俺様ゾンビはお莫迦がお好き 1
VISITORの後日談で、ラブコメ調のお話で祐視点。全四話予定。
「あんた、そろそろ成仏しないの?」
俺が人生最後の日を迎えながら、この娑婆世界に踏みとどまって一週間。
テーブルを挟んだ前に座っている天羽香に、俺がゾンビになった事をカミングアウトして早三日。
何の態度も変わらなかった香が、呟くように漏らしたその一言に、俺はムカついた。
「うるせぇ、ド貧乳」
「世の中の胸の小さい女子に土下座して謝れ。特にあたしに謝れ、祐の莫迦」
俺は今日もこいつの家で晩御飯を食っている。
キッチンじゃなく、わざわざ居間に小さなテーブルを置いて、胡坐をかいて食べるのが、いつものスタイルだ。
今日のメニューはオムハヤシ。
味なんざわからねぇとか、思うなよ?ばっちり、味も匂いも分かる。
というか、心臓が止まって体温がない以外は、いたって生きている頃と変わらない。
今の所、身体が腐って香の嫌いなスプラッターホラーな姿になる様子もない。
香はむっとしながら、スプーンで形の良いオムライスの山を突き崩して、大口で頬張る。
随分、男前な喰い方だ。俺の一口より大きいなんて、女失格だろ。
けど、何処でどんな料理をこいつが食っても美味そうに見えるから、嫌いじゃない。
事実、香の飯は上手いが、本人には絶対言ってやらねぇ。
「あぁ、すまん。お前は男だった」
「うるさい!あたしは男でもなければ、これでもちゃんとBカップよ!」
「マジか?見せてみろ」
何、カミングアウトしてるんだこいつは…と、思いつつも、どう見ても「Aだろ?」と言いたくなる様な香の胸を確認するように見てしまうのは致し方ない事だ。
真贋を確かめるために厳しくなった俺の視線に気付いた香は、思わず胸を両腕で隠す。
「見せる訳ないでしょ!縮む!」
「縮むかよ」
「縮む!あんた限定で!」
「俺限定なら、でかくなるに決まってんだろ」
「はぁ?」
「揉んだらでかくなる」
「揉ませるかっ!クタバレ、女の敵!」
顔を真っ赤にした香は、何処から持ち出したのかタバスコを目いっぱい俺のオムライスの上にぶっかける。
「ヲイ、俺が辛い物食えねぇって知ってんだろうが。そっちよこせっ」
「それ食べないなら、明日からご飯は作らないわよ!」
「お前はオカンか」
相変わらず、俺とこいつの間にはアホみたいな会話しかない。
それが救いでもあり、焦燥になる。
“こいつは、俺の事をどう思ってやがるんだ?”
何事もなかったかのように、それまで普通に送っていた日々が此処にある。
俺はストーカー女に刺されて殺されて、そのストーカー女も電車に轢かれて死んで、ゾンビみたいなシュールでエグイ姿になって俺と香を追ってきたあの日こそ、香だって動揺していた。
大っ嫌いなホラー映画みたいな状況が、香の間近で起こったんだ。
そのくせ、相手の女に同情して、その女の葬儀に出るとかいう香に付き合って一緒に参列した帰り、俺は自分が死んだ事をカミングアウトした。
普通、香みたいな怖がりで泣くほどホラー嫌いの女なら、それを知ったら俺を避けるだろうし、怯えた顔くらいするもんだろ?
なのに、香にはそれがなかった。
俺が死んでいる事を香が理解しているのは、あいつのセリフからわかる。なのに俺を前にして、相変わらずの毒舌なのはどうしてだ?
怯えられたくもねぇが、意味が解らない。
俺は、もう誤魔化せないくらい香の事を意識し続けているって言うのに、こいつの気持ちもさっぱりわからない。