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10 二人目の友人

「……えっと、パーカーさん? 大丈夫ですか?」


 ローズよりも年上で、背の高い男性の背中をさする日が来ようとは。

 徐々に落ち着いてきたパーカーは、今度は腰が低くなる。


「あぁ、こんなお見苦しい姿をお見せして申し訳ないです……」


 深々と頭を下げながらもなお、その目からは涙が零れ落ちている。もともと厳しい顔つきをしているようで、その顔で泣きながら謝られると、逆に怖い。

 こんな人が王国軍にいて大丈夫なのだろうか、などと不安さえ覚える。

 しかし、こんな風に泣きじゃくる姿を見たことにより、ローズの中で可能性が確信に変わりつつあった。


「……本当に、よく御無事で…うぅ……」


 まだまだその紫色の目からは止めどなく涙が溢れてくる。


「泣き虫の、ピーちゃん?」


 ぼそっと呟いた言葉に、パーカーが驚いたように顔を上げる。


「ま、まさか……覚えていてくれたのですか!?」


 感激して、また泣き出そうとする大きな身体を、ローズは再びなだめる。


「名札を見た時から、薄々はそうじゃないかと思っていたの……」


 この男、パーカー・ヴィアンドレは、王国内でも有力なヴィアンドレ公爵家の長男である。ヴィアンドレ公爵家は、サーペンティン家と同じく国王の側近を務めている家系だ。パーカーの父は体が弱く、祖父であるランドルフが現役で仕えていた。

 ランドルフは、先々代国王、つまりローズの祖父の時代からの家臣だった。ランドルフと祖父は親友であり、よくローズとも遊んでくれた。強面の顔で多くの人に恐れられていたが、本当は心の優しい人だということを近しい人物は皆知っている。

 ロースが七歳くらいの頃、そんなランドルフの孫が度々王城に来ているという噂を聞き、ローズは友達になろうとパーカーを探した。

 しかしその気弱な性格のせいで一人隠れていた為、見つけるのは一苦労だった。出会った当初は、姫であるローズと話をすることさえ緊張していたが、徐々に打ち解け、仲良くなった。それでも、敬称や敬語をやめられなかったのは、真面目なパーカーらしい。

 ローズは、ジェイドとパーカーと三人で過ごす時間が大好きだった。


「ピーちゃんは、変わらないね」

 

 ローズはくすりと笑う。

 パーカーは子どもの頃から泣き虫だった。すぐに泣いてしまう気弱なところを本人は気にしていた。

 だから、その泣き虫を直す為にローズはあれこれ世話を焼いたのだ。そして、泣き虫が治るまでは、「泣き虫のピーちゃん」と呼ぶ、と決めた。しかし、これは冗談のつもりだった。それなのに、彼は「ピーちゃん」というあだ名を何故か気に入ってしまい、ローズはパーカーのことをずっと「ピーちゃん」と呼んでいたのだ。


「……お恥ずかしい限りです。でも、多少はましになったんですよ」

 

 そう言って、自嘲気味に笑ったパーカーの笑顔は、あの頃と何も変わっていない。

 ローズより四つも年上なのに、どこか頼りなくて、でもとても優しいパーカーのままだった。顔だけはランドルフに似て強面になってしまったが、中身は全然変わっていない。

 しかし、ふと違和感に気づく。その名前を見ても、あのピーちゃんであると思えなかった理由。


「どうしてピーちゃんが王国軍にいるの? 学者になりたかったんじゃないの?」


 彼はとても頭がよかった。父バルロッサも、その頭脳に期待していた。


『将来はもっと勉強して、きっとローズ様の支えになります』


そう、いつも気弱だった彼が強い瞳で語ってくれたことがある。


 喧嘩もろくにできず、運動神経もさほど良くないパーカーが、何故王国軍にいるのだろうか。


「今は、ジェイドの補佐官をしているんですよ」


 ジェイドとパーカーは、男の子同士で、同い年ということもあって仲が良かった。

 八年経っても、二人が変わらず一緒にいることは嬉しかった。


「ジェイドの補佐って、ジェイドは何をしているの?」


「ジェイドは、王国軍総指揮官です」


 その言葉に衝撃を受け、ローズは絶句した。

 

 王国軍総指揮官。それは、王国軍の頂点に立つ者だ。かつては、国王が王国軍総司令官を担っていたが、王族が民を置いて逃げた過去から、軍の権限は国王から剥奪された。

 そうしたのは、アレクサンド王である。国民を守る王国軍が権力に踊らされてはいけない、という理由から王国軍は家柄や権力に影響されない完全な実力主義をとっている。

 その中で総指揮官にまで上りつめるのは、一体どれほどの努力が必要だっただろうか。

 家柄だけならば、ジェイドより上は王族ぐらいしかいない。王国軍に入らなくても、十分な地位を手にできたはずなのだ。

 それなのに、王国軍に入った理由。そんなことは分かりきっていた。守護者として姫である自分を守る為だ。ローズはそんなこと望んでいないというのに。


(ジェイドの馬鹿・・・!)


 ジェイドはもっと自分のことを考えるべきだ。しかし、守護者として彼を縛ってしまったのは石の契約を結んだローズだ。ただ、一緒に居て欲しいと願っただけだったのに。


「ローズ様?」


 パーカーが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「ごめんなさい。ジェイドが総指揮官で、ピーちゃんがその補佐官だなんて驚いちゃって……」


 どうして、こうもローズの気持ちを分かってくれないのだろう。だんだんと腹が立ってくる。


「やっぱり、私が補佐なんて頼りないですよね……」


 気弱な所はまだ健在らしい。だったら、尚更心配になる。


「そうじゃないんだけど・・・。でも、どうしてピーちゃんは王国軍に入ろうと思ったの? 大変でしょう?」


「大変、といえば大変ですが、もういい加減強くなりたかったんです。まだまだ弱いままですけどね」


 その表情は、もうあの頃の気弱なピーちゃんではなかった。強い意志が、その瞳には宿っている。


「そんなことないわ。もう、ピーちゃんなんて呼べないわね」


 そう言うと、パーカーは首を横に振った。


「いいえ。ローズ様には、ピーちゃんと呼んでもらいたいんです!」


 そんなことを真剣に、力強く宣言するパーカーがおかしくて、自然と笑みがこぼれる。


「やっぱり、ローズ様の笑顔は変わらないですね。人を幸せな気分にします」


「……ありがとう」


 なんだか照れくさかったが、そうであればいいと思い、もう一度にっこりと彼に笑いかけた。


 そして、パーカーと一緒に元いた部屋に戻る。彼もまたジェイドを探していたのだという。

 扉を開くと、二人が探し求めていた人物が立っていた。しかし、何故か少し不機嫌そうだ。


「ローズ、どこに行ってたんだ?」


 その表情から、心配をかけたのだと分かる。

 しかし、ジェイドも何も言わずに離れたではないか。

 それに、王国軍に入っていたことも聞いていないし、この国に何が起こっているのかさえまだ教えてもらっていない。

 もしかしたら、話すつもりなどないのかもしれない。

 そう考えると、ローズの中には何やらむかむかした感情が生まれてくる。王族を守るという守護者の使命は分かっているが、あまりにも説明がなさすぎる。それに、ローズは守られたいなど思っていないのだ。


「ジェイドこそ、どこに行っていたの?」


 ローズが強気に出たことに、パーカーは少し驚いている様子だったが、予想していたのかジェイドは動じずに答えた。


「少し報告を受けていた」


「その報告を私に教える気は?」


「ない」


 即答だった。いつもは優しく微笑むその顔も、今は無表情で全く動かない。


「結局ジェイドは私には何も教える気はないのね。だったら、私は私でこの国を守る方法を考えるわ」


 教えてくれないのなら、自分で調べればいい。もう、このまま宿舎の中で守られるのは嫌だ。


「あ、あの……せっかく久しぶりに会えたんです。もう少し冷静に話し合いましょう」


 二人の険悪な様子におろおろしていたパーカーが、恐る恐る口を挟む。


「そんな時間はない。パーカー、お前も来てくれ」


 そう言ってジェイドはこちらを一度も見ることなく部屋を出た。そんなジェイドの後を慌ててパーカーが追いかけていく。

 二人が出て行った扉を見て、ローズは一人ごちる。


「……ジェイドの馬鹿」


 どうして一人で抱え込もうとするのだろう。

 ジェイドではどうしようもないことだってあるのに。


 今、この国には今までにない闇が迫っている。その闇に、ローズの持つ腕輪は敏感に反応していた。その闇はどんどん深まってきている。


(この国に、一体何が起こっているの?)


 両親が、家臣達が、国民が、皆が、笑って過ごしていた平和な王国を取り戻したい。

 この国の姫として、魔石の加護を受ける者として、守られるのではなく守りたい。

 魔石の魔力はその為に与えられた力だと思うから。



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