前編 おっぱい格闘技
酒に酔っていたならともかく、なぜ寝起きのベッドの中でこの話が思い浮かんだのか。コレガワカラナイ
前後編の短いお話になっています。
前編は試合まで、後半は試合。
「さぁ、今日もアイドルがんばるぞー!」
天乃川水来は気合いを入れてレッスンスタジオに入った。
クリスマスイヴから三が日まで連日東京ドームを行う超人気アイドルグループ【ミルキーウェイ】、彼女は正式なメンバーの一人だ。
とはいえ、その最後列。お客さんからは顔も見えない位置だ。
まっすぐで艶のある長い黒髪も、宝石のような瞳も、自慢のプロモーションも……後ろにいる限りは注目してもらえない。
それはまるで、太陽よりも大きいのに遠いというだけで気にもされない六等星のよう。
だが、せっかく憧れのアイドルになれたのに、六等星のままじゃ終われない!
いつかはセンターに立って、誰よりも輝いてやる。
ステージのど真ん中で、自分だけのスポットライトを浴びてやる。
野望を燃やし、いつものようにストレッチをしていると、プロデューサー室に来るようにと言われた。
イヤな予感がしたが、行かないという選択肢はない。水来は駆け足で向かった。
「失礼します」
部屋に入る時にそう言った水来の声は、震えていた。
プロデューサー室はミーティングルームも兼ねているが、入る機会は多くない。
テレビや映画などの大きな仕事をもらえる上位メンバーくらいしか、基本的にここで打ち合わせをすることはないのだ。
水来のような下位メンバーは、レッスンスタジオにずらりと並べられてペラ紙を渡されるだけの打ち合わせが基本だ。
だから、入る時はいつも緊張する。
もしかしたらステージに上がる時よりも。
右手と右足を同時に動かしている水来を見て、プロデューサーはやれやれと頭を振った。
アイドルのプロデューサーというと、普通はおっさんを連想する。
だが、ミルキーウェイのプロデューサーは三十代前半女性だ。
容姿は飛び切りの極上。
三十代だというのに、その数字を一切感じさせない目元をしている。
落ち着いて大人びた印象をしているが、無邪気にならったら十才は若く見えるかもしれない。一万人を探しても、こんな三十代はまず見つからないだろう。
それもそのはず。彼女は、ミルキーウェイの元センターだからだ。
「なんのご用でしょうか?」
「天乃川、あなたはうちに来て何年だったかしら?」
「研究生になったのが七年前。デビューしたのが一年半前です」
「いくつになったかしら?」
「今月で二十才です」
「そうね。ところで、ミルキーウェイは厳しい競争社会というのは知っているわよね?」
「遺伝子のレベルで理解してます」
ミルキーウェイは日本一の人気グループだが……だからこそ、内部の争いは激しい。
メンバー昇格を目指す研究生は大勢いて、常に切磋琢磨を要求される。
その研究生になるのも難しい。水来は十才から受けて十三才でようやく合格した。ダンスのレッスンなら、幼稚園に入るよりも前から始めていたほどだというのに。
苦労を経て正式なメンバーになったとしても、安泰ではない。
実力がない、華がない、人気がないと判断されれば、すぐに地位を奪われる。
地位が保証されるのは、せいぜい上位十人くらい。
他はいつも崖っぷちだ。
「それで、あなたは次の入れ替え候補の筆頭に上がっているのだけど」
常に新しい血を取り込めるように、ミルキーウェイでは三ヶ月ごとに研究生を一人か二人、正式なメンバーに加えることになっている。
そして、同じ数だけ研究生に落とされる。
ただし初昇格から一年間は、どれだけ人気がなくても降格はされない。だから、一年半での降格候補は、ほぼ最短での降格と言っていい。
「……な、なんで入れ換えに?」
「そんな意外? この前の握手会、あなたに並んだのは何人だったかしら?」
「じゅ、十五人……」
「地下アイドルかしら?」
「で、でも人数は少なくても、私の握手券の売り上げは一千枚を超えてますよ」
「そうね。その九十五パーセントをたった一人のお客さんが買ってくれた。その人はいつもあなたのところに現れ、帯のついた札束を全部使ってくれる。不人気のくせに、とんでもない太客がついてるわね」
「そうです、私は稼げるアイドルで……」
「でもね、百万円払ってくれるお客さんを一人持ってるアイドルより、一万円払ってくれるお客さんを百人持ってるアイドルの方が格上なの。わかる? たった一人に飽きられたら売り上げが消滅するようじゃ、会社は成り立たない」
水来はなにも言い返せなかった。
それが現実であることは重々理解していた。
「というわけで、あなたは今月いっぱいで降格。それと、この前のオーディションで、ダイヤの原石がたくさん見つかってね。あなたより若い子ばかりよ。世代交代を進めたいから、見込みのない二十代はガンガン減らしたいと思ってるんだけど、寮もそこまで余裕があるわけじゃないし。降格したら、あなたは退寮の候補の上位に入るわけだけど……」
「ま、待ってください。降格したら収入もなくなるのに引っ越し費用なんて……」
追い詰められた水来が泣きそうな顔になると、それまで凍えるように冷たかったプロデューサーの目が、突然菩薩のようになった。
「そうだよね、困るよね。でも安心して。私も鬼じゃないわ。あなたにチャンスを与える」
「私にまだチャンスをくれるんですか、プロデューサー⁉」
「もちろんあげるわよ。だって、私もアイドルになりたいと思ったのは大学生の時で、二十才の時はまだ何者でもなかったんだもの。あなたにはまだ可能性が残されているわ」
「チャンスを頂けるならなんでもやります!」
プロデューサーの態度の急変はあまりにあやしかったが、余裕ゼロになっていた水来はそのことに気付かず、差し伸ばされた手をあっさり掴んだ。
この場に第三者がいたら、プロデューサーがしていることは、殴ってからやさしく治療するDV彼氏のようだと思ったかもしれない。
「まぁ頼もしい。じゃあ、ニュー・ガールズ・ファイト、通称NGFってスポーツ団体に出向してくれないかしら?」
ニュー・ガールズ・ファイト……聞いたことのない単語に、水来は首を傾げた。
「新しい女子格闘技、ってことですか?」
「惜しい。ニューはnewじゃなくて乳。おっぱいで戦う女子の格闘技って意味」
「………………え? なにそれ」
「そのままの意味よ。持て余してるそのGカップを有効活用する場所がようやく現れたのよ、天乃川。そこでの活動と並行するだけで、うちで最下位でも入れ換えなしを保証する。もし一人でも四天王の首を獲ったら、ミルキーウェイの一桁にしてあげる。チャンピオン倒してベルト獲って来たら、センターにしてあげる」
「入れ換えなし! センター? 本当ですか⁉」
「誓約書を書いたっていいわ」
「やります! まだアイドルやりたいから、そのおっぱい格闘技やります!」
「その意気や良し! じゃあさっそく行きましょう」
そう言うと、プロデューサーは高級ブランドのバッグを手にした。
「はい! ……どこへ?」
「プロテスト」
「プロテスト?」
「これからNGFのプロテストがあるのよ」
「そうなんですか⁉ でも、まだなんの準備も。申し込みだって」
「それはこっちでやってある。とにかく行くよ! ちょうどいいタイミングでチャンスが来ると思うな。チャンスが来た時にそれを活かすんだよ」
「は、はい!」
これから自分に待ち受けるものがなんなのかさえわからないまま、水来はプロデューサーに連れられタクシーに乗った。
***
プロテストの会場は、普段はライブハウスとして使用されている場所だった。
規模からして、千人は軽く入るだろう。入口には、今日の夜に試合が行われることが書かれていた。
「プロテスト……なんですよね? いきなり試合なんてことないですよね?」
「ないない。試合の前にテストをするんだよ。その方が効率的だからね」
「なるほど、そういうことですか」
中に入ると、すでに選手希望と思われる人が十人くらいいた。
皆、なかなかガタイがいい。百六十八センチで、グループではかなり長身な水来が、ここでは普通くらいだ。
そして、胸がみんな大きい。
水来のGカップはそれでも大きい方だが、DやEくらいはみんな普通にありそうだった。
「巨乳が条件だったりするんですか?」
「当たり前。天乃川はNGFをなんだと思ってるの?」
「ほんの二十分前に名前を聞いたばかりの謎の競技という印象しかないです」
その話が聞こえたのか、一際背の高い女が近づいて来た。
百八十センチを軽く超えていそうだ。
だが、最もインパクトがあるのはその胸。
爆乳や神乳というレベルではない。エロ漫画の世界では魔乳や奇乳と呼ばれるようなサイズだ。
「おいおい、NGFがなんなのかさえ知らずに来るとは。どうやら死にに来たらしいな?」
「うわぁ、変なのに絡まれた。ヤダなぁ、怖い」
水来は思ったことがすぐ口に出るタイプだった。
「乳と乳とでぶつかり合う女たちの熱きバトル。自慢の乳で相手をぶん殴りぶっ倒す。倒したら乳で押し潰して、3カウントフォールすれば勝ち。拳の代わりにおっぱいを使うボクシング、それとプロレスの間ってところだな。フォールとブロック以外で、手や足で相手に触れることは禁止されているから気をつけろ」
「………………丁寧に教えてくださりありがとうございます!」
絡まれたと思ったら、ただ親切なだけの人だった。
「ふふっ、どうやら本当になにも知らないらしいな。そんなことじゃお前、筆記試験で落ちるぞ」
「筆記があるんですか⁉」
「これまで筆記で落ちた女はいない。もし落ちたら……社会的に死ぬぞ」
「た、たしかに……」
「NGFの公式ホームページに過去問と解説が載っている。今からでも目を通しておくんだな」
背の高い魔乳の女はそう言って笑った。
上から見下ろされた時は恐怖を感じたが、よく見たら優しい顔立ちをしていた。
「がんばれよ」
女はそう言って水来の肩を叩き、離れていった。
「……怖かったけど、いい人でした」
ふぅと息を吐きながらそう言うと、プロデューサーが笑った。
「あれがNGFのチャンピオンだよ」
「チャンピオン?」
「桜井クーパー。NGFで一番大きな胸の持ち主、なんとMカップ。NGFにおいて胸の大きさは、バスケの身長くらい重要だから、ものすごく強いよ」
「Mカップ……そんなサイズのブラ、どこで売ってるんですか? 日本全体でも需要があんまりなさそう」
「そうね……海外から輸入してるんじゃない?」
「っていうかクーパーって変な名前……クーパー靭帯?」
クーパー靭帯とは、おっぱいを支えている靭帯のことである。
「本名ですか?」
「リングネームに決まってるでしょ。本名でNGFやってる人なんていないよ」
「まぁリングネームですよね、あははっ……本名でやる人がいない競技っていうのが気になるんですけど」
「天乃川がデビューする時は、アイドルの時と同じ名前でやるからね」
「天乃川水来は本名なんですけど⁉」
「初の本名選手だ。界隈で盛り上がるよ」
「なんかこの界隈で話題にされたくないです。っていうか、チャンピオンってことは、私がセンターになるためにはあの人を倒さないといけないってことですよね?」
「そうだね」
「どんな競技かまだ漠然としかわからないけど、勝てる気がしません。昔タピオカチャレンジっていうのが流行りましたけど、あの人トレイ乗りますよ。おっぱいの上にトレイ乗せて定食食べるチャレンジ成功できますって」
「まぁあれは別格だから。とりあえず打倒四天王を目指して。四天王には数合わせで入った面汚しが一人はいるものだから、それならなんとかなるかもしれないよ」
「全員倒した後で『結局あいつが一番強かったな』って言われるやつじゃないですか……」
ぶつぶつ文句を言いながら、水来は過去問に目を通した。
それによれば、案外単純な競技のようだった。さっきクーパーが話していた内容そのまま。
追加で気を付けたいところと言えば、試合ごとに衣装が指定されることだった。
水着マッチ、バニーマッチ、メイド服マッチ、ランジェリーマッチ、などがあり、それぞれに特殊ルールが追加される。
たとえば、メイド服マッチでは、おしとやかに、スカートが翻らぬように戦わねばならない。
ただし、それはロングスカートメイド服の場合。
ミニスカートメイド服なら、たまにパンチラしないと減点対象になるらしい。
「なんて競技だ……」
これから自分が入って行く世界に頭痛を覚えつつ、水来は知識を頭に入れた。
試験が始まった。
まずは筆記試験。
それが終わると、参加者たちは、ビキニを着るように命じられた。
NGFは格闘技だが、勝利至上主義が蔓延るアマチュア競技ではない。
本質はショービジネスである。
ルックスは最も重視される。
そのチェックは念入りだった。
審査員のおばさんが参加者の腹の肉をつまみ、その厚さを定規で測る。
一定の範囲内に収まっていなければ減点……というわけだ。
なにかのスポーツをやっていたのか、腹筋がバキバキに割れている参加者がいた。
この日のために減量をしてきたのだろう。
水着のトップスの中に、腹の肉をすべて押し込もうとしたが、入りきらなかった分で大幅な減点をされた参加者もいた。
この日のために減量をしてこなかったのだろう。
なんの準備もしておらず、今朝もご飯をおかわりした水来だったが、減点されるようなことはなかった。
毎日のダンスレッスンでカロリーは十分に消費できている。
強固な腹筋がありつつ、表面にうっすら脂肪が乗っている。力を入れれば割れて見えるが、見えないようにすることもできる。
理想的なニュー・ガールズ・ファイトの選手のお腹、と評価された。
下位とはいえ、人気アイドルグループのメンバー。もちろん顔で減点されるはずなどない。
ルックス審査では、水来は最高点を叩き出した。
今回の参加者の中で、ではない。
過去のすべての参加者の中で、だ。
次は体力測定。
毎日レッスンを受け、ランニングも筋トレもサボらない水来にとっては問題ではなかった。
トップとまではいかなかったが、合格ラインは軽くクリアした。
試験が終わった後、水来はプロデューサーと共に会場の近くの店で時間を潰した。
その間、会場の一室では会議が開かれていた。
先ほどのプロテストの結果についての会議である。運営は、この日のうちに合否を出す方針だった。
「次が最後の参加者、天乃川水来さんですが……合格でいいですか? 容姿は満点ですし、フィジカルも申し分ありません。筆記はギリギリですが、総合的には文句なしだと思います」
役員の一人がそう言うと、NGFのプロデューサーが面倒そうに手を振った。
「その子は合格で決まってるの。友達に頼んで、アイドルを一人紹介してもらったんだから。昨日の夜」
NGFのプロデューサーは、ミルキーウェイのプロデューサーと幼馴染みだった。
既存ファンの以外にもアピールできる新しいスターがほしいNGFと、才能はあるが伸び悩んでいるアイドルに一皮むけるきっかけを与えたいミルキーウェイ。
その二つの思惑が、この度一致した。
だから、不合格にするという選択肢は、そもそも存在していなかった。
テストに参加さえすれば、合格にする――昨日の夜に酒を飲みながら決めたのだった。
「今後の方針だけど、天乃川さんは大事に育てる。勝てそうな弱い相手と戦わせて、とりあえず三連勝させる。それから少しずつレベルを上げていき、四天王に挑むまでは無敗を維持させる」
「そう都合よくいきますかね?」
「場合によっては八百長でもなんでもさせる。天乃川水来をなんとしてでもスターにする」
「八百長ですか……まぁ、プロデューサーが言えば、飲んでくれる人はいるでしょうね。中には絶対に飲まない人もいますが。たとえば、今日のメインイベントのスカーレット朱音とか」
「スカーレットねぇ……強いは強いし、人気はあるんだけど、ちょっと乱暴っていうか、若手潰すのが好きなのがねぇ。今って五連勝中だっけ?」
「ええ、最近どんどん力をつけてますよ。来年には四天王の一角を倒すかもしれませんね」
「今日の相手は勝てそうもないかぁ。まぁいずれ四天王がなんとかしてくれると信じて、今のところはスカーレットの好きにさせましょうか」
水来の書類に【合格】と書かれたハンコを押し、会議は終了したかに思えた。
だがその時、スタッフの一人が血相を変えて飛び込んできた。
「スカーレット選手の対戦相手が、急に腹痛を訴えました。リングドクターによると盲腸の可能性があるとのことです」
「なんですって⁉ すぐに病院へ運んで。でも、試合はどうしよう」
NGFのプロデューサーは頭を抱えた。
急病はしかたないとはいえ、メインイベントに穴を開けるわけにはいかない。
「代役を……今から出場できる選手はいる?」
「四天王が見学に来る予定ですが、到着はセミファイナルの頃のようです。急いで来てくれと言っても、さすがに間に合わないかと……」
「くっ……今日は桜井クーパーが来てたはずよね? 試合してもらえないかしら? 今のスカーレットはクーパーにぶつける段階じゃないのはわかってるけど、まずは今日を乗り切らないと」
「桜井さんは来週のパイレーツ・レディースとの対抗戦が控えていますので、今日試合させるわけにはいきません」
「たしかに……いくらクーパーでも二週続けてはムリね。もし強行させてコンディションを落として、他団体との対抗戦でうちのチャンピオンが負けたら、NGFの格が地に落ちる。でも、メインイベントに穴を開けたら信用が……どうすれば」
会議の空気は重苦しいものになった。
どうすればこの窮地を脱出できるのか――必死に考えた。
そして、プロデューサーはあるアイディアにたどり着いた。
「今日の合格者を使いましょう」
当然、このアイディアには反対が出た。
「デビュー戦でいきなりスカーレットと戦うなんて危険すぎます」
「でもやるしかないわ。大丈夫、スカーレットだってバカじゃない。今日合格したばかりの相手に対しては、さすがに加減はする…………と思う」
「だとしても、メインイベントに新人を使うなんてお客さんが許してくれませんよ。ブーイングの嵐になります」
「もしその新人にネームバリューがあれば? NGFでの戦績よりも大きな付加価値、たとえば、ミルキーウェイのアイドルだとしたら?」
合格の報せと同時に、これからデビュー戦をしてくれと言われた水来は、もちろんイヤだと言った。
「ムチャです、ムチャ。っていうかムリ! 練習さえしたことないんですよ」
「お客さんの入場が始まるまでリングを使って練習できるようにします。桜井クーパーがマンツーマンで教えます。だからおねがいします」
「それでなんとかなるような浅い競技なんですか⁉」
頭を下げるNGFのプロデューサーに対し、水来は言いたいことを言った。
だがそれでNGFのプロデューサーが引き下がることはなかった。
水来を納得させられなければ、今日の興行が成立しなくなるのだ。
「天乃川、わがままを言っちゃダメだよ」
ミルキーウェイのプロデューサーが、水来をなだめた。
「私がわがまま言ってるんですか?」
「君はこれからNGFの選手になる。つまり、この人は君のプロデューサーになる。私と立場は同じだよ」
「まぁそれは……」
「ではそれを踏まえて……君は、私がいきなり『今日の公演でセンターをやってくれ』と言ったとして、それを断るの?」
「絶対に断りません。センターになりたくないアイドルなんていません」
「それと同じだよ。プロデューサーにメインイベントに出場してくれと言われ、断る選手はいない」
「………………同じですか? なんか違う気が…………あ、そうだ! アイドルとしては練習をしてきましたけど、選手としての練習はまだなにも。これって大きな違いですよ――」
「天乃川! ちょうどいいタイミングでチャンスが来ると思うな。チャンスが来た時にそれを活かすんだよ」
それは事務所でも言われた言葉だった。
プロデューサーの座右の銘。彼女はアイドル時代、舞い込んだ仕事は、たとえどんなに準備不足でも、ぶっつけ本番ですべて受けた。
大失敗することも少なくなかったが、絶対に断らず、どんなに売れても体当たりの精神を忘れない姿勢は周囲に愛された。
そのおかげでさらに仕事に恵まれ、人脈も生まれ、今のプロデューサーという地位に繋がっている。
もし彼女が絶好の時を待つタイプの人間なら、きっと今も“なにか”を待ち続けているだけだっただろう。
「わ、わかりました。やります!」
ミルキーウェイのアイドルなら、その話を耳が腐るほど聞かされてきた。
そして、プロデューサーにそう言われると、断れなくなってしまうのだ。
会場に戻った水来はさっそく練習を始めた。
桜井クーパーから手取り足取り教えてもらい、短い時間ではあったが基本的な動きを一通り学んだ。
「新人、とにかく安全に気をつけること。勝ち負けよりもまずは安全第一!」
練習後、クーパーはそうアドバイスをくれた。
「はい、ケガだけはしないようにがんばります!」
「ケガはする。それはしかたない」
「しかたないんですか⁉」
「気をつけるっていうのは、重傷にならないようにすることを言うんだ。わかったか?」
とんでもないところに来てしまった――そう思いながら控室に戻ると、水着が置いてあった。
ビキニタイプ……撮影で着たことがあるが、少し布地が小さい気がする。
「なんですか、これは?」
ちょうどそこにNGFのプロデューサーがいたので聞いてみた。
「今日のメインイベントは水着・デスマッチだから、その衣装だよ」
「なるほど……いや、水着はいいですけど、ちょっと布が少ないのも百歩譲っていいです。デスマッチって⁉ なんですか怖い単語は」
「デスマッチは判定なし、時間無制限で完全決着までやるんだよ。通常は減点になることもし放題になるよ。まぁあんまりひどいと強制終了させるから、客席の盛り上がりを見つつ反則はほどほどにね」
「……なんかすごい上級者向けじゃないですか?」
「スカーレットの試合はデスマッチになりがちなんだよね。お客さんにウケがいいから。スカーレットってさ、現役のSM女王様なんだよ」
「じょ、女王様? それってあの鞭とか持ってる?」
「具体的になにしてるかは見たことないけど、そうじゃないのkな?」
「……あの、私、アイドルでもあるんですけど、女王様との絡みはどうなんでしょう?」
「大丈夫大丈夫、水着マッチだけど、脱がせたりはしないから。ほら、今日の水着だって、布は小さいけど案外ポロリはしにくい構造なんだよ」
「たしかに……それじゃ全然安心できないですけど‼」
水来は必至に抵抗したが、「すでに水着・デスマッチでチケットを売っているから、今さら変更できない」という理屈の前にはなすすべなかった。
そうしているうちに開場し、試合が始まり、ついにメインイベントの選手入場になった。
これってR15に収まってるんですかね……特に後半




