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水色の太陽  作者: one
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第七話 「俺はお前の先輩じゃない」

 競技場で前山と別れた後、二人は夕の家路に着いた。


 空に張った薄い雲が日光を適度に分散し、心地良い抱擁感を与える。夕の家を訪ねるのはこれで二度目だが、起伏の多い町並みを歩きながら武人はあの時とは違ったある種の緊張と嬉しさの入り交じった複雑な心境を抱えていた。


 天候の気持ち良さとは裏腹、内心はそのもやもやがなんだか気持ちわるくて、それを紛らわすかのように武人はずっと喋りっぱなしだった。

 部活の話、学校の話、テレビ番組やドラマ、いろんな話をした。

 一方夕は武人のマシンガントークに自転車を引きながら適当な相槌を打ち、たまに話に突っ込んで来た。大程の話題には通じているようで、武人も無理なく話が出来た。

 ただ前山が言っていた事を考えると、確かに夕はなんだか、他人との関係に線を引こうとしている、ような気がして来た。

 実際自分の話はほとんどしないし、武人自身についても何も聞いてこない。目線は武人を見ていても、何か別のものを見ているようにすら感じる。

 しかしそれらには一切の確証が無い。前山にああ言われた為にそう意識してしまっている、と考えた方が合点が行く部分も多いのだ。



「あ!てゆーか先輩、すいません!自転車引いてもらっちゃってて…。」

 あんまりいろんなことを考え過ぎていた為か、普段ならすぐに気付くような失礼をここまでずっと放置してきてしまった。武人はやっちまった…と思いながらばつが悪そうに頭を下げた。


 そこはようやく長い坂道を登り終えたところにあった横断歩道の手前だった。綺麗に舗装された幅の広い道路は、このすぐ先にある観光ホテルに通じているからだそうだ。競技場から夕の家に向かうには、この小高い丘を越えていくのが最短ルートだと言う。ちなみに夕が通っている高校は、この丘の中間くらいに位置しており、その場所からでも十分海が見えるのだから、今二人が立ち止まっている場所からは雄大な空と優美な海が垣間見える。夏になれば、海開きと共にその観光ホテルが一層賑わうのだ。


「あ?あぁ、別にかまわねぇよそんなこと。」

 夕はきょとんとした顔をしている。ほんとに気にしていなかったようで、武人は内心で胸をなでおろした。また怒らせちゃったら気まずいしなぁ、と、先日の大会のことを思い出していた。


「いやいや、でも悪いんでここからは俺が持ちますよ!」

 そういうと武人は夕の自転車を半ば強引に奪い取った。夕は最初こそ「いや別に良いって、こっから下りだし!」と言って自転車を手放さなかったが、武人が無理やり取り上げてしまったので「まったく…」と呟いてそれ以上は何も言わなかった。


 しばらく夕の自転車を引いていると、先ほどからちらちら顔を覗かしていた大きな建物の目の前に到達した。例の観光ホテルである。道路を挟んで右手の傾斜を棚田のように開拓して大きな駐車場を作っており、左手には小さな港町には不釣り合いの綺麗なホテルがたたずんでいる。


「すごいっすねー。」

 武人は自転車を引きながら感嘆した。

「地元すぎて入ったこと無いけどな。」

 夕はそういうとくすりと笑った。

「じゃあ今度一緒に泊まりましょう!」と武人が言うと、「いやなんでだよ。」と夕が小さく突っ込みを入れた。


 ホテルを過ぎた辺りで、武人は良いことを思いついてしまった。あとはもう下り坂なのだから、わざわざ歩くとはないではないかと、夕の自転車に二台が付いていることを確認した。

「先輩!ニケツしましょう!」

 そして自分より2歩ほど前を歩いていた夕に向かって、唐突にそう言った。夕は「は?」と言って振りむいた。


 武人は自転車にまたがって夕の前まで軽く漕いで行くと、「ニケツしましょう!」と繰り返した。

「俺が漕ぐんで先輩後ろ乗ってください。」

 武人はそう言うとニシシと笑った。

「バカかお前!なんでお前とニケツしなくちゃいけねぇんだよ!」

 夕はそう言って悪態をつくと、武人を置いて先に歩きだした。武人は「あ、ちょっと先輩、いいじゃないすか!」と言ってもう一度夕の目の前まで自転車を漕いだ。

「つーか、お前のエナメルバッグ邪魔だし、無理だって。」

 夕はそう言うと、めんどくさそうに嘆息した。しかしなんとなく夕の頬が紅潮しているではないか。これはただ単に恥ずかしがっているだけだと見たので、そのまま強引に誘えば押しきれると武人は確信していた。

「いやいや、こんなん前に持ちますから大丈夫っす!ほらほら~早く乗ってくださいよ!先に行っちゃいますよ~。」

 武人はそう言うと、自分のバッグを前に回して自転車の荷台を夕の方に向けた。夕は観念したのか、おもむろに荷台に跨る。「ニケツって苦手なんだよな…。」などとぶつくさ言いながら。


「危ないんでしっかり掴まっててくださいね!」

 武人は夕を載せると自転車を発進させた。流石に大の男が二人も乗っているとペダルが重くてふらついた。武人は咄嗟にそう言っていた。夕は「ん。」と小さく返事をすると、武人の肩に手を置いた。なんとなく遠慮がちだった。

「じゃあ、行っきますよー!!」

 武人は夕が自分に捕まったのを確認するとそう叫んだ。そして二人を乗せた自転車は坂道の助けも借りて、徐々にスピードに乗って行った。丘の傾斜沿いの広い道路で、風が強い。幸い車がほとんど通っていないので気兼ねなく車道を走れる。


「ほら、快適でしょー!?」

 武人は風に負けないように大声を出した。夕からは「ケツがいてー。」という返事が返ってきた。風が強くてあまり聞こえない。


 しばらく走っていると道が二つに分かれた。徐々に坂道が緩やかになってきた。そろそろ丘を下りきるようで、ふもとの町に入る。

「先輩、次道どっちですか?」

 武人がそう聞くと、「右。」という短い返事。しばらく行くとまた道が分かれるので「先輩、次はー?」と聞くと、また「右。」という短い返事が返ってくる。そのやり取りを何度か繰り返していると、ハンバーガーのチェーン店が見えてきた。

「お、あそこ寄ろうぜ。」

 夕がそう言ったので、武人は「らじゃーっす!」と言って駐車場に入って行った。


 そのハンバーガーショップで昼食にすることにした。



「お待たせっす~。」

 武人がそう言って普通のハンバーガー×3とてりやきバーガーのポテト・コーラのセットが乗ったトレイを運んでテーブルに座った時には、夕は既にチキンのバーガーを咥えていた。夕はそのトレイの上のバーガー×4を見て眉を顰めた。

「お前、そんなに食うのか…?」

 そう言った夕はなぜか青ざめている。武人はきょとんとしながら夕を見る。

「え?いや、まだまだ少ないっすよー。先輩こそ、それ一個で大丈夫すか?」

「ポテトもあるから十分だよ。」

 余計なお世話だ、と夕は続けた。


「にしても丁度腹減ってたんで助かりましたよ~。」

 武人はそう言うとてりやきバーガーを貪り始める。バーガーは見る見る内に消えていった。てりやきバーガーが一つ消えるのに10秒経ったかも怪しい。夕のバーガーはまだ半分程は残っていた。

「速っっ!!…つか、うまそうに食うなぁ。俺あんまりここのハンバーガー好きじゃないんだけどな。」

 夕がそう言うと、既に二つ目のハンバーガーを齧りだした武人が、口の中を一杯にしながら反論する。

「腹いっぱい食えたらなんでも良いっすよー。」

 本当は口にものが入っていてもごもご何言っているのかよくわからないのだが、夕は彼がそう言ったのだろうと解釈した。

「俺は量より質だな。食い放題とか気持ちよく食えた試しが無いしな。」

 夕はそう言ってドリンクを飲む。

「なんでっすかー?焼き肉とか食い放題いいじゃないっすか。」

 武人はそうしてハンバーガーをまた一つ平らげた。

「食い放題って元とることに意固地になっちまって最終的に気持ち悪くならねぇ?あれがもう無理。」

 もはやスポーツマンの風上にも置けない発言である。

「いやいや!あの気持ち悪い感も含めて食べ放題の醍醐味じゃないっすか!先輩も分かってないなぁ。」

 そう言って武人はポテトをすごいスピードで消し去っていく。一度に4~5本口に運んでいるように見える。

「うるせーな。分かりたくねーよそんなもん。」

 夕はそうして口を尖らせながら、ポテトを一本ずつぼそぼそと食べていく。武人は早々にポテトを全部無くしてしまうと、二つ目のハンバーガーの包みを開けた。


「…つか、さっきから気になってたんだけどさ。」

 武人が三つ目のハンバーガーを咥えたのとほぼ同時に、しばらく黙々とポテトを処理していた夕がおもむろに口を開いた。武人はハンバーガーを咥えながら「ふぁい?」という気の抜けた返事をした。

 夕は少し考える素振りをして、何となく言いにくそうにこう言った。


「先輩、って呼ぶのやめろよ。」


 武人はハンバーガーを口から離すと、「え…。」と小さく声を上げた。


「いや、俺、お前の先輩じゃねぇし。」


 夕は目を逸らしてそう言うと、鼻先を掻いた。




『先輩じゃない。』


 ドキッとした。

 今口に入れていたもの全部が逆流してくるのではないかと思うほど、武人はその言葉がショックだった。

 今日ずっと感じてたこと。


 前山に言われた言葉がまた武人の脳裏に蘇る。


『お前はいつも一緒にいるわけじゃないから分からない』


 そう。

 こんなにも夕のことを尊敬しているのに、結局自分と彼は赤の他人以上の何でもない。

 学校も違えば、学年も違うし、住んでる地域も、何もかも。


 新藤夕にとって、俺は、『後輩』ですらないのか…。


 なんだか、吐きそうだ。



「…おい?大丈夫か?」


 気が付けば武人はハンバーガーを構えたまま固まっていた。夕が珍しく心配そうに見ている。


「あ、いえ、大丈夫っすよ~!あはは…。ちょっとぼ~っとしてました!…そっすよね…。図々しかったですよね…。後輩でもないのに先輩とか呼んじゃって!!ハハ!」


 結局は調子に乗り過ぎたのかも知れない。夕にしてみれば、自分なんてなんでもない他校の二年生だ。あんなにすごい人が、自分のことを一人の後輩だなんて思ってくれているはずが無い。今さらになって思いだした。

 なんとなく辛い。自分の想いと相手の想いが噛み合っていなかった悔しさ。心臓がぎゅっとなったが、精一杯明るくふるまった。


「じゃあこれからなんて呼んだら良いっすかね?…やっぱり新藤さんですよね…。」


 新藤さん。なんて他人行儀な呼び方なんだろう。最近一気に近づいたと思っていた彼との距離が、また大きく広がってしまう気がする。嫌だな、武人はそんな気持ちでいっぱいだった。

 そして武人は、精一杯の作り笑いを浮かべて、夕を見た。


「…でいいよ。」


 夕は何故かまた顔を赤らめている。目を合わせない。武人は彼がなんて言ったのかよく聞こえなかった。


「え?今なんて言いました?」

 だからそう聞き返してしまった。いや、本当は少し聞こえた気がした。だがまさか、そんなことはないだろう。だって、それではなんだか、おかしい。


「…ユウでいいよ。」


 そして夕は確かに、そう言った。蚊が鳴くような小さな声で。相変わらず目は合わないし、顔が真っ赤だ。


『ユウ』?


 というのは、彼の名前だ。武人は今まで考えていた延長線から行くと、もっと距離をとられるのだと思ったのだ。「俺はお前の先輩じゃない」という彼の発言は、「お前なんか俺にとっては赤の他人だ」と言われたんだと思ったのだ。だから、もっと他人らしい呼び方をしろと、そういう意味だと、思ったのだ。なのにこれでは逆に…。

 武人は整理が出来ず、もう一回聞いた。


「すんません、もう一回…。」


「…だから、『夕さん』とかそんな感じで呼んだら良いんじゃねーの?って言ってんだよ!何回も言わせんなこのバカ!」


 そう聞いたら、真っ赤な顔をしたイケメンがいつにも無い大声を出した。あまりに大きな声だったので、周りのお客さんが一斉にこっちを見た。夕はばつが悪そうに苦笑すると、「あはは…お先~。」と言って席を立ってトレイを返却口に返すと、速足で店を出ていってしまった。武人は「あ、先輩!、いや、ゆ、夕さん!俺、まだ残ってる!」と言いつつ最後のハンバーガーを咥えると、大急ぎで自分もトレイを返却して店を出た。



 外に出ると夕が自転車のそばで腕を組んで待っていた。勝手に帰られたらどうしようと思っていたので安心した。


「おせーよ。」

 勝手に出ていったくせに酷い言い草である。夕はそうして自転車の鍵を開けた。


「じゃあ、これから夕さんって呼びますね!」

 武人はそう言ってニシシと笑う。夕はそれに目を合わせずに「おう。」とだけ返した。少し頬が紅潮して見える。

「そんで夕さんは俺のこと武人って呼んでくださいね!

 夕さん、実は俺のこと名前も名字も一回も呼んだこと無いっすよね。」


 武人のその一言に驚いた表情をした夕は、わざとらしく頭を掻きながら「そうだっけ?気のせいだろ。」と言った。この人はつくづく嘘が下手だなと武人は思った。


前回の連載時に構想に入っていたものの文章化できなくて断念したエピソードの一つです。

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