続・不良品のスライム その3
嘉平さんは勝利宣言の如く、声を張り上げた。
たしかに目の前の映像には、牢屋の中にいるサミィ、サミィの番を務めてると思しきヤミーに、以前うちの店に来た二人組の強盗の姿がある。
ヤミーは仏頂面で鉄格子に目を向けてるが、サミィと二人組の強盗は楽し気に歓談してる様子。
しおらしく、というよりも、和気あいあいがピッタリの空気感。
嘉平さんの言葉が尻切れになるのも頷ける光景だ。
「お前達! 呑気に人質と戯れてる場合ではありませんよ!」
「ひっ! ひいいいいいい! すみません、嘉平様!」
強盗の二人組は慌てた様子で背筋をピシっと伸ばた。
続けて、サミィが「え!? これ、もう映ってるの!? やだー」と呑気な口調で言いながら、牢屋の床に寝込む。
全身で悲愴感を漂わせようと必死になってる姿が別の意味で痛々しい。
舞台の裏の裏を覗き見た気分である。
「コホン……ご覧の通りです、天城さん」
「う、うん……何と言うか、あんたの心中を察するよ」
「黙りなさい! とにかく! 彼女を返してほしければ……そうですねぇ……そこの自称魔王の命を引き換え、というのはいかがでしょうか?」
「それは、俺とアスラと戦え、って言ってるのか?」
「理想は、共倒れですがね……先ほど、彼女の戦いの様子を拝見してましたが、可愛い顔をして、役立たずどもの攻撃を真面に受けて、かすり傷一つついてないのを確認しました。それどころか、まるで自分以外が見えてないような立ち振る舞い。真偽はともかく、魔王を自称するだけのことはあります」
俺はアスラの方に目を向けた。
アスラと目が合う。
退屈そうな顔をしてる。
サミィのために、俺がアスラと戦う?
嘉平さんの企みがバカバカしくて笑えてくる。
俺は嘉平さんの方に向き直る。
「盛り上がってるところ悪いけど……あなたでは、サミィを人質にはできませんよ。あいつは、根は腐ってるけど勇者ですから」
「それで私を揺さぶってるつもりですか? 現にこうして、彼女は牢屋の中に閉じこもってるではありませんか」
「あー、その事ね」
サミィが牢屋の中に閉じこもる理由なんて、過去の事例から導き出せる。
それは、あいつらしくて、バカバカしい理由だ。
「サミィ! どうせお前のことだ。事件に巻き込まれた事を理由に、特別有給をアテにしてるんだろ?」
「……」
「今更、狸寝入りしても無駄だぞ! 出勤してない以上、ただのサボり。さらに連絡もしてないから無断欠勤な」
「うわーん、酷いよ店長! 気が付いたら牢屋にいたのは本当なのにー」
「なら、さっさと出て来いよ」
「やだやだー。みんなして勇者、勇者って私もたまにはヒロインになりたいよー 誰かに養ってもらって、死ぬまでぐーたらしたいー。あー、私を養ってくれる王子様が颯爽と現れて、牢屋から連れ出してほしいよー」
「残念ながら、お前は立派な勇者だ。ヒーローになることは運命づけられてる。ヒロインを夢見るのは止めときな」
「ぷいッ!」
サミィは不貞寝してしまった。
あの様子なら放っておいても問題ないだろう。
「とまあ、あんたの言う人質はご覧の通り、囚われてる意識はこれっぽっちもありません」
「あやつは見て通り、怠惰が服を着てるような人間。仕掛けが施された牢屋を破壊するのが億劫だから篭ってるだけじゃろ」
「相手に面倒だと思わせることは、自衛のキモだからな」
「そういう意味では、勇者を拉致、監禁に至る手腕は見事と言えよう。賞賛に値する」
アスラに同意だ。
先ほど俺が相手したレベルの連中なら、たとえ一万居てもサミィが後れを取るわけがない。
なのに、現にサミィは嘉平さんの地下牢に囚われてる。
脱出は億劫になるかもしれないが、そもそもサミィが拉致される姿は想像できない。
仮にスタブのドリンクで釣ろうものなら、力づくで餌だけ強引に奪うのがサミィだ。
うーむ、一体どうやってサミィを牢屋に閉じ込めたんだ?
もし再現性があるなら誘拐犯にご教示願いたいものだ。
今後の教育に絶対役に立つからな。
あいつを拉致監禁した手法も気になるけど、それよりもう一度、嘉平さんに訊ねる必要があるな。
返答次第では――。
「嘉平さん……再度、申し上げます。うちの従業員を返してください」
俺は、なるたけ穏やかな口調で言った。
しかし、嘉平さんの顔つきがより一層、険しくなる。
力は十分に示したのに、まだ足掻くつもりらしい。
嘉平さんを注視する。
嘉平さんの右手がスーツの内側に入る。
その直後、自動拳銃の銃口がこちらに向いた。
銃の扱いに慣れてるのだろう。
迷いも淀みもない、冷徹で機敏な動作。
人差し指がトリガーにかかる。
そして……スライドが動いた。
発砲音と共に、銃口から弾が発射された。
このまま放っておけばアスラに着弾するだろう。
……いくら何でも、見過ごすわけにはいかないよな。
アスラは拳銃程度の銃口威力なら傷一つつかないのは既知の事実。
かといって万が一、不覚を取らないとも限らない。
俺は、アスラに目掛けて射出された弾丸を掴むために左手を伸ばし、五本の指を折る。
手の平が熱い。
弾丸をキャッチできたようだ。
しかし、五本の指の腹が少し冷たい。
何より俺の左手に、圧力がかかっている。
不思議に思った俺は、自分の左手に視線を移す。
そこには、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたアスラとアスラの左手とがっちり噛み合った俺の左手があった。
つまり、左手にかかってる謎の圧力の正体は、アスラの左手。
さすがは魔王。
細腕の指とは思えない、万力を想起させる握力だ。
「どうやら、余計なお世話だったみたいだな」
「な!? な、な、なななな――」
「ん?」
アスラの頬がみるみるうちに赤くなる。
「こ、こんなところで何を考えておる!? 心臓が飛び出るところだったではないか!?」
「心臓が飛び出たくらいで死ぬタマかよ」
「わしをキュン死させるつもりか!?」
「きゅ、急死? お前こそ何、言ってんだ? って、痛たたたたたた! 手を離せ、手を!」
魔王の細指がメリメリと俺の左手を締め付ける。
これ以上、圧力が加わると左手が砕ける恐れがある。
「何を言うか!? お、お主から掴んできたではないか!?」
「そりゃあ、弾が飛んで来たから対処しただけだ! つうか、痛いから離せ! 引っ張るな! このままだと手どころか腕がもげ――」
「わしの片腕になるとな? そ、そうかそうか。ようやっと決心がついたか」
「ちげえよ! 馬鹿力だけじゃなくて、耳も馬鹿になってんのかよ!」
「何じゃと!? そこまで言うなら本当に腕を千切るぞ!」
「ごめんごめんごめんごめん! 俺が全部悪いから! だから、腕を解放してくれ」
「仕方ないのう」
俺の左手がアスラの魔の手から解放された。
その瞬間、再び発砲音が鳴り響いた。
次の弾道は、俺自身のようだ。
俺は、音速で迫りくる弾丸を右手で掴み取った。
弾の熱を感じとる間もなく、発砲音が鳴る。
何度も、何度も、嘉平さんの銃口から弾が発射されたが都度、俺とアスラは弾を素手で難なく掴んだ。
ついには火薬の爆ぜる音から「カチッ、カチッ」と弾切れを示す、引き金を引く音に変わった。
嘉平さんは先ほどまでの鬼の形相が嘘のように、意気消沈したようで眼光から表情に至る、顔を構成する全ての部位がしおれてる。
アスラが一歩前に踏み出すと同時に「嘉平元蔵! 偽造硬貨をバラまいた罪は万死に値する」と凄味のある声で言い放った。
嘉平さんは尻もちをついてから「ひいっ! す、すみません!」と上擦った声で言う。
「大概の悪行には目を瞑るが、魔法が絡むテロ行為は看過できん。悪貨で肥えた醜い腹を括るがいい!」
「い、命だけはどうかご勘弁を! その! 妻と小さな娘がいるんです……」
嘉平さんの言葉を聞いた瞬間、俺の体は火が付いたように熱くなった。
アスラが呆れたように溜め息を吐く中、俺は嘉平さん……否、醜く肥え太った外道に詰め寄る。
こいつは、ダメだ。
見るに堪えない。
俺にだって嫌いな物は山ほどある。
その中の一つが、危機的状況に追い詰められた時、守るべき者を前面に押し出し、臆面もなく情に訴えかけてくる奴だ。
そこに善悪はない。
たとえ会社からリストラされようが、悪事が原因で矢面に立とうが、自分の事を棚に上げて同情を誘うのは、真っ当な責任能力と判断力を備えた成人のやることではない。
頭の中にネストの姿が浮かび上がる。
少なくともネストは俺に対し、借金の原因は自分にある、と言い切った。
元をただせば、ヤミーの禁断症状を抑えるためにこしらえた借金なのに、身を挺したのだ。
今の俺にはもう、こいつが我が身可愛さに妻と娘を犠牲にしてでも助かりたい、と願う外道にしか見えない。
悪党とは別の生き物。
犠牲も厭わず、手段も選ばず、自己保身のためなら、何をしても許されると考える腐った特権意識。
俺は無言で、外道の顔を殴った。
丸々太った体が勢いよく吹き飛ぶ。
外道は、背中から壁にぶつかった。
その衝撃で部屋が揺れたような気がした。
続けて俺は財布の中から小切手を取り出すと、外道の前でビリビリと破いた。
「いいのか? 雄作」
「どちらにしろ、こいつからの支払いはもう期待できないからな」
「さっさと換金すればいいものを」
「クーリングオフみたいなものだ。それより俺は、地下からサミィとヤミーを連れ出れて帰るわ」
「好きにしろ。わしは、嘉平元蔵と話をつける」
「なら別の部屋に移動してくれ。いくら他人の所有地でも、サミィとお前を対面させるわけにはいかないからな」
「仕方ないのう」
アスラが片手で外道の体を引きずって部屋から退室した。
俺は部屋の隅にある、下り階段を降りた。




