閑話3
ヴィンセント、アデレイドの隠し撮り(画)を入手する
ヴィンセントが密やかに大聖師に就任した日の夜。
エリスティア聖導師長は秘匿情報を伝えるべくヴィンセントの部屋を訪れた。
「えー~……漸くヴィンセントさまが総本山にお入りになられたことを祝しまして、現在ヴィンセントさまの肖像画セットを急ぎ作らせているところです」
「おい」
「ストイックなヴィンセントさまの肖像画も需要が高くてですね」
「やめろ」
「まぁまぁ、堪えてください。聖導師たちは純粋に聖王であられたメイナードさまを尊敬しているだけです。その生まれ変わりのヴィンセントさまを敬うのは至極当然の成り行きでして」
「……まさか販売するつもりじゃないだろうな」
「そうしたいところですが、自重しております。まぁ、魔女関連の事態が治まった頃にでも……」
「また本音がダダ漏れだぞ……」
「いやぁ、美しいものは正義ですからね!……それはそうと、ヴィンセントさまは聖女さまの生まれ変わりについてご存知ですか」
「………!」
ヴィンセントの脳裏にアデレイドの愛らしい笑顔が浮かぶ、
彼女の情報を聖堂院が掴んでいるのだろうか?
「聖堂院ではずっと聖女さまについても聖王さま同様に崇拝者が多くおりまして」
メイナードの目の前で起こった奇跡については後世のために詳細な手記を残してある。
その中にレオノーラについても記述していた。
「実はここにレオノーラさまの肖像画がございまして」
「!?」
ヴィンセントの目つきが変わった。
エリスティア聖導師長が懐から取り出したのは懐中時計だった。
「聖女さまについては少々敷居が高いといいますか、不可侵の神聖な気持ちにさせられてしまうのです。ミーハーな気持ちではなく、敬愛と敬虔な無私の奉仕を捧げたくなるような……」
「聖王に対してはミーハーで軽い気持ちだと言いたいのか?それとも邪な気持ちだとでも?」
言いながらヴィンセントが懐中時計を開くと、そこには花に囲まれて眠るレオノーラの肖像画が描かれていた。
「……!!」
白い百合に囲まれて眠るように穏やかな表情が描かれているが、間違いなく亡くなった少女の肖像だろう。
ぎゅっと胸が痛んだ。
どれだけ聖王と持て囃されそうと、生きている彼女を救うことが出来なかった事実が突き刺さる。
「レオノーラさま……」
ヴィンセントのしんみりとした呟きに被せるように聖導師長はじゃ、じゃーんと能天気な掛け声とともに反対側の懐から何かを取り出した。
「実は聖堂院にて聖女さまの生まれ変わりと思われる少女の情報を入手しております!」
それはアデレイドの婚約式のスケッチだった。
白いドレス姿の可愛らしい少女を、横から、上から描きとめたもの。
「……!!」
「まだ確信は出来ていませんが、雰囲気がこの肖像画の聖女さまとよく似ておりまして……」
「……あぁ。彼女はレオノーラさまの生まれ変わりだ」
「……やはりそうでしたか!」
聖導師長が歓喜に瞳を輝かせた。
ヴィンセントは嫌な予感がした。
「ダメだからな。彼女の肖像画は」
「……!!提案する前に却下しないでください」
やはり言おうとしていたのか……、と遠い目になるヴィンセントだった。
「ともかく、これは没収だ」
「あっ、そんな」
ヴィンセントはさっと二枚のスケッチを懐に仕舞う。
「彼女のことは他言無用だ。王家にも。分かっていると思うが」
「……承知しております。グランヴィル公爵家が許さないでしょう」
聖導師長は無念そうにヴィンセントの懐を凝視していたが、観念したのか別の話題を切り出した。
「致し方ありません……。ではせめてこちらの許可を頂きたく――」
聖導師長がポケットから取り出したのはカメオのブローチだった。
「これは……」
ヴィンセントが手に取ってよく見ると、それはレオノーラの横顔だった。
レオノーラは百合の花冠を被っていた。
綺麗な髪が風になびいて美しい。髪の毛は一本一本丁寧に彫られている。
かなり腕の良い職人による精緻な細工だった。
「我々聖堂院は聖女さまをお救いする集団です。聖導師たちのモチベーションアップのためにも偶像崇拝は必要不可欠なのです!聖女さまは神聖不可侵の女神。せめてこのようなものを身に着けることをお許しください」
聖導師長が何か長々と語っていたがヴィンセントは既に聞いていなかった。
(これは中々良く出来ている……。………………本当はアデレイドさまの横顔のものが欲し……、はっ!?いやいやいやいやいや、何を言っているのだ私は!?違う違う何も言っていない)
「………………………」
「……………あのー、ヴィンセントさま?」
「……!あぁ」
「えーと、ではこちらのカメオは製作を進めてよろしいでしょうか……?」
「あぁ……」
「あぁ!聖導師一同喜びます!では早速工房に連絡をしますので、今夜はこれで失礼しますね!」
聖導師長は善は急げとばかりにそそくさと退出した。
ヴィンセントはそれを頭の片隅でぼんやりと認識していたが、止めることはしなかった。
(くっ……これ程素晴らしい物をみせられて、止めさせることなどできるはずがないだろう!……レオノーラさま、すみませんすみません……。しかしアデレイドさまの肖像画については絶対に許可しません!!これは私の胸のうちに仕舞っておきます……)
ヴィンセントはアデレイドのスケッチを門外不出とすることを決めたが、見事なスケッチを破ることは出来ず、また部屋に無造作に放置することも躊躇われたため、折り畳み式の額を注文し、二枚のスケッチを合わせ鏡のように額装し、常時携帯することにした。言葉通り、胸の内に仕舞って。
勿論、その後懐中時計も発注した。
エリスティア聖導師長「やはりヴィンセントさまも聖女さまの大ファンなのだな……」




