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4 行方不明の王女

 もう、外は薄暗い夕闇に包まれていた。

 皆に心配をかける訳にはいかない、とローズは裏口からこっそり外に出る。


 ユイアを背負った場所は、森の中程。

 夜の静けさに包まれた森を一人で歩くのは、心細いし、怖い。

 しかし、無意識に手の中にあったクォーツを見て不安感は徐々に薄れる。


(何かあったら、きっと守ってくれるよね?)


 クォーツを強く握りしめた時、少しだけ自分の周りが明るくなったような気がした。

 なんとなく、その淡い光に導かれるようにして辺りに目を凝らす。



「……あった!」


 なかなか見つからないだろうと思っていたが、案外あっさり見つかった。まるで、ローズが来るのを待っていたかのように。

 腕輪を拾い上げ、傷がないか確かめる。

 その姿は、変わらず美しかった。

 しかし、なんだか嫌な予感がする。


「……早く帰ろう」


 不安になり、引き返そうと振り返った時には、すでに数十人の男達に囲まれていた。

 おそらく、この辺りを襲っているという賊だろう。

 三十代から四十代ぐらいの体格のいい者ばかりで、見るからに危険な香りがする。つぎはぎだらけの簡素な服に、動物の毛皮を羽織っており、無精髭を生やした顔でローズを品定めしている。

 男達の手には、それぞれ短剣や長剣などの武器が握られていた。

 そして、その武器にはどれも、怪しげに光る石が埋め込まれていた。それはどす黒い光を放っており、その闇に底知れない恐怖を感じる。

 しかし手元に戻った腕輪を意識すると、自然と恐怖は引いていった。


(逃げられるかしら……)


 必死に逃げる方法を考えるが、とっさに出て来た為、賊退治用にと用意していた武器は部屋の中。

 今持っている物といえば、腕輪とクォーツだけで、丸腰同然である。

 考えている間にも、男達はニヤニヤしながら距離を詰めてくる。


「おい、こいつぁ聞いてた以上の上玉だぜ」


 にやり、とローズを見下ろす。


「見ろ。あの宝石だ」


 賊の頭領のような男が、ローズの腕輪に目をとめる。

 一人だけ明らかに他の男達とは違う毛皮を纏い、豪奢な飾りをつけている。

 (かしら)の言葉を聞き、他の仲間達から歓声があがる。


「だが、こいつもまた偽物だったらどうします?」


「その時はその時だ。ま、金が貰えればなんでもいいがな」


 どういうことだろう。

 この男達は、初めからローズの腕輪が目当てだったのだろうか。それとも、若い娘を狙っていたのか。

 にやにやと厭らしく笑う男達は、すぐ目の前に来ている。逃げ場を探すが、すでに取り囲まれているため、どこにも逃げ場はない。


「大人しくついて来てくれるなら、無事に帰してやるよ」


 その言葉を信じることは、いくらお人好しだと言われるローズにもできなかった。

 目の前で武器をちらつかせる男達。

 逃げられない。

 しかし、このまま大人しく捕まる訳にはいかない。


「嫌だって言ったら?」


 恐怖を押し殺し、真っ直ぐに賊の頭を睨みつける。


「何だと?」


 男が怒気を強める。

 怖い。足が震えている。しかし、やるしかない。

 ローズは、鋼のように硬い頭の身体におもいきり体当たりする。当然細い身体では何のダメージも与えられなかったが、意表を突くことには成功したようだ。


「この女っ!」


 頭が一瞬怯んだ隙に、賊のいない方へ走る。しかし、またすぐに囲まれてしまう。

 ローズの足では、この男達を撒いて逃げ切ることはできない。それに、ふわふわと広がるドレスの裾が邪魔で思うように走れない。


(外出だからってこんなドレス着るんじゃなかった!)


 しかし、今更後悔しても遅い。


「俺達から逃げられると思うなよ!」


 取り囲む男達に必死で抵抗するが、簡単に手首を掴まれてしまう。


「さ、一緒に行こうか」


 もう、逃げられない。頭領の欲望に満ちたどす黒い瞳に見つめられ、気持ちが悪い。掴まれた手首はびくともせず、女の力では抵抗できないのだと思い知らされる。

 ローズが諦め、抵抗する力を弱めた時……。


「うぅ……!」


 突然、後ろから唸り声が聞こえた。どさっという音とともに、一人の男が倒れる。

 倒れた男の傍には、背の高い青年が立っていた。

 短めの黒髪、エメラルドのような緑色の瞳、優しくも精悍な顔立ちをした、美青年だった。

 雲に覆われていた月が姿を現し、その姿を照らし出す。

 簡素なシャツとズボンといった動きやすさを重視した軽装ではあったが、どこか品がある。

 そして、その腰には立派な剣が提げられていた。青年の剣にもまた、石が埋め込まれている。しかし、その石は賊の持つ石とは違い、淡く優しい光を放っていた。

 青年の歳は、ローズより少し上の二十代前半頃だろうか。数十人の屈強な男達を前にしても、青年は落ち着いていた。

 その緑色の瞳が一瞬ローズを捉え、少し揺れた。その瞳にどこか懐かしさを覚え、不思議な気持ちになる。


 突然現れた存在に戸惑っていた男達だったが、すぐに青年に向かって攻撃態勢に入る。

 賊をしているような男達だ。よほど自分の腕に自信があるのか、我先にと獲物を狙う猛獣のような目をして襲いかかる。

 同時に何人もの男達が襲いかかってきても、青年は軽く受け流していた。男達の持つ武器に埋め込まれた石が怪しく光るが、青年は動じない。男達が武器を振り回して襲ってくる中、彼はまだ剣を抜いてすらいなかった。

 その余裕な態度に、男達は徐々に苛立ちを募らせ、怒りで剣の動きに無駄が多くなる。

 数では上回っているが、明らかに優勢なのは青年の方だった。

 時折、青年は無事を確かめるようにロースの方に視線を向ける。そして、全く無駄のない動きで次々と男達を倒していく。

 どんどん倒される仲間達を見て、ローズを捕えていた頭が震えだした。


「お、お前、何者だ!!?」


 残るは、この男ただ一人となっていた。


「それ以上近づくな! この女がどうなってもいいのか……!」


 そう言って、ローズの白い首筋に短剣を押し当てた。

 ローズは、皮膚をなぞる鋭い痛みに顔をしかめた。短剣が触れた所から、赤い血がつうっと流れ落ちる。このままナイフが頸動脈を切れば、ローズの命はないだろう。痛みと恐怖で、身体が震える。

 

「……その、薄汚い手を離せ」


 青年の纏う空気が、一瞬にして変わった。

 すさまじい殺気を肌で感じる。先程まで冷静だった青年とは思えないぐらい感情的だった。

 そして彼は、今まで抜かなかった剣を抜いた。美しい刀身が姿を現す。


「ひぃ……く、来るなぁっ!!」


 剣を抜いただけで十分だった。

 脅えた男はローズを突き飛ばし、一目散に逃げ出した。


 突然男に突き飛ばされ、ローズはバランスを崩す。

 しかし次の瞬間には、青年にしっかりと支えられていた。少し顔を上げると、緑色の瞳と目が合う。

 優しく見つめられ、戸惑いを隠せない。


(初めて会った人なのに……)


 その視線から逃れるように、ローズは青年から離れる。そうしないと、青年に抱きついておもいきり泣いてしまいそうだったから。つい先ほどまで死にかけていた恐怖はもう消えていた。

 今は、目の前の青年から目が離せない。

 何故、こんな気持ちになるのだろう。

 見ず知らずの男性に無防備にも抱きつきたくなるなんて。こんなにも自分がはしたない娘だったとは。子ども達のお手本にならなければいけないのに。

 などと混乱している頭の中で思うことは、まだ助けてもらったお礼を言っていなかったということ。

 慌てて頭を下げようとすると、青年がそれを遮った。


「……申し訳ありませんでした」


 青年が、苦しそうにローズの首筋に視線を落とす。そこには、先程男につけられた傷がある。幸い、傷は浅い。もう血は固まっていた。


「あ、気にしないでください。私、結構どんくさくて、これぐらいの傷は毎日ですからっ」


 ローズの笑顔につられて、青年の表情も少しだけ緩む。

 その表情を見て、何故かまた不思議な感覚に陥る。


(私、この人を知っている?……そんな訳、ないわよね)


 こんなにかっこいい人を知っていたら、すぐに分かるはずだ。

 そう思うのに、どうしても気になってしまう。

 しかし今は自分の中の疑問を解決するよりも、青年にお礼を言うことの方が先だ、と自分に言い聞かせる。


「あの、助けていただいてありがとうございました。え、と……」


「ジェイド、と申します」


「私はローズ。ジェイドさん、本当にありがとうございました」


「いえ、ローズ様が御無事で何よりです」


 ローズは、『ローズ様』という慣れない呼称に落ち着かない気持ちになりながら、ジェイドと名乗った青年を見つめる。その顔には、心底ほっとしたような安堵の表情が浮かんでいた。彼の優しい表情を見て、ローズは何故だか胸が熱くなる。


「この賊のことは、俺が何とかします」


 ジェイドは、警戒しながら倒れている賊に近づいた。


「え、何とかって……?」


「とりあえずは、縛りあげてこの地の騎士に引き渡します」


 そう言って、手早く的確に男達を縛る。男達が持っていた縄で。


「一先ずは、これで逃げられないでしょう。騎士に突き出すのは、ローズ様を家まで送り届けてからにします」


「え、そんな……助けていただいただけで十分です」


 と、ローズはその申し出を断る。


「そういう訳にはいきません。俺は、あなたを守る為に生きているのですから」


 向けられた真剣な眼差しに、どきりとする。それと同時に、その強い覚悟に不安を覚えた。

 彼は、記憶を失う前のローズを知っている。そう確信した。


「どういう、ことですか?」


 問う声は震えていた。

 その答えは、ローズがずっと知りたかったもの。しかし、知ることを恐れていたものでもある。

 彼の答えを聞くのが、怖い。

 それでも、ローズは耳を塞ぐことができなかった。


「やはり、覚えていませんか。ローズ様は、この国の行方不明になった姫君なのですよ」



 ***



「何をしているのだっ!」


 蝋燭の明かりが揺らめく薄暗い部屋。そこで動く影は三つ。そこにいる人物の顔は、暗闇に紛れていてよく見えない。

 怒鳴り声を発した影は、目の前に跪く人間をおもいきり蹴りつける。床に倒れ、許しを請う姿を見て、冷ややかに言い放つ。


「街を襲うなど余計なことをしているから、本来の目的を見失うのだ。お前たちの仕事は、姫を見つけて来ることだろう? それに一体何年かかっているのだっ!!」


 再び蹴りを入れる。


「もう、よろしいではありませんか。コラート侯爵」


 今まで傍観していた、もう一つの影が口を開く。その声は非常に若く、幼い印象を受ける。暗がりの中で、真っ黒のローブを身に着け、フードを目深に被ったその姿は、ほとんど闇に溶け込んでいる。


「しかし、あの火事の時から賊を雇い、姫を捜させているのだぞ? 八年経っても見つけられないとは……」


 怒鳴りつけていた人物は、王国の大臣の一人であるコラート侯爵。苛立ちから、床に倒れている男を再び踏みつける。

 部屋には、男の呻き声が響く。


 八年前、王宮で起きた火事は、コラート侯爵の陰謀によるものだった。セラフィナイト家を途絶えさせ、自分が王権を手にする為だ。火事の後、行方不明になったという姫を、王国軍よりも早く見つけ、その命を奪う為に賊を雇っていた。

 しかし、賊が連れてくるのは偽物ばかりで、コラート侯爵はうんざりしていた。自分の一族が再び国を我が物とする為には、どうしても魔石の加護を受けている姫の存在は邪魔だった。何年捜しても見つからず、もう姫は死んだものだと確信していたのに……。


「サーペンティン家の若造め。姫がまだ生きているなどふざけたことを……」


 悔しそうにコラート侯爵が顔を歪める。

 見つかるはずがない、と思いながらもジェイドの自信満々の言葉に不安を覚え、再び賊に姫を探させたのだ。


「しかし、実際生きておりました。あの少女の右手にはエンジェライトの腕輪がありました。間違いなく本物でしょう。ストーンマーケットでも、無意識に魔石の力を使っていましたしね」


 フードの若者は、魔石商としてあのストーンマーケットにいたのだ。しかし本来、彼を表のストーンマーケットで見かけることはない。なぜなら、彼は裏の世界を拠点に商売をする(やみ)()石商(せきしょう)であるからだ。


「しかし、王都から遠く離れたボルダーの街にいたとは……ここも何年も捜したはずなのに、何故見つからなかったのだ……」


 コラート侯爵が腹立たしげに言う。


「おそらく、魔石の力によって守られていたからでしょう。今回は、姫の守護者(しゅごしゃ)として石の契約をしたジェイドに反応し、守りの力を弱めたのではないでしょうか」


「ふん。貴様、闇の魔石商などと名乗っているくせに、姫の魔石の力を感じられなかったのか!?」


 彼の怒りの矛先は闇の魔石商に向かう。


「そんな無茶を言わないでください。あれは別格ですよ。この王国中の守りの力でもある訳ですからね」


 少し自嘲気味に笑う。


守護(しゅご)(せき)エンジェライト、か。小賢しい。それもさっさと(じゃ)(せき)とやらに変えてしまえばいいではないか。そうすれば、この王国の守りも不完全になるのであろう?」


「いきなり王城のエンジェライトを狙っても、浄化の力が強すぎて邪石にはならないでしょう。しかし、姫が生きていると分かった今、方法はあります」


「守護石の魔力の源でもある姫の命を生贄にすることか」


 今までは、姫が見つからなかったため、この方法をとることができなかったが、今は違う。


「はい」


 闇の魔石商もまた、念願の時が近づこうとしている喜びに笑顔を浮かばせたのだった。




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