続・不良品のスライム その2
案の定……というかアスラが門を蹴り破った時点で想像はついた。
物音かセンサーが作動したのかは定かではないが邸宅の玄関から、針先のように鋭利な殺気がダダ洩れ。
呼応するかのように、微かに狂気を帯びた笑みを浮かべるアスラ。
「彼奴め、わしらを歓迎する準備が整ってるようじゃ」
「当然だ。こんな正々堂々と不法侵入したら、子供でも対策を打つに決まってる」
「怖いのか?」
「ああ、お前がな……ったく、俺は従業員を迎えに来ただけだっての。大事にしやがって」
「出入りは、派手な方が好みじゃ。魔王たる者が人間如きの住居に、裏から忍び込むなどあり得ぬ」
「別にお前の趣向に口出しするつもりはない。ただ、俺を巻き込むな、と言いたいの」
「ここに連れてきたのは、お主じゃがな」
「わかったよ。ここは両成敗としよう。こうなったら一蓮托生だ」
「うむ」
こうして俺達は、正面玄関から堂々と嘉平さんの邸宅に足を踏み入れた。
玄関を開けた瞬間、薄皮を刻むような殺気を浴びる。
しかし、玄関と廊下には誰もいない。
これでは、待ち伏せしてます、と言ってるようなものだ。
俺達は殺気の大元に向かった。
ドアの前に立つと、アスラがドラを蹴り破った。
激しい物音と同時に、いくつもの鋭い視線を向けられた。
心の中で嘆息を吐いてから、部屋の中に入る。
予想はしてたので、驚きはしなかった。
大勢の用心棒のお出迎えである。
各々の手には、抜き身の剣や大仰な杖がある。
そして、一番奥には嘉平さんの姿がある。
「嘉平元蔵! 貴様を――」
アスラの言葉を遮ったのは、耳の奥を掻き毟る不快なハウリング。
そして、正面ではなく左右から嘉平さんの声が続いた。
「天城さん、これはまた随分と賑やかな住居不法侵入ですねぇ。先日の取引は、お互い満足のいくものであると認識しておりますが何かありましたか?」
「単刀直入に言います。うちの従業員をお迎えに参りました」
「話が全く見えませんが――」
「わしを前にして白を切るつもりか? 嘉平元蔵!」
「おや? そちらの可愛らしいお嬢さんは、一体」
「わしは、魔王アスライドである」
アスラが自分の名を告げた瞬間、周囲がざわついた。
嘉平さんが黙ってるためか、左右のスピーカーから音声が流れない。
俺は周りの言葉に耳を立てた。
声音や言葉からは、恐怖や怯えは一切感じない。
「え? あれが魔王? 威厳も何もないじゃん」
「なかなか、いい女じゃないか」
「でも髪の毛から衣服まで黒ずくめなんて、十中八九メンヘラだろ」
「いい年して、中二病に罹ってそうだな」
「手首にリスカの痕がありそう」
「うっ……想像しただけで吐きそう」
と、このように憐みと訝しむ声ばかりである。
隣にいるアスラは、両手をわなわなと震わせており、コメカミには血管がバチバチ走ってる。
大変ご立腹の模様。
「アスラ。お前、本当に魔王か?」
「雄作! お前も疑うのか!?」
「だって……周りにいる異世界人ですら、お前を知らないみたいだし」
「こ、これは違うぞ! あの、あれじゃ! わしの姿を見て、生き永らえる人間が少ないだけじゃ」
「毎日、城にいるのに誰も会いに来ないのか?」
「当たり前じゃ! わしの城は、観光地ではないぞ! そもそも人間には容易に立ち入ることが出来ない場所にあるからな」
俺はいつもアスラに瞬間移動で連れていかれるので気に留めたことなかったけど、普通の人間の足では立ち入るのは困難な場所にあるんだっけ。
勇者ですら、エルフの秘宝なんて大それたものを使ったくらいだし。
そりゃ誰も会いに来ないわけだ。
「……ってお主、何でそんな憐れむような目でわしを見るのじゃ!?」
「あんな過酷な環境に住んでるからメンヘラになったのかなって――」
「わしは決してメンヘラではないぞ! ほら! 見てみい、この傷一つない綺麗な手首を!」
「わかった! わかったから」
アスラはムキになって、両方の手首を晒してる。
大体、お前の肌に傷をつける刃物なんて、指で数えるくらいしかねえだろ!
そもそも、アスラがメンヘラだろうが中二病だろうが魔王じゃなかろうが、この際どうでもいい。
問題は、こいつらが魔王の名前を聞いても尚、怖気づかないことにある。
この様子じゃ、戦闘は避けられないだろうな。
一昨日に比べて、数も増えてるし。
その時、スピーカーから嘉平さんの音声が流れてきた。
「魔王アスライド……確か、こちらの世界では、井門明日羅という名前でしたな」
「そうじゃ! ほれ、見てみい雄作。やっぱり、わし有名じゃろ!」
「何で喜んでんだよ」
「騙るだけなら、誰でも出来ますがねぇ」
どうやら嘉平さんは、目の前のアスラを魔王と認めないようだ。
「ハァ……」とアスラが嘆息を吐く。
「天城さんならともかく、こんな可愛らしい自称魔王を痛めつけるのは、大変心苦しいのですが」
「嘉平さん、俺はサミィを返してくれれば、大人しく引き下がりますよ」
「いくら天城家の者でも、住居不法侵入は許しません」
「それは、こいつが――」
「天城雄作は理由もなく、我が家に不法侵入した。だから私は仕方なく抵抗した。……そういう筋書きです」
どうも嘉平さんは、天城家の何たるかをご存じでない様子。
大方、この辺一帯の地主程度にしか思ってないのだろう。
暴対法が施行されて早三十年余り。
令和の時代にシマ争いとは恐れ入る。
これは通貨の偽造とは、切り分けた方が良さそうだ。
俺はひと呼吸してから臨戦態勢を整えた。
周囲をざっと見渡す。
どいつもこいつも風貌からして殺気立ってる。
銃刀法違反ガン無視、短剣どころか大振りの剣や斧を持つ者もいる。
野盗かっての。
「では皆様方。目の前にいる、二人のならず者に懲らしめてください。……生死は問いません」
嘉平さんの言葉を皮切りに、周囲の用心棒たちが一斉に鬨を上げる。
耳障りな騒音。
不快感をもよおし、思わず顔をしかめる。
そんな中、アスラは顔色一つ変えず毅然としてる。
「雄作。せっかくの機会じゃ。腕がなまってないか、わしに見せてみい」
「いいぜ」
俺は二つ返事で承諾した。
アスラのご機嫌取りのためじゃない。
単純にストレスを解消するためだ
「わしは一切、手を出さんぞ」
「それは助かる」
俺達の態度が気に入らなかったのだろう。
周囲の用心棒たちは各々「なめてんじゃねえ!」「このガキが!」「日本人のくせに!」と罵声を上げながら襲い掛かってきた。
自分に目掛けて迫りくる数々の得物と魔法。
いずれも鈍く、取るに足らない物に見えた。
やる気は結構だが、彼我の戦力差を見極める能力は皆無のようだ。
俺は悠々と攻撃を捌いては、戦意を削ぐ程度の反撃を幾度も繰り返した。
ある者には鳩尾に拳をねじ込み、またある者には頸部に手刀を。
魔法を繰り出す者には、魔法を打ち消してから顎に意識を飛ばす一撃を。
程なくして、二本足で立つ者が俺とアスラ、そして嘉平さんの三人となった。
「ううむ、期待外れじゃな」
「……これじゃあ、肩慣らしにもならねえよ」
「あの程度の連中では、物差しにもならんのう」
「どうでもいいよ。そんなことより――」
俺は嘉平さんに目を向けた。
案の定、嘉平さんは物凄い剣幕でこちらを睨みつけてる。
「今なら、目を瞑ります。ですので大人しく、うちの従業員を返していただけませんか? こう見えて俺の店、なかなか忙しくて、手が足りないんですよ」
「……ふふふ」
「ん?」
「全く……大金をはたいて役立たずを囲ったと思うと、自分自身の間抜けぶりに笑うしかありませんね」
「それだけ元気なら、今後もうまくやっていけるだろ」
嘉平さんは突然、懐からリモコンを取り出した。
そして、淀みない手つきでリモコンを操作すると正面の壁、嘉平さんの背後に映像が出てきた。
「これを御覧なさい。あなたの従業員は、私の手中にあります。このように牢屋の中で、しおらしく――」




