2 正統な王
「このままでは、この国は終わりですぞ!」
もう何度目だろう、この言葉を聞くのは。
その度に国が滅んでいたら大変なことになるな、などとジェイド・サーペンティンは一人考えていた。
国王の側近を代々任されてきた、由緒あるサーペンティン大公家。その大公家の跡取りであるジェイドは、若干二十二歳にして、王国軍での様々な活躍とその能力を認められ、王国軍総指揮官にまで上りつめていた。王国軍のトップともなれば、本来は国王が任されるもの。しかし今、この国に国王はいない。ジェイドはその身分と実力から、この位を手に入れていた。
容姿端麗で文武両道。
人柄も良く、人望も厚い。そんな優秀な彼は今、王国の今後を決める重要な会議に出席していた。
「八年前の大火事により、先王バルロッサ様と王妃アーリン様が亡くなられてから、この国は荒れる一方だ。一刻も早く次期国王を立てなければ……。あぁ、皆様お忘れかもしれんが、私の一族はサーレット王国が築かれる以前は王族。王たる資質は十分にあると思うのだが?」
熱心にそう語るのは、この国の有力な大臣の一人であるドミニエール・コラート。長身で細身だが、ひ弱な印象は全くなく、どこか威圧的な雰囲気を纏っている。そして、切れ長の冷めたような藍色の目には、自信が満ち溢れていた。自分に逆らう者など誰もいない、そんな自信が。
コラート家は、サーレット王国が築かれる以前はたしかに王族だった。しかし、争いの起こった国を治められず、自分達だけ逃げ出した卑怯な王族だ。
初代アレクサンド王により重役から外されてから、コラート家は爵位を手に入れる為に必死になった。そして一族何代にもわたる努力により、現在は侯爵位を手に入れている。元王族であったという百年も昔のプライドを未だに引きずっているようだ。
もう、かつて治めていた王国の名すら記録に残っていないというのに。
元々口うるさかったコラート侯爵だが、王と王妃が亡くなってから、さらにでしゃばってくるようになった。
「コラート侯爵のおっしゃることもよく分かる。だが、魔石の加護を受けていないあなたに、この混乱を治めることができるとは思えませんな」
魔石の加護。それは、この国にとって重要な問題だった。
サーレット王国は、アレクサンド王によって、魔石の加護を得ることで繁栄し、平和を保っているとされている。魔石の加護を受けた王族が不在の今、この国を守ってくれる大いなる力は失われたも同然だ。国を守るための王国軍に所属していても、次から次へと起きる問題に、対処するには時間がかかる。魔石の加護があった時、こんなことはなかった。
それに、政治的な意味でも、国王の不在は痛い。だから、大臣たちは焦っている。どうにかこの国を落ち着けるために、新しい王が必要だ、と。
しかし、だからといってコラート侯爵を次期王になど、簡単に納得できる訳がない。かつて正統な王族だったとはいえ、国民を見捨てた王族だ。民が彼を受け入れるとも思えない。
そう真っ向からコラート侯爵を否定しているのは、現サーペンティン大公であり、ジェイドの父ケインである。
水晶の間にて開かれているこの会議は、ケインを中心に行われていた。それは、国王の側近であったケインが現在国王代理を担っているからである。
「しかし、サーペンティン大公。いつまで国王代理という不安定な状況を続けるつもりか」
「サーペンティン大公のお考えに従うつもりじゃったが、いつまでもこれでは……」
「早く別の一族から王を選出した方が得策ではないか」
ケインを次期国王に、と推す声は多くあった。しかし、ケイン本人がそれを認めなかった。王家への忠誠心が、そうさせるのだ。国を側で支えることが、自分の役目だと。
そうして、国王代理という状況で乗り切っていたのだが、いつまでも待つことはできない。
他の大臣達からは、現状に不満の声が上がってくる。
部屋の中心にある円卓を囲むように、十数名の大臣が深刻な顔をして座っている。
そして、その内の何人かはコラート侯爵の顔色を伺うように見ていた。
「コラート侯爵が治める地では、賊は出現していないと聞きますぞ。もしかしたら、この王国内の賊を一掃してくれるやもしれませんな」
「やはり、コラート侯爵には土地を治める能力があるのでは?」
「……魔石の加護を受ける者は、もう存在しないのだからな」
話が嫌な方向に向いてきた。
今まで黙って聞いていたジェイドは、覚悟を決めて静かに口を開いた。
もう潮時なのだ。そう、父ケインとずっと待っていたが、このままではこの国は本当に終わってしまう。
「魔石の加護を受けておられる方なら、一人いらっしゃるじゃないですか」
「それは誰だ?」
一瞬の沈黙の後、大臣の一人が尋ねる。
先々代国王の時代からの古株、ヴィアンドレ公爵だ。ジェイドからすれば、ただの頑固な年寄りでしかないが、彼ならはコラート侯爵にも対抗できるはずだ。しかし、このヴィアンドレ公爵は、何かとジェイドに突っかかってくるのだ。若いからとなめられないよう、しっかりとした態度で答える。
「皆様もご存じでしょう。ローズマリー様です」
突然出てきた思わぬ名に、大臣達はありえない、と顔を見合わせる。
王の一人娘であるローズマリー・セラフィナイト。
もし生きているのなら、魔石の加護を受けた王家最後の生き残りということになる。
「何を馬鹿なことを言っておる? 姫君はあの火事の日以来行方不明なのだぞ……幼い姫君が八年間も。生きているはずがないだろう」
コラート侯爵があざ笑う。
「ローズマリー様は生きています」
真剣な瞳で言ったジェイドの言葉に、再び大臣達がざわつく。
「だったら、何故城に戻らぬのだ?」
ヴィアンドレ公爵が静かに問うた。その威圧的な瞳に見つめられ、緊張が増す。
しかし、ここで引く訳にはいかない。
「その理由を知る為にも、私がローズマリー様を迎えに行きます」
「はっ、今まで王国軍が探しても見つからなかった姫を?……馬鹿馬鹿しい」
コラート侯爵の言葉に他の大臣達も頷く。
ヴィアンドレ公爵と父は黙って成り行きを見守っている。
「私なら見つけられます。この王国の行く末を決めるのは、ローズマリー様であるべきです」
「では、もし見つかったのなら、姫君に判断を委ねよう。しかし見つからなければ、この緊急時に無駄な発言をしたジェイド殿には王国軍の指揮官をやめてもらいたいですな」
王国軍の権利については、国王と大臣による会議で決定される。おそらくコラート侯爵は、手っ取り早くジェイドを軍から追い出そうと思ったのだろう。
「いいでしょう。その言葉に偽りはございませんね?」
この賭けを受けたことが信じられない様子のコラート侯爵に、余裕の笑みを向ける。
明らかに無謀とも言える賭けであるのに、なぜ笑っていられるのか。大臣達には理解できない。
「しかし、姫君のことをいつまでも待っている訳にはいかないだろう。その間にも国の状況はどんどん悪化するぞ」
一人の大臣から意見が上がる。
「それもそうだ……」
「この状況では、ずっとは待てない」
ちらほらと大臣達が発言する。
「よし。では一か月という制限を設けよう。もし、一か月以内に姫君がこの城へお戻りにならなかった場合は、この場にいる者から王を選出することにしよう。そして、ジェイド殿には王国軍の指揮から外れてもらう」
コラート侯爵が勝ち誇ったかのように、話を進めていく。
「本当に良いのか? ジェイド」
今まで黙っていた父が確認する。
「はい。一か月以内に必ずローズマリー様をこの城にお連れいたしましょう」