子寮は女子禁制なのだが、今のアデレイドは男装しているのでまぁいいかと、ローランドはアデレイドを自室へ案内した。
ローランドの部屋は一階で、中庭から窓を通れば直接入れる造りだった。
「便利ね」
ローランドは苦笑した。一階の部屋はあまり人気がなく、一年生が強制的に入室させられる。
おかげでアデレイドを人目に付かせずに部屋に連れて来れたのはありがたかった。王子の部屋は違う建物なので、鉢合わせの心配もないだろう。ローランドは安堵の溜息を吐いた。
「ローランド?どうしたの」
不思議そうにするアデレイドに、ローランドは訊ねる。
「アディこそどうしたの。なんでここに?」
聞きたいことはたくさんあった。髪が黒いのはジェラルドからの警告のためなのか。それならなぜ学院に来てしまったのか。ここは危ないのに。
「な、なんでって…。…それは」
アデレイドは拗ねたような、怒ったような表情をした。頬が薄っすらと赤い。ローランドは目を瞠った。
(ローランドに…会いに来た)
言葉になるより前に、紫紺の瞳がそう告げた。ローランドは咄嗟に口元を押さえた。
「し、親友として、ローランドがどんなところで寝起きしているのか、確認しておきたかったの」
横を向いて早口で言うアデレイドの頬は赤く、言っている内容と表情が噛み合わない。ローランドは思わず吹き出した。
「なに、ローランド」
きょとんとするアデレイドの頭を撫でる。
「うん、しっかり見て行って」
アデレイドは何故頭を撫でられているのかよくわからなかったが、ローランドの表情がとても優しかったので、ただ小さく頷いた。
ローランドの言葉に甘えて部屋の中をあちこち見学する。純粋に興味深かった。
(ここでローランドは生活しているんだ…)
部屋は深みのあるブルー系統でまとめられている。
(ローランドは青が好きだったね)
納得していると、ローランドがお茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
そこへローランドに美少年の来客があったとの噂を聞きつけたジェラルドとセドリックが現れた。
「ローランド、美少年てまさかアディじゃ…」
ローランドの背後から現れた兄二人に、アデレイドは満面の笑みで答えた。
「兄さま!」
「え、アディ!?」
「その髪…」
やはり来客はアデレイドだったが、その髪が黒いことに二人は驚いた。
「ジェル兄、噂になってる?」
「あぁ。ローランド・レイが美少年と手を繋いで歩いていたってな。ここにも野次馬が来るかもな」
「まずいかな…」
「俺たちがここにいるのはまずいかもな」
「あそこはどう?」
兄たちが謎の会話をしているのを、アデレイドはローランドが淹れてくれた紅茶を飲みながら黙って聞いていた。
(…?なんの話かしら)
数秒後、話がまとまったらしい。ジェラルドがアデレイドに向き直った。
「アディ、俺たちは先に出る。後で合流しよう。話はその時な」
「え、兄さま?」
「後でね、アディ」
言うが早いか、ジェラルドとセドリックはさっと窓から出て行ってしまった。
「なんなの…」
アデレイドがびっくりしていると、ローランドが言った。
「僕たちも出よう。…噂が広まると、ここから出にくくなるかもしれないから、その前に」
アデレイドは頷いた。あまり注目されたくない。
ローランドがアデレイドと従僕のトマスを連れて向かった先は、学院の端にある雑木林だった。広大な敷地を誇る学院には手付かずのような森が随所にある。その中の一つに、ローランドやジェラルドがよく行くハンモックの森があるのだ。
森に辿り着くと、既にジェラルドとセドリックがハンモックで寛いで待っていた。
「よぉ。野次馬に捕まらなかったか?」
アデレイドはハンモックに瞳をきらきらさせた。
「兄さま!何これ!私も乗りたい」
レオノーラも学院に通っていたが、この場所は知らなかった。三百年前はなかったに違いない。
ジェラルドは笑ってハンモックから降りると、アデレイドを抱き上げて寝かせてくれた。
「気持ちいいだろ?」
「うん!」
風にそよいでゆらゆらと揺れると、心地よい眠りに誘われそうだ。頭上を緑の葉が覆い、木漏れ日が優しく差し込んでいる。
「兄さま、ここ素敵ね…」
ジェラルドは木の横に立って妹の黒い髪を梳いた。アデレイドは、本気で寝そうだと思った。
そこへ見張りを任せていた従僕のトマスが慌てたように近付いてきた。
「ジェラルドさま、誰かがこちらへやって来ます」
ジェラルドが顔を上げると、木々に隠れるようにして人影が近付いて来るのが見えた。ジェラルドはちっと舌打ちした。
「まずいのがきた。トマス、俺たちは走って森を抜ける。反対側に馬車の用意をしておけ」
トマスが頷くのを確認すると、ジェラルドは素早くアデレイドを抱き上げ、後ろから見えないように注意を払いながら走り出した。セドリックも続く。
「あとは頼んだよ、ローランド」
「!?兄さま?」
「舌かむから喋るな、アディ」
ローランドを置き去りに、三人は森の中へと姿を消した。
「ちょっ…、待ってくれ!デシレー!」
二人の後を追ってきたのは、オズワルドだった。
オズワルドは理事長室に呼ばれる途中で森の方へと歩いていくデシレー兄弟を発見し、この好機を逃してなるものかと二人をこっそりと追い、誰もいなくなったところで声を掛けようと思っていたのだ。
ところが途中で二人を見失い、しばらく彷徨っていたところ、森の奥から聞こえた声を頼りに進んでみたらジェラルドを発見したというわけだった。
二人が突然走り出してしまったため、焦ったオズワルドは反射的に後を追おうとした。直後、横から衝撃を受けた。
「!?」
どすんと尻餅をつくオズワルドの前には一人の少年がいた。思いつめた瞳で圧し掛かるように自分を見下ろしている。
「殿下…。お会いできて光栄です」
「!?誰だ…」
オズワルドは鬼気迫る様子の少年に、ぞくりと肌が粟立った。
「少し僕とお話しませんか」
にっこりと笑う少年に、オズワルドは後ずさった。
「ま、待て。僕にはそういう趣味はない!!」
「そう仰らずに」
少年――ローランドは、王子をアデレイドに近付けさせるものかと、逃げる王子ににじり寄った。
ジェラルドの背中越しに遠ざかるローランドを見ていたアデレイドは、ローランドが後から来た少年に抱き付いて押し倒すのを目の当たりにして、衝撃を受けていた。
(ローランド…やっぱり、男の子が好きなのね…)
距離が離れているため、もう一人の少年の顔はよく見えなかった。
ジェラルドとセドリックは、ローランドの献身に涙を飲んだ。
(ローランド…後で骨は拾ってやる…!!)
ともかく今は一刻も早く王子の目から見えない場所へアディを避難させなくてはならない。二人は全速力で森を駆け抜けた。




