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魔法の石に願いを込めて  作者: 奏 舞音


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7 失われた記憶の欠片

「待って……!」


 ローズはジェイドの背に向かって叫ぶ。

 何か、強い覚悟をジェイドから感じた。それは、ローズをとても不安にさせた。

 記憶を失った自分にできることなど、何もないのかもしれない。

 それでも、このまま別れたくはなかった。もう、二度と会えないような気がしたから。


「私が、もし昔のことを思い出したら……一緒に連れて行ってくれるの?」


 振り返ったジェイドは、とても困ったような表情を浮かべていた。

 彼を困らせたくはない。でも、一人で行かせたくなかった。


「無理に思い出すことはない。それに、今ローズは幸せなんだろう? だったら、ここにいるべきだ」


 その声は、とても優しく、甘い響きを持っていた。ローズを慈しむように、その緑の目が細められる。


「また、会おう」


 そう言って、彼は再び背を向け、歩き始めた。すぐにその背中は見えなくなる。

 本当にまた会えるのだろうか。

 ジェイドが消えた暗闇を、ローズはしばらく見つめていた。



「神様、どうか彼をお守りください」


 ローズは夜の礼拝堂で一人、十字架に祈りを捧げていた。

 さっき会った人物の為に、それも本当に過去を知る人物かも分からないのに、祈らずにはいられなかった。

 自分のこと以上に、ジェイドのことを知りたい。心に何かを抱えている彼が心配だった。


 教会のシンボルともいえる十字架には、クォーツが埋め込まれている。

 清く美しい輝きを持つクォーツには、汚れを浄化し、この地を守る力がある。そして、礼拝堂の側面には、アレクサンド王の聖画が掲げられており、中心に立つ像は静かにローズを見守ってくれている。

 このサーレット王国ではアレクサンド王が神格化され、どの教会にも彼の聖画と像が飾られている。人々は、アレクサンド王に祈ることで、自らに魔石の加護が与えられると信じているのだ。魔石の魔力を得て国を治めた初代国王のように。


「……どうすれば、思い出せるの?」


 一人、涙をこぼしながら呟く。

 自分の中にあるはずなのに、分からない。何かあることは感じているのに、白い靄がかかったようにすべてを隠してしまう。

 しかし、その白い靄は優しくローズを包み込む。

 ローズは、まるでその靄が自分を守ってくれているように感じていた。

 過去を知ることで、傷つきたくない、そう思う気持ちがあったから。


(でも、もう逃げたくない)


 無意識に、右手の腕輪に触れる。


「もう、大丈夫だから……」


 そう強く自分に、自分を守る力に、言い聞かせる。

 すると、白い靄は徐々に消え去り、記憶の扉が現れた。

 そして、その固く閉じられた扉に手をかける。


『無理に思い出すことはない』


 そう言ってくれた、ジェイドの心配そうな顔が思い浮かぶ。


「大丈夫。例え傷ついてもいい。知りたいの、自分のことを……」


 強く、心からそう思った。過去を知ることが怖くない訳ではない。それでも、ちゃんと過去と向き合っていたい。

 ローズの思いに呼応するかのように、腕輪のエンジェライトが光を放つ。

 そして、ふいに記憶の扉が開かれた。


 突然、溢れ出してくる記憶の波に戸惑いながらも、ローズは自然と、穏やかに受け入れていた。とても優しい輝きに包まれる。


『記憶を封じることでしか、ローズのことを守ってあげられなくて、ごめんなさいね……』


 という、優しい母の声が聞こえた気がした。

 ローズは、ずっと母の魔力に守られていたのだ。

 ローズの目から、次々と涙が零れ落ちる。

 全て、思い出した。自分がこの国の王女であることも、両親のことも、あの火事の日のことも。

 そして、今一番強く想うのは、ジェイドのことだった。


「ジェイドの所に行かないと……!」


 ローズは、慌てて礼拝堂を出る。

 礼拝堂を出ると、ペイン神父が心配そうに立っていた。


「……思い出したのですか?」


 ペイン神父は、優しい眼差しでこちらを見つめている。きっと、ローズの目は泣き腫らして真っ赤になっているだろう。ペイン神父には、それだけで分かってしまうのだ。


「はい。全て思い出しました」


 真っ直ぐにペイン神父を見つめる。


「そうですか。これから、どこかへ行くのですか?」


「はい。私の力を必要としてくれている人の元へ」


 そう言って微笑むその姿は、気高く、凛としていて、宝石さえ霞む程に美しかった。

 これまで一緒に過ごしていたペイン神父でさえ、その美しさに見惚るほどに。


「そうですか。気を付けて行くのですよ。子ども達のことは私に任せてください。もし、何かあったらいつでも帰ってきなさい。あなたの居場所は、ここにありますからね」


 そう言って、ペイン神父はローズに歩み寄り、その華奢な身体をそっと抱きしめた。

 ペイン神父の深い愛情に包まれ、再び目頭が熱くなる。


「私、ペイン神父に出会わなければ、今頃生きてはいませんでした。本当に、感謝しています」


 ペイン神父の大きな愛情に包まれて過ごしていたからこそ、笑って生きてこられたのだ。

 ペイン神父に見送られ、ローズは小走りで走りだす。

 記憶と共に封じられていた魔石の力は、ローズの中に戻った。

 今なら、ジェイドの居場所が手に取るように分かる。


「ジェイドの嘘つき……」


 離れない、そう約束したのに。

 石の契約を結んだあの日に。


  * * *


 ジェイドが城に来てから、一年程経ったある冬の日のこと。

 ここ数日、ジェイドはローズの前に姿を見せていなかった。こんなこと、今までになかったことだ。


(もしかして、あれが原因……?)


 四日前、ジェイドはローズをかばって池に落ちた。人の心配をよそに、落ちた本人は、自分のことよりローズの心配ばかりする。それがなんだか悔しくて、ローズは初めて本気で怒った。

 そして、その次の日から、ジェイドと顔を合わせていなかったのだ。


 数日経って心配になり、ジェイドの居場所を家臣達に聞くが、誰も教えてくれない。

 今まで、喧嘩などしたことがなかったローズには、どうすればいいのか全く分からなかった。

 でも、ジェイドに会わなければ、とよく遊んだ森の中を捜す。この森は守護の力で守られており、中心部には王族しか入れない。もしジェイドがいるとしたら森の周辺だろうか。


「この石、ジェイドに早く渡してればよかった……」


 そう呟き、外套のポケットにある石を握りしめる。暖かい外套を着ていても、肌寒い。

 こんな季節に池に落ちるなんて、本当に大丈夫なのだろうか。

 ジェイドのことを考えていると、だんだんと一人で森にいることが心細くなってくる。

 最近は、いつもジェイドが一緒にいてくれたから。仲直りできなかったらどうしよう、と思うと涙が零れ落ちていた。


「石って、何のこと?」


 背後から、聞き覚えのある声がした。振り返ると、ジェイドが笑顔で立っていた。

 ローズはおもいきり、ジェイドに抱きつく。


「……さ、寂しかったよぉ!」


 ジェイドは泣きじゃくるローズに驚きながらも、なだめるように背中をさする。


「ごめん。風邪を引いて、ローズにうつしたら大変だから、会えなかった」


 そう言って、もう一度ごめんねと呟き、頬を伝う涙を拭う。


「ジェイド、ごめんなさい。私のせいで……」


「なんでローズが謝るんだ? 俺が勝手に落ちて風邪引いただけだよ」


 あっけらかんと笑う彼は、本当に何も気にしていないようだった。

 しかし、元はと言えば自分のせいだ。ジェイドは気にしていなくても、ローズは気にする。


「もう、大丈夫なの?」


「うん。簡単に風邪引くなんて、だめだよなぁ。でも、ローズがこうやって抱きついてくれるなら、風邪引いてよかったかも」


 なぁんてね、と微笑んでくれる彼を見て、ローズも泣きながら笑う。

 そして、少し遠慮がちに口を開く。


「あ、あのね……」


「うん?」


 優しく微笑みながら、ローズの話を聞いてくれる。


「この石、お母様がくれたの。ずっと一緒にいて欲しいと思う人にあげなさいって。これがあれば、離れていても絶対巡り会えるんだって」


 そう言って、ポケットの中から、黄金色に光り輝く、美しい石を取り出す。

 その美しさに、ジェイドは目を奪われている。


「これを渡すと、【石の契約】が結ばれるんだって……ジェイド、受け取ってくれる?」


 【石の契約】、それは王族と家臣の信頼の証でもある。

 ローズはあまりよく分かっていなかったが、ジェイドとずっと一緒にいたいという気持ちと、仲直りの証として、受け取って欲しかった。


「喜んで。俺は、ずっとローズの側にいる」


 その意味を十分に理解しているジェイドは、真剣な表情で、ローズの前に跪いて言った。


「ローズマリー王女様、俺がずっとあなたを守る」


 ローズを真っ直ぐ見据えるジェイド。

 【石の契約】を結んだ者を〈守護者〉といい、その使命は命に代えても王族を守ること。


 その言葉の意味も、重さも、幼いローズにはまだ理解できていない。

 ただ、ジェイドに側にいて欲しい、という強い思いがローズを動かしていた。


「もう、私から離れないでね?」


「何があろうと、離れません」


 ジェイドは、力強く頷いた。それを見て、ローズは石に願いを込める。


『渡す時には、その人のことを思って願いを込めるのよ』


 という、母の言葉の通りに。

 王族が願いを唱え、魔石に力が込められると、【石の契約】が成立する。


「どうか、ジェイドを守ってください」


 ローズの言葉に反応し、魔石の輝きが増す。

 ローズの手から、ジェイドの手に魔石が手渡される。

 その魔石を恭しく受け取り、彼はローズを見つめて微笑んだ。


 この時、二人の間には、確かに【石の契約】が結ばれたのだ。

 しかし通常、【石の契約】は〈契約の儀〉という儀式を行い、結ばれるべきもの。さらに、その〈守護者〉となる契約者は、王族を守るに相応しいかどうか、家柄や能力など様々な基準を満たさなければならない。

 それなのに、皆が知らぬ間にローズは勝手に【石の契約】を結んでいた。このことに、父は驚いていたが、楽しそうに笑っていた。

 母は、そのお堅い儀式が好きではないらしく、父に内緒で魔石をローズに渡したのだとこっそり教えてくれた。


「ローズがずっと一緒にいて欲しい、そんな人と契約すべきだと思いますの」


 そう言って、無邪気に笑う母はとても愛らしく、美しかった。



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