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陰陽少女

作者: 水原 順

      夢魔(むま)


 六時限目も、終わりに近づいた頃。

御神楽(みかぐら)小学校、五年一組の教室の、天井からぶら下がっている『それ』が見えているのは、八神(やがみ)愛子(あいこ)一人であった。

『それ』は裸で、薄緑色の肌をしており、つるりとハゲて、()せた老人の姿をしている。天井(てんじょう)下り(くだり)という名の、妖怪だ。

天井下りは、黒目の無い白い目で、物欲しそうに愛子を見つめている。国語の教科書で顔を隠し、愛子は小さくため息をついた。

本日最後の、授業終了のチャイムが鳴り、そのまま終わりの会に入った。教室の中が、がやがやと騒がしくなった。天井下りは、相変わらす愛子を見つめている。

「もう少しだから、待っててよ」

 愛子は、心の中でつぶやいた。

 担任の粟田(あわた)先生が、にっこりわらって言った。

「こらこら、静かにしろ。じゃあ、みんな連絡ノートを出して。明日の、図工の時間に必要な物を、今から言うぞ」

 教室内は、少しマシになったが、まだあちこちでおしゃべりをしている子がいて、騒がしい。

 連絡ノートを出しながら、愛子はギョッとした。天井下りの姿が、うっすらと見えそうになっているのだ。ちょっと霊感のある子なら、見える程度の濃度になっている。あんなモノがみんなに見えたら、大騒ぎになることは、間違いない。

 愛子は慌てて、連絡ノートを一枚破り、小さな短冊の形にちぎった。筆箱に、いつも入れている筆ペンで、短冊に『隠業』と書き込み、天井下り目掛けて、すばやく投げた。短冊は、吸い込まれるように、天井下りのおでこにペタリと貼り付いた。

すかさず、愛子は両手で印を結び、「オン、アニチヤア、マリシエイソワカ」と小さく唱えた。教室内がざわめいていたので、他の子には分からなかったようだ。

天井下りは再び姿を隠し、愛子以外には見えなくなった。

「これで、終わりの会を、終わります」

 本日の男子、女子の日番が二人、声をそろえて言った。

「起立!…礼!」

 クラス委員長の上小牧(かみこまき)美穂(みほ)の号令で、やっと解散となった。

 愛子が、バタバタとランドセルに教科書を押し込んでいると、愛子の親友、小西あんずが声を掛けてきた。

「愛子、どうしたの?すごく慌ててない?」

「出たのよ、あんず。」

「ゲッ!例の奴?見えないよ」

「見えないようにしたのよ。もう、半透明になりかけてたんだから。まあ、誰にも気付かれなかったけどね」

 愛子が、天井下りの方へ目をやると、あんずも気味悪そうに、そちらを見た。

「いるの、あの辺に?」

「うん」

「行くの、音楽室?」

「しょうがないじゃん。まあ、悪い奴じゃあないんだし、行ってくるよ。先に帰って、いいからね」

 そう言って、教室を出ようとした愛子の背中に、「校門で、待ってるよ!」と、あんずの声が追ってきた。愛子が出て行くと、天井下りはスゥッと教室の天井に、人知れず吸い込まれた。

 音楽室に入ると、愛子は入り口の鍵を閉めた。一分も経たないうちに、音楽室の天井から、先程の天井下りがヌッと顔を出し、天井からぶら下がった。

「やれやれ、あんたにも困ったもんね」

 言いながら、愛子はランドセルから、リコーダーと、一枚の札を取り出した。札を、音楽室の扉に貼り付ける。両手で印を結び、小さく唱えた。

「オン トナトナ マタマタ カナカナ カヤキリバ ウンウンバッタソワカ」

 音楽室の掃除当番が、入って来れないように、結界(けっかい)を張ったのだ。

「はい、お待たせ」

 愛子が言うと、天井下りは白い目で愛子を見つめたまま、ニタリと笑った。

 愛子は、リコーダーを唇に当て、それを吹き始めた。リコーダーから、澄んだ音色が流れ出した。曲は、アニメ映画の主題歌である。

 天井下りは、うっとりと白い眼を閉じて、リコーダーの音に聞き入っている。

 八神愛子は、古くからこの町にある、八神神社の二女として生まれた。幼い頃から、巫女として育ち、祭などでは儀式で舞をやったり、()楽器(がっき)を演奏したりする。

 中でも愛子は、笛が得意だった。元々の才能に加え、笛が好きで、よく練習もした。その結果、愛子の笛の音は、霊力すら持つまでになったのだ。

 それは、学校で吹くリコーダーでも同じだった。

小学校三年生の時、初めて授業でリコーダーを吹いた時、何やら気配を感じてふと天井を見ると、一匹の妖怪が、笛の音に誘われて天井からぶら下がり、うっとりと聞き入っていた。しばらく聞くと、妖怪は満足したのか、いつの間にかいなくなってしまった。それが、この天井下りであった。

それ以来、三~四ヶ月に一度くらいの割合で、天井からぶら下がっては、無言で愛子に笛をねだっているのだ。

アニメの主題歌。唱歌。ポップス。曲は、何でも良い。

愛子が、五曲目を吹き終わる頃、それまで眼を閉じて、ぶらーり、ぶらりと気持ち良さそうに揺れていた天井下りは、満足したのか、いつの間にか消えてしまっていた。

愛子は、リコーダーをランドセルに仕舞い、ドアに貼り付けた札をはがして、音楽室を出た。すると廊下の反対側で、ほうきを持った三組の男子が二人、こちらを見て叫んだ。

「あった!音楽室が、あったぞ!」

「本当だ!やっと、たどり着いたぞ!」

 音楽室の、掃除当番らしい。愛子の結界に邪魔されて、音楽室にたどり着けずに、同じところをぐるぐる回っていたようだ。

愛子は「ごめんね」と、心の中でつぶやいて、あんずが待っている校門へ急いだ。


 八神(やつがみ)神社(じんじゃ)。この町に、古くからある神社である。1120年に、八神(やつがみの)(きよ)(ひめ)が興したのだが、戦争で一度焼けてしまい、その後に新築されたので、鳥居(とりい)境内(けいだい)はまだしっかりしている。

 八神神社の境内には、桜の木が三本ある。今は、すっかり散ってしまい、木は葉だけになっている。

 満開の時は、近所の人たちが花見に来たりして、結構賑(にぎ)やかになる。愛子はそれがうっとうしくもあり、嬉しくもあった。葉だけになった桜の木は、人を集める事も無く、今は境内もひっそりとしている。

 そんな夕暮れの境内を、愛子が一人、竹ぼうきで掃いている。今日は愛子の当番で、姉の舞子と交代でやっているのだが、舞子はある用事で、県外へ行く事が多く、愛子が割を喰う事が結構よくある。

 日も大分暮れかかった頃、女の子が一人、石の階段を上って境内へやって来た。隣のクラスの、高山由香だ。愛子に気付かず、真直ぐに賽銭箱(さいせんばこ)の方へ歩いて行く。

「高山さん、どうしたの?こんな時間に」

 愛子は、由香に声を掛けた。

「え…。ああ、八神さん。そういえばこの神社、あなたの家だっけ。わぁ、巫女(みこ)さんの格好、すごく似合ってる」

「まあ、これでも一応本物の巫女だもんね。似合わなきゃ、困るわよ」

 愛子は、照れ隠しにそう言うと、持っていた竹ぼうきを、肩に担いだ。

「へへ。そう言えば、そうよね。本物の巫女さんだったよね」

 笑ってはいるが、由香の顔はなんとなく暗い感じがした。それに、少しだが、妖気も感じる。

「高山さん、何かあったの?なんだか、顔色が悪いよ」

 愛子が言うと、由香の顔が、サッと強張った。何かを堪えるように肩を震わせ、奥歯を噛み締めていたが、大粒の涙がポロリとこぼれ、頬をつたった。

「あたしの…。妹が…。小百合が…」

「小百合ちゃんが、どうかしたの?」

「今月に入ってから、毎日少しづつ痩せているの。顔色も、段々悪くなっちゃって。三日前から、学校も休んでるわ」

「病気なの?」

「それが、分からないの。病院へ行っても、何処も悪い所は無いって言うの。薬も、栄養剤しか出してくれないし。四件も色んな病院を廻ったの。もう、神様にお祈りするくらいしか、出来ないと思って…」

 由香はついに、その場にしゃがみ込み、しゃくり上げて泣き出してしまった。

 愛子は、由香を抱きしめて言った。

「あたしに、任せて」

「え?」

「あたしに、任せてって言ったの。小百合ちゃん、病気なんかじゃないわ」

「どうして、八神さんに分かるの?お医者さんじゃ無いのに」

「巫女だからよ。さあ、もう泣き止んで、ちょっと家へ入って」

 愛子は、由香の手を引くと、神殿の裏にある、母屋の方へ引っ張っていった。


 神殿の裏へ廻ると、小さな森があった。まだ夕暮れだが、奥の方は真っ暗だ。その森の中へと、未舗装(みほそう)の道が伸びている。由香は、少し気味が悪くなってきた。

「八神さん、やっぱりいいよ」

「何言ってるの。遠慮は無用よ。あ!もしかして、高山さん怖いの?」

 由香の様子を見て、愛子は笑って言った。

「え…。ちがうよ、そんな」

「いいから、いいから。うちのクラスのあんずなんて、しょっちゅう遊びに来るけど、いつも『薄気味悪い』なんて言うのよ。アイツは失礼だけど、高山さんは初めてだもん。仕方ないよ」

「ああ、小西さん。そう言えば、仲が良いもんね」

 由香は、安心したように笑った。

 森の出口が見えてきた。出口の向こうに、ぽっかりとした空間が広がって見え、そこに木造(もくぞう)平屋建(ひらやだ)ての、古い日本(にほん)家屋(かおく)が建っていた。造りは古いが、見た目は古ぼけた感じは無く、周りの草もきれいに刈ってあり、中々立派なたたずまいである。

「あれが、八神さんの家?なんか、すごいお屋敷じゃない」

「ただの、古屋よ。あたしは、綺麗なマンションに住みたいな」

 森の出口で、愛子は立ち止まった。

「どうしたの、八神さん?」

 由香が、また不安な顔になった。

「うちの家に入るのは、ちょっとした準備がいるの。ちょっとごめんね」

 そういって、愛子は由香のおでこに、右手の人差し指と中指を当てた。左手の指も、同じように二本立て、自分の唇にあてて、小さく呪文を唱えた。

「オン アミリタ テイゼイ カラ ウン」

「い…今の、なあに?」

 愛子が指を離すと、由香は引きつった笑顔で聞いた。まあ、夕暮れの薄暗い森で、古い日本家屋の前である。巫女と二人きりで、呪文など唱えられたら、怖くない方がおかしい。

「信じられないかもしれないけど、ここから先は、結界が張ってあるの」

「結界?よく、妖怪モノの漫画なんかに出てくる、アレ?」

「そうよ」

「八神さん、本気?もし、からかってるなら、あたし帰る」

 由香は、声を荒げた。これもまあ、当然の反応だろう。

「からかうわけ、無いじゃない。それに高山さん、『もう、神様にお祈りするしか無い』って言ったじゃない。神様にお祈りするって事は、神様を信じるって事でしょ?あたしは、巫女として言ってるんだから、信じてよ」

「じゃあ、今のおまじないって、何だったの?」

「高山さんに、妖気が付いてたからよ。ここには、妖気を帯びたモノが入って来れないように、結界が張ってあるの。だから、その妖気を(はら)ったの」

 由香は、益々からかわれているような気分になってきた。そして、口を開きかけた時、母屋の玄関の格子戸がガラリと開いた。二人とも、ハッとしてそちらを向いた。

「そんな所で、何してるの?入るなら、さっさと入りなよ」

 中学生の女の子。白いTシャツに、赤いミニスカート。薄手のカーディガンを羽織っている。右手首に、赤いマガ玉をつないだ、珠数のようなブレスレットをしていた。

普通の格好で、玄関先にただ立っているだけで、愛子よりはるかに巫女の雰囲気を漂わせている。

八神(やつがみ)神社(じんじゃ)の創設者、八神(やつがみの)(きよ)(ひめ)の再来と言われる、八神(やがみ)舞子(まいこ)。愛子の姉だ。

「こ、こんばんは」

「こんばんは。何か、悩み事ね」

 思わず、頭を下げた由香に、舞子があっさりと言った。

「え…。どうしてですか?」

「すごく疲れた顔しているからよ。あんまり寝てないって顔ね」

 とまどう由香にくるりと背を向けて、舞子は母屋へ入っていった。

「さ、早く入って」

 愛子に背中を押されて、由香は家の中へ入って行った。

 外から見るより、中はずっと綺麗で、立派な造りになっていた。玄関も、六畳程の広さがある。

 よく磨かれた白木の廊下を、奥へと案内された。突き当たりの、左側の部屋。愛子が、ガチャリとドアノブを回した。

「お姉ちゃん、入るよ」

「何よ、あんた。ノックしろって、いつも言ってるでしょ」

「すみません」

 愛子ではなく、由香が何となく代わりに謝った。

「ま、いいわ。なあに?やっぱり、妖怪関係の悩みなんでしょ?話してみなよ」

 舞子の部屋の中は、屋敷の感じとまるで違っていた。白い、クロス張りの壁。フローリングの床。オレンジのカーテン。勉強机の横に、可愛いベッド。部屋の真ん中に、二畳くらいの大きさの、センターラグが敷いてある。

 舞子は、その中にあってなお、巫女の雰囲気を強く感じさせる何かがあった。霊だの、妖気だの、妖怪だのと信じられない事ばかりだが、どうせダメモトで来たのだ。由香は、この姉妹に、全て相談して、すがってみようと決めた。

「実は、私の妹が…」

 愛子が、改めて紹介した後、由香は先ほど愛子に話した事を、舞子にもう一度話した。舞子は、黙って一通り話しを聞いていたが、やがて口元だけで、フッと笑った。

「ねえ、由香ちゃん。あなたの妹、夜にうなされていない?」

「はい。何か、夢にうなされているらしいんですが、起こしても…」

「絶対、起きないんでしょう?」

「そうなんです。それで、あたしも…」

「眠れない」

「はい」

「お姉ちゃん、それって…」

 二人のやり取りを聞いていた愛子が、思わず割って入った。

「夢魔ね」

「夢魔?何ですか、それ?」

「人間の夢の中へ入って、その人間の精気を吸うの。吸われている間、その人間は夢にうなされるのよ。で、朝目覚めたら、夢の事は何も覚えていないの」

「でもお姉ちゃん、ちょっと変よね。夢魔って、一晩誰かに取り憑いたら、朝には何処かへ行っちゃって、同じ人間に何日も取り憑くなんてしないはずでしょ?」

「普通はね。でも、多分何処かへ行きたくても、行けなかったんじゃない?」

「どうしてよ?」

「この町はね、大昔に八神清姫が、妖怪を外へ出さないように張った結界が、沢山あるのよ。そしてその結界は、外から妖怪が入ってくる事は出来るの。それで、悪い妖怪を閉じ込めちゃうのよ。まあ、ゴキブリホイホイの、妖怪版ね。それが、戦争の空襲なんかで、村が滅茶苦茶にされちゃった時、いろんな形に歪んで、あちこちに残ってるのよ」

「で?それと、今回の事と何の関係があるのよ?」

「あんたも、ニブイわね。由香ちゃんの家に、偶然その結界が張られていたら、どうなると思う?」

「妖怪は、入って来られるけど、出られない…。そうか!夢魔も、家に入って来たのはいいけど、出て行けない」

「そういう事。だから、同じ家にいつまでも居ついてるのよ」

 この姉妹の、信じられない話を、由香は笑い飛ばす事が出来なかった。この二人にすがると決めた事もあるが、うなされている間は、いくら揺すっても起きず、起きてからどんな夢をみたのか聞いても、『覚えてない』と言った小百合の反応が、今の二人の話と、ぴったり一致するからであった。

「で、どうすればいいの?お姉ちゃん、行ってくれる?」

 愛子が、身を乗り出すと、舞子は人指し指で、ポリポリと頭を掻いた。

「ま、夢魔くらいなら、アンタが行っといで。アンタの友達の事なんだし。その小百合ちゃん…だっけ?その子の夢の中に入って、夢魔を夢から追い出すだけよ。まあ、その前に、この子の家に張られた結界を、切らなきゃなんないけどね」

「薄情者!高山さん、あたしに任せて。きっと、小百合ちゃんを助けてあげる」

「ありがとう。それと、高山さんって言うの、やめてよ。由香でいいよ」

「じゃあ、あたしも愛子でいい」

「はいはい、友情が深まった所で、物置から(ひのき)(けん)、取って来な。いいもの作ってやるから。それから、由香ちゃんは、もう家に帰りなよ。今夜、十二時に愛子が行くから」

「はい。じゃあ、お願いします」

いいものと聞いて、愛子は素直に従った。とりあえず、由香を境内まで送って行く。

「ごめんね、愛ちゃん。夜中に来てもらうなんて」

「いいの、いいの。こんな事、結構有るのよね。とにかく、十二時に行くから、鍵は開けてよね」

「うん。じゃあ、十二時に玄関に居るから、あんまり音を立てないように、チャイムを鳴らさずに、ドアを叩いてくれる?」

「OK!それじゃあ、後でね」

由香は、境内から下へ続いている階段を駆け下り、一度途中で振り返って、愛子に向かって大きく手を振った。その期待を込めた手の振り方は、愛子に十分なプレッシャーを与えてくれた。

由香を見送った愛子は、再び森を抜けて母屋に戻らず、舞子に言われたとおり、檜の剣を取りに、物置へ向かった。

檜の剣とは、剣の形に切ってある檜の板で、八神神社では、厄払いの儀式等に使っており、束にして物置に置いている。一枚取って、舞子の部屋へ帰ると、舞子が墨を()っていた。

「おっ、持って来たね。貸してみな」

 愛子から檜の剣を受け取ると、舞子はそれを自分の(かたわ)らに置き、自分の髪の毛を一本抜いた。左手の、人指し指と親指で、髪の毛をつまんで持ち、右手の指をパチンと鳴らすと、右手の人指し指に、小さな火が点った。その火で、左手に持った髪を焼き、その灰を(すずり)の中へ入れた。

 さらに舞子は、硯の横に置いてあった小さな虫ピンで、左手の人指し指を突いた。小さな血の玉が、舞子の人指し指にプツリと出来た。舞子はその血も、硯の中へ入れた。

 血と、灰と墨をまぜるように、もう一度磨って、小筆にたっぷりと墨を含ませた。この小筆は、舞子の髪の毛で作っているものだ。

 傍らに置いた、檜の剣を手に取ると、舞子はそれに、さらさらと何かの文字を、書き始めた。

「お姉ちゃん、それ…。(そん)(しょう)真言(しんごん)?」

「そうよ。これで、お姉さま手作りの霊剣、出来上がり。どう、ありがたいでしょ?」

「えー!なんか、卒塔婆(そとば)みたい」

 卒塔婆とは、墓地に立っている、お経や死んだ人の名前等が書かれた、剣のような形の板である。確かに、それに見えなくも無い。

「なによ。じゃあ、持って行くのやめる?」

「そんな事、言ってないじゃない。ごめん。謝るわよ」

「ま、分かればいいわ。じゃあ、そろそろ晩御飯にしようか」

「今日の晩御飯は、なあに?」

「あ…。今日は、あたしが当番だっけ。じゃあ、仕度するから、部屋から出てってよ」

 舞子は、面倒くさそうに立ち上がると、愛子を部屋から追い出し、自分も台所へ向かった。

 今、この家には舞子と愛子しかいない。もちろん、両親は健在だ。では、何処にいるのか?

 舞子の母・八神(やがみ)霧子(きりこ)は、霊能者の間では知られており、怪奇現象の調査や憑き物のお祓いの依頼が、日本全国から入ってくる。その為、一年の半分以上は家にいない。父・(しゅう)(きち)もこれに同行しており、同じく家にはいない。家族が揃うのは、大晦日や正月、お盆やお祭りの時くらいである。(いわゆる、神社の書き入れ時)

 そして、舞子。八神神社の創設者・八神清姫の再来と云われるように、母・霧子を大きく凌ぐ霊能者であるが、中学生である以上、学校がある。そこで、母の手に負えないような強い悪霊や、妖怪の害が有る時のみ、呼ばれて手伝いに行くのだ。


 十二時三十分前に、愛子は家を出た。朱色(しゅいろ)(はかま)巫女(みこ)装束(しょうぞく)である。背中に、大きな卒塔婆…ではなく、舞子が作った霊剣を背負っている。

 舞子が、霊剣の刃の根元と先の部分に、(きん)の輪を二つ付け、その輪に、(あさ)(ひも)を通して愛子の背中に背負わせたのである。まあ、怪しい格好であることは、間違いない。

 十一時半といえば夜中だが、人通りがまったく無いとは言えない。ましてや、パトロール中の警察官にでも見つかった時は、追いかけられる事、間違い無しである。愛子は、大きな通りを避けて、なるべく暗い裏道を、由香の家へ向かって歩いて行った。

 暗い夜道に、真っ白な巫女装束を、ボウッと浮かばせて歩いている、普通では有り得ない子供を見て、腰を抜かした酔っ払いが一人いたくらいで、後は誰にも見つからずに、十二時五分前に、由香の家の前にやって来ることが出来た。

 白い吹き付け塗装の塀に、ブロンズ色のアルミの門。門の前に、レンガで造られた広めの階段が、三段ついている。家の壁は、ベージュ色のレンガ模様のパネルで出来ている。現代風の、二階建て住宅だ。

 レンガの階段に足をかけて、愛子は(まゆ)をひそめた。結界。なるほど、少しゆがんでいるが、確かに結界が張ってある。それも、はじめからここに張ったものではなく、どこかに張っていたものが、ここに移動したようだ。

分かりやすく言うと、テーブルに置いた食べ物に、ハエがたからないように被せていたものが、なにかの拍子で飛ばされ、テーブルの下にたまたま置いていたスリッパに(かぶ)さったようなものだ。

ただ、結界の場合、飛ばされるというのは、破られたという事で、そのまま移動して別の場所でも効果を持続させるとなると、これはかなり強い結界という事になる。

 門は閉じていたが、鍵は掛かっていない。

「愛ちゃん、こっち」

 愛子が門に手を掛けた時、玄関が音も無く開き、由香が手招きした。そこで、待っていたらしい。愛子は、音がしないようにそっと門を開き、結界の中へ入っていった。

「由香ちゃん、ちょっと待ってね」

 愛子は、門の内側から外に向かって立ち、目を閉じた。両手で印を結び、小さく呪文を唱え始めた。

「バラキヤソワカ・バラキヤソワカ」

 帝釈天(たいしゃくてん)の真言。愛子の霊力をアップさせてくれる。

 唱えながら、愛子の右肩に突き出している、霊剣の柄を右手で握った。キン!と澄んだ音がして、霊剣はそれを留めていた、金の輪から外れた。由香が、思わず息を呑む。

 愛子は、霊剣を両手で持ち、頭の上で構えた。口は、まだ小さく呪文を唱えている。

「バラキヤソワカ・バラキヤソワカ」

檜の霊剣が、うっすらと光を帯びで、夜の闇にボウッと浮かび上がった。

「はっ!」

 小さく、鋭い掛け声とともに、愛子が霊剣を振り下ろすと、闇が縦に切れ、そこから一瞬、眩しい光が走った。由香は、思わず目を閉じていた。

「由香ちゃん、終わったよ」

 愛子が耳元で囁くと、由香はゆっくりと目を開いた。門の外は闇に戻っていたが、気のせいか、薄い膜が一枚剥がれ、澄んだみずみずしい闇であるように見えた。

「ごめんね、愛ちゃん」

「何が?」

「あたし、やっぱり何処かで、信じていないところがあったんだ」

「いいよ、別に。それが、当たり前だもん」

「違うの。今は、信じてる。勝手だけど、今目の前で見せてくれた事で、心から信じる事が出来たの。お願い、小百合を助けて」

「モチロン!その為に、こんな時間に来たんだもん。さ、早く行こう」

 家の中に入り、そっとドアを閉じると、由香に続いて、暗い階段を二階へ上がった。短い廊下が有り、突き当たりには小さな窓がある。右が子供部屋だった。

「小百合」

 部屋へ入ると、小百合が二段ベッドの下の段で、うなされていた。例の悪夢を見ているらしい。

「これね。さあ、始めるわよ。まず小百合ちゃんを、ベッドから降ろさなくちゃ」

「わかった。でも、結構重いわよ」

 由香が、二段ベッドの上の段から、自分の布団を降ろして床に敷き、それから二人で小百合を持ち上げようとした時、子供部屋のドアがガチャリと開いた。(おどろ)いた二人は、(はじ)けるようにそちらを向いた。

「パパがやるよ」

 由香のお父さんが、笑って立っていた。その後ろには、お母さん。

「パパ、ママ。起きてたの?あの、これは、その…」

「こ…こんばんは、お邪魔してます…真夜中ですけど」

 まるで、悪巧(わるだく)みが親にバレたかのように、二人はしどろもどろになった。

「いいんだよ、由香。お前なりに、小百合の事を心配しているのは、分かってる。それより八神さん、お(はら)いに来てくれたのかい?ごめんね、こんな夜中に。でもお家の人は、知っているの?」

「はい、大丈夫です。それより、早くはじめましょう。でないと、小百合ちゃんが」

「ああ、そうだわ。パパ、お願い」

「よし」

 お父さんは、小百合を軽く抱き上げると、床に敷いた布団にそっと寝かせた。小百合はうなされたまま、起きる気配が無い。

 愛子は、紐で腰に巻いていた袋から、真っ黒な細い紐と、新しい草履(ぞうり)を取り出した。草履といっても、かかとに(ひも)が付いていて、締めると脱げないようになっている。それを()き、紐をきっちりと締めた。

髪を、後ろで束ねていた麻紐を引き抜いて、髪を解いた。由香の家族は、緊張した表情で愛子の作業を見つめている。

小百合の枕元に座る。右の手のひらを小百合の後頭部の下に、枕のように敷き、左手の人指し指と中指を立て、小百合の額の真ん中に当てた。自分の唇を、小百合の左耳に当てて、小さく呪文を唱え始めた。

「オン トナトナ マタマタ カナカナ カヤキリバ ウンウンバッタソワカ」

5回、6回と唱えると、小百合の苦しそうな呻き声が止まり、静かな寝息に変った。

「おお、なんと言う事だ」

「小百合」

 お父さんとお母さんは、思わず驚きの声を上げた。

「治ったの、愛ちゃん?」

「まだよ。今のは、ただの応急(おうきゅう)処置(しょち)。これからが本番よ」

愛子は、自分の髪に先ほどの細紐の先をくくりつけた。よく見ると、細紐は、髪の毛をより合せたものだった。もちろん、愛子の髪の毛で作っている。細紐のもう片方を、小百合の髪にくくりつける。

「どうするの?」

「うん。今から、あたしが小百合ちゃんの夢の中に入るの。夢の中から、夢魔を追い出さなきゃあ、治らないわ」

「ゆ…夢の中に入るって、そんなことが、本当にできるの?」

「出来なきゃ、治らないの。さあ、やるわよ」

 二人のおとぎ話のような会話に、お父さんもお母さんも、口を挟まなかった。

 愛子は、小百合の隣に仰向けに寝そべると、忍者のように両手で(いん)を結んだ。小さく、呪文を唱え始める。由香たちは、息を呑んで様子を見守っていた。

 やがて呪文が途切れ、愛子は眠りに就いたように静かになった。寝息は聞こえない。由香たちは心配になったが、黙って見守るより他に、仕方が無かった。


 ふと気付くと、愛子は夜の花畑に寝ていた。星は出ていない。夜ではなく、ただの闇かもしれない。愛子は、ゆっくりと起き上がった。

 空は真っ暗で、明かりも無いのに、周りの景色はちゃんと見えている。空気が、生暖かい。不思議な感覚だった。

 ここが、小百合の夢の中である事は、間違いない。とにかく、夢魔を探さなければ。愛子は、微かに漂ってくる妖気を頼りに、花畑の中を歩き始めた。足元も頼りなく、なんとなくフワフワした感じで、歩きにくかった。

 しばらく歩いて、愛子は「あ!」と声をあげた。びっしり咲いていたはずの花が、全て枯れている。いつの間にか、周りは枯れ木の森になっていた。

 森の中を、一本の道が通っている。妖気は、森の奥から漂い流れてくる。愛子はその道に従って、更に歩き続けた。歩き始めると、土だと思った地面は、いつの間にか泥の道に変わっていた。ひどく歩きにくい。

「まさに、悪夢って感じね」

 更に歩くと、妖気がぐっと濃くなった。

 やがて森の出口が見えてきた。ボウッと明るく光っている。その光に、なにやら紫色の、大きな風船みたいな物が、当たっては跳ね返される事を、繰り返している。

「アレね」

 愛子は、光に近づいて行った。光の中で、小百合が眠っている。光は、夢の中に入る前に、愛子が張った結界である。その結界に入ろうとしているもの。夢魔である。結界の中の小百合にとり憑こうと、先程から躍起(やっき)になっているのだ。

 夢魔とは、本来実体の無い妖怪で、薄紫色の霧か煙のようなものである。それが、小百合の精気を吸いすぎて、濃くなり、わだかまって、半分実体を持ちかけていた。

 実体を持ったものは、当然夢に出入りなど出来ない。なるほど、大体の話は読めてきた。

こいつは、高山家の結界に入ってしまい、この家から出られなくなってしまった。そこで夢魔は、由香や小百合、その両親の精気を順番に吸っているうちに、だんだん密度が濃くなってしまい、半分実体を持って、夢からも出られなくなってしまったのが、たまたま小百合の夢の中だったのだ。

実体を持ちかけた今の夢魔は、直径が2メートルくらいある、巨大な風船状である。どこまでが頭部で、どこからが体なのか、分からない。手も、足も無い。その球体の真ん中辺りに、皿のような黄色い眼が、二つ並んでいる。黒目は、異様(いよう)に小さかった。その眼が、ギョロリと愛子を(にら)んだ。

夢魔は、いきなり愛子に向かって飛んで来た。標的を、愛子に替えたようだ。見た目からは、想像出来ないくらいのスピードだ。愛子は、咄嗟(とっさ)に左へ飛んで、攻撃をかわした。

「お前も、出られなくなって、苦しいんだよね。今、出してあげるからね」

 愛子は、背負っている霊剣の柄に、手を掛けようとした。しかし、それより早く、反転した夢魔が飛び掛ってきた。

「キャッ」

 愛子は、反射的に右前方に転がってよけた。愛子の上を通過した夢魔が、空中でヒラリと(ひるがえ)り、片ヒザ立ちになった愛子を、真上から襲った。

 ずぶりと、愛子は夢魔にめり込んだ。いや、夢魔が愛子を取り込んだのか。愛子は、地面を転がり廻ったが、夢魔はますます、愛子を深く取り込んでゆく。

 ついに、夢魔の球状の体から、愛子の両方の足首から先が出ているだけになった。夢魔が、ゆっくりと愛子の精気を吸い始める。久しぶりに、小百合以外の人間の精気だ。夢魔は、歓喜した。その時。

 ピシャッ!と大きな音がして、夢魔は体中から、稲妻を発した。正確には、取り込まれた愛子が、夢魔の体の中で呪文を唱え、雷を起こしたのだ。

 霧状の、あるいは煙状の夢魔ならば、効かなかったかもしれない。しかし、実体を持った今の夢魔は、たまらずに愛子を吐き出した。よほど効いたらしく、グネグネと、その身をくねらせている。

「あんたを、ここから出してやるために、ワザワザ来たんだから。大人しくしろ!」

 愛子は、霊剣の柄に手を掛けた。キン!と澄んだ音がして、金輪(かなわ)(はじ)けた。愛子は、霊剣をゆっくりと振りかぶった。

「バラキヤソワカ・バラキヤソワカ・バラキヤソワカ・バラキヤソワカ」

 愛子が呪文を唱えると、霊剣がボウッと光を帯びた。

「ハッ!」

 愛子は、気合と共に、夢魔目掛けて霊剣を振り下ろした。まるで、煙の入った巨大なシャボン玉でも割ったように、夢魔は音も無く破裂し、薄紫色の煙になって拡散した。

「やった。これで、小百合ちゃんは元通りになるわ」

 愛子は、ホッとしてその場にうなだれた。そのとき、薄紫色の煙が、愛子を包み込んだ。

「キャッ!何よ、まだヤル気?」

 愛子は、霊剣を握り締めた。小さく呪文を唱える。

「バラキヤソワカ・バラキヤソワカ」

 愛子の髪の毛がザワリと逆立ち、ピシャッ!と音がして、雷が起こった。稲妻は、夢魔をすり抜けただけで、ダメージを与えた様子は無い。

「クッ!」

 愛子の息が詰まった。煙を吸い込んでしまったのだ。愛子は、夢中で霊剣を振り回したが、自分を包み込んだ煙は、どうすることも出来ない。

 フッと意識が薄らいで、愛子は気を失ってしまった。


 愛子の体が、ビクンと動いた。

今まで、死んだように動かずにいた愛子が、急に動き始めたのだ。固唾(かたず)を呑んで見守っていた、由香たち三人は慌てて、愛子の枕元に顔を寄せた。

愛子の髪と小百合の髪をつないでいた、髪の毛で編んだ細紐が、コードを引っ張られたプラグが、コンセントから引き抜けたように外れた。

その後、小百合は寝返りを打ち、すやすやと普通に眠っている。愛子は寝汗をかき、うなされ始めた。

「愛ちゃん!」

 思わず、由香が声を上げた。

「由香。これって…」

 お父さんとお母さんが、同時に言った。そう。さっきまでの小百合と、同じ様子である。三人は、顔を見合わせた。

「愛ちゃん!」

「八神さん!」

 由香たちは、愛子に呼びかけ、体を揺すって起そうとしたが、叩いても揺すっても、愛子は起きない。

「どうしよう。あたし、愛ちゃんのお姉さんに、電話してみる!」

「ああ。そうしなさい。救急車なんか呼んでも、仕方が無い事は分かっているからね」

 由香は、部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。一階のリビングに飛び込み、電気をつけたところで、気が付いた。

「あたし、愛ちゃん家の電話番号知らない」

 最近は、プライバシーの保護とやらで、自分のクラスの連絡網しか、電話番号のリストをもらえなくなっている。

 まあ、クラスの中には、愛子の電話番号を知っている者もいるかも知れないが、なにせ明け方の四時過ぎである。電話の出来る時間ではない。仕方なく、由香は二階へ戻った。

「どうしよう、パパ」

「よし。直接行ってみよう。愛子ちゃんは、動かさない方がいいかもしれないからね。ママ、小百合と愛子ちゃんを、頼んだよ」

「ええ。気をつけてね」

「私も、行くわ」

「こんな時間だ。お前も、家で待っていなさい」

「こんな時間だからよ。今、愛ちゃんの家には、中学生のお姉さんしか居ないのよ。見たこと無い人が行ったら、驚いて警察呼ばれちゃうかもしれないよ」

 それも、そうである。お父さんは、由香にも一緒に行ってもらう事にした。

「分かった。じゃあ、早く着替えなさい」

 二人は、慌てて仕度を始めた。時計の針は、四時三十分を指している。窓の外の暗闇が、うっすらと(やわ)らいできた。

「由香!」

 お母さんの声に、由香が振り向くと、つい先ほどまでうなされていた愛子が、静かな寝息を立てて、すやすやと眠っていた。

「愛ちゃん!ねえ、パパ。愛ちゃんが…」

「うん。なぜだか分からないが、治まったようだな。夜明けまで、様子をみてみよう」


 結局、愛子が目を覚ましたのは、朝の六時だった。

眼を開くと、見知らぬ天井が目に写り、一瞬不思議な感じがしたが、自分の顔を(のぞ)き込んでいる由香と、そのお父さんの顔を見て、由香の部屋であることを、思い出した。

「愛ちゃん、よかった!」

 いきなり、由香が抱きついてきたので、愛子は慌てて飛び起きた。

「ど…どうしたの?ちょっと、由香ちゃん。泣いてるの?」

「だって、心配したんだよ!愛ちゃん、小百合の代わりにうなされて。揺すっても、叩いても、起きなくて」

 ん?…そういえば、小百合の夢の中で、夢魔と戦って。…その後の記憶が無い。体も、なんとなくだるい。

 夢魔だ。夢魔は、実体が無くなり、自由に夢に出入りできるようになった直後、愛子にとり憑いて精気を吸ったのである。そして、外の闇が残っているうちに、また何処かへ行ってしまったのだ。

実体をなくした夢魔を、倒すことは出来ない。まあ、倒せるにしても、無理に倒す必要など無く、一晩で何処かへ行ってしまうのだ。舞子は、多分それを知っていた。

小百合の夢から開放された夢魔が、高山家以外の人間に、まっしぐらにとり憑くことも、容易に想像できる。なにせ、今までこの家に閉じ込められ、高山家の人間の精気は、吸い()きていたのだ。

舞子が、一緒に来たくなかった訳が分った。

『だって、大した事無くっても、精気をちょっとだけ吸われるって、あんまり気持ちいいもんじゃあ無いじゃん』

 と言って、笑っている舞子の顔が頭に浮かび、愛子は握りこぶしに力を入れた。

「愛ちゃん、どうしたの?」

「え?あ…なんでもないよ」

 由香や、由香の両親が、感謝の念に満ち溢れた眼で、愛子を見ていた。その顔を見て、

「まあ、いいや」

 心の中で、愛子はつぶやいた。


(完)

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