さよなら来世 ①
さよなら来世
島沼 凪
「ふぁ〜」。カーテンの隙間から漏れる日差しが顔に差し込み、一日の始まりを知らせる。顔を洗い、髪を濡らし、歯ブラシを口に咥えたまま着替え、大学で使うものを鞄へ鍋の具材のように詰め込む。
最後に髪を乾かしコンタクトを着ければ完成。朝のルーティンだ。最高記録四分を更新するため、新たな効率化を模索している。マイペースな性分のため、いつも切羽詰まった形相で家を出る。
大学の通学路には、陽炎が揺らめく長い一本道の坂がある。両側の木々から差し込む光は、まるで薄明光線のようで神秘的な風景を作り出していた。天使の梯子と呼ばれるのも頷ける。
急勾配の坂を前に、前傾姿勢でペダルを踏み込み、ハンドルに力を込める。意地っ張りな性格のため途中で降りることはしない。最初の頃は攻略法がわからず早々に諦めていたが、途中にある分岐点で勢いをつけることで比較的楽に登れるようになった。
ただ細道なため車が双方から来た場合や、向かいから自転車が来れば歩道へ降りなければならないのが難点だ。これで数分ロスしてしまう。
だからこの坂を登れるか否かによって通学タイム更新が決まる。なんとか登り切ることができたが、唇に鉄の味が広がっていた。気にする間もなく、私は発進する。
ゴール地点の大学は高級住宅街の雰囲気に溶け込んでいる。街並みは平城京のような格子状になっていて、自然と共存している印象を与える。富裕層の家は軒並み個性的で、毎回通るがいまだに飽きない。豪勢な建物に見入っていると正門が見えたので身だしなみを正す。
学生の多くは電車で来ているし、上京している人も少なくないだろう。そんな中、颯爽と自転車で来ている人がいたら高級住宅街に住んでいる金持ちだと思われるはずだ。私は誇らしげな気持ちを内に秘め、鼻を高くして登校する。
二限の必修科目が終わり、いつも通り学部の友達と学食で昼食をとる。高級住宅街にある大学だが料理は至って普通。値段もそれほどお手頃ではない。
私は一番安い三百五十円のカレーを毎日食べている。おそらくここ数年で食べているカレーの量はインド人にも負けないだろう。その後、憂鬱な五限の授業が終わり家に帰る。
そうして一日が終わる。
今年二十歳になった私だが、一体何が変わったのだろう。最近、寝床に就くたびにそう考えることが増えた。二分の一成人式の頃の私は、二十歳という年齢に強い憧れを抱いていた。「男気があって頼りになる人間になっているだろうか」と、未来が輝いて見えていたことを懐かしく思う。
そんなかつての憧れとは裏腹に、今も授業中に当てられることに怯えているし、友達からは年上の女性に好かれそうだと言われる始末だ。最近は昔見ていたアニメを見返して、当時の思い出に浸っている。前に進めていないのだろうか。
「どうしたら幸せになれるだろう」。月に一度、この思考に陥る。「波」だ。波はすべてを飲み込む。小説や漫画、音楽といった私の生きがいの楽しさを一つ残らず奪っていく。身体に力が入らず、気力が湧かない時間が押し寄せる。
七月十五日、私は期末テストに向けて図書館で勉強することにした。朝九時から開館しているので、珍しくアラームをセットする。重い体を起こして身支度をし、家を出た。
大学の隅にある図書館は古く、無駄に荘厳さがあった。テスト期間でしか行かないため、毎回同じ印象を受ける。館内には受付係らしき人物が四人いた。彼らが大学院生なのか、図書館好きのアルバイトなのかはわからない。
その中に一人、マスクを着けた可憐な職員がいた。彼女はデスクで本を読んでいた。私は彼女を横目に学生証を見せ、ゲートを通過する。開館直後だったため他の学生の姿はなく、一番乗りだった。
聞いている音楽に合わせて、一定のリズムで歩く。場所は決めていない。ただ、落ち着ける場所を探している。
図書館は明治の欧風建築を思わせるレンガ造りで、地下一階、地上二階の三階建て。広くはなく、立地も相まって存在感は薄い。人の出入りも少ない。
期末テストは三つ。必修英語、選択科目のペーパーテスト、そしてレポート。数としては大したことはないはずなのに、なぜか気が重い。梅干しを噛んだように顔をしかめながら、試験範囲を確認する。
しかし集中は長く続かない。ドラマ、アニメ、ゲームへと意識が流れていく。いつもの現実逃避だ。
それでも区切りをつけて机に向かう。休憩を挟みながら作業を続け、空腹を感じた頃、館内アナウンスが流れた。
「当館はまもなく閉館いたします。印刷機をご利用の方はお早めにお済ませください」。
どこかで聞いたことのあるメロディーが、終わりを告げる。
我ながら正確な腹時計だと思いながら、図書館を出た。
時刻は二十時。車のライトに照らされた大通りを横切り、自転車はそのまま暗がりへと吸い込まれる。蝉の鳴き声が空間を満たし、夏の夜が形を持っているようだった。昼の熱が残る分、夜の空気はどこかやさしい。
この時間は、嫌いじゃない。
錆びた自転車を漕ぎながら、耳を澄ます。軋む金属の音と蝉の声が、名もない調べを奏でていた。
その調べが終わりへとほどけていくころ、視界に、家の明かりがほのかな安らぎとして灯っていた。
「ただいま」。
靴を脱ぎ、鞄を畳に置く。
「おかえり」。
母と父の声が重なる。父は帰宅したばかりらしく、まだスーツ姿のままだった。兄は、まだ帰っていない。
「何か面白いことあったか」帰るたび、父は友だちみたいにそう聞いてくる。
「ないない」
間を置かずに返すと、「少しは考えろよ」と、どこか楽しげに肩をすくめて笑う。
そんなやり取りが、父とのいつもの会話だ。周りからは「友だちみたいだ」と揶揄されるけれど、私はこの距離が好きだった。この気安さが、心地いい。
齢二十歳になったが、自身が変わった実感はない。未だ童貞で、彼女もいない。欲しいと思わないわけではないが、誰かを幸せにできる自信がない。それに、恋人ができれば自分の時間や金は減る。それを口にすれば、負け惜しみに聞こえるのだろうが。
テストが終わり、学部の友人四人と飲みに行った。場所は決まって下北沢。大学で知り合った、いつものメンバーだ。全員、童貞である。
「彼女ほしいわ」
口癖のようにたくまがつぶやいた。
「行動しないと始まんねーよ。アプリやろうぜ」
つかさが軽く笑う。顔がよく、女子から連絡先を聞かれることも多い。いわゆる恵まれている側の人間だ。
「今しか遊べないもんな」
しのぶが天井を見つめながら言う。
三年になれば就活が始まる。今のような自由はなくなる。多くの学生はこの期間に恋人を作り、経験を積み、将来の相手と出会うのかもしれない。
「お前はどうなんだよ」
しのぶから急に話を振られた。
「想像できないんだよ。彼女がいる自分が」
そう答えると、
「つまんねーやつ。デブ」と返される。
(丸顔なだけだろ)
心の中でつぶやく。
その後は全員酔いつぶれた。デブと言われ続けた記憶だけが残っている。ただ丸顔なだけなのに。
「友達」とは何だろうか。
解散後、最寄り駅から家へ向かう途中で考える。大学生にもなれば、人付き合いはある程度うまくなる。だから、今の彼らが本当に「友達」と呼べるのかはわからない。
ただ一緒にいるだけなのか、それとも——。
答えが出ないまま、歩き続ける。
小学生の頃の、あの狭くて濃い世界はもう存在しない。
小学校の卒業式では、ほとんどの人が顔を赤くして泣いていた。けれど中学、高校と年を重ねるにつれて、泣く生徒は減っていったように思う。
あの四人も、あくまで大学の中での関係だ。全員実家はばらばらで、大学以外で遊ぶことはほとんどない。でも、友達だ。
ただ、「親友」ではない。私にとって親友とは、腹を割って話せる人間のことだ。では、そんな相手が何人いるだろうか。少なくとも、あの四人の中に素の自分でいられる相手はいない。
小学校の頃、先生に「人にやさしい」と褒められたことがある。勉強がまったくできなかった当時の私は、それが嬉しくて、率先して人にやさしく接するようになった。
それがいつしか、当たり障りのないことだけを選び、明るく振る舞う癖へと変わっていった。そうしていれば、誰も傷つかないし、不快にもならない。
気づけば、人に怒ることができなくなっていた。嫌だと思っても言葉にできず、鬱憤を内側に溜め込むことが当たり前になっていた。感情を表に出さない関わり方では、人との距離が縮まるはずもない。一定の距離を保つことが、いつしか癖になっていた。
その結果、「いじられキャラ」になった。
いじられキャラは一見、愛されているように見える。けれど実際は、他人のストレスの受け皿だ。相手は怒れる人間と怒れない人間を見分け、後者に鬱憤を流す。それを「いじり」という言葉で正当化しているに過ぎない。
——そう感じてしまう。
たとえ、それが事実ではないとしても。
こういうことを考え始めると、どこからか「波の音」が聞こえてくる。
以前、この「波」を消そうとして、ネットに載っていた心理療法をいくつか試したことがある。だが最後には、体の奥を何かに引っ張られるような感覚に襲われた。今ではわかる。
あれが、前触れだった。
「来るな」。
「来ないでくれ」。
布団にくるまり、胸の奥で繰り返す。子どものように、何度も、何度も。
いつから現れたのかははっきりしない。ただ、高校の頃の記憶が一番鮮明だ。
中学ではバレーボール部に所属していた。顧問は優しく、授業の評判も良かったが、部活は厳しかった。好きだったはずのバレーボールは、いつしかただの作業になっていた。
勉強はできず、単願で私立高校に進学した。心機一転、勉強に集中するつもりで部活には入らず、帰宅部だった。
授業が終われば、まっすぐ家に帰る。クラスメイトと遊びたいと思うこともなかった。ベッドに横になり、アニメや動画を見続ける。それが当時の、唯一の楽しみだった。
——ある日、何かが切れた気がした。
体に力が入らなくなり、自分がどれだけ中身のない人間なのか、そればかりを考えるようになった。それ以降、失敗を恐れるようになった。特に、授業中に教師に当てられることが怖かった。
周囲の目を気にし、嫌われないように、よく笑い、明るく振る舞う。
その頃から、定期的に波が来るようになったのだと思う。
期末テストが終わり、大学は夏休みに入った。予定はバイトだけだった。バイトだけで夏を終えることもできたが、どこかでそれを拒む気持ちがあった。家にいれば、高校の頃と何も変わらない一日になる。それが嫌で、図書館へ向かった。
——飲み会のあとも、まだ波の音は残っていた。
図書館には受付が二人。土曜日に大学へ来る学生は少ないのか、ほかに人の気配はない。受付には、例のマスクの女性が座っていた。
もう少し見ていたかったが、隣にもう一人いたため、視線を逸らして地下へ降りた。
図書館は階ごとに置かれている本が異なる。一階は新聞や話題の書籍、二階は専門資料、そして地下は古い小説や文庫本が並んでいる。
地下は窓がなく、時間の感覚が曖昧になる。やや暗いその空間は、不思議と落ち着いた。
そこに並ぶ小説たちが、今の自分と重なって見えた。
小説は半年に三冊ほどしか読まない。愛読家ではないが、嫌いではない。読みたくなるときがあり、その衝動に従っているだけだ。
大学受験の頃は、小説より論説文の方が得意だった。小説は解釈が人によって異なる。それが魅力でもあるが、試験では正解が一つに決められてしまう。それが不快だった。
かつて、小説の問題に納得できず、作者本人に問題文を送ったことがある。それを父に話すと、「それは違う」。と一蹴された。
作者の意図と、出題者の意図は別物だという。疑問をぶつけるなら、作者ではなく出題者に向けるべきだと。
父は普段はおどけているが、ときどき妙に冷静な視点を持っている。そのときの言葉は、今でも記憶に残っている。
一階に戻ると、目立つように並べられた本の中に、彼女のおすすめがあった。
『風の音』。写真をテーマにした小説だった。
とりあえず手に取り、立ち読みをしていると、彼女が近づいてきた。
「その本、どうですか?」。透き通るような声だった。
「……流し読みですけど、面白いです」。ぎこちなく答えると、彼女は微笑んだ。
「そうですか、よかったです」。そう言って、返却された本を戻しに本棚の奥へ消えていく。
彼女の声が、頭の中で何度も再生される。彼女の苗字は御手洗。どこか現実離れした響きだった。本を持って地下へ戻る。
誰もいない空間で、一人ページをめくる。
カフェで勉強や読書をしている人の気持ちが、少しわかった気がした。
悪くない。
その小説は、少年が撮影した写真とともに綴られる日記形式だった。
その中に、一枚の写真があった。ウユニ塩湖。
空と地面の境界が消えた、鏡のような世界だった。
そこには、悩みの居場所がなかった。
ただ、広がっていた。気づけば、波の音は消えていた。
翌日、その余韻が残っていた。読み終える頃には、検索履歴はカメラで埋まっていた。私は実家の物置を探すことにした。父が使っていたカメラがあったはずだ。倉庫を開けると、埃が舞って空気がこもっていた。
隅に、一台見覚えのあるカメラがあった。バッテリーを入れ、シャッターを切る。
「カシャッ」。思ったよりも軽い音だった。
道具の調達は完了。問題は行き先だった。
人の多い場所には行きたくない。とにかく、人の少ない場所に行きたかった。
結局計画は立てず、自身の感性に従い適当に降りることにした。降りた場所は無人駅。夏なのに、少しだけ肌寒い。
とりあえず歩くことにした。スマホは使わず、ただひたすらに遠くに。
遠くに行きたかったのだろうか。
小学生の頃、友達数人で知らない場所へ行くことに夢中になっていた。自転車で適当に道を選び、帰り道はおぼろげな記憶を頼りに戻る。
汗をかきながら必死にペダルを漕ぎ、できるだけ遠くへ行こうとしていた。本当は一日かけて遠くまで行きたかった。けれど、帰りが遅くなれば親に心配される。だから夕方六時までには帰らなければならなかった。
行ける範囲には限界があった。それでも、あの頃の「遠く」は確かに遠かった。
今は違う。連絡さえすれば、どこにでもいられるし、どれだけでも離れられる。
それなのに——。
どこにも辿り着いていない気がする。
胸の奥に、わずかな解放感と、それを打ち消すような重さが残った。
改札を出て街を歩いていると、ふと子どもたちの遊ぶ声が聞こえた。音のする方へ向かうと、校庭ほどの広さの広場で、小学三年生くらいの子どもたちがサッカーをしていた。
そばには小さな自転車が雑然と並んでいる。その光景は、どこか懐かしく、いじらしさを感じさせた。
その光景が、妙に懐かしかった。あの頃の自分は、きっとあちら側だった。後先を考えず、ただ遊ぶことだけを考えていた。
その光景に付随する頭の中の記憶に触れたくて彼らに声をかけてしまった。彼らは無邪気に振り返り私の元に集まってきた。年の離れた相手に興味津々で目を輝かせる子もいれば、後ろに隠れて様子をうかがう子もいた。
「この辺りで、景色が綺麗な場所はどこかわかるかな」。
そう尋ねると、子どもたちは一斉に口を開いた。
思い思いに言葉を投げてくる。最初は聞き取ろうとしたが、まったく追いつかない。次々と場所の名前が重なり、宙に浮かんでは消えていく。
右から左へ流れていく音の中で、私はただ頷くことしかできなかった。
聖徳太子恐るべし。
結局、「一つだけに決めて教えてほしい」。と頼むと、ようやく声は収まった。子どもたちは円になり、真剣な顔で話し始める。
私は近くのベンチに座り、その様子を眺めた。贅沢な時間だった。
やがて話し合いでは決まらなかったのか、じゃんけんが始まる。歓声と落胆が入り混じった。どうやら、場所が決まったらしい。
ただし、教えるのではなく、連れて行くことになったそうだ。
「早く行くぞ!」。
一人の声を合図に、全員が自転車にまたがる。私が歩きであることに気づくと、速度を合わせてくれた。
だが、まともに走る者はいない。ハンドルを振り回し、口でエンジン音を鳴らす者。ペダルを逆に漕ぐ者。その無秩序さが、妙に懐かしかった。
汗と泥にまみれた小さな背中を追いかける。
二十分ほどで町を抜け、裏山へ続く細道に入った。坂道のため自転車を置き、一列になって歩く。
竹藪の隙間から夕日が差し込み、視界が揺れる。どこかで見た景色だった。
十分ほど登る頃には、シャツの色は変わっていた。汗が染み込み、重くなる。それでも足は止まらない。
「着いたぞー!」。先頭の声が響く。
階段を登り切り、膝に手をついて息を整える。額から流れた汗が目に入りそうになり、顔を上げる。赤く沈みかけた夕日に染まる町並み。その向こうには、名前も知らない町が、果てしなく遠くまで続いていた。
子どもたちは、すでに大の字になって寝転んでいる。私もその中に混ざる。空が、ゆっくりと色を変えていく。風が、生ぬるく頬を撫でる。
呼吸が乱れ、視界が滲む。涙なのか汗なのか、よくわからない。
あくびをするふりをして横になる。
前に、SNSでよく見かける写真があった。誰かと笑いながら、誰もが羨ましく思えるような人気スポットで撮られたもの。
羨ましかった。同時に、どこか不快でもあった。
けれど今、思う。ここでよかったのだと。名前もないこの場所で。
左を向けば、紅い花が静かに咲いている。右を向けば、さっきまで倒れていた子どもたちが木に登っている。
底のない体力に苦笑しながら、その光景を眺める。
ふと、一人だけ離れて景色を見ている子に気づく。
少し気持ちが落ち着いたので近づくことにした。
「学校は楽しい?」
自分でも驚くほど、ありきたりな言葉だった。
年の離れた子と会話するのは簡単ではない。祖父の顔がよぎった。
しばらくの沈黙のあと、彼は答える。「楽しいよ。算数はきらいだけど」。その素直さに、少しだけ安心する。
「大人になって、変わったことってあるの?」。不意に問われる。
言葉に詰まる。
変わったことはいくらでもある。けれど、それをそのまま言うことはできなかった。
「楽しいことが増えるよ」。そう答える。
嘘ではない。絶対に。
それ以上考えようとしたとき、波が来る気配がした。
考えるのをやめる。
「そっか!」
少年は、無邪気な笑みをこぼしながら、軽やかに木登りへと歩み出した。私は、その背中を見て、ただ夕日を眺める。
いつの間にか眠っていたらしい。
目を開けると、子どもたちがこちらを覗き込んでいた。空はすでに暗く、帳が降りていた。
「お兄さん、俺ら帰るね」
その声には、わずかに焦りが滲んでいた。きっと親が待っているのだろう。わざわざ起きるのを待ってもらったことに礼を言い、彼らを送り出す。
またもや一人になり、とりあえず仰向けになった。
夜空には、無数の星が広がっていた。
その光が、胸の奥の空白を静かに満たしていく。
ここにいると、これまでの悩みが少しだけ遠くなる。
ただ、考えすぎれば、また波が来る。
だから、考えない。
ただ、見ている。
幾千の星を目に焼き付けながら、静かに思う。
「さよなら来世。もう少し、今を生きてみるよ」。
最後まで読んでいただきありがとうございます。これっきし、文章を書くことに縁遠い人生でして、なぜか物語を書きました。段落の使い分けや約物(文章を読みやすくしたり、意味を補ったりするために使う記号類の総称)などに不適切な部分があれば、お手数ですがご指摘をお願いします。少しでも、皆さまが気持ちよく読めるよう精進してまいります。




