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始まり

 

グ=ラダは呻いた。「当たってくれよ」

 厚いグローブ越しに、トリガを押し込む。

 引き絞られた光軸が、断続的な振動を伴って吐き出される。

 指に伝わる熱は、神経を伝わる電撃だった。

 肉体と有機素材素材を通じて、微弱な電流をやりとりする。その際に生じる。

 技術的なハードを追求した結果の電流の微かな逆流という、「生身部分」の些細な欠点である。金属の装甲にめいいっぱいの弾薬と、大型だが出力のでかい水素エンジンを組み込むのだから、人間にしわ寄せが来るのだった。針でつつくような痛みは操縦者に事実を告げる。

 即ち、金属製の装甲に埋め込まれる銃口がレーザ・ビームの収縮を解き放ち、残弾が減ったことである。それと、敵のコンピュータがこちらの距離と方位を割り出したことも。残りの弾をきっちり出力単位で表示するウィンド、敵機の行動予測を示すウインドを見、ブースタを横方向へのロール回避に当てる。

 正しくはそうしたい、と念じただけだ。

 灼熱の気流を吹き出すブースタの角度をずらす。数十あるそれらを慎重かつ素早く、最適な方向へと。

 首筋に痛み、Gが肉を引っ張る。

 肉体の微弱な電流をチップがコンマ数秒の遅れで、脳で発生したニューロンの閃きを電気的な信号へと帰る。

 ゼロとイチで構成されたデジタル信号は、コクピットの後ろの配線を伝わって、ブースタ基部を震わせた。

 同時に呻く熱さを増すエンジン。

 機体の全てを、機体の全てに張り巡らされた電気網と首筋に埋め込まれたチップで支配する。

 指先一本を動かすのと同じくらい簡単なことだった。

 先ほどの位置から、敵の経験とコンピュータの助言に裏打ちされたのだろう予測位置を熱量を抱えたビームが穿った。雲の中から斉射される気流を吸い込む一条の光線。

 弾道と、位置を一歩先に計算していたこちらが上手だった。

 レーザは、装甲を焼けた空気で炙るだけで我が姿勢になんの影響も及ぼさない。

 皮一枚の緊張に全身を貫く痺れを抑えつつ、荒い息をふと飲み込み、トリガを引く。

 速度は緩めない。

 機体を駆って前へ、前へ。

 通常視界を覆い尽くす白い雲。

 だが、いささかも恐れる必要はなかった。レーダーは生きている。

 敵は、こちらが見えるし、こちらも敵が見えるのだ。赤外線で読み取った視界を呼び出し、画面の中に身を潜める敵機がこちらに回答を返した。

 それは、必中距離の応射だった。

 俗に呼び交わす死の距離である。

 レーザ拡散装置も、チタンとジェラルミンの複合金属も貫いて、奥底に鎮座するパイロットを直接殺せる距離。しかし、引き金を引くのは、人間だった。

 正確無比な機械ではない。

 土台、空中に散布したナノマシンの働きで、敵機の挙動は鈍い。

 このために訓練を積んだこちらにとってはのろまな相手。

 ぼっ。と発したのは機体が加速する衝撃。

 恐慌も、呻きも響かないはずの分厚い複合装甲の中で、敵のひきつる顔が見えた。少なくとも、感じ取ったのである。

 それは、敵機のエンジンの可動であり、ブースタの吐息だったのかもしれぬ。

 しかし応射の一撃を軽々と避けたこちらは、敵機の直上をかすめ、背後に回った。

 ビームの光軸は、またもや虚空を射抜いた。

 パイロットが反応できなかったのだ。

 機体が軋み衝撃波が装甲に傷をつけるまでの加速。

 肉が歪み、骨がたわむ。肉体を置き去りにする覚悟を決めたこちらの勝ち。そして、急激な速度変化を読みきれなかった敵機には、必中の距離で外した敵機にはそれで、決まりだった。息を、短くすった。液晶の中の敵機が、回避の軌道を見せる。トリガは、押されている。

 光軸が、敵機のコクピットをなぎ払った。即時回避に移った敵機はビームの軌道を通過し、薄い煙を残して慣性で雲の海に落ちていった。

 白い巨大な塊の底で、小さな光が、開き、機体のはらわたを撒き散らしたのだろう。引火したエンジンが残骸を痕跡にしつくした。

 敵機の生存を示すモニタが閉じる。

機体のマーカーは、味方を示す赤ばかりだった。

「雨蛙02より、蜥蜴01から09へ。敵機全機撃墜を確認。

繰り返す。敵機全機撃墜を確認」

レーダを積んだ中継機が報告する声が、ひび割れた残響を伴って滞留する。暗号通信を幾重にもかけた電気信号は、気のせいか重い響きを伴っていた。じわじわと今さら吹き出した汗を近くしつつ、熱い息を吐いた。

 領土侵犯を察知した敵との最初の交戦。その、先頭に自分はたったのだ。

腹の底からしかでない熱い塊を喉に押し込み、「了解、蜥蜴03」と張った声をマイクに吹き込んだ。緊張が緩み、パイロットたちはホッと一息つけた。

「幸先のいいこった」ラダは、苛立って手首を振りながら、ベルトをのける。このコクピットは特に狭い。設計の都合、性能の為とは言うが、結局は技術者の怠慢だ、と思うが、一パイロットの訴えで変わるものではない。今も体をくねらせて楽な姿勢を取ろうとしつつ、計器に目を走らせながらだ。

「この狭い棺桶でいくら待つんだ?くそ虫どももいくらやっつけりゃいいのかね」

「敵さんの後詰めも出張ってくるぞ。通信途絶なんて怪しいものの一番手だ。いいじゃねえか」飛行隊長のン=ヘジが陽気に言った。「そうさ、やるだけだ。撃墜数で奴らに抜かれちゃたまんねえ」

ラダらが所属するのはギニ級航空戦艦「コンキスタドール」。ここに乗るのは304、305飛行部隊であり、ラダ、ヘジはともに304。ラダはこの出撃で3番機を務め、撃墜数は2機。ヘジは1機。中々快調な滑り出しと言えたが、ラダが気にしているのは自身のヒットではなく、305の数だ。305部隊は、この前の模擬戦で黒星だらけにしてやったものだから、実戦でこちらが負けてしまっては面白くない。

305の隊長のスカした顔が歪むのや、奴らの舌打ちはなんとも面白く、娯楽の少ない軍隊生活の楽しみだったのに。汗が滴り、目の中まで入り込むのに悩まされながら、向こうの報告を訊こうと耳をそばだてる。コクピットの温度は低めにしていて寒いくらいなのに、汗は後から後から流れ出るものなのでたまらない。2万8000ヘクトの雲の上で、じりじりしながらラダは待った。つかの間、空想を彷徨わせる。ノイズの音は貝殻の中のさざなみに似ていて、ラダは故郷の海を思い出す。

待ってろ、今年こそだ。戦争が終わったら、腰が立たなくなるほど遊んでやる。何しろ、去年もおとどしも雑事に関わらせられて休暇を逃しまくりだったので。浜でブロンド娘と波打ち際をかけるのだ。

「結果が出たぜ」




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