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無断欠勤 理由 その4……犯行者視点

 勇者が聞いて呆れるぜ。

 心の中で悪態をついたところで何もならない。


 かといって言葉にしたところで、火に油を注ぐだけ。


 そして俺と子分の力では、異世界人であるターゲットを組み敷くことは不可能。


 それならせめて、ターゲットが飲食物に気を取られてる内に、クレカと俺のスマホを取り返し、ターゲットのスマホを奪うことに注力しよう。


 誘拐はダメでも、嘉平様の損失を抑えよう。


 つまり損切りって奴だ。


「いっただっきまあす!」


 ターゲットは憎たらしいくらい生き生きとした声で言うと、目の前に積み上げられたフードに手を伸ばした。


 食べる順番は何も考えてないのだろう。

 手近な場所にあるフードを片っ端から胃に納めてる。


 その様子はさながら、大食い大会を見てるようだ。


 あれだけ食べ物に夢中なら……。

 テーブルの上に置いてある、スマホとクレカに狙いを定め……手を伸ばした。


 一秒にも満たない速さで指先がスマホに触れる。


 このまま、掴んで引き戻すだけ。

 そう考えた途端、手の甲に痛みが走った。


 手を引き戻そうとするが動かない。

 強い力で上から抑えつけられてるようだ。


 恐る恐る、痛みのする方に目を向ける。

 力の正体は、ターゲットの肘だった。


 恐ろしい形相でもしゃもしゃと食物をかみ砕きながら、餓えた獣のような目を俺に向ける。


 全身に悪寒が走る。

 ターゲットは俺に対し、明確に殺意を向けてるのが肌で感じる。


 俺は痛みを堪えながら、手を引き戻そうと足掻くがビクともしない。


 単純な膂力ですら、俺を軽く凌駕してるみたいだ。


 くそっ!

 あんな華奢な体のどこに、ゴリラみたいな力を秘めてんだ!


 どのように力を入れても俺の手は、ターゲットの肘から逃れられない。


 こうしてる間も、ターゲットは次々と食物を胃に納めていく。


 積み上がったフードが山から台地になった時、全身を震わす殺気が忽然と消えた。


 俺の手の甲を抑えつけてた肘から力が抜けた。


 何故ならターゲットが突然、テーブルに突っ伏したからだ。


 何の前触れもなく、まるで気絶するかのように倒れたのだ。


 俺は目の前の事象に面食らっていた。

 睡眠薬が効かないターゲットが何故、倒れたのか?


 事態の因果関係がわからず、困惑していた。


「あ、兄貴! 今がチャンスですよ!」


「そ、そうだな……」


 子分の言葉で正気を取り戻した俺は、緩慢な動作でクレカと俺のスマホを取り返し、そしてターゲットの衣服からスマホを奪った。


 ターゲットの意識はない。

 食事中でも警戒を怠らなかったのが嘘のようだ。


「一体、何が起こったんだ?」


「兄貴。これ『ドカ食い気絶』って奴じゃないですか?」


「……!? そうか! なら、今ターゲットは……」


 ドカ食い気絶はネットミームのようなもので、正確には血糖値スパイク。


 血糖値の乱高下によって眠気、だるさ、吐き気、頭痛……そして気絶の症状が現れる。


 山のようなジャンクフードとスイーツと甘ったるい飲み物……つまり大量の糖質を短時間で摂取したからか。


 ヤケになって、全メニューを買ったのが功を奏したようだ。


 俺と子分は、足を負傷した人間を二人で支える格好でターゲットを持ち上げた。


 起きる気配はない。


「いいか? 堂々としてれば大丈夫だ。理由は不明だが、この店は客に関心がないからな」


「へ、へい……」


 悪事を働くのは二度目だが、ラインを越えるのは初めての事。


 子分に釘を刺した俺自身も、心臓がバクバクしてる。


「女を車まで運ぶぞ」


 自分自身を落ち着かせるように小声で言った。


 子分も俺のトーンに合わせて「わかりやした」と小物丸出しの返事をする。


 こうして俺達は二人で女を支えながら、店内を歩いた。


 その間、誰一人として俺達に声をかけるものがいなかった。


 飲食店で、男二人が一人の女を運ぶ姿は、先進国なら異様に映る。


 SNSの燃料になって、警察のご厄介になるまでがテンプレ。


 何もないことが逆に不気味に思えた俺は、周囲を見渡した。


 声をあげるところか、スマホで撮影してる様子もない。


 透明人間になった気分だ。

 俺は前を向いた。


 出入口は目と鼻の先にある。

 ここを出たら、車に戻り、嘉平様のお屋敷まで運ぶだけ。


「お客様、よろしいでしょうか?」


 それは、身の毛がよだつ一声だった。

 俺は反射的に足を止めてしまった。


 ターゲットが動く様子はない。

 子分も足を止めたようだ。

 声を振り切って店の外に出れば良いものを、悪行の経験不足が祟って足が動かない。


「は、はい……」とあからさまに動揺した声音で返事をした。


 きっと今の俺は、酷く情けない顔をしてるに違いない。


 子分なんて顔面蒼白で白目を剥いており、放っておいたら口から泡を噴き出しそうだ。


 俺は、おもむろに声の方に振り向いた。

 そこには、店の制服を着用した男性店員の姿があった。


 ただ意外なことに、営業スマイルなのか、穏やかな表情を浮かべてる。


 言うなれば、敵意を一切感じないのだ。


「当店は紳士淑女の社交場という側面があります故、他のお客様のご迷惑にならない範囲で良識のある身形を求めております」


 それは叱るでも、咎めるでもない、優しく注意を促すといった感じの穏やかな口調だった。


 そのおかげで緊張が解け、毒気が抜かれた。


「す、すみませんでした! 先ほどはズボンを脱いだまま、店内を移動してしまい――」


「お待ちください。先ほどのあなた様の格好につきましては、当店の基準において十分、良識の範囲内です」


「へ?」


「ご覧ください。当店の利用客を……特にお足元を」


 俺は男性店員に促されるまま、ゆったりと店内を見渡した。


 女性客が目につく。

 男性店員の言う通り、視線を少しだけ下げると……飲食店では見かけない光景が目についた。


 それは四つん這いの男性だった。

 顔はアイマスクで隠れてるが、それ以外は生まれたままの姿。


 むき出しの背中に、女性客が容赦なく腰を下ろしてるのだ。


 別の席に目を向ける。

 そこでは、アイマスクで真っ裸の男性が床に落ちた食物を嬉しそうに食べてる様子が映っている。


 その男性は首輪をつけてることから、犬に扮してるのだろう。


 無論、目も当てられない格好なのは男性だけではない。


 子供どころか家族、知人に知られたくない格好をしてる女性も散見される。


 そして普通のお客さんもいるが、その方たちは周りの異常な様子を肴に歓談してるように見える。


 現世の桃源郷、天国の向こう側、金と欲の掃き溜め、夢と現の狭間等々、いくつもの異名を持つ歓楽街なだけあって、ただの飲食店ではないようだ。


 いや、ここまで大っぴらにされてると、ある意味で飲食店らしいと言うべきなのだろうか。


 でも、俺はサービス料金は払ってないぞ。

 この店の支払いは、きちんと確認してるから間違いない。


「何と言うか……変な意味で圧倒されました」


「土地柄、特殊な趣向をお持ちの方が多くいらっしゃいますので私共も可能な限り助力する所存です」


「それで、俺の格好も見逃されたわけか」


「常連様に比べたら、あなた様は赤子も同然。唐突に喚く赤子をとがめる痛ましい方はおりません」


「非常識な光景が広がってますけどね」


「それに、そちらの女性も過去に下着姿でご来店されたことがありますよ」


 この女、俺よりヤバイ格好で徘徊すんのかよ!?


 警察に捕まるだろ普通!

 ……あ、この辺りは警察いないんだっけ。


「寝起きで意識が朧気だったのでしょう。あられもない若い娘の格好を一目見て……不謹慎かもしれませんが勤務中なのに、私めの愚息も起き上がってしまい、しばらくの間、レジに張り付いておりました」


「裸同然の客がそこかしこにいるんだから、あんたの愚息が起きたところで誰も気にしないのでは?」


「お客様もご承知の通り河原町は少々、特殊な歓楽街のため、大抵のことはプレイの一環として目を瞑るのが当店の方針です。しかし……どうしても看過できないこともあります」


 男性店員の顔つきが険しくなる。

 まったりとした空気が急に張り詰めた。


 人さらいは、犯罪とでも言うつもりか?

 俺は覚悟を決めた。

 もしもの時は、子分を置きざりにしてでも、ターゲットを連れ去る事を。


「当店は、あくまで飲食店です。いくら代金を頂戴してるとは言え、食べ残しにも限度があります」


「何で、食べ残しには厳しいの!? もっと取り締まるべきものがあるだろ!?」


「ですので、お客様。少々、お時間を頂ければ、残り物をお包みいたしますがいかがいたしましょうか?」


「こんだけ引っ張っておいて、ただの親切かよ!」


「お連れの女性は、当店をほぼ毎日ご利用しておりますので、注文した品がお手元にないことを知ったら悲しむと思われますが――」


「結構です! また買いますので、それでは!」


 俺は子分とターゲットを無理やり引っ張る形で、男性店員のお節介を無理やり振り切って、変態の巣窟から脱出した。


 そして、ターゲットのスマホの電源を切ると、道路脇にある排水溝の蓋(グレーヂング)の隙間に差し込む。


 これで多少の時間稼ぎになるだろう。

 こうして俺達は無事、嘉平様の依頼を達成することができた。

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