オークED その2
つまらないクレームなら実力行使すればいいか。
そう思いつつ、俺は二人組の席に近づいた。
すると美魔女はすっと立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。
会社のロビーでよく見かけた光景だ。
営業と窓口が顔を合わせた時に行う習わし。
「あなたが……天城雄作さん、ですわね」
「はい、ご指名ありがとうございます」
女性の所作に釣られて、思わず頭を下げそうになるが踏みとどまる。
商談ならともかく、うちの店はそういう接客業ではない。
無闇に店長を呼びつける人間に、真面目に応対する必要なんてない。
「ご指名って、この店は、店長をお呼び立てしたら、指名料を支払うのが決まりなのかしら?」
「お金は、いくらあっても困らないでしょう」
「ふーん、天城家の人間のわりには、お金に汚いのね」
「うちの店は、モンスターが人間をもてなす場所です。賛美が欲しいなら、特別にそういう店を紹介しますよ」
「ふふ、次期当主の言う通り、随分と捻くれてるのね」
「あなたが本題を言わないからでしょう」
「これは失礼しました」
美魔女は側に置いてあるハンドバックから一通の封書と名刺を取り出すと、俺に向けて差し出した。
名刺には、俺の良く知る名前が書いてある。
それを見た瞬間、気が重くなった。
「ふぅ……」と芝居がかった嘆息を吐いてから、雑に封を破り中身を取り出す。
手紙にはこう書かれている。
「愚弟よ。私の友人である大億のオーナー、奥井清美の悩みを解決するべし。 姉より」
この筆跡から見て、間違いなく姉からの紹介状だ。
その上、大億のオーナーと来たもんだ。
俺は手紙と封筒をそっと机の上に置いた。
そして奥井さんの向かい側の席に座ってから切り出した。
「姉の依頼は別として、大億のオーナー直々のご指名とあらば、無下にするわけにはいきませんね」
「ふふ、そんなに身構えなくてもよろしくてよ」
「いえいえ、河原町の歓楽街でも名の知れた超高級オークソープ。一日の売り上げが十億を下回る日はない河原町を代表するお店。姉が目をかけるわけです」
「天城家の方に、そう言われるのも悪くないですわね」
「――で、そんな超高級店のオーナー様が、零細の俺に何の御用です?」
俺が問いただすと、奥井さんは隣にいるオークに目配せをした。
二人は示し合わせたかのようにうなずくと、俺の方に向いた。
二人とも真剣な顔だ。
オークなんて常人なら間違いなく、逃げ出したくなるほど厳つい。
これは冗談を言う雰囲気ではない。
俺は奥井さんの話に、真剣に耳を傾けることにした。
「彼が……彼が……EDになったの」
「……ん?」
ED?
エンディングって意味じゃないよな?
「俺の耳がおかしくなってないか確認したいのですが……本当にEDなんですか?」
「そう言ってるじゃない!」
「だってオークですよ!? 何かの間違いじゃないですか!?」
「オークと言ったら、異世界でも名の知れた、色情魔の代名詞じゃないですか」
「だから大変なのよ! でも、あなたなら治せるんでしょ?」
「そんなわけないでしょ! そういうのは心療内科の仕事だ! 俺には荷が重すぎる!」
「でも、次期当主はこう言ってたわ。愚弟はバカでアホで根暗でオタクだけど、異世界の造詣が深いから何とかしてくれるって」
「クソ姉貴! 好き放題、言いやがって!」
「そんな事より、早く彼を助けてあげて。彼はうちのナンバーワンなの! 彼が何時までもEDだと売り上げにひびくの。ひいては、あなたのお姉さまの事業にも支障が出るのよ」
「んな事、言われても……俺は人より異世界の事情には詳しいだけの、普通の現代人ですよ?」
「そんな事、言わないで! 天城家の事業を抜きにしても今の時代、エンターテイメントに異世界人は必要不可欠。あなたでもわかるでしょ?」
「承知してますよ。俺の店は、そのおこぼれにあずかってますからね」
そう。
奥井さんの言う通りである。
人が人のために作った娯楽では、決して満たせない欲望を叶える街。
現世の桃源郷、天国の向こう側、金と欲の掃き溜め、夢と現の狭間など幾つもの異名がある。
「天城家次期当主である、あなたの姉は言わば河原町に君臨する女王。あなたの店も含め、ここいら一帯の店は全て天城家の支配下にあるわ」
「ええ。異世界との交流自体は古くからあったみたいですが姉貴の手によって、ここ二十年くらいで河原町の貧民区は日本有数の歓楽街へと姿を変えた。姉貴は金と力を行使して、各方面に手を回し周辺四百メートル以内から全ての公共施設を排除することで、その手の店の新規開業を出来るようにし、今では現世の桃源郷と呼ばれるようになった」
「手始めに世界一の歓楽街を作る。次期当主……つまり、あなたの姉の話を聞いた時は、正気を疑ったわ。でも、この子と出会ってから、天城家の事業に乗っかることを決めたわ」
そういうと奥井さんは、うっとりとした表情で隣のオークを一瞥した。




