沈黙の向こう側
うっすらとした月明りが、あまたの砲撃で廃れてしまった大地を照らしていた。
そこは両陣営の狭間。
そこは、誰もが”ノー・マンズ・ランド"と呼んでいる場所だった。
そこは昼間は狙撃手の餌食となり、夜は罠と死体が散らばる、戦場で兵士が恐れる最も危険な場所だ。
僕とルーは塹壕からっ這い上がり、身を低くして前へ進んだ。
夜の空気は冷たく、砲撃で焼けた土の匂いがまだ残っている。
そして足元には砲弾の破片、折れた銃剣、そして敵か味方かわからないほど滅茶苦茶に臓器が飛び出た死体が横たわっていた。
どれも少し前まで誰かが”生きていた”証だった。
「……静かすぎるな」
ルーが喉を嚙み殺したような声で囁く。
その声はとても小さく風に消えそうなほど弱かったが、僕の胸の奥に重く響いた。
砲撃の直後なら、敵は必ずこちら側の動きを警戒してくるはずだ。
本来ならば、敵陣からフレアがあがってもおかしくない。
だが今夜は、まるで敵陣が鳴りを潜めていえるように沈黙していた。
僕らは砲撃でできたクレーターを伝いながら前へ進む。
地面には、爆風で引きちぎられた鉄条網が絡まって、月明りによって光輝いていた。
少し進むと向こうに、黒い影がひとつ横たわっている。
「クリス……あれ、見えるか?」
ルーが指さした先。
影は人の形をしていた。
敵兵か、味方か、それとも──。
僕は息を呑んだ。
胸の鼓動が、さっきよりもはっきりと耳に響く。
「近づいて確かめるぞ。音を立てるな」
自分で言いながら、喉が乾いているのがわかった。
第一次世界大戦の夜間偵察では、足音ひとつで命を落とす。
敵の前哨陣地には、トリップワイヤー(罠)や、空き缶を吊るした警報装置が仕掛けられていることも多い。
僕らは慎重に、影へと歩み寄った。
そして──
その正体を知った瞬間、僕は思わず足を止めた




