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おっぱいの頂点に私は立つ!  作者: 宵月しらせ


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後編 乳の道

「それでは本日のメインイベント! 選手の入場だぁ!」


 リングアナウンサーの女性が叫び、水来の入場曲が流れた。

 ミルキーウェイの最新シングル曲。


「メインイベント、青龍から入場しますのは期待の新星、天乃川水来選手。本日がデビュー戦です。え? そんなやつが勝てるわけないって? ところがこの水来選手、ただの新人じゃございません。なんとあのミルキーウェイ所属のアイドルなのです。もしかしたら今日は、現役スーパーアイドルのあんな姿、こんな姿が見れちゃうのか? 乞うご期待!」


 水来の正体を知った途端、会場から大きな拍手が起きた。

 現役アイドルの水着を舐めまわすように見る視線が痛い……これ以上のどんな恥があるというのか?

 もうなんでもこい――水来はいっそ開き直った気分になった。


 早く終わらせよう。

 勝つにせよ、負けるにせよ、さっさと終わらせよう。

 そう心に決め、リングに上がった。


「さぁ続いては朱雀の方角からスカーレット朱音選手の入場です。通算成績は十一勝五敗ながら、最近は絶好調、目下五連勝中。連勝記録を伸ばし、四天王への挑戦権を得られるか? ちなみに現役のSM女王様でもあるスカーレット選手。お客様の中で、スカーレット選手と遊んだことがある方は挙手……結構いらっしゃるようですね。噂では予約が半年待ちとか? そんな女王様から思う存分遊んでもらえるなんて、羨ましすぎるぞ天乃川水来選手!」


 リングアナウンサーの好き勝手な言葉を聞きながら、水来はスカーレットを見る。

 頭の右半分が銀髪、左半分が金髪、とセパレートにカラーリングされているのがとにかく目立つ。


 左右十ヶ所以上のピアス、さらにヘソ、唇にも数ヶ所。

 ミルキーウェイではピアスが禁止されているわけではない。しかし、多すぎるとアイドルとして印象が悪いから、左右一個ずつまでと定められている。

 普段は接点のないタイプを前に、水来は少し緊張した。


(落ち着いて。髪の色やピアスは派手だけど、私よりずっと小柄な相手だよ)


 と、自分に言い聞かせる。

 情報によれば、スカーレットの胸のサイズはDカップ。

 世間一般では大きい方に分類されるが、Gカップの水来と並ぶとその差は一目瞭然。

 重量で考えたら、軽く見積もっても倍は違うだろう。もしかしたら三倍近いかもしれない。


 NGFは、おっぱいによる格闘技。

 おっぱいで殴って、倒す。倒したら、胸で押しつぶしてフォールする。それだけの競技だ。

 フォールの時に補助的に手足を使うことはできるが、スタンディングでは手足は使えない。

 大きく、重い胸を持つことは、これ以上ないほど大きなアドバンテージになる。


(このサイズ差なら、勝てるかもしれない)


 と水来は思った。

 細かいテクニックは知らないが、自分のおっぱいによる一撃がクリーンヒットすれば勝つ可能性は十分にある気がした。


 四天王がどれほど強いか知らないが、それに挑めそうなランクの選手を倒せば、その地位を奪えるはずだ。

 挑戦権を得て、四天王にも勝てば、ミルキーウェイで下位を脱出し一桁に入れる。名実ともに一流のアイドルになれる。

 絶対に勝つ――水来は体の奥底から熱が沸いてくるのを感じた。

 緊張はもうない。


「あら、ずいぶんと気合の入った顔していますね、アイドルさん。ちょっと怖いですよ。もっとリラックスしていきましょ、ね?」


 スカーレットがそう言った。

 底の読めない笑みを浮かべている。


「すみません、全力でやることしか知らないので」


「そうなんですか? ならしかたないですね。じゃあ、私も全力で戦わせてもらってもいいですか?」


「ダメです。あなたは手を抜いてください。私、勝ちたいので」


「あはは、あなたおもしろい人ですね。決めました、本気で遊んであげます。あなたの泣き顔を見たくなったから」


 リング上でレフェリーによる注意事項の説明を聞いた後、両選手はコーナーに戻った。

 その数秒後、ゴングが打ち鳴らされた。

 水着・デスマッチ。

 時間無制限。どちらかがノックアウトされるか、フォールされるかまで続く試合が始まった。




 どんな競技にもセオリーがある。

 ボクシングなら、立ち上がりは相手と距離を置きながらジャブで様子を見る。


 NGFにもそういう基本的な戦術がある。

 それは押し合いだ。

 相手との間合いを詰め、正面から互いのおっぱいで押し合う乳比べ。

 そこで力の差を見せつけるのが、NGFで勝つための基本形だ。


 水来は初心者だがそれくらいは知っている。

 いや、初心者だから、それしか知らない。

 ゴングと同時に間合いを詰め、乳比べを挑んだ。


 スカーレットは基本形以外のスタイルも使える。

 素人相手ならば、変則的な戦い方をすれば簡単に翻弄できる。水来になにもさせず勝つことも、その気になれば容易いはずだった。

 

 だが、スカーレットは敢えて乳比べに乗った。

 素人相手に安全策を取るのがカッコ悪いと思ったのではない。

 乳比べは、基本的にカップ数が上の者が有利。DとGなら、本来は戦いにすらならない。

 だからこそ、だ。


「圧倒的有利なGカップを、Dカップの私が正面から叩き潰す。そうしたら、あなたはどんな悔しい表情を浮かべてくれるでしょうか? 楽しみです!」


 サディスティックな欲望を満たすためなら、不利な戦いも受け入れる。

 スカーレット朱音という選手は、そういう選手だった。


 「さぁリング中央、まずは乳比べからスタートだ。最初にペースを握るのはどっちだ⁉」


 リングアナウンサーが客席を盛り上げる。

 それで起きた歓声が、水来には気に入らない。少なからず下卑た目で見られていることが伝わってくる。もちろんアイドルのステージだってそういう視線がまったくないわけではないが、その比ではない。


(さっさと終わらせる!)


 水来は下半身に力を入れ、一気に押し込もうとした。

 乳比べのまま相手をロープ際まで追い込んで、乳ビンタ。唯一知っているその戦い方を愚直に実行しようとした。


「おっと、これは意外。ルーキーの水来選手がスカーレット選手を押している。これがGカップの圧力か。はたまた国民的アイドルグループの力なのか。どうするスカーレット選手、ロープはすぐそこだぞ」


 おっぱいでは三サイズ差、身長では七センチほど水来が大きい。どちらも胸以外は脂肪が少ない体型なので、体重は水来の方がいくらか重いだろう。

 物理的な優位性は、すべて水来にあった。

 スカーレットはなすすべなく、じりじり後退。ついにロープ際に追い込められた。


(こんなに簡単でいいの?)

 

 一瞬、水来の脳裏に疑念がよぎった。

 だが、それは本当に束の間のできごと。すぐに頭から消えた。スカーレットが焦った表情をしていたからだ。

 こんなはずじゃなかった……と誤算を悔いているかのような表情。


(簡単でいいんだ。私はこれまでたくさんのレッスンをしてきた。味ではなく、栄養学を中心にした食事をしてきた。フィジカルは十分に強い。こんなわけわからない競技の、トップレベルでもない選手に負けるはずがない――)


 自分に自信を持った水来は、一気に攻撃に出た。

 腰を反って胸を押し出す。

 スカーレットの耐性が崩れ、上半身がのけ反った。


「しまった……」


 とスカーレットがつぶやくのが聞こえた。

 今だ!

 水来は腰を回転させ、Gカップの巨乳を大きく振った。

 ぶるんと激しく揺れながら、乳房はスカーレットの頭部を捉えた。




 ――巨乳は肩が凝る。


 世の巨乳の女性たちが口をそろえてそう言う。

 本当だろうか?

 数字で見ると、それが事実だとわかる。


 Gカップの場合、片乳でさえ重量は一キロを軽く超える。

 ボクシングで使用されるグローブが約二百三十グラムであることを考えると、巨乳の桁違いの重さがわかるだろう。


 おっぱいは脂肪の塊。柔らかいものではあるが、それほどの重量となると威力は高い。

 ノーガードで顔面を直撃したならば……たった一撃でもダメージはでかい。


 そう、巨乳はでかいのだ。

 すべてが。


 水来の一撃で、スカーレットはダウンした。


「スカーレット選手、ダウンだッーーーーー‼ まさか、まさか、まさか! 五連勝中のスカーレット選手が、デビュー戦の相手に一発でダウン! この展開を誰が予想したでしょう!」


 マットに倒れ、大の字になったスカーレットを見下ろしながら、水来は一息ついた。

 人を殴ったのは人生で初めてだ。

 殴りたいと思うくらい怒ったことはあったが、実行に移したことは一度もない。

 まして、おっぱいで殴ることになるなんて、考えたこともなかった。


(案外悪くない)


 まだ乳房に残る感覚に、水来は頬を緩ませる。

 人をおっぱいで殴って倒すなんて、悪いことのはずなのに……なぜか良い意味で震えている自分がいる。

 意外と格闘技が向いているのかもしれない。


(カウントはいつ始まるのかな?)


 ダウンからすでに数秒経っているが、まだ始まらないカウントに首を傾げながら、水来はコーナーに戻った。


「おっと、これは水来選手、フォール権の放棄だ。立って来いと言っている。お前はフォールなんかで終わりにしてやらん。完全にノックアウトしてやるという攻めの姿勢だ。かわいい顔して狂暴だぁ!」


 リングアナウンサーの言葉で思い出した。

 NGFのルールの基本は、フォールすることで決着、というものだ。


 打撃でのノックアウトもあるが、10カウントはない。レフェリーストップがあるだけだ。

 今回は、ダウン後にレフェリーがストップ宣告をしなかったので、今もプレーは続行中。フォールにいかなければいけなかったのだ。


 だがなにもせずに水来が離れてしまったため、その権利は消滅したと判定された。

 レフェリーは一度試合を止め、スカーレットに立ち上がるよう命じた。


「ふふっ、やってくれましたね。でも後悔することになりますよ。こんなチャンスは二度とありませんから」


 スカーレットは立ち上がり、水来を睨みつけながらそう言った。

 その足はガクガクと震えていた。

 ダメージが足にきている――そう判断した水来は、試合再開と同時に攻めた。


 また乳比べになったが、スカーレットはダメージのせいか踏ん張りが効かない。

 あっさりとロープ際まで後退した。

 さっきと同じように、水来は腰を逸らしながらのおっぱいプッシュ攻撃。


 スカーレットがバランスを崩したところで乳ビンタ。

 スカーレットが再びダウンした。


「スカーレット選手再びダウーーーンッッ‼ そして水来選手、今度はフォールに移行だァーッ‼」


 フォールのやり方も練習している。

 レフェリーが3カウントを数えるまでの間、両肩をマットに押し付けていればいいのだ。


 水来は倒れたスカーレットの上の乗り、基本の型通りに、おっぱいでスカーレットの頭を抑え込んだ。

 頭に重量物を乗せられれば、起き上がるのは難しくなる。

 こうして自由を奪っておいてから、肩をマットに押し付けてフォールする。

 この時は補助として手を使っていい――こうか? それともこうか? 水来の動きには迷いがあったが、なんとか形になった。


「ワン! ツー!」


 カウントが始まる。

 あと一つ。


「………………ス」


 最後の一つのカウントはやけに長い。

 カウントは一秒に一回――なんてルールはない。

 カウントの長さは、レフェリーの裁量次第。いくらでも可変する。


「そんなバカな! この私が、この【傷だらけの女王(スカーレットクイーン)】が、こんなあっさり負けるなんて、負けるなんて」


 水来の巨乳に埋もれながら、スカーレットが叫ぶ。

 その声は、この期に及んで敗北を受け入れられない者の哀れな断末魔――ではなかった。


「この私がこんなあっさり負けるなんて、本当にあると思いました?」


 次の瞬間、天地がひっくり返った。


 スカーレットの上に乗り、抑え込んでいたはずの水来の背中がマットに触れていた。

 逆に、マットに這いつくばっていたはずのスカーレットの背中の向こうにスポットライトがあった。

 二人のポジションが、入れ替わっていた。


「今のは――」


「ただのスイープですよ」


「スイープ?」


「寝技のテクニックです。総合や柔術では必須テクですよ。ご存じありませんか?」


 総合格闘技や柔術では、寝技が非常に重要になる。

 グラウンド体勢でのポジションにはいろいろなパターンがあるが、すべてに共通することは、上にいる者が有利であるという点だ。

 だから、下の者が脱出するためのテクニックがある。それがスイープだ。


 NGFはおっぱいで戦うというジョークのような格闘技だが、それでも格闘技。

 既存の他の格闘技の技術体系を少なからず吸収している。

 グラウンドにおけるポジショニングも然り。


 ましてスカーレットは女王様。夜の寝技の専門家。

 昼の寝技が弱いはずなどなかった。


「技術とは、知らない人には魔法みたいに見えるのはわかりますよ。ええ、魔法です。知らなければ絶対に防げません。さぁ、新人さんへのサービスタイムはもう終了です」


「サービスタイム?」


「わざと攻撃をくらってあげたんですよ。おっぱいプッシュでのけ反ったのも、乳ビンタをくらったのも、全部演技です。優勢に試合を進めたとあなたに勘違いしてもらい、調子に乗った顔をしてもらうため。そして、その表情が反転するのを見るため――ああ、そうです! その顔。その驚きの絶望の入り混じった表情! 私はそれが大好きなのです! ありがとうございます、その顔を見せてくれて! さぁ、ここから先は、私のターンです。覚悟はいいですか?」


 馬乗りになった体勢から、スカーレットが笑みを浮かべる。

 水来はぞくりと正体不明の寒気を感じたが、攻守が入れ替わったが、たいした問題じゃない――と自分に言い聞かせた。


 マウントポジションとはいえ、総合格闘技のようにパンチの雨が降ってくるわけじゃない。

 打撃はないのだ。フォールさえさせなきゃいいのだから、そこまで難しくはない。

 グラウンドで動きなし、硬直状態と判断すれば、レフェリーは試合をスタンディングに戻して再開させる。


(それまで耐えるんだ!)


 桜井クーパーから教わったテクニックを思い出した。

 グラウンドで不利な時は、自分から相手の体に抱き着いてしまうといい。抱き着いている限り、肩は少し浮いている。両肩が同時にマットに着くことはまずない。


 水来は抱き着くために、スカーレットに向かって手を伸ばした。

 その手を……正確には手首を、スカーレットは掴んだ。


「え?」


 なにが起きたのかわからなかった。

 NGFでは手を使うのは禁止では?


(違う。寝技では、フォールの補助として使うことが許されている)


 現に、水来がやろうとした防御テクニックも手を使う。

 フォールをするため、あるいは脱出するため、手を使うことは認められている。


 問題は、その範囲。

 どこまでがフォールのためか、どこからがそうでないか。

 密着状態で、目まぐるしく移り変わるグラウンドで、それを完璧に裁定することなど不可能。

 だからNGFでは、暗黙の了解でこうなっている。


 ――グラウンドの攻防では、手でも足でも自由に使っていい。でも殴るな。関節技や締め技での決着は認めない。フォールで決着すれば、後はなんでもいい。


 別の言い方をすれば、こういう意味になる。


 ――決着に関係しないなら、関節技も締め技もやっていい。


 今、スカーレットは、マウントポジションにいて水来の手首を掴んでいる。

 この状態から移行できる関節技は無数にある。

 彼女が選んだのは、腕ひしぎ十字固め。

 水来の関節が、稼働限界を超えたところまで曲げられる。


「痛い! 痛い痛い痛い! やめてええええ‼」


 水来は思わず悲鳴をあげる。

 対戦相手に懇願するなどあってはいけないことだが、そんな当たり前について思考を巡らせる余裕さえなかった。

 人生で一度も経験したことがないほどの痛みから、とにかく抜け出したい。それだけだった。


 スカーレットはすぐに腕ひしぎを解いた。

 彼女が極めていた時間は、わずか一秒半ほど。角度は割と甘く、その瞬間こそ痛いが、肘関節にダメージが残るほどではない。


「良い悲鳴ですね。さすがアイドル。お腹から声が出てて迫力抜群! あなたの苦しみのライブを、最前列でもっと聞かせてください!」


 腕ひしぎの痛みが終わったと思ったのも束の間。

 マウントポジションに戻ったスカーレットは次の技に移行した。

 今度はリストホールド。


「ひぎっ! ぎゃああああああ‼」


 また一秒半で解いた。

 ほんの一瞬のことだったにも関わらず、水来へのダメージは大きい。

 肉体に対するダメージではない。精神に対するダメージだ。

 涙が浮かぶ水来の目を見て、スカーレットは舌なめずりをする。


「も、もうやめて……もう……ムリ……」


「やめてあげません」


 水来の苦悶の表情を燃料とするかのように、スカーレットは次々に関節技を繰り出した。

 アームバー、ヒールホールド、チキンウイング・フェイスロック。

 最も客席が盛り上がったのは、チョークスリーパー――裸締めだった。

 落ちる寸前まで追い込まれた水来は、口から涎を垂れ流し、半目を向き……失禁した。


「美少女が醜く苦しむ姿は……この世で一番美しい」


 自らの尿の中で悶え苦しむ水来を見て、スカーレットは意識が遠のきそうなほどに感動していた。


「これほどの美少女に、これほど苦痛を与える機会をくださるとは。神様ありがとうございます。私は世界一の幸せ者です」


 スカーレットは悪魔のような心で、天への感謝を伝えた。


「これ以上は死んじゃう……もうやめてぇぇぇぇ! そうだ、ギブアップ! ギブアップするから!」


 ギブアップという方法があることを思い出した水来は、涙を流しながら懇願した。

 だが、レフェリーは試合終了を告げない。


「な、なんで? ギブアップしてるのに」


「いいことを教えましょう、天乃川さん。試合の勝敗に関係しない限り、関節技は認められる……別の言い方をすれば、関節技でギブアップすることは認められていないのです」


「そ、そんな……」


「まぁ普通の試合では、ここまで盛大に関節技祭りをすれば減点されるし、それでも続けたら反則負けになります。失禁は普通にアウトですしね。で・す・が……今日はデスマッチですので。このくらいじゃ終わりません」


「…………」


「さぁもっと楽しみましょう。私の中で、あなたの悲鳴は過去一番です。私の奴隷ちゃんたちでアイドルユニットを選ぶ時は、あなたをセンターにしてあげますよ」


 どこにも逃げ道がない。

 対戦相手も、レフェリーも、観客も……誰一人自分の味方をしてくれない。

 おもらしなんてアイドルにあるまじきことをしているのに――。

 こんなクソみたいな状況から、誰も助けだしてくれない。


(なら、自分で助かるしかない)


 そう思った時、水来の中でなにかが弾けた。


「殺してやる」


「え?」


 水来の口から出てきた言葉に、スカーレットは虚を突かれた。

 尿を垂れ流し、泣いて詫びている人間からは出てくるはずがない言葉だ。


「殺してやる!」


「あなた……本当に怒っていますね? 本気で私に殺意を…………ああ、なんて素敵なんでしょう。ここまで追い詰められて、壊れるのではなく火が付くなんて! あなたは最高です! 私の嗜虐心(しぎゃくしん)をどこまでも刺激する最高のパートナーです!」


 SMの女王様とは、暴虐無人な存在ではない。彼女たちは、本当の意味での女王ではない。

 女王様とは、あくまでもサービス業だ。

 自分が悦ぶためではなく、客に悦んでもらうために嗜虐行為を行う。

 当然、限度がある。客が楽しめる範囲内でしか嗜虐できない。


 真性のサディスティックであるスカーレットは、そのことに常々不満を感じていた。

 好きなことでお金を稼ぎ、客を笑顔にできるのは嬉しいが……いつも物足りなかった。

 相手が許容できるラインを超え、泣き叫ぶ声が聴きたい。

 生まれてきたことを後悔するくらいの苦痛を与えたい。


 だから、NGFに入った。

 関節を極め、悲鳴をあげさせては解除する。それを何度も繰り返す。

 愉悦、至福、恍惚(こうこつ)の時間。

 でも、長くは続かない。対戦相手はすぐに壊れる。

 心が折れ、抵抗しなくなる。

 早く殺して――と言うかの如く、されるがままになる。


 そういう姿を見ると、スカーレットは急に萎えてしまう。

 あんなに楽しかったの幻であったかのように、夢から現実に引き戻される。


 でも、今目の前にいる女は!

 泣き叫んでいたのに、恐怖と絶望が一線を越えた途端、怒りに火が付いた。

 闘志を再び、いやさっきまでより強く燃やした。

 壊しても壊れないおもちゃ。

 そんな相手をずっと探していた。


 スカーレットは突如として目の前に現れた夢の偶像アイドルにこれまで抱いたことのない感情を抱いた。


「愛していますよ、天乃川水来さん!」


 その感情を口にした。


「気持ち悪い」


 間髪入れずに水来は拒絶した。

 それがスカーレットをさらなる恍惚に誘った。


 水来には、マゾな部分がないとわかった。

 それが嬉しかった。


 実は……SとMは、一般的に思われるほど相性は良くない。

 その傾向が多少あるくらいなら相性は良い。


 しかし、極度のサドは、マゾを嫌う。

 なぜなら、マゾはいじめられて悦ぶからだ。

 真性のサドにとって、それはつまらないことだ。


 まったく悦ばない。苦痛しか感じない。

 そんな人間の方が、いたぶっていておもしろい。


 すべてが……すべてが理想そのもの。

 そんな相手に巡り合えた悦びで、スカーレットは一瞬トリップしてしまった。

 わずかな時間だが、意識が飛び、自分の世界に入ってしまった。


 水来がその瞬間を見逃さなかったのは、偶然かもしれない。

 彼女の隠れた格闘センスのおかげかもしれない。

 ギブアップさえ許されず、追い詰められたがゆえに、ネズミがネコを噛んだのかもしれない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁ‼」


 水来は叫びながら、スカーレットの上半身を突き飛ばした。

 本来ならば、いくらグラウンドでも、手によるプッシュは許されない。

 しかし、これはデスマッチ。細かいことは無視される。

 しかもスカーレットが散々好き勝手やっていたところだ。水来の行為に対しては、レフェリーの判断は甘くなる。


「しまった!」


 想定外の反撃にスカーレットはバランスを崩した。

 今度は演技ではなく、本当だった。


 水来はスカーレットの下で必死で暴れ、なんとか足を抜いて脱出した。

 そのまま立ち上がろうとする。スタンディングで勝てるかどうかはわからないが、だとしてももうグラウンドはしたくない。勝つにせよ、負けるにせよ、スタンディングに戻りたい。


 立とうとする水来を見て、スカーレットは慌てた。

 スタンディングで圧倒されていたのは演技……というのは、半分ウソだった。

 乳ビンタをくらってダウンしたのは演技だったが、足にきていたのは演技ではない。


 ダンスで鍛えたアイドルの足腰と、Gカップのヘビーパンチは、想像以上の威力だった。

 わざとくらったはずだったが、想定以上のダメージをくらってしまったのだ。

 もしクリーンヒットをくらえば、本当に倒されるかもしれない。

 スタンディングに戻すわけにはいかない。

 スカーレットは崩れたバランスのまま水来に抱き着いた。


 立とうとする水来。

 立たせたくないスカーレット。

 二人がグラウンドで揉み合う。


 だがやはり、技術のあるスカーレットが優位に立った。

 上四方固めに近い形で水来を抑え込めそうな体勢になった。


 その状態から、水来は必死にもがく。頭を軸にして、懸命に動く。

 このチャンスを逃したら、もう次はない。この真性のサディストは、なにをしてかすかわからない。きっと発狂するまで関節をいたぶられることになる。

 死ぬ気でもがきながら、水来の脳裏には走馬灯が駆け巡っていた。


 走馬灯とは、人生のエンドロールではない。

 窮地に追いやられた脳が、過去の経験を振り返って、この状況から脱出する方法がないか探しているのだ。


 水来の走馬灯の大半は、これまでのレッスンだった。


 アイドルになるため。

 アイドルとして輝くため。

 様々なダンスのレッスンをしてきた。


 幼稚園の頃からクラシックバレエを始めた。

 日本舞踊も、ラテンダンスも、フラメンコも、社交ダンスも……ダンスと名がつけば、なんでもやってきた。

 ブレイクダンスもやった。

 頭だけを地面につけて、コマのようにくるくる回るあのダンス。


 これだ!

 この体勢からでも、ブレイクダンスならできそうな気がした。


 蹴った。

 マットを蹴って、その勢いを使って回転しようとした。

 スカーレットはその勢いを押さえ込もうとしたが、水来があきらめずに何度も繰り返すうちに、ついに振り解かれた。


 水来とスカーレットとの間に距離が生まれた。

 ほんの十数センチ。

 それが勝敗を分ける距離だった。

 あと十センチ遠ければ、あるいは近ければ、結果は変わっていただろう。


 スカーレットを振り解いた後も、水来はブレイクダンスをやめなかった。

 やめたらまた組みつかれる。回っている間だけは近づけないはず――そう思い、死ぬ気で回った。


 体が回れば、当然胸も動く。

 高速で回ることで遠心力をもらったGカップが、芸術的な円を描く。

 その公転軌道上に、スカーレットの頭部があった。


 片乳一キロを超える重い乳房。それが二つ。

 間髪入れずに飛んでくる左右の乳房の連打を、スカーレットはくらった。

 何度も、何度も。

 何度も、何度も。


 回り続ける水来の連打は、スカーレットに倒れることを許さなかった。

 前のめりに倒れようとしても、その度に次のおっぱいが飛んできて弾き飛ばされる。

 しかし、後方に倒れるほどの威力まではない。

 前のめりに倒れ、ほんの少しだけ押し戻され、また前のめりに倒れ、また少しだけ押し戻され……。


 終わりなき攻撃をくらいながら、スカーレットは恐怖した。

 この連打は死ぬまで続くのではないだろうか?

 いや、死んでも終わらないのではないだろうか?

 死んでも続く責め苦……まるで地獄の拷問のようだ。


 一瞬が永遠に感じられるほどの苦痛を、永遠の期間続ける。

 それを永遠の数だけ繰り返す。

 サディストなら誰もが憧れる存在。

 地獄の拷問官。

 スカーレットにとって、水来はそれそのものだった。


(羨ましい‼)


 薄れゆく意識の中で、スカーレットは水来に対して焦げ付くほどの嫉妬を覚えた。

 真正のサディストは、マゾヒストではなく、サディストをいたぶりたい。

 スカーレットが知る中で、一番のサディストは自分自身だ。

 だから、スカーレットが本当にいたぶりたいのは、自分自身だ。

 

 しかし、自分自身をいたぶることだけは絶対にできない。それをしてしまったら、マゾになってしまう。

 自分自身への拷問は、サドである限り、決して叶わない夢なのだ。


(いいなぁ、いいなぁ、私をこんなにいたぶれるなんていいなぁ。ズルい! ズルい! ズルい!)


(ねぇ、今どんな気持ちですか? きっと最高に気持ちいですよね?)


(次に会った時は、私をいたぶる感覚をぜひ聞かせてください。こんなひどいことができるあなたとは、きっと親友になれる気がします)


 サド道の底なき深淵に触れたような気持ちになりながら、スカーレットは意識を失った。

 次の瞬間、レフェリーが試合を止めた。


 気絶したスカーレットは、恍惚とした表情を浮かべたままタンカで運ばれて行った。




「とんでもない大逆転劇だぁぁぁぁ‼ なんとあのスカーレット選手がグラウンドで負けたぁぁぁ! これはとんでもない逸材が現れたぞ、その名は天乃川水来‼ デビュー戦で強豪撃破、上位戦線にいきなり名を上げたぞ!」


 リングアナウンサーが叫び、会場は阿鼻叫喚の盛り上がりを見せた。

 息が上がり、まだなにが起きたのかはっきりわからない水来は、とりあえず立ち上がった。


 鏡を見るまでもなく、ひどいありさまだ。

 肘も膝も痛い。

 垂れ流した尿の上でブレイクダンスを踊ったから、これから一時間以上は髪を洗わなくてはいけないだろう。

 でも、不思議な高揚感がある。


 やっと終わったされたという解放感。

 それ以上に、満員のお客さんの全員が、水来に声援と拍手を送ってくれていることが大きい。

 背が高くても、顔さえなかなか見えない一番後ろが定位置のアイドルでは、決して味わえない感覚だった。


「さぁインタビューをしてみましょう。デビュー戦でしたが、どうでしたか水来選手」


 リングアナウンサーがリングに上がって、マイクを水来の顔の前に持ってきた。

 水来はそれを奪い取り、精いっぱい叫んだ。


「怖かった! 痛かった! 泣いちゃった!」


 会場から笑い声と歓声が起きた。


「でも、勝つと嬉しい。勝って、お客さんが私だけに注目してくれるのが嬉しい。こんなの初めてだから! だから、次も勝つ。勝って、勝って、勝って……チャンピオンになって、もっともっと注目されたい。この団体の……おっぱいの頂点に、私は立つ!」




「あらら、勝っちゃったよ、あの子」


「まさかスカーレットが負けるとはね」


「まぁあいつは格下相手に舐めプする癖があるし。今回は特にひどかったけど」


「ええ、そうですね。ですが、スカーレットをグラウンドで倒した選手は初めて。四天王ですら、スカーレット選手をグラウンドで倒した者はいません。粗削りですが、逸材なのは間違いないです」


 そんな会話が、会場の隅で行われていた。

 彼女たちは、桜井クーパーに次ぐ実力者たち。四天王と呼ばれている。

 そんな者たちが、水来に興味を持った。


「デビュー二戦目の相手が今から楽しみだね。そうだ……ボクが名乗り出ちゃおうかな」


 【ロケットおっぱい】の殺女がそう言って、リングに向かう。

 乱入に盛り上がる客たちの前で、殺女は勝者を称えると同時に、挑戦状を叩きつけた。

 今この瞬間、会場の中心(センター)は、間違いなく水来だった。


 天乃川水来の乳の道(ミルキーウェイ)は、まだ始まったばかりだ。


 to be continue?

2万字あったんですが、区切りがいいところで切ると前後編になってしまいました。

長すぎて読みにくかったらすみません。

R18でやれって怒られなかったら続き書きたい。

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