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魔法の石に願いを込めて  作者: 奏 舞音


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17 強行突破

 ジェイド達が出発したのか、騒がしかった外は異様に静まり返っていた。徐々に日は高くなり、太陽の日差しが降り注ぐ。

 今いるボルダーの基地から王城までは、馬でかけても約半日はかかる。

 その間に、ジェイド達がコラート侯爵と闇の魔石商、賊を捕えてくれればローズは邪石の封印にだけ集中できる。

 しかし、守護石エンジェライトに触れて、どんな情報が得られるのかは分からない。

 邪石を封印する方法が分からなければ、この国を救うことはできないだろう。

 ジェイドには大丈夫だと言ったけれど、本当に自分にできるのか不安だった。


「あ~! ローズさん、こんな所にいたんですか」


 ふいに聞こえてきたのは、ロイの声だった。

 馬小屋で待っていてくれていたはずの彼が何故ここにいるのだろう。そう考えた時に、自分が馬小屋とは真逆の方向へ歩いていたことに気付く。考え事をしていたせいで、どこを歩いているのか分からなくなっていたらしい。


「ごめんなさい。ちょっとぼーっとしちゃって……」


「しっかりしてくださいよ~。これから僕も一度しか行ったことがない王城に行くんですからね!」


 そう言うロイはとても楽しそうだった。

 ローズが貴族の娘で、この王城行きはサーペンティン家に保護してもらう為だということを信じて疑っていないからだ。

 騙していることに、心が痛む。本当は、護衛も何も必要ないとジェイドには言っていたのに。

 でも、一人だけで王城に乗り込むのも無謀だということは分かっていたので、仕方なく受け入れたのだ。


「ロイさん、今日はよろしくお願いしますね」


 今は、うじうじ悩んでいる暇はない。

 もう、作戦は始まっているのだ。



 * * *



 クロムド地方の北、サーレット王国中心部にコラート侯爵領はあった。

 そこはかつてコラート家が治めていた王国の王城があった場所でもある。その王城は跡形もなく取り壊されているが、アレクサンド王でさえも気付けなかった隠し通路が存在していた。

 そして、今まさに百年前の惨劇が繰り返されようとしていた。


「もうじきだ」


 暗闇が広がるその部屋に、男の声が不気味に響く。

 広い部屋に蝋燭一本では、何の役にも立っていない。

 しかし、その暗闇こそがその男にとっては重要だった。


「も、もうやめてくれ……お願いだ……」


 苦痛に悶えながら懇願する影が動く。

 しかし、その願いは受け入れられることはなく、さらなる苦痛をもって抑えつけられる。


「黙れ。貴様のような奴はこうでもしなければ分からぬわ」


「うわぁぁぁ……」


 悲痛な叫び声が響く。この地下室では、毎日このようなことが繰り返されていた。


「も、申し上げます!」


 突然扉が開き、眩い光とともに使用人が入って来る。


「なんだ?」


「王国軍の騎士達が屋敷を取り囲んでおります!」


「ほう。王国軍が……」


 忌々しい、と呟くも男は冷静だった。

 要はこの地下室さえ見つからなければいいのだ。


「総指揮官であるジェイド様が率いています」


 そう告げた使用人の声は震えていた。恐ろしいのだろう。

 この男の逆鱗に触れれば、目の前で苦しんでいる男の二の舞になるのだから。早くこの場から立ち去りたい。しかし許可なく立ち去ればどうなるか分からない。冷や汗ばかりが吹き出し、脅えているその様を男は楽しそうに眺めて言った。


「王女の〈守護者〉か。私に考えがある。あの馬鹿で野蛮な連中を集めてくれ」


「は、はい!」


 すぐにその場からいなくなった使用人を見て、笑いが隠せない。自分に脅え、跪くしかない。そんな状況がこの男は堪らなく好きだった。


「ふふ。もうすぐこの国は再び我がものとなる。なぁ、我が子孫でありながら王家に忠誠を誓った愚か者ドミニエール?」


 フードを目深に被ったその男は、足元に倒れるコラート侯爵を見つめて言った。



  * * *


 コラート家の屋敷を三十人程の兵士達で包囲してから、随分と時間が経った。

 使用人や何の罪もない人間が中にいることを考えると、こちらからいきなり攻め込む訳にもいかない。


「まだ、コラート侯爵は出てこないのか?」


 ジェイドは焦りを覚える。包囲している兵士達も、徐々に緊張感が薄れつつある。コラート侯爵が全ての黒幕であることは告げたが、まだ半信半疑な者もいるのだろう。

 コラート侯爵が屋敷にいないことも考えられたが、パーカーが事前に手に入れた情報によると彼がこの屋敷の中にいるのは間違いない。


「話し合いを申し出ても、コラート侯爵は姿を現さない。中に人の気配はあるようだが……」


 交渉に行っていたパーカーは、苦々しく答えた。争う必要がなければ、その方がいい。


(大人しく罪を認めて捕まってくれ)


 ジェイドは、かつて尊敬していたコラート侯爵を思う。

 いつから変わってしまったのだろうか。

 そんなことを今この状況で考えても仕方がないが、ローズが最後までコラート侯爵のことを信じていたことを思うと、これ以上罪を重ねないで欲しいと願う自分がいた。


「仕方がない。乗り込むぞ」


 こうしてコラート侯爵の動きを待っている間に、証拠隠滅をされていてもおかしくはない。それでも待ったのは、心のどこかでジェイドにもあの頃のコラート侯爵のままであって欲しいと信じる気持ちがあったからだろう。

 だが、これからはそんな甘い考えを捨て、かつて尊敬していた人物を追い詰める為の指揮を執らなければならない。


「コラート侯爵、屋敷の中を改めさせてもらうぞ!」


 当初の作戦通り、十数人で屋敷の中に強制突入する。残りの二十人程の騎士は包囲を続ける。コラート侯爵や賊、闇の魔石商が逃げ出した場合にも、対応する為だ。


 コラート家の屋敷は広い。

 昔何度か父と訪れたことはあるが、いつ来てもその敷地の広さに驚く。手入れの行き届いた庭園を抜け、正面玄関から突入を試みる。何人かは、裏口へと回らせた。


(ここまで何もなし、か……)


 この妙な静けさに警戒心を濃くしながら、ジェイドは突入の合図を送る。

 扉を開けてすぐに飛び込んできたのは、怪しく光る邪石。

 そして、邪石をはめ込んだ武器を持つ賊。広い玄関ホールには十数人の賊が待ち構えていた。


「賊だ! 捕えろ!」


 ジェイドは賊にかまっている暇はない。

 ローズの話によると、邪石は人の命を犠牲にして作られている。邪石の制作現場を押さえて、二度と邪石を作れないようにする。賊のことは騎士達に任せて、先を急ぐ。

 騎士達は皆、邪石の影響を受けないようにとローズにもらったお守りを身に着けている。

 それは、保管庫に保管していた邪石だったもの。

 今はもうローズによって浄化されたブルーレース・アゲートだ。それを砕いて、一人一人の為にローズが魔力を込めたのだ。邪石に対抗する為には邪気に惑わされない強い心が必要だと。小さな欠片だとしても、心を守ってくれる力はあるはずだ。

 ジェイドは賊の攻撃をかわしながら、自分がどこかに誘導されているようだと感じていた。


(一体どこに行かせるつもりなんだ?)


 ジェイドは、その意図を探る為にも誘導されるままについて行くことにした。


 賊に誘導された場所は、一階の奥にある全く何もない部屋だった。


「おい、ここは何だ?」


 連れて来ておいて、振り返った時にはもう誰もいなかった。

 ジェイドがその部屋を出ようとした時、ギィ……という鈍い音が後ろから聞こえてきた。

 振り返っても、何もない。しかしよく見てみると、部屋の中心部の床に錆び付いた鉄の板がある。

 ジェイドは剣を持つ手に力を込め、その鉄の板を持ち上げる。

 ギィ……と先程と同じ音がした。


「ここから降りて来いってことか……」


 鉄の板を持ち上げると、そこには深い暗闇へと続く階段があった。

 この先に、邪石がある。そう直感したジェイドは覚悟を決めて階段を降り始めた。



  *


 馬に乗るのは初めてだ。

 しかし鬣や首を優しく撫で、乗せて欲しいと頼むと馬は暴れることなくローズを背に受け入れた。


「初めてなのに、随分馬に好かれてるみたいですね。やっぱり馬も美人さんには弱いんですかね~」


 ロイは馬上で呑気に笑っている。

 初めは彼の馬に乗せてもらう予定だったのだが、もし何かあった時にロイまで巻き込む訳にはいかないと、自分で馬に乗ることにしたのだ。


「きっと、この子が賢いのよ」


 そう言ってローズは馬の(たてがみ)を撫でた。ヒヒンといななき、馬はゆっくりとロイの後をついて歩き出した。


 同年代ということもあり、ローズはロイに敬語で話すのをやめていた。

 しかし彼は、ローズの身分を気にしてか敬語で喋っている。ジェイドが貴族の娘だと紹介していたから、気にしているのかもしれない。実際は王女であると告げればきっと驚かせるだろうと思い、ローズも貴族の娘だということにしておいた。


「ロイは、どうして王国軍に入ったの?」


 徐々に馬に慣れてきたローズは、ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「僕はジェイド様に憧れて軍に入ったんですよ」


 そう言ったロイの声は、いつもの抜けている声ではなかった。


「ジェイドに?」


「はい。僕は昔からこの通りぼけ~っとしてたんです。それである時街を歩いていたら貴族の方にぶつかっちゃって……。物凄く怒られてしまったことがあるんです」


「ぶつかっただけで?」


「まぁ、身分の違いってやつですよ」


 そんなこと許せない。身分が高いのは、それだけ国民を守る責任があるということなのに。沸々とこみ上げてくる怒りに気を取られていると、ロイが続きを話し出す。


「結構殴られたり蹴られたりしてたんですけど、そこに助けに入ってくれたのがジェイド様だったんです。それはもうかっこよかったんですよ!」


 ジェイドのことを語る彼の瞳はきらきらと輝いている。


「そんなに貴族が偉いのか? 俺はお前達に殴られようともやり返さないこいつの方が偉いと思うがな……って」


 ロイは少し真顔になり、口調も変えて言った。


「もしかして、今のジェイドの真似?」


「はいっ!」


 得意げに言うロイが面白くて、思わず笑ってしまう。


「その後はどうなったの?」


「ジェイド様が睨み付けたら、すぐに去って行きましたよ。ジェイド様は本当に身分に関係なく接してくれる優しいお方です。人としてどうなのかっていうのを大切にしてて、まだ中隊長だった頃にも上の人に遠慮なく物を言っている姿には感動しました」


「なんだか分かる気がするわ」


 ローズは、国民のことを大切に考えていた両親を思う。

 身分に捉われず、その本質を見極めることが大切なのだとよく聞かされていた。本当はそんな綺麗事だけでは成し得ないことの方が多かったはずだ。

 それでも、両親はその理想を貫き通していた。

 ローズも、その理想を貫き通したい。そしてジェイドも両親の意志を継いでくれている。そう思うと、胸が熱くなった。


 今頃、ジェイドの方はどなっているだろうか。

 うまくいっていればいい。

 ローズは早く、早く、と急ぐ気持ちを落ち着かせる。


(みんなが無事でありますように)



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