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魔法の石に願いを込めて  作者: 奏 舞音


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16 作戦決行の日

 朝の礼拝堂に、眩しい太陽の光が降り注ぐ。


「ねぇ、ローズはまだ帰って来ないの?」


 光を浴びて輝く教会の十字架。

 その前で、リアーナは泣きながら呟いた。


「きっと帰って来るさ」


 ゾイが笑顔でリアーナとユイアを励ます。ユイアの目からも涙がこぼれる。


「私達のこと、もう嫌になっちゃったのかな……」


 リアーナは、不安で堪らなかった。

 今まで、ローズが黙って自分達の前からいなくなることなんてなかったのだ。初めてのことに、酷く動揺した。


「ローズは、俺達のこと大事にしてくれてた。だったらさ、ローズの大事なものを俺達で守ってあげようよ」


 ペイン神父が言っていた。ローズは記憶を取り戻し、彼女の力を必要としている所に行ったのだと。ローズが教会を出て行ったのは、確かに寂しい。

 でも、ローズは今まで自分達の為に色々なことをしてくれた。今度は自分達が何かしてあげたい。


「……どうすればいいの?」


 小さな声で言ったのは、ユイアだった。


「そうだなぁ。それを、今から考えようぜ」


「うん! ローズの為になること考える!」


「そうしたら、きっとローズも帰って来てくれるかな」


 リアーナの顔がぱあっと明るくなる。


「あぁ。きっとまた帰って来てくれるよ!」


「じゃあ、ローズのためにお祈りしよ!」


 そんな子ども達の様子を、影ながら見ていたペイン神父は静かに涙を流した。


「ローズ、この子達は本当に強くなりました。きっとあなたのおかげですね」


 そう呟いたペイン神父のもとに子ども達が駆け寄ってくる。ペイン神父は微笑み、優しく子ども達を抱きしめた。


 

 * * *



 部屋に差し込む朝日に、ローズは目を覚ます。

 夢の中に出てきたのは、教会にいる子ども達。そして、優しい笑顔のペイン神父。

 教会での日々が、遠い昔のように感じる。


「みんな、ごめんね……」


 子ども達に黙って出てきてしまった。

 そのことは、ずっとローズの中で引っかかっていた。でも、ローズはここに来たことを後悔はしていない。

 あのまま教会にいたとしても、この国の危機を救うことはできなかったと思うから。


(子ども達の笑顔も、未来も、この国も、私が守ってみせる)



 *


「本当に、コラート侯爵の屋敷に攻め込むのか?」


「あのコラート侯爵が、あの賊を雇っていたなんて……」


 王国の大臣であり、次期国王とも囁かれているコラート侯爵。騎士達にとっては、関わりのない人物だと思っていた。聞かされたのは、にわかには信じられない事実だった。


「じゃあ、先輩達はジェイド様の言うことを疑うんですか?」


 武器の手入れをしながら話していた騎士達の会話にロイが口を挟む。

 武器庫に集まった騎士達は、この作戦に対して少しの疑問を持っていた。

 しかし、ジェイドを疑っている訳ではない。


 総指揮官に心底憧れている彼らがジェイドを疑うことはありえないのだ。


「そんな訳ないだろ! 俺はジェイド様を信じてる」


「俺もだ!」


「もちろん、俺も信じてる!!」


 一人の騎士が熱く言い返すと、何人かが口々に言い出した。


「だったら、何の問題もないじゃないですか。僕達は、ジェイド様にただついて行けばいいんです」


 にっこりと笑うロイに、先輩である騎士達は呆気にとられていた。


「お前って、普段何も考えてなさそうなのに時々鋭いこと言うよな」


 もう兵士達の中に迷いを見せる者はいなかった。

 有力な貴族で、さらに王国軍の総指揮官という立場でありながら、片田舎のボルダーの基地にも度々足を運んで訓練に付き合ってくれたジェイド。

 権力を振りかざすことなく、同じ目線に立って接してくれる。

 王国軍の後ろ盾である王が不在な今、仕事柄関わる貴族は、騎士をただの奴隷や召使だとしか思っていないのに。

 そんな中で、ジェイドという存在は、騎士達に希望を与えたのだ。

 騎士として、弱き者を守る。大切な人のために、国のために。

 騎士としての誇りを、ジェイドに教えられた。

 だから騎士達の中には、彼に憧れて王国軍に入った者が大勢いる。


「お前達、準備はいいか?」


 武器庫の扉を開き、噂をしていた憧れの人物が皆を見て言った。

 いつもの簡素なシャツとズボンではなく、紺色の軍服を身に纏っている。ダブルのフロックコートは、指揮官の証だ。

 その表情は引き締まっており、自然と兵士達の緊張も高まる。


「今から、今回の作戦を説明する。本部棟に集合だ」


「はっ!」


 騎士達は、ジェイドに見事な敬礼を返した。


 *


「ローズ、本当に行くのか?」


「もちろんよ」


 ローズは、可愛らしいドレスではなく軍服を身に着けている。

 もちろん、ジェイドは王国軍に入ることを許した覚えはない。

 動きやすい服を貸して欲しいと言われ、貸せる服が軍服しかなかっただけのことだ。

 美しい金色の髪は、後頭部で一つに結い上げられていた。装飾も何もない軍服でも、ローズが身に着けると華やいで見える。凛としたその姿には、思わず跪きたくなるような威厳があった。


「大丈夫なのか?」


 これから、ローズとは別行動になる。

 何が起こるか分からない状況で、離れたくはなかった。

 しかし、ローズは許してくれないだろう。


「大丈夫よ。ジェイドは、ジェイドにしかできないことをして」


 自分にしかできないこと。

 王国軍としては、国中を荒らす賊と、闇の魔石商を捕縛し、その後ろにいる人物を捕えること。

 守護者としては、ローズと共に王城へ行き彼女を守ること。

 姫の命を狙っているコラート侯爵を捕えることがローズを守ることにも繋がる。

 だから、ジェイドはローズの側ではなく、賊を捕える為に動くべきなのだ。それを理解していても離れがたかった。

 そんな気持ちを察したのか、ローズが少しからかうように言った。


「ついて来るなんて言わないでね」


 不安がないはずがないのに、そんな素振りは全く見せない。強くあろうとしている主君に、ついて行きたいなど言えるはずがない。


「言わない。でも、こっちが片付いたらすぐにローズの元へ行く許可をくれ」


「いいわ」


 ローズはにっこりと微笑んだ。

 宝石さえ霞む程の笑顔。この笑顔にどれだけ救われただろう。


「ローズ、無事でいてくれよ」


「ジェイドもね」


 ローズの笑顔を目に焼き付け、ジェイドは彼女に背を向けた。

 もうそろそろ本部棟に兵士が集結する頃だろう。


(あの陰謀からの全てのことに決着をつけてやる)


 もう、あの頃のような何もできなかった子供ではない。

 必ずコラート侯爵を追い詰めてみせる。

 そして、この国の王女を無事王城に帰還させる。



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