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もう、恋なんてしない  作者: 桐島ヒスイ
第一部

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11/98

010

 王都へは馬車で片道五日、アマンダは出版社との打ち合わせに二日滞在する予定だったため帰りの日程を含めて往復で十二日間の旅になる。アマンダ一人だったら、ついでに王都の友人や家族に会おうと思っていたため、デシレー家には二週間の休暇を申請していたのだが、アデレイドが一緒なので今回は必要最小限の滞在に留めた。アデレイドはアマンダについでに休暇を取ってよいと伝えたのだが、変なところで真面目なアマンダは、まだ十歳の少女を自分の都合で親元から長く引き離しておくことは出来ないときっぱり断ったのだった。

(先生には申し訳ないことをしちゃったかなぁ)

 突然自分も行くと言い出したのに、アマンダは快く引き受けてくれた。

(何かお礼をしないといけないな)

 そんなこんなでデシレー家を出発した一行は途中の町に立ち寄りつつ、順調に旅をしていた。

 アデレイドは親元を離れての旅は初めてだ。レオノーラの頃も、箱入りだったためこんなに遠出をしたことはない。

 見るものすべてが新鮮で、楽しかった。

 アマンダは割と旅慣れていて、テキパキと宿と交渉したり、その日の夕食のための食堂探しも情報通な町人をうまく捕まえては、いい店を紹介して貰ったりと頼もしい。

(すごいな、先生)

 アデレイドは次第にアマンダを尊敬するようになっていった。


 アデレイドはレオノーラだった頃、王都に住んでいたため、正直なところ王都に興味はなかったのだが、王都が近付いてくるにつれ懐かしさがこみあげて来た。

(グランヴィル公爵家はどうなったのだろう…。一人娘だったレオノーラが王子妃になることが決まって、分家の従兄弟が養子になっていたよね)

「グランヴィル公爵家は、今もあるの?」

 アマンダに訊ねてみると、アマンダはおや、というように目を瞠った。

「歴代最も宰相を多く輩出している名門ですからね。今も昔も変わらず健在ですよ」

 その言葉にアデレイドはほっとした。だが続いたアマンダの話にドキッとした。

「…と、言いたいところですが、一度だけ、危機があったといいます。三百年ほど前、一人娘だった令嬢が若くして亡くなったそうです。その令嬢は当時の第二王子、のちに国王となったエルバート陛下の婚約者だったそうですが、王子は他の女性に心を奪われ、令嬢との婚約を破棄したとか。そのことに打ちひしがれた令嬢は失意のうちに亡くなったとか…、あれ、この話って、以前アデレイドさまが読まれた物語と同じ…」

 アデレイドは慌てた。

「えっと、よくある話だしね!それで危機って?公爵家は養子を取ったのでしょう?」

 話を戻すと、アマンダは頷いた。

「そうです。王子の身勝手な恋愛のために娘を失った公爵夫妻は一時期、王家と険悪になりかけたけれど、後に王子が改心して、誠心誠意公爵夫妻に謝罪したため、公爵家と王家は仲直りしたそうです。その後無事にその養子が公爵家を継ぎました」

 アデレイドは驚いた。それはレオノーラの死後の話だ。王子が改心した?公爵家と王家が険悪になりかけた。レオノーラのせいで?

(仲直りしてくれてよかった――)

 自分のせいで公爵家が取り潰されでもしていたら、申し訳なさ過ぎて生きた心地がしないところだった。

「この話は王家にとってあまり外聞のいい話ではありませんから、王家によって封印されています」

 アデレイドは瞬いた。では何故アマンダはその話を知っているのか。そしてそれをアデレイドに話したのか。

 アマンダはすっと目を細めた。

「アデレイドさまは、なぜグランヴィル公爵家は『今もある』のかとお尋ねになられたのです?」

 アデレイドは息を飲んだ。

「それは存続の危機があったことを知らなければ出てこない質問です」

 アデレイドは焦った。アマンダの瞳は決して誤魔化しは許さないと言っている。

「……。それは、ええと、……そういう書物を読んだから!」

 それでもなんとか誤魔化せないかと捻り出した苦し紛れのアデレイドの答に、アマンダの瞳がきらりと光った。

「……!やはり、巷には『聖女の純愛』が密かに出回っていたのですね!!」

「………はい?」

 何かよく分からない単語が出て来た。聖女って何だろう。困惑しているアデレイドにお構いなしに、アマンダは瞳をきらきらと輝かせた。

「いくら王家が秘密にしたところで、聖女さまの切ない真実の愛の物語は民衆の大好物ですものね!私も大学院であの方に出会うまでは知りませんでしたが、ここまで秘密にすることもないと思うのですよね~。もう三百年も前のことだし」

「ちょっと待って、先生。聖女さまって何のこと?あの方って誰??」

 一人で盛り上がるアマンダに、アデレイドは説明を求めた。

 その時、馬車は王都の広場に到着した。

「あ、ここが王都一有名な花広場ですよ。綺麗でしょう?」

 広場の中心には円形の花壇があり、色とりどりの花が咲き誇っている。

「先に宿へ参りましょう。私はそのあと出版社へ行ってきますが、アデレイドさまはこの辺りを見物なさってはどうですか?ギルド通りもありますよ」

 アマンダはウキウキと言う。アデレイドも馬車の窓から見える外の景色に心を奪われた。久々に目にする王都は三百年前と同じところもあるが、変わったところもある。円形花壇は当時と同じだが、通りを歩く人々の服装は昔とは全然違う。建物の数も増えているように感じた。

 アデレイドの顔が輝きだしたのを見て、アマンダはくすりと笑った。

「ここから宿も近いですし、歩いていきましょうか?」

 アデレイドは大きく頷いた。




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