VISITOR 1
このお話(VISITOR)は、スプラッター系ホラーで、些か残酷な描写が過ぎます。
VISITOR1を読んで、これは駄目だと思われる方、想像力豊かでスプラッターが苦手な方、申し訳ございませんが速やかにBackでお願いします。
VISITOR2はスプラッターやホラー映画がバッチ来いな御方のみ、お進みください。
※尚、VISITORを読まれなくても、『俺様~』のSTORYには一切、差し支えございません。
鼻歌を歌いながら、天羽香は火にかけたシチューをおたまで焦げないようにかき回す。
「…それにしても遅いなぁ、祐」
幼馴染で、同じアパートの隣に住んでいる皆本祐が約束の時間になっても来ないので、香は思わず呟いていた。
香は母子家庭、祐は父子家庭。お互いに片親で、隣同士だから小さい頃はよく夜勤の仕事で親が留守になることが多い互いの家の都合もあって、どちらかの親が居ない日は、一緒に食事をするようになった。
それが小学三年生の時で、高校二年生の今に至るまで続いている。
奇しくも、高校も同じ所に通っている祐の弁を引用すれば、『飯の準備が面倒くさいから、毎日俺の為に用意しやがれ』。
イケメンは性格が悪いと、香は常に思う。
最近は、両親の不在を問わずに毎日食べにくるどころか、昼の弁当まで要求する図々しい幼馴染の所為で、祐のファンと言う女子たちに、香は学校でねちねちとした嫌味や嫌がらせを受けている。
“どんな俺様よ、あいつ…何時か弓の的にしてやる”
と、素直に料理を作りながら香がいつも思っているのは、祐には秘密だ。
そうは思っていても、約束した時間には必ず戻って来る相手が、三十分も帰りが遅くなることはなかったので、流石に心配にはなる。
三十分ほど前には、異様な台数の緊急車両のサイレンが遠くから鳴り続けていたので、余計に。
ガスの火を止めて、携帯電話を取り出した香は、祐の携帯電話ナンバーを着信履歴から見つける。コールボタンを押そうとした瞬間、タイミング良く相手から電話が鳴る。
一瞬びくっとなった香だが、気を取り直して電話に出る。
「もしもし?今何時だと思ってる訳?」
開口一番、可愛げもなく相手に言い放ったが、相手側はしばらく無言だった。
「…祐?」
『カオリ…ミツケタ』
それは、幼馴染ではない知らない女の声。それも、喉が潰れた呻き声の様な声。
粘着質で猟奇じみた不快感を煽るそれに香は、異常性を感じて背筋が凍る。
『…オマエェ、コロォス』
思わず香は震える手で通話を切った。喉がカラカラに干上がって、上手く息もできない。
悪戯にしては性質の悪い冗談。そして、香はこの手の冗談が最も怖くて嫌いだった。
「うぅ…祐の奴…こ、こんな悪戯して…絶対許さないっ!」
怒りながらも、恐怖で震えが止まらない香の耳に、鍵が開いて扉が開く音が届く。
位置的に祐の家だと気付いた香は、そっと玄関を開いて右隣の幼馴染の家をみる。
が、其処を見て香は眩暈を覚えた。
生臭い匂いと共に目に入った隣の家の半開きの玄関先には、夥しい血の痕。真新しいそれは、ドアノブにも玄関の扉にも擦り付けられている。
恐る恐る地面の血の跡を辿れば、道路の先まで続いている。
“こう言うの、大っ嫌いなのにぃっ!”
出来れば気絶したい。このまま、何もなかったかのように、この気色の悪い一連の事を忘却の彼方に捨て去りたいと香は思った。
しかし、これが本物の血なら、皆本家のどちらかが大怪我を負っている事になる。
恐いけれど無視もできず、意を決して香は隣の家の前に来る。
半開きの扉から見える部屋の中は薄暗く、様子を窺うことはできない。
「…くそっ…ってぇ…」
そう遠くない部屋の中で、聞き慣れた男の声がする。でもそれは、痛みを堪え喰いしばったものの様に聞こえた。
「祐!?」
恐怖も忘れて、思わず真っ暗な部屋の中に飛び込んだ香は、電気をつけようとした。
しかし、その手を不意に掴まれて、壁に体を叩きつけられた。
咄嗟に悲鳴を上げようとしたが、口を塞がれる。血の匂いがする滑りとした大きな手に。
「声出すな…それから、電気点けんな」
間近で絞り出すように呟かれた言葉に、香は何度も頷く。すると口元の手はするりと離れる。
「このまま家帰れ。家中の鍵閉めて、外出るな。誰も入れるな」
相変わらずの上から口調にはむっとしたけれど、少しだけ暗闇に慣れて、ぼんやりと相手の顔を見た香は息をのむ。祐は眉間に皺をよせ、左腕を押さえながらフラフラとバスルームに向かって歩いていく。
彼に触れた口の周りは、血なまぐさい匂いがして、触れればぬるりとした嫌な感触。
祐が怪我をしていると、香は確信する。
「祐、どこ怪我したの?」
光の無いバスルームの前で、制服のワイシャツのボタンを外していた祐は、入り口でそう尋ねてきた相手に視線を向ける。
「堂々と覗くな、痴女」
「だ、誰が痴女よ!怪我の手当てするから、さっさと着替えてうちに来なさいよ!」
相変わらずの相手に怒りながら、香はそう言い残してさっさと自分の家に戻った。
だから香は気付かなかった。
「こんなもん、見せられる訳ねーだろ」
そう力なく呟いた祐の声を。
そして、壁にもたれたまま、ずるずるとへたり込んだ祐の、刃物で深く切りつけられた左腕と、その手で押さえられた右脇腹の止まらない夥しい出血に。