13 二度目の誓い
乱闘騒ぎで怪我をした騎士達の見舞いの為、ローズはジェイドと共に保健館に来ていた。
保健館の中は、清潔感のある白で統一されており、廊下には美しい花が飾られている。広々としていて落ち着いた雰囲気ではあるが、今は多くの騎士が同じ部屋に固まっている為にとても騒がしかった。一部屋に十床ほどあるベッドは満員で、何人かは椅子をベッド代わりにしていた。といっても、そんなに酷い怪我をした者はいないので、多くの者が元気そうに話をしている。
その様子を見て、ローズは頬を緩めた。
「失礼しま、す……?」
二人が入った途端、室内は急に静まり返った。
自分達が邪気にあてられてしまったことで、騒ぎが起きたのだ。そのことで、騎士達はジェイドに迷惑をかけたと思っているのだろう。
気まずい空気が流れる中、ジェイドは冗談めかして言った。
「みんな元気そうで何よりだ。その調子なら、今すぐ仕事に戻れそうだな」
ジェイドがにやりと笑うと、騎士達の表情は少しずつ明るいものになる。
「はいっ! 早くこんな怪我治して、ジェイド様のお役に立ちます!」
「今度は邪石になんて負けませんよ!」
何人もの騎士がジェイドに向かって敬礼をした。ボルダーのような王都から離れた場所に、王国軍総指揮官が出向くことは稀なのだ。
それでも、こうして皆の尊敬を集められるというのは、ジェイドが他人の為に一生懸命になれる優しい人だということを知っているからだろう。敬礼をやめるように言っているジェイドと、そんな彼を憧れの眼差しで見つめる騎士達を見てそう思った。
緊張してしまうのは、それだけ尊敬しているから。
「こうしちゃいられねぇ。今すぐ訓練開始だ! ロイ、行くぞ!」
「そ、そんなぁ」
先輩兵士に名指しされてしまったロイは、頼りない声を上げる。
「何を弱気な声を出してるんだ! お前怪我してないだろ!」
「あ、やっぱりばれてましたか~」
そう言って力なくロイは立ち上がり、「お仕事がんばりま~す」と言ってその先輩と一緒に部屋を出た。
「ふふ、ロイさんって面白いわね」
ローズが笑うと、「そうだな」とジェイドも優しく微笑んだ。
大切に思っているのだろう、ここにいる全員を。
「みんな、軽い怪我でよかったわ」
騎士達の見舞いを終えて、二人は保健館を出た。
「そうだな。でも、ローズを見た途端にあいつら……」
ジェイドは、堪えきれなくなったように笑い出した。
騎士達は、ローズが「お大事に」と微笑む度に何故か鼻血を噴出したり、失神しかけたりして大変だった。おかげで、この基地専属の医師に、お見舞い禁止令を出されてしまった。
「でも、大丈夫なのかしら」
「大丈夫だ。あいつら丈夫にできてるからな」
そう言うが、ジェイドも心配していたはずだ。
見舞いに行く前は固かった表情が、皆の無事な姿を見たことで柔らかくなっている。それに、心配していた邪石の影響も、残っている者はいなかった。
「そう言えば、基地の案内がまだだったな」
この基地に来てもう三日目。
少しは基地内を把握しておいた方がいいと考えてくれたのだろう。喜んでその申し出を受ける。
「そうね。お願いするわ」
森の中にあるこの基地は、石造りの頑丈な外壁に囲まれている。
先程までいた保健館は基地の西側に位置し、訓練場や演習場から比較的近い場所にある。
「あそこに見えるのが訓練場だ」
ジェイドは整備された平地を差して言った。
屋外の訓練場は、おもに体力作りや大砲、剣の訓練等に使用されている。
そして、今まさに訓練中の騎士が必死な顔で隊長に訴えているのが見えた。その声が無駄に大きい為、ジェイドとローズの元まで聞こえてきた。
「いくら煩悩を殺そうとしても、この胸のドキドキが止まらないんです! あの美しい金色の髪を見るだけで……思い出すだけで……!」
ぶしゃあっと彼の鼻から勢いよく鼻血が吹き出す。そんな兵士を見て教官が喝を入れる。
「この馬鹿者めが! 修業が足りんぞ! よし、お前にはさらにきつい訓練が必要だな」
「はいっ! よろしくお願いします!」
まだ鼻血を流しながら、若い騎士は教官の指示で訓練場を走り始めた。鉄の重りを背負って……。その状態で何週も走らされるのだろう。周りにいた騎士達は、呆れ顔でその騎士を見つめていた。
「……気にするな」
会話の意味がよく理解できていないローズに言葉をかける。
(あいつら……一体何やってるんだ)
内心呆れながらも、頬は自然と緩む。
この基地にいる騎士たちはみな、真っ直ぐで純粋だ。そして、彼らがジェイドに向ける憧れの眼差しはくすぐったい。
「あれは本部棟だ。一応司令室があって重要な会議はここで行われる」
ジェイドが指差す先にあるのは、白塗りの二階建ての建物。
「じゃあ、ジェイドはここで指示を出したりするのね」
「まあな」
すごいわね、と感心したように微笑む。
その後、演習場や馬小屋、食堂など基地内を案内する。基地内には多くの木々が植えられており、ジェイドとローズは並木道を歩いていた。柔らかな日差しが木漏れ日から差し込む。
「そろそろ兵舎に戻るか」
「そうね」
ローズは笑顔を浮かべていても、心ここに非ずといった様子で、案内している時も何かを考え込んでいるようだった。
どうしたのだろう。
声をかけようと思った時、ローズが口を開いた。
「ジェイドが知っていること、全部私に教えて」
足を止め、ローズはジェイドを真っ直ぐに見据える。
邪石に触れたことで、この国に迫る危機を肌で感じた。
自分には何ができるのか。何をすべきなのか。基地内を歩きながらずっと考えていた。その答えを出す為には、この国に今何が起きているのかを知らなければならない。
そして、その為にはジェイドの力が必要だ。
「俺が話せることなら、すべて話す」
ジェイドは突然、目の前に跪いた。
「ジェイド、何を……」
その言葉は、彼の真剣な眼差しを受けて続かなくなる。
そして、それだけで何をしようとしているのか分かってしまった。
「ローズ、すまない。俺が間違っていた。今までローズの命を守ることばかりを考えていて、ローズの気持ちを無視していた。ローズは自分よりも国民のことを考える優しい王族だ。だからこそ、俺は守りたいと思ったんだってことを思い出した」
黒髪の前髪から覗く、緑色の真摯な瞳。その瞳から目が離せない。
ジェイドは、ローズに自らの剣を差し出す。その剣の柄には、かつてローズが授けたリビアン・グラスが輝いていた。あの時と違って、ずしりと重いその剣をゆっくりと受け取る。
ジェイドは、石の契約を行うつもりなのだ。
石の契約は一度きり。この行為に意味などない。しかし、そんなことは関係なかった。
今ここで、もう一度二人の気持ちを確かめ合うのだ。
そして、新たな決意を胸に刻む為に。
「ジェイド、あなたが私を守るなら、私はあなたを守るわ。勝手に死なせないから」
そうしてジェイドに剣をかざすと、リビアン・グラスが淡く光る。
「俺はローズの側で、ローズが望む道を守る。もちろん、簡単に命を懸けたりはしない」
彼はにっと笑い、ローズから剣を受け取った。その剣を大事そうに抱え、腰に戻す。
そして深く頭を下げ、最高の礼をとった。
(きっと、父上もこうするはずよね)
王族は大人しく守られていればいい。そんなことを言う人ではなかったから。
魔力は無くても、王として劣ることはなかった。いつも国民のことを気にかけていた素晴らしい国王だった。父と母が大切に守ってきた王国を、穢すことは許さない。
「一緒に、この国に光を取り戻しましょう」
ジェイドと一緒なら、必ずこの国を救うことができる。
ローズはそう確信していた。