続・不良品のスライム その5
俺はサミィとヤミーを連れ出すため地下室に向かった。
道中は特別な仕掛けはなく、サミィとヤミーは階段を下りた先にいた。
後、何故か知らないけど、うちの店に押し入ってきた強盗犯の二人組の姿もあった。
鉄格子の奥で横たわってるのがサミィ。
他、二名と一匹は番人のようだ。
「久しぶりだな、ヤミー。元気してたか?」
「ご覧の通り、息災である」
「上のやり取りは見てたか?」
「ああ。経緯はわからぬが、雇用主は魔王様の逆鱗に触れ、隷属させられたようだな」
「そんなわけで今のあいつには、ヤミーを養う余裕はなくなった。だから迎えに来た」
「……良いのか?」
「約束したからな。霜降り肉を毎日毎食、食わせてくれる金持ちに売り払ってやるって」
「律儀だな。では、遠慮なく世話になるとしよう。よろしく頼むぞ」
「さてと――」
強盗の二人組をチラ見する。
俺と目があった瞬間、二人同時に身をすくませた。
……こいつらは放っておこう。
それより、この牢屋だな。
鉄格子、天井、床、全ての囲いが魔法で強化されてる。
俺は解呪系魔法が使えないからなぁ。
「ここの鍵は無いのか?」
「この牢に物理的な開錠に意味はない。仕掛けを施した術者に解呪させるのが最良だ」
「術者って誰か分かるか?」
「つい先ほど、雇用主に同伴してる姿は見かけたが――」
「それじゃあ、俺がぶっ飛ばした中の一人ってことか」
「だろうな」
「術者が目覚めるまで待つ時間はない」
渋々、格子をがっしりと掴む。
そして人間一人通る隙間を作るため、両手に魔力を込めてから、格子を曲げようと試みる。
……ダメだ。
両腕の筋肉がパンパンに張るまで頑張ったけど一ミリも曲がらない。
こうなったら時間はかかるけど、アスラに頼んで術者を起こしてもらうか。
「ぐぐ……うっ……ううううぅぅぅ――」
その時、牢屋の中から女性と思しき呻き声が聞こえた。
そういや拉致されてから四十時間以上、経過してるのか。
「店主よ。勇者の身に何が起こってるのだ?」
「お前と同じだ。こいつ二十四時間以内にスタブの商品を口にしないと、ストレスゲージが振り切れて物凄く機嫌が悪くなるんだよ」
「失礼な! 我のは、禁断症状。勇者のは堪え性がないだけ。ただの我がままに過ぎん」
「お前の方が面倒だろうが! 何、自分の方がまだマシみたいな空気感を出してんじゃねえ!」
「落ち着いて、よく探ってみよ。ストレスという言葉では片付けられない禍々しいオーラが、勇者の体から溢れてるのだ」
「禍々しいって、それはお前がダークドラゴンなだけで、俺には教会とか神社にいるような神聖で身が引き締まるような気高いオーラだけどな」
「では聞こう。ストレスが蓄積した程度で、そうなるのか?」
「……こいつならあり得る、と一瞬だけ思ったがやっぱり無いな」
二十四時間以上スタブのお預けを食らって、ホールに出せないほど不機嫌になったことはある。
以来、サミィはスタブが改装や研修等で休日が判明した場合、前もって翌日分のフードを用意するようになった。
不機嫌というのは本当に文字通りで、口も人相も悪くなり絡みづらくなっただけ。
女性なら誰でもあるホルモンバランスの乱れによる一時的な人格の変貌みたいなもので、こんな予兆はなかった。
「うぅぅあああああああああああああああああああ――!」
サミィの口から苦悶のような叫び声が出てきた。
気高いオーラが色濃くなる。
「ったく、こいつを監禁するなら、せめてスタブを食わせてやれよ。要求されなかったのか?」
「うっ……そ、それは――」
何やらヤミーの様子がおかしい。
すると、中背中肉の強盗が口を開いた。
「あ、あの……スタブのモーニングセットなら今朝、そちらのドラゴンから頼まれました」
「買ってきたのか?」
「はい! 確かに、ドラゴンにお渡ししました」
「――と強盗が言ってるけど、実際はどうなんだ? ヤミー」
ヤミーは、俺から首ごと目を背けてから口を開いた。
「そやつが届けたものは我が食した。以前から度々、我に与えられた和牛を食われたから、その仕返しにと――」
「わかった。喧嘩両成敗ってことで、今日のところは何も言わん。過ぎた事をあれこれ言っても意味無いしな」
「すまぬ」
「元はと言えば、このアホが捕まったのも悪いしな。ったく、勇者様ともあろう者が誰にやられ――」
と、その時、牢屋の方から凄まじい敵意と跪きたくなるほどの威厳が入り混じった薄気味悪い気配を感じた。
牢屋に目を向ける。
先ほどまで横たわっていたサミィが立っていた。
真剣なようでいて、どことなく穏やかな風貌。
清らかな水面のように澄んだ瞳。
かすかな緊張感と大きな安堵をもたらす佇まい。
偉人、聖人、英雄、天下人、救世主などと呼ばれる者達を彷彿とさせる威厳を放っている。
今のサミィは、尊さと誠実さを兼ね備えた人格者のようだ。
サミィは、どこからともなく剣を出した。
そう思った次の瞬間、剣が消えた。
キン、キンと重めの金属が硬い床に落ちた音が後に続く。
どうやら目にも止まらぬ速さで格子を切り裂いたようだ。
そして、サミィは悠然と牢屋を出た。
その堂々たる振る舞いに、俺は目を奪われた。
サミィが俺の横を素通りする。
俺は、サミィの背中を目で追った。
いつもは華奢で頼りない背中が、大きくて勇ましく見える。
あれが勇者の風格なのだろう。
俺は、サミィの姿が見えなくなるまで、その場から動かなかった。
恐怖はないが近寄りがたい。
今のサミィが人間よりも高位の存在なのは明らかである。
その証拠……とでも言うのだろうか、ヤミーが生まれたての小鹿のように全身を震わせてる。
「ヤミー、大丈夫か?」
「う、うむ……体に異常はない」
「心は?」
「我は生まれて初めて……戦慄を覚えた」
「これまで何度か発作は見てきたけど、あんなサミィ初めてだ。まるで別人みたいだ」
「あれが真の勇者の姿なのだろう」
「真の勇者ね……これまた随分と大袈裟なワードが出てきたな」
「以前、魔王様と父上から聞いた話ではあるが、勇者に多大なストレスを与え続けると覚醒という事象が起こるようだ。特に、親しい者との死別や故郷を壊滅させる行為は覚醒を促すから、勇者と近しい者には手を出さぬよう、魔王様は配下の者に厳命していた」
「それって、つまり……サミィは、スタブが食えないストレスで真の力に目覚めたってことか?」
「正確に言えば、いつもの発作にストレスが相まって覚醒したのだろう」
「そんなバカバカしい理由で強くなれんのかよ、あいつ!」
何か急にムカついてきたな。
俺なんてアスラに何度も三途の川送りにされて、ようやく力を手にしたってのに。
あの修業の日々を思い出す度に、自分の指や手足が無くなってないか目視したくなるんだぞ。
あのババァ、回復魔法が使えるからって、常に俺が脳死しないギリギリを責めてきたからな。
肉体が欠損する度に、大した怪我ではないぞ、なんて呑気な声で言いやがって。
それに引き換え、あいつは好物が食えないストレスだけで強くなりやがって!
ああ、もう!
本当にムカついてきた!
「店主よ」
「ああん?」
「思索にふけてるところ悪いが、このままでは魔王様の命が危ない」
「そんなにヤバいのか?」
「いつもの発作とは比較にならないほど危機的状況であることは断言しよう」
そういや前にアスラが言ってたな。
自分が絶命するケースは、寿命が尽きるか勇者に討たれるかの二つしかないって。
いつもの発作ならアスラが適当にあしらって終いだが、覚醒したサミィが相手なら無傷では済まないということか。
ヤミーは今も体を震わせてる。
それに呼応するかのように、階段の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。
足音が大きくなるにつれて、人と思しき悲鳴まで聞こえるようになる。
程なくして、外道が姿を現した。
肩で息をしており、顔中に脂汗が浮いてる。
「はぁ、はぁ……剣を持った盗人が突然、現れて……」
息が整ってないためか、言葉がぶつ切りになってる。
命からがら逃げてきたのだろう。
俺は、改めて階段の方に目を向ける。
その時、大きな力がぶつかった衝撃音が鳴り響いた。
全身が小刻みに揺れ、腹の奥底が震える。
まるでライブ会場で重低音を一身に浴びてるようだ。
今の衝撃、アスラとサミィが交戦状態に入った合図と見て間違いないだろう。
「すまぬ。心苦しいが今の我には、勇者に立ち向かうことはできん。恐怖で体が言う事を聞かないのだ」
「気にするな。アスラを連れてきたのは、俺の責任だ」
俺は二人を止めるため、地下室から出た。




