無断欠勤 理由 その5……視点変更
「これに懲りたら金の回収などというロクでもない仕事を止めて、畜産業に鞍替えするんだな。そして我に和牛を献上せよ」
「「「ひ、ひいー」」」
我は職務の一環として、雇用主から、お金を取り立てようとする連中を追い払った。
雇用主からは、おそらくではあるが、殺しの許可も下りてる。
しかし、だからといって、無駄な殺生はしない。
父上と魔王様に厳命を受けてるのもあるが、和牛原産国の現地人は、我にとっても殺すには惜しい逸材。
徴税人などと言う、人間に忌み嫌われる職業に就いてるならば、今みたいに脅しをかけて転職を促すのが最善と判断したまで。
何はともあれ職務は果たした。
隣にいる雇用主から和牛を要求しよう。
「言われた通り、徴税人を追い払ったぞ」
「ええ、ええ。彼らが尻尾を巻いて屋敷を飛び出す姿を滑稽でしたね」
「ならば、特別手当とやらを要求してもよいのだろう?」
「ううむ、しかしですねェ……私は『この部屋では好きなだけ暴れても構いません』と申し伝えたはずですが――」
「だから、少しだけ『脅し』をかけたではないか。逃げ出したのは奴らの方だ」
「はぁ……生かしておいたら懲りずにまた取り立てにくるじゃあないですか。先ほども申し上げた通り、徴税局の連中に慈悲は要りません。次は、奴らとたっぷり運動してください。二度と私から徴税しようと思わなくなるほどに」
「留めておこう」
「そういうわけで、特別手当はありません」
「何!? 話が違うではないか!」
「奴らを驚かせただけでしょう?」
「気に入らぬのなら貴様が直接、徴税局に手を下せばいいだろうに――」
「『殺し』なんて恐れ多い。でも『事故』ならば致し方ないでしょう?」
「世界が変わっても、人は変わらぬようだな。まあ我は和牛を献上してくれるなら、貴様の事情に深入りするつもりはない」
「はっはっはっ。話のわかる固体で助かります。あなたには大金をかけております。ですので、それに見合う仕事していただければ、ね」
「……」
雇用主は地下室を出て行った。
この地下室には、雇用主の金庫がある。
彼奴ら徴税人は雇用主の貯蓄を狙って、屋敷に訪れる。
普通なら隠し通すところを雇用主はあえて金庫に案内。
そこに、我と雇用主が立ち合う。
そして、我と雇用主の仲睦まじい様子を徴税人に見せつける。
その上で、我を恐れずに金庫に触れる仕草を見せたら、雇用主を傷付けぬように『暴れる』こと。
何でも『徴税を免れた上で形を軽くするため』に必要な手順らしい。
詳しい事はわからぬが、それがこの世界の決まり事のようだ。
◇◇◇
我は今、信じられないものを目の当たりにしてる。
現地人の二人組が勇者の誘拐し、雇用主に引き渡してる場に。
雇用主は勇者の身柄を確保したことにご満悦の様子。
相当な手柄なのだろう。
実行犯の二人組は雇用主の賞賛を受け、照れ臭そうに笑みを浮かべてる。
あの者らからは、魔力はおろか、何かを成し遂げる意思や気配は一切感じなかった。
にも関わらず、五体満足で勇者を誘拐してきたのだ。
実力行使は言わずもがな、毒物の投与が効果的とは考えづらい。
ううむ……この世界には『能ある鷹は爪を隠す』という言葉があるが、奴らは実力を隠す鷹だというのか?
だとしたら、奴らの評価を改めると共に今一度、この邸宅に住まう人間共を観察する必要があるな。
雇用主が「二人とも今日はご苦労様でした。下がりなさい」と告げると、二人が部屋を出て行った。
扉の閉まる音が鳴ると同時に、主は意識のない勇者の衣服のポケットに手を入れた。
動作の機敏さから何かを探してる様子がうかがえる。
暇を持て余してる我は、雇用主に疑問を投げた。
「主。何故、奴らを雇った? 三下すら過大な俗人にしか見えぬが」
「あなたの世話係と鉄砲玉ですよ」
「鉄砲玉とな?」
「要するに、使い捨ての駒です。ひょうたんから出てきたみたいですがね」
言葉の意味は理解しかねるが、主の弾んだ声音からして、今日の奴らは予想外の成果をあげたようだ。
「ゴミも使い方次第ということでしょうか」
「そうか」
「もちろん、あなたのことではありませんよ」
「わかっておる」
主が衣服のポケットから何かを取り出したようだ。
その指先には、人間の爪ほどの薄く小さな黒い板状の物体がある。
我には、それが何なのか皆目見当がつかない。
「ふう……何とか取り戻すことができたようです」
「それは何よりだ」
「ヤミー。あなたに一つ仕事をお願いします」
「申してみよ」
「この女の見張りです」
「金庫の番はいいのか?」
「そちらは、徴税局の連中が来てからで構いません」
「わかった。しかし、こやつを監禁したら、店主と相対することになるぞ」
「致し方ありません。私の商売を知る者は生かしておくわけにはいきません。それがたとえ天城家の者であろうとも」
「そうか。理解してるなら止めはせん」
「怖いですか?」
「我は報酬の分しか動かないぞ」
「それは頼もしいですねェ」
◇◇◇
「立場が逆転したようだな」
我は牢屋に佇む勇者に告げた。
「ねえねえ、ヤミーちゃん。ここ、どこ?」
人間……先日まで世話になってた店主の従者兼勇者サミィが呑気な口調でたずねてきた。
牢屋に閉じ込められてるというのに危機感がないようだ。
「雇用主の屋敷にある地下牢だ」
「コヨウヌシ? ああ! あの如何にも腹黒そうなオッサンの家かぁ」
「言葉はともかく、その認識に間違いない」
「で、ヤミーちゃんはここで何をしてるの?」
「貴様の見張りだ」
「うーん、やっぱりタダの牢屋じゃないか」
「むむ、雑談で我の気をそらしてる隙に脱獄を試みたのか……呆けてるようでいて食えぬ女よ」
勇者の言う通り、この牢屋は材質こそ脆いが魔力で強度を上げている。
この世界の生き物なら、傷一つ付けられない堅牢な檻なのだ。
無論、我なら容易く破壊できるがな。
「まあ、いいか。とりあえず当面の水と食料は心配ないとして――」
「何故、我を見ながら言う」
「だって売り物じゃないあんたなんて人語を話す食料じゃん」
「この世界では、知恵のある動物は庇護対象ではないのか? イルカやクジラみたいに」
「あんたの場合、庇護じゃなくて研究対象に決まってるじゃない」
「え?」
「イルカやクジラは集客能力が高いから生かされてるの。集客能力皆無のくせに人語を操り、人並みの知性を持つドラゴンなんて駆除されるだけよ。害竜駆除よ」
むむ、父上から聞いてた話とは大分異なるようだ。
こちらの世界では、レアな生き物は丁重に扱うのではないのか?
「人語を流暢に話すトカゲなんて普通、気味悪くて近寄らないわよ。それに日本人は、イルカもクジラも食べるわよ。私は食べた事ないけど」
「動物愛護団体という組織が黙ってないのでは?」
「大丈夫、大丈夫。あれらは人間に無害な動物が対象だから。あんたみたいに有害な動物は、例え希少性が高くても処される運命に決まってるじゃない」
「何だと!?」
確かに我らドラゴンは、他種族からは恐怖の対象に他ならない。
そんな我を前にして、勇者の顔色は平常時と何一つ変わらないのが気になる。
いや……失念していたのは我の方だ。
腐っても、こやつは魔王様と対峙して生き残った強者。
この牢屋は頑強だが、魔王様と戦った勇者の力に耐えられる保障はどこにもない。
しかも厄介なことに、この勇者は日々の労働ですら怠ける傾向が強い。
脱獄を決行せず大人しくしてるのも、面倒の一言で済ますのが今の勇者。
……無駄な争いは回避するべきだろう。
少なくとも、今の雇用主のために命を懸けてまで、勇者と相対する義理はない。
初心を忘れるな。
我の目的は持病の発作を抑えるため、定期的に和牛を食すること。
力の誇示や解放ではない。
大変不本意だが職務のため、ここはあえて、へりくだるとしよう。
「……我は、和牛と違い美味くないので、我を食するのは遠慮願いたいのだが」
「非常食になりたくないなら水と食料と塩胡椒を持ってきなさい。スタブなら尚良し」
スタブ――記憶が定かなら、勇者の行きつけの飲食店。
我を従僕扱いするとは、非常に不快だな
だが、もっと不快なのは、それを受諾せねばならぬ状況に身を置いた我自身。
我ながら不甲斐ない。
店主がいなければ、勇者一人相手どる胆力がないとは……。
「スタブの飲食物については善処しよう。だが、塩と胡椒を所望するのは何故だ?」
すると、勇者は得意げな顔をしてから、我に人差し指を突きつけた。
「あんたを食べるためよ! あんた、臭いがきつそうだから塩だけでなく胡椒が要るでしょ? 私はあんたと違って高級な肉を生で食べる野蛮な連中とは違って繊細なの。まああんたには、人間の繊細さは一生かかっても理解できないと思うけどさ」
「本当に繊細な人間なら、ドラゴンを食する発想は浮かばないだろうな」
「ねえねえ、あんたの体に毒はあるの? 寄生虫とかいない?」
「ええい! 今すぐスタブとかいう店の食い物を運ばせるから、大人しくしておれ!」
「そういえばドラゴンの血って滋養強壮に良いって聞いたことがあるわ。……悩ましいわね」
「ふむ……捻くれても所詮は神の僕。生者への冒涜は良心を苛むか」
「何言ってんの? あんたの血で水分補給か転売かで悩んでるだけよ」
「……」
勇者の相手をすると気が休まらん。
早急にお望みの飲食物を与えるとしよう。
我は地下から出ると、先ほど大役を果たした二人組にお使いを依頼した。
今日は営業時間を過ぎてるため、明日の朝食に届けてくれるそうだ。
スタブの手配を終えたので職務に戻る。
勇者は牢屋の寝具に横たわっている。
奴と言葉を交わしても気疲れするだけ。
起き上がれば応対するが、伏せてるうちは放っておくに限る。
我は大人しく、寝ずの番を務めた。
◇◇◇
日は昇ったようだが勇者の起きる気配はない。
しばらくすると見覚えのある紙袋を抱えた現地人の二人組が地下に降りてきた。
我が紙袋を受け取ると現地人はそそくさと地下から出て行った。
ふむ……これが勇者を虜にする飲食物か。
袋の口を開き、中身を取り出す。
スイーツなる固形物が数点。
氷のように冷たい容器が一つ。
たしかフラペチーノと称される飲み物であったか。
店主は常々、フラペチーノは食べ物、と声高々に口にしてたな。
それにしても……なんとも芳醇で甘美な香りであるな。
食欲とは違うの何かが刺激されてる気がする。
人の間では『甘い物は別腹』と言うが、その言葉の本当の意味を垣間見た気がする。
一体、どのような味なのだろうか。
和牛の口にする以前は、食事に延命以上のことは求めなかった。
だが和牛の味を知った今の我は食事に対し、延命よりも味わいに重きを置いてる。
今更だが……勇者に与えるのが惜しいな。
我の心中に反するかのように、勇者が物欲しそうな目をしている。
その時、ある事を思い出した。
同時に怒りで頭と腹の内が熱を帯びる。
これは、絶好の機会では?
内に秘めたる嗜虐心が鎌首をもたげる。
今こそ……勇者に復讐を果たす時!
我は、手の内にあるスタブの飲食物を口にする権利を正当化すると同時に、勇者の方に振り向いた。
勇者の瞳の輝きが増す。
口からは物欲しそうに涎が垂れてる。
それらの振舞いが余計に嗜虐心を煽る。
我は勇者の目の前で、ドーナツなるスイーツにかぶりついた。
勇者の顔色がみるみる青ざめていく。
が、優越感に浸る間もなく、上質な油と甘味と穀物由来の芳醇な香りのハーモニーが舌先から全身に広がり、得も言えぬ幸福感に満たされた。
両の角から脳、翼の爪から膜、首から胴、ついには尻尾の先端に至る体中の隅々に行き渡り、魂魄までも揺さぶる極上の快楽。
体を動かしてないのに、天上に舞い上がったような気分だ。
ほんの刹那の間、意識が途絶えたに違いない。
まさか再び、忘我の境地に至るとは……。
こんな事は、初めて和牛を口にした時以来である。
もはや勇者のことは、眼中になかった。
かつて、我が食するはずの和牛を先んじて食われた恨みは雲散霧消した。
何やら物音が聞こえるが、今の我にとってはただの雑音に過ぎない。
我は意識を保つように務めながら、目の前のスイーツとドリンクを貪った。




