無断欠勤
ヤミーが居なくなってから二日経過した朝。
俺の目を覚ましたのは、メールの着信音だった。
今の時間は、朝の10時。
アラームより早い。
今日は遅番なので、もう少しゆっくりしたい気分なのだが、着信音が鳴ったことが気になりメールをチェックすることにした。
俺の場合、着信音は身内と会社関係者のみ鳴らすように設定してるので、無視するわけにはいかないのだ。
どれどれ……送信者は従業員だ。
件名には『神崎さんが出勤してません』と書いてある。
本文には、手を尽くしたけどサミィからの反応が一切ない事が書いてある。
SNSのダイレクトメール、グループチャットは未読。
メールは返信がない。
何人か直接電話をかけたけど全員、音声アナウンスに切り替わった、と。
仕方がない。
サミィの行方は俺の方でも調査する。
人手が足りないと思ったら連絡してほしい、と本文に書いてから返信した。
返信メールが送信ボックスに在ることを確認してから、メールアプリを閉じる。
あいつが無断欠勤ね。
俺は、とても珍しいと思った。
何故ならサミィが無断欠勤するのは今日が初めてだから。
あいつは常々、楽して稼ごうと画策してるが大事な報連相を欠かしたことは、これまで一度もない。
遅刻、欠勤、退職いずれも、な。
仕事はサボるけど。
寝起きにも関わらず想定外の事態に、全身が強張り、眠気が吹き飛ぶ。
さて、どこから手を付けたものか、とサミィの足取りを掴むために思案を巡らせてると、再びメールの受信を告げる着信音が鳴り響いた。
手早く、メールアプリを開く。
送信者は、宮田さんだ。
件名は『勇者の嬢ちゃんは出勤してますか?』とタイムリーな文が記されてる。
宮田さんがサミィのことを気に掛けるとは珍しいな。
確かに、サミィは自警団に在籍したことがある。
案の定、やりすぎちゃったせいで一週間後にはモンスターショップの店番してたけど。
ただ、このタイミングで自警団がサミィの所在を追うのは、あまりにも出来過ぎてるな。
ミステリーさながら固唾をのんでからメールを開いた。
『昨日、下の者から勇者の嬢ちゃんについて報告があがりましたので、杞憂かもしれませんが念のために、と思い、若にご連絡いたします。
報告では、一昨日の夜22時頃、後部座席に目を閉じた嬢ちゃんに似た青い髪の女性を乗せた車を目撃したようでして。
ただ、あっし個人の意見としては、あの嬢ちゃんが、そこいらの下手人に後れを取るのは想像できません。
それと昨日は嬢ちゃんの休日ということもあり、本日出勤の確認をしやした。
以上です』
自警団には、毎月サミィのシフトを渡してる。
理由は、サミィが河原町でうろついてる時、サボりか休日かの判断材料にするためだ。
そしてサボりなら、俺に連絡を入れる手筈になってる。
そんな中、サミィを目撃したのが一昨日の22時。
仮に直帰でなくても、一昨日の22時はサミィの勤務時間外。
加えて、昨日は休日。
さらに、あいつの強さを知ってる自警団なら、サミィが誘拐されるなんて思慮の外。
俺だってサミィが反社勢力らしき男に同行してるところを見たら、金を巻き上げるため、と思い、賠償金や慰謝料として頂いてるか、の方を気に掛ける。
実績もあるしな。
俺は宮田さんにメールで、サミィが出勤してない旨を伝えた。
その後、自宅のPCを立ち上げ、サミィのスマホの位置情報をチェックするためのアプリを起動した。
サミィのスマホは、会社の備品扱いで位置情報アクセスを有効にしてる。
当然、サミィの一存では無効にできない。
これも所謂、サボり防止の一環というやつだ。
サミィのスマホの現在地はと言うと、思ったより近い位置にある。
しかし、サミィの家ではない。
スタブのすぐ近くに、スマホがあるみたいだ。
つまりスマホの現状は、電源ないしはバッテリーが切れた状態でスタブ近くに置いてある、ということ。
サミィに限って、と思う反面、状況から見るに誘拐の疑惑がちょっぴり強まる。
別の言い方をすれば、もし一般人だった場合、事件に巻き込まれた可能性が非常に高い。
現代において、もし特定の相手を誘拐するなら、真っ先に思い浮かべるのは位置情報を特定するスマホを切り離すこと。
GPSだけなら電源を切ればよいが、もしUWB搭載機種の場合、電源を切っても位置情報機能が止まらないためだ。
犯罪童貞の俺でも、指紋がつかないようにスマホの電源を切って下水に捨てるくらい思いつく。
それにサミィのスマホが誰にも拾われてないのは、位置情報を見ても明らかと言える。
何故なら、誰かに拾われたなら、警察に届けられようが懐にしまおうが中古ショップに売り飛ばされようが、必ず一度は電源が入るからだ。
拾ったスマホを一度も電源を入れずに、家電ショップのモックの如く、自宅の棚に飾る変人は、現代に誰一人としていないだろう。
唯一可能性のある小学生未満のお子様は、そもそも河原町の歓楽街に立ち入ること自体あり得ない。
……ひとまずスマホの件は、自警団に依頼しよう。
思い立つと俺は宮田さんにメールで、サミィのスマホの捜索依頼を送った。
捜索はマンパワーに頼るのが一番だからな。
しかし、問題……というか本題はサミィの行方だ。
サボり対策として、勤務時間中に河原町の外に出た場合、即通知がくるように設定はしてるが、スマホがあの調子だとサミィが河原町内か外か判別が難しい。
ならば、気配の探知に長けたアスラに依頼した方がよさそうだ。
アスラが暇であることを願いつつ連絡帳を操作してた時、まるで示し合わせたかのようにアスラから着信が入る。
今日日ゲームでも、ここまで都合の良い展開は無い。
まったく、どうでもいい巡り合わせだけは人一倍あるな。
この運を少しは、商売運に割り振ってほしいものだ。
誰もいないことをいい事に、自虐気味に嘆息を吐いてからアスラの電話に出る。
「アスラ、頼みが――」
「後で聞いてやる。それより雄作。嘉平元蔵という名前に心当たりは無いか?」
アスラに言葉を遮られイラ立つが、アスラの口から出てきた名前を聞いた瞬間、憤りが衝撃に上書きされた。
頼みを受け入れてもらうため、ここはアスラの応対を優先しよう。
俺は、押し問答を回避することを選択した。
「知ってるも何も、今のヤミーの飼い主で一昨日会ったばかりだ」
「ほう、それは都合がいいのう。今すぐ、奴の家に案内してもらおうか」
「そうしたいのは山々だが、こっちにも緊急の用事がある。それを済ませた後なら、いくらでも案内してやるよ」
「ふむ。開口一番、声に余裕がなかったのは、そのためか。……いいだろう。申してみよ」
「サミィの行方を探って欲しい」
「……は?」
間を置いた後、緊張で張り詰めた空気が一瞬で瓦解するほどの素っ頓狂なアスラの声。
わからんでもない。
サミィを知る者に、サミィが行方不明であることを伝えても、誘拐や死亡なんて単語が頭に浮かぶわけがない。
だが、お互い悠長にしてる余裕はない。
「一昨日の夜から、あいつのスマホがスタブ近くに放置されてる。音声通話は即アナウンスに切り替わって、メールの返信はなく、SNSは未読。加えて、男と車に乗ってる様子を自警団が目撃」
俺はサミィの現状について、真面目に答えた。
「昨日はたしか、奴は休日。しかし、スマホは一昨日から手放しており目撃情報もある……わかった今から、お主の家に向かう。そこで奴の気配を探ってやろう」
「話が早くて助かる」
「お主の用件が終わったら、嘉平の居場所を案内してもらうからな」
「わかった」
言い終えると通話を切った。
俺は身支度を済ませると、宮田さんに自宅まで車を回してもらうように頼んだ。
移動を魔法で済ませることも可能だが、こっちの世界では魔力を回復できない。
俺は万が一に備えて、魔力は温存しておくべきと判断した。
取り越し苦労ならそれでいい。
色々と考えを巡らせてるとインターホンが鳴った。
すぐさま玄関に移動して、ドアを開けた。
そこには、アスラの姿があった。
整ったボディラインがくっきりと浮き彫りにする黒いドレスをまとい、艶やかな濡羽色の長い髪をなびかせてる。
ただ虫の居所が悪いのか、眉間に皺が寄ってる。
「ふむふむ……今日は、普通の格好なのだな」
「あ?」
「てっきり、異性装に目覚めたのかと思うてな」
「あれは、依頼を解決するために仕方なく着用しただけだ」
「それは結構なことじゃ」
「こっちは一刻を争ってるってのに――」
「何を言うか! わしにとっては重大なことじゃ!」
「あー、もうわかったから。さっさとサミィの居場所を探ってくれ」
「安心せい。ここに来る道中に済ませておる。奴の気配は、高天原の方から感じるわ」
「本当だろうな?」
「お主に嘘をついてどうする。何より、奴が行方不明だと困るのは、わしとて同じこと」
「それもそうだな。それじゃ嘉平さんの家に案内するよ。ちょうど自警団の車を手配したところでな、少し待ってくれ」
「それとな……不幸中の幸いとでも言うのだろう。奴の側にはヤミーがおるようじゃ」




