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続・不良品のスライム その6

 階段をのぼり、用心棒達が寝てる部屋に着く。


 力の衝突をより強く感じる。


 しかし、二人の姿はない。

 俺は部屋を出て、二人の気配がする方に向かった。


 覚醒したサミィが相手なのかアスラも本気のようだ。


 普段なら微塵も感じないが、魔王が放つ独特の重苦しい気配と覚醒したサミィが放つ清らかで冷たい気配が嫌でも感じ取れる。


 気配を頼りに部屋を探す。

 とある部屋の前に立つと、真夏の湿気のように不快感がまとわりつく。


 この先は、人が踏み入る領域ではない、という無言の警告。


 俺はひと呼吸してから、ドアを開けた。

 目に飛び込んできたのは、切っ先から柄まで黒い剣を手にしたアスラと白いオーラをまとった剣を手にしたサミィの剣戟だった。


 これまで二人の衝突は何度も目にしたことはあるが、それらとは比べ物にならないほどの戦いぶり。


 速さ、魔力、殺気……いずれも、今までの戦いとは次元が違う。


 剣を手にしたアスラの顔に焦りの色が見える。


 それがサミィの強さを物語っている。

 刃と刃のぶつかる音が消えた。


 アスラとサミィがそれぞれ距離を空ける。

 隙が出来たので、俺はアスラのそばに駆け寄った。


「雄作、無事であったか!」


「この通りな。ヤミーも存命だ」


「ふむ……なら何故、勇者が覚醒しておるのじゃ? わしは覚醒せぬよう最大限に注意を払ったつもりじゃが」


「聞いて、がっかりしろ。何とスタブを長時間、お預け食らったのが要因だ」


 アスラの目が丸くなり、口がポカンと開いた。


 だよなぁ……心中、察するよ。


「まあ、ヤミーの禁断症状と似たようなものだろう」


「冗談ではないぞ!? わしは、あんな喫茶店のドーナッツとコーシー如きで死にかけたのか!?」


「初めて聞いたぜ……アスラの泣き言。相当、余裕がないんだな」


「バババ、バカを言うな! 覚醒した勇者と対峙するのが七十年ぶりだから、ちょっと感覚が戻ってないだけじゃ」


「七十年前って――」


「お主の祖父、ラインハルトと戦った時じゃな」


「ってことは、次元の裂け目が出来た戦いってのは」


「うむ。わしが覚醒した勇者と戦った時に、次元がスパッと切れてのう」


「七十年前の爺ちゃんも、あんな感じだったのか? なんかこう、真人間になって近寄りがたくなったというか――」


「歴代の勇者の中に、多重人格は一人もおらん。ラインハルトでさえ、覚醒してもクソ生意気なガキなのは変わらんかった」


 サミィの方に向く。

 外観は、疑いの余地がない完ぺきなサミィ。


 ただ顔つきは、いつものバカ面ではなくキリッとしており、目つきが鋭い。


 立ち振る舞いも見事と言うより他はない。

 剣を構える所作ですら、なだらかで気品に満ちてるが隙はない。


 恐る恐る目を合わせる。

 冷たく鋭利な眼光に心臓が射貫かれそうだ。


 姿形は人間そのものだが、人間と対峙してる気がしない。


「ふうむ。サミィだけ人が変わる……いや、自我が消えるのは神の仕業かもしれん」


「自我が消える? 確かにサミィは、お前が側にいると暴走するけどよ――」


「サミィは自他ともに認めるダメ人間じゃからな。ストレス耐性は皆無。常人には些細な刺激でも多大な心労となり覚醒を誘発。神が意思の弱い人間を勇者に使命したことが気掛かりじゃったが、アレを見て合点がいった。脆弱な心は瑣末な出来事で覚醒をもたらし、意思の弱さは不都合な自我を消す。全くもって厄介な女を勇者にしおって」


「無敵の人みたいだな」


「そんな可愛いものではないぞ、アレは」


「わかってるよ。でもまあ……この場は俺に任せろ。従業員の不始末は、店長が責任を取らないとな」


「……そうじゃな。十中八九、わしに分があるが、サミィは何をしでかすか読めんからな」


「強がるなって。年寄りはゆっくりと休んでな」


「むぅ……言い草は気に入らんが、この場は甘えさせてもらおう」


「剣、借りるぜ」


「心して使え。でなければ命を落とすぞ」


「了解」


 俺は両手を魔力で覆ってから、黒い剣を受け取った。


 柄を握った瞬間、体の内側から何かが吸い取られる感触を得る。


 黒い剣は、見た目に反して羽のように軽いが、掌に粘り気の高いジェルが纏わりついてる気がして落ち着かない。


 俺は黒い剣の切っ先をサミィに向けてから「待たせたな。選手交代だ」と宣言した。


 すると、サミィはかぶりを振ってから口を開いた。


「あなたが魔王に近づいたので静観しておりました。もし、人質になった時、救出の手立てを備えておりましたが……まさか、自らの意思で魔王に助力するとは想定外です。正気を疑います」


「お前に言われたくねえよ」


「なにゆえ闇の根源たる魔王につくのですか?」


 俺はアスラをチラ見してから口を開いた。


「大事なビジネスパートナーだからな。情けないことにうちの店は、アスラがいないと立ち行かないんだ」


「ゆ、雄作……」


「一瞬だけ、アスラが死んだら借金がチャラになるかなーって思ったけどな」


「利息をつけるぞ」


「つうか借金の大部分はサミィの肩代わりだろうが! 勝手に俺に押し付けやがって」


「金の回収はな、支払い能力のある保護者から徴収するのが定石じゃ」


「……とにかく借金返済と明日の売り上げのためにも、まずはうちの従業員を返してもらうぞ」


 サミィの姿をした何かは、嘆息を吐いた。


「……わかりました。不本意ですが致し方ありません……我が名は勇者サミィ。神の僕にして闇を切り裂く剣。人の身でありながら闇に与する愚か者は、魔王もろとも滅ぼすのみ」


「やれるものならやってみな」


 正直、今のサミィと戦うのに、不安が無いと言えば嘘になる。


 だが……相手が真の勇者なら勝つのは俺だ!


 サミィの白い剣の切っ先が俺に向けられる。


 張り詰めた空気の中、緊張感がより一層高まり、息がつまる。


 その刹那、風を切る音が鳴った。

 沈黙を破ったのは、サミィ。

 白い剣をかかげ、凄まじい速さで詰めてきた。


 間合いに入った瞬間、サミィの斬撃が容赦なく俺に襲い掛かる。


 心臓の鼓動が早くなる。

 剣は、俺の左の鎖骨辺りに下ろされた。

 袈裟斬りという奴だ。

 俺はあえて動かず、サミィの剣を体で受けた。


 左肩に強い衝撃を感じる。

 白いオーラをまとった刃は、俺の服を裂いたが傷をつけることはなかった。


「何!?」


「たとえ覚醒しようがお前が勇者である限り、俺には勝てねえよ!」


 サミィが怯んだ一瞬の隙をついて、俺は飛び退いてから黒い剣を振った。


 黒く禍々しい刃は、空を切る。

 その軌跡から、斬撃を模した黒い魔力の塊が放たれた。


 これはサミィを手にかけず、この場を収めるための必殺技みたいなものだ。


「知らねえのか? 店で悪事を働いた勇者は、店員にぶっ倒されるんだぜ!」


 黒い魔力の塊がサミィに直撃する。

 サミィの体が黒いオーラに包まれた。

 そして、黒いオーラが消えると、サミィは苦痛をあげる間もなく倒れた。


「腕は、衰えてないようじゃな」


「腕じゃなくて真理だ。俺が四分の一は異世界人(クオーター)ってのもあるけどな」


 そう言いながら俺は黒い剣をアスラに放った。


「たしかに。勇者は民衆に弱いが魔王に強く、魔王は勇者に弱いが民衆に強い、そして民衆は……魔王に弱いが勇者に強い。わしの世界の真理である」


「冷や汗ものだったがな。もし覚醒したサミィに通用しなかったらと思うとぞっとするよ」


「事は収まった。楽にせよ」


「当たり前だ。今日は休日だってのに余計なことで半日、無駄に過ごしたんだからな」


 アスラと雑談してる時、一瞬だけ身が引き締まりそうな寒気に襲われた。


 ザッ、と床が何かと擦れる音が続く。

 サミィが起き上がったようだ。

 しかし、キリッとした顔つきと鋭い眼差しは健在の様子。


「まだ覚醒モードかよ」


 サミィは剣を拾うと間髪入れずに猛然と斬りかかってきた。


 認めたくないが、覚醒したサミィを制した慢心と気の緩みが生んだ隙なのだろう。


 俺が臨戦態勢を整える前に、サミィはアスラに剣を振り下ろした。


 目にも止まらぬ速さで繰り出される斬撃。

 刃がアスラの脳天に触れようとした、その瞬間……サミィは短い呻き声を吐き出すと同時に、アスラにもたれかかって動かなくなった。


「先ほどの真理には一つ前提条件がある。それは、双方の力量が互角であること」


「殺してないだろうな」


「アホ抜かせ。気絶させただけじゃ」


「つうか、拳一発で昏倒できるなら、俺が見たものは茶番か?」


「手負いじゃったからな。お主のおかげである。助太刀、感謝するぞ」


「なら借金をチャラにしろ。命の恩人だぞ」


「さて、サミィの様子じゃが――」


「人の話を聞けよ」


 アスラはサミィの両肩をがっしり掴むと、そのまま前後に揺すった。


 サミィの頭が二、三、大きく揺れると「う、うーん……」と、か細い唸り声をあげた。


 続けて「ふわぁああ」と口を大きく開けて、間抜けな欠伸をした。


 張り詰めた空気が弛緩する。

 体の緊張が解け、全身が暖かくなる。


 サミィの両目が開く。

 いつものバカ面。

 覚醒モードは鎮まったようだ。


「勇者よ。目が覚めたなら、自分の足で立て」


 するとサミィは黄色い声で「王子様!」と言いながらアスラに抱きついた。


 呆気にとられたのか、突然の事態に困惑してるのかアスラは唖然としている。


 開いた口が塞がらないとは、よく言ったものだ。


 放心状態のアスラを尻目に、サミィはアスラの胸元に顔をうずめては首を左右に振っている。


「待て! 勇者よ! とうとう頭が逝ってもうたか?」


「元からだろ」


「それに、わしは魔王じゃ。王子ではない!」


「そういう意味じゃないと思うが」


「どうせなら女王様と呼べ!」


「それは止めてくれ。土地柄、違う意味に聞こえるから」


 紆余曲折あったけど、ようやく終わった。

 蓄積した疲労が吹き出す。


「雄作! 何をボサッとしておる。わしから勇者を引きはがすのを手伝わんか!」


「王子様! もう離さないわよ!」


「離せ! 馬鹿者! ぐぅ……やはり息の根を止めておくべきか」

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