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6 記憶はなくても

「陰謀って、どういうことですか?」


 物騒な単語に、ローズは動揺を隠せなかった。


「……あの火事には、そういう見方もあるということです。しかしこれは単なる憶測にすぎません」


「本当に?」


 はい、そう頷くジェイドからは、先程までの憤りは感じられない。

 しかし、あの様子からして、彼は陰謀だと確信しているのだろう。だから、ローズには誤魔化しているようにしか思えない。

 おそらく、それはジェイドも分かっている。

 それでも、彼の様子からしてこれ以上は何も話してくれないだろう。


「ローズ様が無事だっただけで、俺は嬉しいんです」


 そう言ってこちらを見つめる緑色の双眸。その視線はどこか熱っぽくて、ローズを落ち着かない気分にさせた。それに、何故かその綺麗な瞳を見ていると、顔が熱くなる。じっと見つめられているのが急に恥ずかしくなって、ローズは慌てて口を開いた。


「あの、敬語とか『ローズ様』とか、緊張するから、やめてください……私も、やめるから……」


 口をついて出たのは、先程から気になっていたことだった。

 今のローズには、王女としての記憶がない。目上の人に対する敬称も、畏まった敬語も、ただ距離を感じてしまうだけ。

 ジェイドとは、もっと距離を縮めたい。

 自分の過去を知る唯一の人だから。それに、彼の態度や言葉から、自分が大切に思われていたことが分かって嬉しかったから。


 この八年間、誰も探しに来てくれず、誰もローズのことを知らなかった。自分は誰にも愛されず、捨てられたのだろうか、そう思っていた。

 でも、違ったのだ。捨てられた訳ではない。きっと、ローズを探しに来られない複雑な事情があったのだ、と今は思える。

 ジェイドが何を隠しているのか、気にならない訳ではない。それでも、こうしてローズを知る人が会いに来てくれただけで十分だった。

 

「やはり、敬語は嫌ですか……」


 変わってないな、と笑うジェイド。穏やかな笑みに、ローズは目を奪われる。しかし、その言葉を不思議に思う。


「え、どういうこと?」


「俺が、あなたに初めて会った時も言われたんだ。様付けで呼ぶのと、敬語はやめてと」


「あ、そうだったの……」


 記憶を失くしているだけで、ローズはローズなのだ。

 過去の自分と同じ部分を見つけて少し安心する。


(子どもの頃って、いつもジェイドと一緒にいたのかしら?)


 森の中を二人で歩きながら、ふと考える。

 過去の自分とジェイドの関係が、とても気になった。でも、なんだか恥ずかしくて、昔のことには触れずにただ思いつくままに他愛のない話をした。

 ストーンマーケットの話や子どもたちの話をしていると、もう目の前には教会の明かりが見えていた。


「私、今はあそこの教会で暮らしているの。子どもたちと、ペイン神父と。毎日がとっても楽しいわ」


 幸せそうに語るローズの笑顔を見て、ジェイドも優しく微笑んだ。

 過去を知る人物に会えたこと、ペイン神父は喜んでくれるだろうか。

 自分が王女だということはまだ信じられないが、少しずつ昔のことを教えてほしいと思う。

 そして、早くペイン神父に話をしたくて教会へと急ぐローズを、ジェイドはただ後ろから見守っている。彼がついて来ていないことに気付き、ローズは振り返る。


「どうしたの?」


「無事に送り届けたから、俺はもう行くよ」


 にこやかに、ジェイドが言った。それは、別れの言葉に聞こえた。

 もう一度ジェイドがローズに会いに来てくれる保証はない。何か事情があるのなら、尚更だ。

 どうして、と桃色の瞳を大きく見開き、ローズはジェイドを見つめた。


「もう夜も遅いし、教会に泊まったらいいわ。部屋は空いているから……」


 どうにか引き留めようと、言葉を重ねる。しかし、ジェイドが去っていくのを止められないと心のどこかで感じていた。


「駄目だ。まだ、俺にはやることがあるから」


 そう言って、ジェイドはローズに背を向けた。


 *


 あの陰謀の首謀者は、おそらくコラート侯爵だ。ジェイドは、そう確信していた。

 コラート侯爵を追い詰める為に、王女ローズマリーを探すという理由をつけて城を出た。王国軍総指揮官、サーペンティン大公家の跡取り、という肩書が大きすぎて、王城ではなかなか自由が利かない。

 本当は、この状況で王女の生存を公言したくなかった。ローズの身に危険が及ぶことは避けたかったのだ。

 しかし、王国の実権をコラート侯爵に握られる訳にはいかない。

 コラート侯爵は、王族に厚い忠誠心を抱いていた大臣をも、何らかの手を使って従えている。

 今では、ほとんどの者が彼を支持している。

 このままでは、王国の実権がコラート侯爵の手に渡ってしまう。それだけは、絶対に避けなければならない。

 だから、王国の実権を持つに相応しい人物であるローズの存在を公言したのだ。正統な王位継承者が生きているとなれば、コラート侯爵にとって不利な状況となるから。


 あの賭けの一か月は、ジェイドにとっては、コラート侯爵の陰謀を明らかにする為に使うつもりだった。

 ローズの居場所は、魔石の導きですぐに分かる。

 ローズを探すだけなら一か月もいらない。

 だから、実際に会うのはコラート侯爵を失脚させてからにしようと思っていた。

 しかし、八年間ずっと会っていなかったのだ。

 ローズが生きていることは、魔石の導きにより確信していた。

 だから、彼女を守れるだけの力と、彼女を守れるだけの立場を得るまでは会わないつもりだった。

 それに、中立を保たなければならない父の代わりに、ジェイドが動かなければならなかった。

 そのために、八年間死にもの狂いで王国軍で地位を求めた。

 側にいたくて、会いたくて仕方がない人を想いながら、ジェイドは王国軍総指揮官まで上り詰めた。

 そして八年経った今では、コラート侯爵と対等に、賭けを持ちかけられるまでになった。中

 ようやく、ローズに会いに行く資格を得たのだ。

 しかし、今の王宮はローズにとって味方だけではない。コラート侯爵を黙らせ、その権限を奪わなければ安全とはいえない。

 しかし、八年我慢していたのだ。一目、彼女に会いたかった。無事な姿が見たかった。

 影から見守ることぐらいならば、許されるだろう。

 そう思って、ジェイドは初めてローズに会いに行った。

 ジェイドが魔石の導きでボルダーの森に入った時、ローズは賊に襲われていた。陰から姿を見られればそれでよかったのに、助けたことで姿を見せてしまった。

 それに、ローズ自身に姫である真実を伝えてしまった。


(……思い出して欲しかったのかもしれないな)


 本当に、全てを忘れてしまっていたことに、少なからずショックを受けた。

 ローズの心を守るために、守護石は記憶を封じたのだろう。その可能性は覚悟していたはずなのに、傷ついている自分がいる。

 それでも、ローズが幸せに暮らせているのなら、それだけでよかった。

 思い出して欲しい、なんて自分の我儘に付き合せる訳にはいかない。


 今、ローズが記憶を取り戻せば、ジェイドがしようとしていることに絶対関わろうとするだろう。

 彼女を危険な目に遭わせたくないし、巻き込みたくない。


(全てが終わったら、改めてローズに会いに行こう)


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