俺様ゾンビはお莫迦がお好き 2
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「なあ皆本、天羽と付き合っているっていう噂、本当か?」
そんなことを言われたのは、中二の夏だ。
夏休み、バスケ部のきつい練習が終わった休憩時間。
サウナ状態の体育館での練習に、汗も止まらない上に身体から熱が抜けなくて気持ち悪かった俺は、校庭近くの水道の蛇口から水を流して頭からかぶった。
そんな時に声をかけて来たのは、同じ二年の佐久間だ。
確か香と同じクラスの室長だ。
頭が良くて運動神経も良い。おまけに顔もそれなりに良くて、性格も良いとか香がベタ褒めしていた野郎だ。
少女マンガに出てきそうなキャラだと、鼻で笑った覚えがあった。
「あぁ?お前の目と耳は、節穴か?」
蛇口の水を止めて、濡れた頭をタオルで乱暴に拭きながら、俺は佐久間を睨む。
「その噂、結構有名だけどな?それに、皆本が天羽狙いの男を影で全部追い払っているの、俺知っているし」
香の奴、平凡な顔をしているくせにどうしてだか、小学生のころからやたらにモテた。
けど、香はそれを気付いていない。
あいつが気付く前、野郎が告白する前に全部、邪魔な芽を俺が片っ端から摘んで消してきたからだ。
当然だろ。香に男が出来たら、そいつにかまけて俺の飯を作らなくなるに決まっている。
俺の安定した食生活を守るために、香に男なんか作らせる訳にはいかない。
物心ついた時から、兄弟みたいに育ってきた家族同然のあいつを、横から来た野郎に簡単にやれるかよ。
「あいつは俺の女じゃないが、俺のもんだ」
「何それ、勝手な言い分だよね」
「はぁ?」
あいつも俺も片親で、一人っ子だ。あいつが俺の死んだ母親の代わりに家事を助けてくれるから、俺があいつを邪な男から守るのは当然だろ。
香には父親が居ない。だから俺が守るのは自然の事だった。
ずっと、そうしてきた。
香が、ただ傍に居てくれたらそれだけで良かった。
それが当たり前だった。
「皆本が中途半端にちょっかい出すから、天羽、女から最近、苛めを受けているぞ」
気付いていない訳じゃない。何度か、その場面も目撃している。
香に陰湿な嫌がらせをしているのは、俺を好きだと自称している女達の集まりだ。
実際、香を殴ろうとしたそいつらを止めた事もある。
けど、あいつは俺に何も言わない。告げ口も、文句の一つも。
ただ、自分でどうにかするから構わないでと俺の手を跳ねのけた。
中学に入った頃から、家事は手伝ってくれるが、あいつは学校で俺に余所余所しくなった。俺に向かって話しかけもしなければ、笑いもしない。
俺を頼らない、俺から距離を置いた香の態度がショックで、ずっと胸の中がモヤモヤして、余計に香に近付こうとする男を追い払った。
俺のポジションを奪われる気がして。
「だからどうした」
「自分のせいだって言うのに、知らん顔?だったら、俺が彼女にしても良いよな?」
その一言が、俺の全身をザワリとした悪寒の様な、腹の底から吹きあげる熱のような感覚が駆け巡る。
「皆本が守る気ないなら、俺が守る。俺、天羽の事好きだから。天羽に、余計な手出ししないでくれよ」
言いたい事を言って、さっさとその場から消えていった佐久間に、どうしようもない怒りがこみ上げ、俺は思わず水道のコンクリートを蹴っ飛ばした。
“ぜってぇ、やるか!ふざけやがって!”
香の横に他の男?許せる訳ないだろ!
そう。香は俺にとって、家族だ。ずっと傍に居るのが当たり前で、他の誰かに香がとられるのも嫌だった。
あいつがただ傍に居てくれたらそれだけで良かった。
なのに、周囲の人間はそれを邪魔する。
だったら、俺以外の野郎なんざ徹底排除してやる。香に手出しする莫迦女もだ。
この時から、俺の眼中には何時だって香しかいなかった。
その香に執着する感情が、『好き』だと気付くまでにさほど時間はかからなかった。