希少種販売 仕入れ その7
爺ちゃん、こっちではラインハルトって名前だったのか。
ちなみに、日本にある祖父の戸籍は、天城晴人。
字面も読み仮名も典型的な日本人そのもの。
物心がついて異世界の存在を認識するまでは「わし、こうみえて若い頃は勇者だったんじゃ」と豪語してた爺ちゃんを幼心に羨望を抱いてたが、魔王の存在を肌身で感じ取った瞬間、羨望が畏怖に変わった。
そういや昔、爺ちゃんに「どうやって勇者になったの?」と訊ねたら「神様に使命されたのじゃ」とか言ってたな。
あの時の爺ちゃんの言葉の真偽を確かめるため、今度サミィに勇者になった経緯を聞いてみるか。
「元とは言え、我らが怨敵である勇者が、魔王殿に子孫を預けようとする考えが理解できませぬ」
「ネストと同じよ」
「それがしと?」
「人間じゃからな。老いた身では童一人、満足に鍛えられないと判断して、わしのもとに寄越したのじゃ」
「魔王殿は、怨敵に頼みをわざわざ聞き入れたとでも?」
「天城家とは懇意にしておるからの。それに、勇者の血を継いだ人間を魔王の手で鍛えるのも一興と思うてな」
「戯れ、ですか」
「半分は、な……」
そういや俺が初めて家を追い出された時「兄ちゃんみたいに爺ちゃんがボクを鍛えてよ!」と駄々をこねたら「すまぬ雄作。そうしたいのは山々なのだが、さすがの元勇者のわしでも寄る年波に勝てん。数年前に神の加護を失くし、枯れ枝のように頼りない身体では、英司の頃のようにはいかんのじゃ……ぷふっ」とか言ってたな。
今思うと、ちょっと口端が吊り上がってたのが気になるけど。
ちなみに俺の実兄である英司は今、天城家をあらゆる暴力から護る近衛の役職を爺ちゃんから継いだ。
兄は今も健在なので、俺はのんびり独り立ちしてるわけなのだが……。
「先代勇者の子孫で魔王殿が手塩にかけて育てた者なら、我が子を預けるに相応しいというもの」
ネストの声音からトゲが消えた気がする。
これはもう、ネストから信頼を得られたと見ても良さそうだ。
アスラとネストの間から言葉が消えた。
そろそろ話を本筋に戻す頃合いだろう。
俺はヤミーに声をかけた。
「もう一度、聞く。子供一匹で異界に行くことになるが……本当にいいのか?」
「異論はない。元々、勇者と魔王様の争いがなくなった現世に我の居場所は無いも同然。となれば自身の欲望を満たすためにも、我の力を求める者の所に赴くのは必然というもの」
「上等だ。後でホームシックになっても、俺は責任を取らずに済みそうだ」
「店主は、店主の務めは果たすがよい」
「へいへい。減らず口を叩く余裕があるなら、遠慮する必要はなさそうだ」
「いいか? 毎日毎食、我に和牛を献上できる者を紹介するのだぞ?」
「わかってるよ。ちゃんと金持ちに売り飛ばしてやるよ。それまでは大人しくしてろよ」
「善処する」
ヤミーはくるりと体を反転する。
「父上、行って参ります」
「ああ。達者でな」
別れの挨拶を済ませたヤミーが俺の方に向く。
「アスラ、転送魔法を頼む」
「雄作、その前にこれを――」
そういったアスラの手には、輪っかに長い紐がついた道具――犬につけるリードがある。
見た目は平凡なリードなのに、ちょっと普通じゃない気配がするのは気のせいだろうか。
「リードなら、うんざりするくらい在庫があるから、大丈夫だって。餞別のつもりなら和牛を寄越せ。沢山でいいぞ」
「これはただのリードではない。わしが特別に拵えた、ダークドラゴンの力を抑制する魔法の道具じゃ」
「そんな便利アイテムがあるなら、最初から教えてくれよ」
「禁断症状に先を越されたからのう」
「力を抑制ってことは、こいつをヤミーに繋いでおけば――」
「クマやトラ程度には抑えられる。知性も備えておるから、人の護衛程度は務まるじゃろ。それと通関には、わしから口添えしておこう」
「それはありがたい。早速、ヤミーに付けるか」
俺はアスラからリードを受け取るとヤミーにつけた。
「へえ……抵抗するかと思ったんだが、すんなりと受け入れるんだな」
「もとより我が望んだこと。異界の生き物は、もれなく脆弱と聞き及んでる。――となれば、我の持つ力は雇用主に要らぬ恐怖を抱かせる欠点にしかならぬ」
「霜降り肉のためとは言え、殊勝な心掛けだな」
「但し、我が身が危機に晒された場合、この戒めを引きちぎる所存だ」
「脱走は構わないが騒ぎは起こすなよ」
「承知しておる」
「待たせたな、アスラ。今度こそ――」
「人間よ。最後に伝えたい事がある」
突如、割って入ったネストの声が帰還の邪魔をする。
貴重な休日を割いてるのもあって、二度も帰りの妨害されると、相手が誰であろうと神経に障る。
「何なんだよ……商談は終わったんだ。それとも今になって、子離れできない、とでも言うつもりか?」
「そうではない。貴様が俗にいう『日本人』という人種なら、釘を刺しておかねば、と思うてな」
「俺が日本人だから、何だってんだ?」
「良いか、よく聞け日本人。……我が子は、人間に変化しないことを肝に銘じておくがいい」
「……ん? 何を言い出すかと思えば、意味不明なことを――」
「我は知っておる。日本では何でも、動物から細菌、建造物に至る、ありとあらゆる固有名詞を備えた物を、人間に置き換えて愛でる、擬人化なる文化があると」
このロートル、俗世の知識にいささか偏りがあるようだ。
「安心しろ。それは一部のクラスターだけだ」
「それに実際、望んで異種と交配する者もいると――」
「少なくとも俺はそうじゃない!」
確かに世の中、そういう方々がいるのは事実だけど、そのカテゴリーに俺を当てはめないでほしい。
しかし、決死の物言いも虚しく、ヤミーは俺に対し怪訝な視線を向けてる。
アスラが、こいつ怪しいな、と言わんばかりの疑り深い目つきで俺を見てる。
そこまで信頼がないのか、俺は……。
ここで訴えても徒労に終わるだろう。
そう考えた俺は、アスラに帰還の催促するために口を開こうとした瞬間、アスラは嘆息を吐いた。
「安心せいネスト。もし、そのような事態がおこったら、このわし自ら責任をもっておさめてやる」




