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プロローグ ―ある塹壕の記憶―

塹壕の朝。泥と硝煙の匂いの中で、紙の匂いだけが故郷を運んでくる。

ここに来て、どれほどの時間が経っただろうか。


靴底にはいつも泥が張り付き、雲の隙間からわずかに覗く朝日は、鉄条網の先で薄く裂けていた。


僕は銃の金属を布で擦りながら、ポケットの中で紙が擦れる音を確かめる。


その紙は乾いたインクの匂いを残していて、綴られた言葉には遠い故郷の景色を思い出させるような優しさが溢れていた。

その瞬間、後方の遠い位置でディッケ・ベルタの砲声が鳴り響き、塹壕の中で誰もが息を静かに詰めた。



「始まったな……」



一緒に軍に入った同期のルーが低く呟く。


空気が震え、土壁の上から細かな砂がぱらぱらと落ちてきた。


味方の砲撃は本来心強いはずなのに、胸の奥には別の重さが沈んでいく。


こちらが撃てば、必ず向こうも応じる。


それがこの戦場の決まりのようなものだった。


僕らは塹壕の縁に身を寄せた。砲撃の轟音が続くたび、地面が脈打つように震える。


遠くの空には黒い煙が立ち上り、朝の光を鈍く濁らせていた。


──この日の砲撃が、後に僕を“夜の偵察”へ向かわせることになるとは、僕はまだ知らなかった。

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