希少種販売 引き渡し
「店長。この辺りは、いつ来ても家と土地のサイズが規格外ですねー。小人になった気がします」
「そうだな」
俺達は今、ヤミーの雇用主の家の近くまで来ていた。
念のため、お届け先に間違いが無いか、俺はスマホを取り出し、住所と家の外観を確認する。
家には近づいてるようだ。
俺達は雇用主の住所に向かって再び歩き出した。
「店主。我の雇用主は、この一帯の地主なのか?」
「さすがに全部、ってわけじゃないが、一部はそうだな。不安か?」
「いや、地主であれば序列は問わぬ」
「言っておくが日本に爵位はないからな?」
「世界が異なれば、位も異なるか……頭では理解してても違和感は拭えぬものよ」
「少なくとも、この辺に住んでる連中なら毎日毎食、お前に和牛を提供してもビクともしない財力があることは保障する」
「そうか」
それから雑談をしながら歩いてると、売主から送られてきた家の外観と似た建物が見えた。
ちなみに家の外観は、如何にも有名デザイナーが担当しましたと言わんばかりの、こじゃれた曲線のあるモダンテイストな邸宅。
色彩だけなら普通の住宅街にでも溶け込めるほどに飾り気がない。
ただ家の大きさだけを見たら、豪邸と呼ぶに相応しい巨大な家である。
外壁に囲まれてるが居住スペースに全振りしてるためか、家の大きさに比べて庭が極端に狭い。
その辺りは、高天原に望んで居を構える人間らしい、後ろ暗い稼業を営んでる証左とも言える。
一見、ただの豪邸に見えても、間取りから建築材料に至るまで、色んな意味で特別なのは間違いない。
ただ俺は支払い能力があれば、お客様扱いはする。
稼業なんて、どうでもいい。
どれだけ人様に言えないことをしてようが、それが白日の下に晒されない限り、野暮なことはしない。
近隣住民に要らぬ詮索はしない。
これは、高天原に住む者達の不文律とも言える。
稼業を公言してるのは天城家くらいだろう。
実際、ヤミーを売り出す際、アンダーグラウンド方面に強くアピールしたほどだ。
大体、稼業の中身に関わらずドラゴンの所有を望む人間なんて、まともなわけがない。
そんなわけで俺はもらえるものをもらったら、さっさと退散するつもりだ。
そう意気込んだ時、俺の目に門とインターホンが映る。
ちなみに表札はない。
ここに住む連中に、ご近所づきあいや普通の宅配なんて縁はないからな。
「ここだな」
「こういうデカい家を見ると、勇者の血が騒ぎますね~」
「イサミ。お前はとにかく、お客さんの前では口を閉ざせ。手は出すな。そして、俺が合図を出すまでヤミーから手を離すなよ」
「わかってますよ~。そんなに何度も何度も言わないでくださいよ」
「お前は、何度も何度もやらかすからな」
「はーい」
「それじゃ、お客様とご対面といこうじゃないか」
俺は躊躇いなくインターホンのボタンを押した。
辺りに軽快な電子音が鳴り響く。
すぐさまインターホンから「どちらさまでしょうか」と音声が返ってきた。
男性の声だ。
字面も声音も丁寧だが、どことなく余裕を感じる。
「モンスターショップの天城です。ご注文の品をお届けに参りました」
「天城さん、お待ちしておりました。今、門を開けますのでお入りください。お連れの方も、ご一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
インターホンからプツっと小さな電子音が聞こえる。
どうやら通話が切れたようだ。
直後、門がひとりでに開いた。
俺達は雇用主の敷地に足を踏み入れた。
数十歩、歩くと邸宅の玄関ドアの前に着いた。
同時に、玄関ドアが開く。
身形の整った恰幅の良い中年男性の姿があった。
自宅だと言うのに、かっちりとしたスーツに身を包み、髪も整えてる。
下腹部は肥えてるが、腕や足回りは細い。
現代によく見かける、ステレオタイプの中年男性という出で立ち。
ただ、顔つきだけは不気味さを漂わせている。
笑顔の皮をかぶった獣。
あくどい商売で成り上がった人間の風貌。
高天原では、よく見かける顔だ。
こいつも例外なく、腹の内だけなく仮面の下も真っ黒に違いない。
中年男性は、笑顔をより一層飾りたてるように、顔をゆがませてから口を開いた。
「ささ、立ち話も何ですから、中にお入りください」
「嘉平さん。思いの外、不用心みたいですね。他人を招き入れようなんて」
嘉平元蔵……俺の目の前にいる中年男性の名前であり、ヤミーの新しい雇用主である。
「私の記憶が確かなら、ドラゴンを引きつれた公僕は存在しません」
「それもそうですね」
「それに、商談を優位に運ぶには、相手を自分のフィールドに引き込むのは基本と心得ておりますゆえ」
「耳が痛いですね」
そう言いつつ俺は、周囲に注意を払った。
内装は外と同様にモダンテイストで床、壁、天井全ての面が白を基調とした簡素なデザイン。
悪趣味な連中によくある、無駄に高価な美術品の類いは一切ない。
病院から人の気配と生活感をとっぱらった無機質な空間という印象を受ける。
きっと見た目に反して、生活スペースは高級マンションと大差ないだろう。
その代わり、隠し事のためにスペースを割いてる。
財産、ペット、私兵をはじめ、口で言うのも憚られる行為をするためのプライベート用の空間とかな。
現に先ほどから、チクリと細い針で肌をつつくような嫌な気配を感じる。
護衛は姿を見せてないだけで、この邸宅のどこかに潜んでるに違いない。
この手の造りは、高天原なら当然のこと。
防音、耐震、耐火、耐衝撃、耐水は言わずもがな、とにかく徹底的に実用に振り切った邸宅。
ヤミーの住まいにはピッタリだな。
「天城さん、何か気になる事でも?」
「ええ、ドラゴンを飼える家かどうか確認しておりました」
「そうですか――」
嘉平さんの眼球がギョロリと動く。
「ううむ。お隣のお嬢さん、ちょっと落ち着きがないようですね」
イサミがソワソワしてるのは、ここに玄関に来る前からなので気にしても仕方がない。
どうせ勇者特有の盗難癖がうずいてるのだろう。
だから俺は「お互い様ですよ」と適当に返した。
「天城さん。私、そんなに挙動不審に見えますか?」
「それもお互い様ですよ。俺みたいな小市民は、豪邸に招かれたら緊張するタチなもんで」
「またまた~、天城家のご子息ともあろうお方がお人が悪いですな~」
「人が悪いのも、お互い様ですよ」
「天城さん、もしかして適当に答えてませんか?」
「仰る通り、適当に答えてますよ」
嘉平さんと目が合う。
爬虫類のように機敏に動く眼球が気色悪い。
まるで蛇と対面してるようだ。
しかし、俺は人間なので、嘉平さんにいくら睨まれても、五体は自由に動かせる。
「ほっほっほっ……確かに、適当に答えてますな」
「ありがとうございます」
「では天城さん、商談に入りましょう。ささ、中へどうぞ」
俺達は、嘉平さんに案内されるがまま部屋に入った。
部屋は物々しい雰囲気が漂っている。
四方には、荒事を好みそうな連中がそれぞれ楽な姿勢で待機してるようだ。
これは、一波乱ありそうだな。
俺は不測の事態に備えて、警戒を強めた。
部屋に入って中央部から先に少し進むすと嘉平さんが足が止め、身を翻した。
物々しい雰囲気の中で見せる作り笑顔が薄気味悪い。
「天城さん」
「はい」
「ドラゴンを買い取ると言った手前、大変申し訳ありませんが、そちらの小柄なドラゴンの力を見せていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「テストの中身は?」
「彼らと戦ってみてください」
四方から一斉に、ザッと足音が鳴る。
部屋にいる、荒くれ者達が身構えたのだろう。
「ヤミー。お前の雇用主は、腕試しがお望みのようだ」
「ふむ……この程度の連中なら、戒めを解くまでもない」
ヤミーと嘉平さんが目を合わせる。
「はっはっは! さすがは若きダークドラゴン。粋がよろしくて大変結構」
「世辞はいらぬ。要は、こやつらを黙らせればよいのだろう」
ヤミーは右手側の壁一面に向かって、黒いブレスを吐いた。
いきなり仕掛ける馬鹿があるか!
焦燥感が募る。
四方から阿鼻叫喚の声があがる。
ヤミーが吐いた黒い炎は、右の壁沿いにいる荒くれ者達に襲い掛かる。
黒い炎は……誰一人として、焼く事はなかった。
黒い炎を目の当たりにした荒くれ者達は皆、床にへたり込んでる。
また他三方にいる者達からの敵意が消えた。
本物の黒い炎を目にしたからだろう。
「こちらの世界では、無益な殺生が禁じられてるのは承知しておる」
嘉平さんは、辺りを見渡してから口を開いた。
「こちらの手勢は皆、君に恐れを抱いてるようですね」
「次は、的当てでも披露してみせようか?」
ヤミーの力のおかげで、その後の商談はスムーズに終わった。
当然、ヤミーの取り扱いの注意点は全て伝えた上で、だ。
リードを付ける理由、A5ランクの和牛を最低でも週一与える事、禁断症状について一通り説明した。
俺の方はと言うと、こちらの言い値が書き込まれた小切手を嘉平さんから頂いた。
こうして商談は呆気なく成立。
ヤミーを引き渡した俺とイサミは今、嘉平さんの邸宅を出て、帰路についた。
「イサミ。今日は、このまま直帰でいいぞ。少し早いけど、一日出勤扱いしてやる」
「明日、私がお休みなのは変わらないですよね?」
「当たり前だ」
「やったあ! さすが店長! いやあ脂ぎったオッサンで目と心が汚れたので助かります」
「そういう事は、お客様がいないとわかってても口にしない方がいいぞ。癖になるから」
「わかってますって。……にしても、店長。今日はやけに気前がいいですね~」
「肩の荷が下りたからな」
今回の取引の結果、アスラから借りた金を差し引いても利幅が大きい。
口ではああ言ったものの正直、ダークドラゴンを引き渡した解放感なんて大した事は無い。
今の俺の脳内は『大金を稼いだ』という成功体験に伴う達成感が大半を占めてる。
「でも、よかったんですか? あのオッサン、いかにも悪党って感じでしたよ?」
「ヤミーに霜降り肉を供給し続けられるなら、善悪は問わねえよ。それに、あいつは魔王の手下なんだから、悪党に仕えるのは慣れてるだろうし」
「そういうものですか?」
「もし嘉平さんがただの悪党なら、こちらとしてもありがたい。ヤミーとは利害関係になるだろうし、下手を打って没落したら、再びヤミーを引き取って、他のやつに売り飛ばせるからな」
「善人でも、変わらない気がするけど」
「善人の場合、ヤミーが飼い主と心中する可能性がある。利害関係ではなく忠臣になってたら再度引き取ることは不可能だろうな」
「うわー、店長、極悪ですよ~。そういうのマッチポンプって言うんですよ」
「言わねえよ! ちゃんと調べてから物を言え。大体、俺は一介の商人にすぎない。物を売るまでが仕事。売った後の面倒まで見てられるか」
イサミと会話をしながら歩いてる内に、商店街のゲートが見えてきた。
それは、高天原から離れた場所にいることを意味する。
「それじゃ店長。私は、ここら辺で遊んでいきます」
「くれぐれも騒ぎを起こすなよ」
「もう、わかってますよ。子供じゃないんですから」
イサミは商店街の人混みの中に消えていった。
子供じゃないから、タチが悪いんだよ。
俺は、喉元までせり上がったワンセンテンスを飲み込んだ。




