あんたのことは好きだけど、振り回されるほどは好きじゃない
短編です。活動報告で短編の投稿は一旦終わるみたいなこと書いたんですがこれだけは書ききったんで載せときます。
「私、細川さんに負けないからっ」
ボブカットの小柄な少女は勇気を振り絞るようにシャツの裾を固く握りながらそう宣言した。
隣のクラスの安室ショウコさん。
庇護欲を誘う小動物系の容姿と、男女かかわらず誰とでも分け隔てなく接する親しみやすさでクラスのマスコット的存在になっている子だ。
放課後に日直の仕事でいつもより少し遅れて帰宅することになり、職員室へ日誌を届けた帰り。教室にカバンを取りに戻る人気のない廊下を歩いていると、安室さんに後ろから声をかけられた。
偶然か、それとも私とサシで話せるタイミングを窺っていたのか。
「何か用?」
そう尋ねると、彼女は少しもじもじした後、うつむき加減に口を開き。
「細川さんも……松尾君のこと、好きなの!?」
「え……うん、まあ」
『も』ということは、やはりというか何というか、そういうことなのだろう。
何にせよ、そう答えた結果がこのライバル宣言。
いや、でもその、なんだ…。
意気込んでファイティングポーズを取ってくれたところ悪いんだが。
「そんなに好きなら別に私に遠慮しないで」
私にはあなたほどの熱意はないんだ。
*****
私、細川カヤノと同級生の松尾ヒロキとは高校に入学してすぐ、男女それぞれ出席番号順に並んだ席が隣同士だった以来の付き合いだ。
ウチの学年には朝の読書時間というのが設けられており、毎朝日直が連絡事項を一通り伝え終えた後、10分間だけ自分の好きな本を持参して読むことになっている。
他のクラスメイトの多くが国内作家の小説や新書を読む中、彼は海外の有名なホラー作家の小説を読んでいた。
奇遇だな、と思い声をかけた。
「知ってる?君の読んでる作家、私が読んでる作家の父親なんだよ」
話しかけるきっかけはささいなものだったが、思った以上に趣味が合うとわかり、気がつけば休み時間を一緒に過ごし、放課後までずっと駄弁って、それからさらに帰り道でファストフード店に入ってさらに喋った。
以来、頻繁に言葉を交わす機会が出来た。
恥ずかしい話だが、それが恋心になるまでそう時間はかからなかった。
陽キャではないが陰気というわけでもなく、話せばそれなりに話せる奴。
なんとなく、付き合うならこういう男がいいなと思えるタイプ。
*****
松尾の周りにはやたら人が集まった。
バスケ部に所属しているためその仲間は勿論のこと、他の運動部や別クラスの人ともそれなりに交流がある。
もっぱら男子といることが多かったが、男女混合のグループの輪の中に入っていることもよく見かけた。
一つのグループに所属しているというより、いくつかのグループの間でそれなりに顔が広いという感じだ。
今思うと、私以外の女子から好意を寄せられて当然の立場にいたといえる。
最初に気が付いたのは、よく同じグループで一緒に喋っている同級生の女子。
吹奏楽部に所属している佐藤という子で、松尾がクラスで過ごしている時によく駄弁っている集団に所属していた。
ある日、松尾に借りていた本を返そうとした際に彼女が話に割り込んできたことがあった。
「小説?どんな話?」
「ホラー。シリアルキラーの魂が乗り移った車にどこまでも追いかけられる話」
「ふーん…」
明らかに興味がなさそうな返事だった。
だからこそ「それ、私も読んでみたいな」と言った時は少し驚いた。
だが松尾からその文庫本を受け取る際の嬉しそうに頬を紅潮させる顔を見てすぐに合点がいった。
あ、この子は松尾のことが好きなんだ。
嫉妬とか対抗心よりも先に出たのは「面倒くさいなあ」という感想だった。
*****
恋敵というのは一人見つかると続々と見つかるらしい。
女子バスケ部に所属する女子や小学校からの幼馴染である先輩など、彼に恋心を抱いてそうな女子が立て続けに遭遇した。
安室ショウコもその一人だ。
彼女は登校に使う電車が松尾と同じだとかで、ある日扉にスカートが挟まってしまったのを助けられて以来、親しくなったのだという。
ある日、出かけた先で安室さんと一緒に歩いていた松尾と遭遇した。
好きな人が他の女と歩いていることは軽くショックだったが、私は平静を装って「彼女?」と尋ねた。
「いやいやいや」
松尾も安室さんも慌てて否定した。
「これは、その以前松尾さんに迷惑をかけたのでそのお礼といいますか…!」
「そうそう!ランチ奢ってくれるって言うから……あ、良かったら細川も一緒にどう?」
特に予定もなかったので頷きかけたところ、安室さんから邪念のこもった視線を感じた。
あ、この子もか…。
「いや、今日はこの後さっさと家に帰らなきゃいけない予定があるし遠慮しとく」
そう断りを入れたところ。
「そうか。じゃあ、また今度一緒にどこか食べに行こうぜ」
にかっと笑う松尾。
咄嗟に私も微笑み返してしまう。
「うん、また今度」
振り返って歩き出すとすぐに笑顔は消えた。
安室さんの迷惑そうな、探りを入れるような目がまだ背中にまとわりついているように思えた。
またも出てきた感想は「面倒くさいなあ」だった。
そして何となく、この面倒くささは私が松尾に恋をしていればずっと続くような気がしてならなかった。
*****
松尾のことは好きだ。
彼と男女の仲になることができるとすれば、それは喜ばしいことだろう。
ただ、私の人生は彼との恋愛関係だけで構成されているわけではない。
親しい友人と前から言っていた店を見に行きたい、読みたい本がある、テストの勉強はしなければならない、推しの配信は欠かさずチェックしたい…やりたいこと、やらなければならないことはたくさんある。
松尾に向ける恋愛感情が私の心の中で大きなウェイトを占めるのは否定しないが、それ以外のもの全部を併せた以上のものにはなり得ない。
松尾ヒロキのことが好きなのは事実だが、それはあくまで常識的な好意だ。
他の人と争い合ってまで彼を自分のものにしたいというわけではないのだ。
恋愛漫画みたいな告ったフラレた付き合ったで泣いたり泣かされたり…そんなのに付き合うのは御免被る。
*****
「細川、何だ最近俺のこと避けてる?」
そう訊かれたのは、安室さんとのやり取りから一ヶ月ほど経った頃。今度一緒に映画を観に行かないかという松尾からの誘いを断った時のことだった。校門を出かかっているところで追いつかれて声をかけられた。以前、放課後たっぷり三時間くらい感想を述べあった小説が原作の作品だった。
本当に映画に誘いたかったというより、私の真意を質したかったのだろう。
「……んー、まあ」
実際、私は彼のことを避けていた。
というか、彼を巡る恋愛模様から一歩身を引いていた。
「ちょっと今は松尾の周り近づき難いっていうか……ほら」
安室さんが松尾に告白したのを皮切りに、彼に恋をしていた他の女子達も続々と彼に告りだしたという噂を私もクラスメイトから聞いていた。彼女の「細川は告らないの?」と野次馬根性もろだしの問いは無視した。
ああ、と松尾はバツが悪そうに頭を掻いた。
かと思うと「あー…」と口を開けたり閉じたりを何度か繰り返した後。
「ちなみになんだけど……その、細川ももしかして……そうだったり……?」
一瞬。
「…まあ」
一瞬だけ彼に。
自分の気持ちに。
素直になりかけた。
「好きだったよ」
でもすんでのところで私は喉元まで出かかっていた言葉を選び直した。
「松尾のことは好きだった。でも私にとってあなたは私の全てじゃない」
彼が何か言いかけるところを「ごめん」と覆いかぶせるように言って遮ると、踵を返して歩き出した。
帰り道、後ろから胸を引っ張られる感覚とは裏腹に、足取りだけはやたら軽かった。
*****
そんなわけで私は松尾を巡る恋愛戦争から一抜けした。
落ち込まなかったと言えば嘘になる。
自分で断ち切った可能性とは言え、一時は仲良く手を繋いだりその先諸々の初体験も共有できると思っていた相手との関係が潰えたのだ。
その晩はちょっとだけ泣いた。
でもそれだけで済んだ。
むしろ胸の中でつっかえていたモヤモヤが取り払われて、この空いてしまった心を何につぎ込もうかとちょっとワクワクしたほどだ。
最終的に松尾は安室さんと付き合い始めた。
その後、彼を巡る恋愛戦争に参加した者のうち、第一志望の大学に現役合格できたのは私だけだった。
*****
負け惜しみでも何でもなく、早々にリタイアして良かった。
でなければ補欠合格でギリギリ第一志望に引っかかることができなかったかもしれない。
そうなれば現在付き合っている男とも出会わなかっただろう。
同じゼミ生で向こうから告白してきた形なので、松尾に抱いていたようなトキメキ(笑)は当初感じてなかったが、今はそれなりに離れがたい相手と思えるようになっている。
松尾のこともほとんど思い出すことはない。
故に帰省した際に偶然彼と遭遇した際には大層驚いた。
その時、彼は四人の女子に囲まれて全員から罵倒と詰問を受けていた。
まあ、早い話が「誰が本命なの!?」という痴話喧嘩だ。
彼を囲んでいる者の中には安室さんともう一人、かつての吹奏楽部の同級生の姿もあった。
安室さんとは学生時代に一度別れたとは聞いていたのだが。
まだあんなことをやっているのか。
久々に彼に会えた感慨よりも呆れが上回った。
あの場所に私が立っている可能性もあったのだろうか。
…いや、彼が主人公であるあの舞台の上でずっと立っているなど私には無理だ。
あそこでずっと踊り続けるなんてごめんだ。
松尾と一瞬だけ目が合ったような気がしたものの、前に向き直って十歩も歩くともう彼のことなど微塵も考えなくなっていた。
明日からの予定は未定。




