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14 王国の抱える問題

 宿舎の一室へと戻ったローズとジェイドは、先程とは違いピリピリとした空気の中、睨み合っていた。


「どうして? 私の望みを守ってくれるんでしょう?」


「そうは言ったが、それはさすがに無理だ」


「別にいいじゃない!」


「絶対に駄目だ」


 互いが引かない為、口論は戻って来てからずっと続いていた。

 そんな口論を遮るように、ノックの音が聞こえてくる。しかし、それに構わず二人は睨み合いを続けた。


「……あのぉ、入ってもいいですか?」


 数分経って聞こえてきたのは、遠慮がちなパーカーの声。


「……あ、ピーちゃん? ごめんなさい。どうぞ入って」


 ローズは慌ててパーカーを招き入れる。おそらく扉の外で二人の言い合いを聞いていたのだろう。彼は恐る恐る中に入って来た。


「そうだわ。ピーちゃん聞いてくれる?」


「は、はい!」


 よっぽど怯えていたのか、声が裏返っている。


「ジェイドったら、私が王国軍に入りたいって言うのに反対するのよ」


「えぇっ! 王国軍にローズ様が?……そんなの絶対駄目ですよ!!」


「ピーちゃんまでそんなこと言うの?」


「当たり前だろう」


 ジェイドが呆れたように言った。

 彼ら二人は、王国軍という立場で国を守っている。だったら自分も一緒に、と思ったのだが……。

 何故こうも反対されてしまうのだろう。


「考えてみてくださいよ、ローズ様。軍隊なんですよ?」


 パーカーが諭すように話し始める。


「分かってるわよ」


「男ばかりだし、危険なことがたくさんありますし、何よりローズ様はこの国の王女様なんですよ」


「えぇ。だからこそ、皆と共にありたいの」


「パーカー、俺も何度も言っているんだが聞きやしない。どうすれば分かってくれるんだろうな……」


 ジェイドは、何故か疲れきっていた。

 そんな彼を見て、ローズももう一度よく考えてみる。

 王国軍に入ることが無理だとしたら、何をすればいいのだろうか。

 そもそも、この国は何と戦っているのだろうか。

 今分かっているのは、王族は陰謀によって殺されたことと、存在しないはずの邪石が存在していたことだけ。

 ローズが何かできるとすれば後者だろう。

 頭を切り替え、困り顔の二人に向き合う。


「じゃあ、王国軍のことは保留でいいわ。今、この国に何が起こっているのかを教えてくれる?」


 その言葉に、ジェイドとパーカーの表情が引き締まった。


「そうですね。今、このサーレット王国には三つの問題があります」


 口を開いたのはパーカーだった。


「まず一つ目は、国王が不在という問題です。これは、ローズ様が王位に就けば解決しますが……」


「国王不在の間に、貴族の力関係が大きく変わってきた」


 ジェイドがパーカーから引き継いで話す。

 この国で国王に次ぐ力を持っていた貴族は、サーペンティン大公家とヴィアンドレ公爵家。この二つの家は国王の側近として常に王のそばにいた。そして、その次がコラート侯爵家だ。その中でも特に強いのは、サーペンティン大公家だった。


「俺の父が今国王代理を担っているんだが、国王代理で抑えられるものにも限度がある。パーカーの祖父ランドルフ殿も、父の立場が悪くならないように手助けしてくれているんだが、今までは王族側であった貴族もコラート侯爵に寝返る者が出てきたんだ」


「コラート侯爵……?」


「……ローズには、まだ言ってなかったな。あの火事は、コラート侯爵による陰謀だったと俺は考えている」


 ジェイドの言葉に、一瞬耳を疑う。


「ローズ様が驚かれるのも無理はないですよね。私も、信じられませんでした。でも、おそらく間違いないでしょう。証拠はまだつかめていませんけどね。私は、コラート侯爵のこと、絶対に許せません」


 パーカーはその瞳に静かに憤りを滲ませていた。


「……パーカーは、あの火事で父親を亡くしたんだ」


 ジェイドが、そっと教えてくれた。

 パーカーの父カルロは病弱だったが、あの火事の日は調子が良く、ローズの為にとお祝いに来てくれていたのだ。そして、あの火事が起きた。カルロは、炎から逃げ遅れ亡くなったのだという。


「そんな……」


 王族だけでなく、あの火事では多くの人が亡くなった。それだけ大規模な火事だった。


「そんな顔をしないでください。ローズ様も多くのものを失くされた。私はローズ様にもう何も失ってほしくないんです」


 目に涙が浮かぶローズに、パーカーは優しい微笑みを向けた。きっと、彼が王国軍に入ったのには、父親の死が強く影響しているのだろう。


「ピーちゃん、本当に強くなったわね」


 堪えきれなくなって溢れた涙がローズの頬を伝った。



「でも、本当にコラート侯爵があんな残酷なことを……?」


 ローズが少し落ち着いてから、また話は再開された。


(コラート侯爵が首謀者ということにローズが納得できないのは当然だろうな……)


 ジェイドは、かつてのコラート侯爵を思い出す。

 昔のコラート侯爵は、今のような冷血な男ではなく、真面目で優しい男だった。

 ドミニエールがコラート家を継いだ時、バルロッサ王に過去のコラート家の過ちを謝罪し、王家に絶対服従を誓った。バルロッサ王は、その覚悟と働きに対して侯爵位を与えたのだ。ジェイドも、パーカーも、そんなコラート侯爵に憧れていた。

 しかし、憧れていた人物はあの火事の後から変わってしまったのだ。


「あの火事の日、闇の魔石商らしき人物と一緒にいるのを見たんだ」


 あの日、火事が発生してすぐに、急いでジェイドはローズの元へと向かっていた。

 そして、その時に視界に入った光景が今でも忘れられない。中庭の木陰に立つコラート侯爵と、隣に佇む黒い影。おそらくあれは闇の魔石商だったのだと、今なら思える。

 しかしあの時は、ローズのことで頭がいっぱいだった為にそのまま通り過ぎてしまった。

 あの時闇の魔石商を捕らえていれば、と何度も自分を責めた。


「闇の魔石商って……危険な石や商品を売買している人のことよね」


「あぁ。裏ルートで売買されている為に、なかなか足取りが掴めない」


 王国軍では、その闇で取引されている石や品物を押収することがある。

 そして、その中に初めて邪石の名が挙がったのが、火事の約半年後だった。このことは、王国軍に入ってから記録で知った。

 当時の王国軍は、王家の秘密の一つである為に邪石の存在を知らなかった。簡単な捜査をしただけで、誰が邪石を売ったのかを突き止めることはできていなかった。ジェイドは王国軍で、裏ルートの捜査を中心に調べ、成果を上げていった。

 しかし、邪石の出所は掴めないままだったのだ。


「これまでに何人もの闇の魔石商を捕らえたんですが、そのほとんどが邪石を知らない者ばかりでした。それなのに、邪石は各地に広まっているようなんです。これが、二つ目の問題です」


 パーカーは悔しげに、拳を握りしめながら言った。



 このサーレット王国内は、四つの地方に分けられる。

 王都があるフィレーネ地方、海辺に面するブルーム地方、広大な平地を持つヘンデリュッヒ地方、そしてブルーム地方とヘンデリュッヒ地方に面するクロムド地方。

 ローズのいたボルダーの街は、クロムド地方の南に位置する。


「え、でもボルダーの街では何もなかったと思うわよ?」


「それも時間の問題だろう」


 ジェイドが言った。


「三つ目の問題は、賊が活発化していることなんです。そして、賊の広まり方と邪石の広まり方が同じことに気がつきました。邪石と賊が関係しているのは、捕らえた賊が邪石を使用していることから間違いないと思います」


 パーカーがサーレット王国の地図を広げる。


「まず、最初に賊が現れたのはヘンデリュッヒ地方でした。次に、ブルーム地方。賊がさらったのか、行方不明者も続出しています。賊が現れ、邪石も存在し、賊が拠点を移した後もヘンデリュッヒ地方の状況は今も悪化しています。そして、最近になって賊はここクロムド地方に拠点を移しているようです」


 そうだ。ボルダーの街にも賊が現れたと言っていたではないか。

 教会にいるペイン神父と子ども達は無事なのだろうか。


「でも、一番酷いのは王都だと聞いたわ」


「あぁ。それはあの八年前の火事で王族を含め多くの人が亡くなったことで不吉だと思われているだけだ。ちょうどあの火事の後から状況が悪くなったこともあるしな……」


 やはり、全てあの八年前の火事と関係があるのだろうか。



「国民の不安をなくす為にも賊の拠点を見つけ出し、捕らえるのが王国軍の仕事だ」


「だったら、私も王国軍に入って……」


「駄目だ。それだけは許さない」


 話がまた元に戻ってしまった。

 ローズの意志が強いのは分かるが、いくらなんでも王国軍に入らせる訳にはいかない。また言い争いにならないように、ジェイドは話題を変える。


「俺は、闇の魔石商と賊両方とコラート侯爵がつながっていると考えている」


 あの火事の混乱に乗じて賊が入り込んでいたことは、公表されていない。多くの王族は、賊に殺されたのだ。

 賊を雇うには金が要る。賊に流れたであろう金の流れを調べているうちにコラート侯爵派の貴族の名が挙がった。その貴族はもちろん捕えたが、コラート侯爵のことは一切喋らなかった。


「そう。でも、あんなにお父様に授けられた爵位を大切にしていたコラート侯爵が爵位を失うような危険を冒すのかしら……」


 まだ信じられない様子で、ローズは言った。


「だが実際、コラート侯爵は自分が王位を継ぐにふさわしい人間だと言いふらしている。ローズの知るコラート侯爵はもういない」



「……そうね」


 ジェイドの言葉に頷きながらも、なかなか心では理解できそうにない。

 ローズの覚えているコラート侯爵は優しい人だったから。


「ローズ、一つ確認したいことがある」


 少し緊張した面持ちで、ジェイドが尋ねる。


「何?」


「邪石は、一体どういう物なんだ?」


「邪石は、人の精神面に強く影響するものだと思うの。でも……」


「どうした?」


「あの邪石は、ブルーレース・アゲートという魔石だったの。人の精神を落ち着かせ、人間関係を良好にするような癒しの力を持つ石よ」


 ずっと、ローズが気になっていたことだ。

 一体何故、癒しの力を持つ魔石が、兵士達の心を乱したのだろう。


「ローズにも分からないか……」


「ごめんなさい」


「いや、いいんだ」


 気にしなくていい、とジェイドは優しく言った。


「邪石とは一体何なんでしょうね」


 パーカーも、難しい顔をして考え込んでいる。


「今日はゆっくり休むといい。力も使ったんだから」


「……えぇ。そうするわ」


 ジェイドに促されて、ローズは仕方なくベッドに腰掛ける。

 力を使ったことによる疲れはあまり感じていないが、一度に色々なことを知って混乱する頭を整理したかった。


「また、これからのことは明日話そう」


 そう言って優しく微笑むと、ジェイドは部屋を出た。


「私は扉の外にいますので、何かあったらいつでも呼んでくださいね」


 と言って、パーカーもジェイドに続いて部屋を出る。

 

 もう外は暗闇に包まれていた。色々と話しているうちに、ずいぶんと時間が経っていたらしい。

 少し硬いベッドに横になり、ローズは目を閉じる。


(あの陰謀はコラート侯爵が……)


 それは、ローズにとって衝撃的だった。

 父に忠誠を誓った、厳しくも優しいコラート侯爵。大臣達の会議で城に立ち寄る時はいつも花を持って来てくれた。あまり笑うことが得意ではないコラート侯爵は常に仏頂面だったが、ローズには十分気持ちは伝わっていた。

 しかし、コラート侯爵は父と母を殺し、ローズのことも殺そうとしていたのだ。ローズが知る優しい彼はすべて嘘だったのだろうか。


「コラート侯爵に何があったのかしら……」


 目からは自然と涙が流れた。

 最近、泣いてばかりいる気がする。こんなんじゃ駄目だ、そう思っているのに……。

 ローズの意識が夢の中へと引き込まれた時、腕輪のエンジェライトが強く輝いた。



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