希少種販売 仕入れ その6
俺はネストの傍らにいるヤミーに声をかけた。
「なあ、俺の下とはいえ、子供一匹で異界に行くことになるが大丈夫か?」
「何を偉そうに。雄作だって、こんな小っちゃい頃に一人でわしの所に来たではないか」
何か知らないけどアスラが割って入ってきた。
ご丁寧に、これっぽっちを表す、オーケーサインの人差し指と親指をちょっとだけ離したジェスチャーを添えてる。
「あれは爺ちゃんに言われて仕方なく、ここに来たんだよ。幼い俺を『これも修業の一環じゃ! アスライドの許可が出るまで、死んでも家の敷居は跨がせん』とか言って、家から叩き出されたんだぞ。そうでなければ異世界なんて、それも魔王城なんて来るわけねえだろ」
「ぐぅ……お、思い出すのう……お主が高校生とやらになるまでの、毎年の夏と冬、わしの手自ら、お主を鍛えた日々を。徐々に強くなる、お主を見ては小躍りしたくなったものよ」
「こっちは、必死だったよ。正に、明日をも知れない命って奴だ。二回目以降は、家から出る前に遺書を用意してたからな」
俺の小中の夏休みと冬休みは地獄めぐりだったからな。
うう、大人になった今でも、あの頃を思い出す度に体が恐怖で震えるんだよな。
「そ……そうか……そうそう鍛錬の後に食べた魔獣のステーキは美味じゃったろう? 家畜の肉とは趣が異なる、野性味あふれる肉本来の旨味は格別よのう」
「今、思い返すとジビエよりも癖が強くて、飲み込むのに苦労したな。改めて、畜産業の尊さを思い知ったよ」
「う……ううぅ……」
「どうした?」
「そういえば、お主! わしの着替えを覗いておったろう!」
「げっ!? 気づいてたのか!?」
「わしを侮るなよ! その気になれば、お主の気配なぞ世界を隔てた先に居ても感知できるわ!」
「す、すみませんでした!」
「まあ子供のやる事じゃからな。あえて……あ・え・て! 気づかぬフリをしておったのだがな」
アスラの視線が恐ろしく冷たい。
いや、だって……仕方ないじゃん。
あれはそう。
小学校、高学年の頃からの話。
俺だって男なのだ。
思春期になれば、女性への関心が強くなるのは必然。
その時、たまたま身近にいた大人の女性がアスラだった。
今となってみれば性格はガキっぽいし、下の者へ威厳を示すためという理由で口調が年寄りじみてるけど、当時の俺にはアスラが憧れを抱くほど強く美しく大人びて見えたのだ。
見た目は当時と一切変わらないけど、今は問屋で守銭奴のババァなので昔のように憧れはない。
ちなみに鍛錬は、魔王城から遠く離れた場所で二人きりで行われた。
だから……その気になれば、覗き見ることが出来る環境が整ってたわけだ。
それに鍛錬は、常に死と隣り合わせ。
つまり、着替えを見逃そうが覗こうが命の危険性に差ほど変わらない環境下に身を置いてたため、内なる男の性は今生に悔いを残さない選択肢を躊躇なく選んだ。
あの時の光景と昂りと優越感は今でも、昨日の事のように覚えてる。
ちなみに覗きは、鍛錬の終わりを向かえる中学三年の冬まで繰り返してた。
断っておくが俺は決して窃視症ではない。
覗きはあくまで鍛錬のストレス解消が主目的。
鍛錬のたびに寿命が縮む思いをしてるのだから、これくらい当然だろう、という意識で覗きをしてた。
まあ思春期の男の脳みそなんて、ただのお飾り。
下半身の奴隷である。
俺は気まずい空気を誤魔化す様に辺りを見渡した。
客観的に見たら挙動不審と指摘されるくらい大袈裟に首を動かしてるのが自分でもわかる。
しかし、誰も彼もが口をかたく閉ざしてる。
ひりつくような緊張感は無いが何とも形容しがたい、もにょもにょとした妙な静寂に満ちてる。
そんな中、突如ネストが口を開いた。
「人間よ。今まで、よく生きてこられたな」
「ああ、俺もそう思う」
言い終えると、俺は恐る恐るアスラの方に目を向けた。
その瞬間、アスラは俺からプイッと目を背ける。
「ふうむ……只者ではないことは承知してたが、やはり神の加護なき人間が魔王殿の手解きを受けて生き永らえるとは、普通では考えられぬ。……貴様は一体、何者なのだ?」
ネストの言葉が適度な緊張感をもたらす。
そのおかげか、アスラの顔がこちらに向いた。
お題が覗きから変わったためだろう。
黒歴史は明かされてはならない。
覗きの件は、このまま墓場まで持って行こう。
俺が死ぬまでの間なら隠し通せるに違いない。
俺は空気が変わる前に、ネストの疑問に答えることにした。
「俺自身は、本当に普通の人間だ」
「異界には、魔法がないと聞き及んでるが――」
「ネストよ。雄作の正体なら、わしの口から教えてやろう」
アスラは言い終えると、俺の方に目を向けた。
無言だけど、視線で「良いか?」と承認を求めてるのがわかる。
断る理由はない。
それどころか、こちらとしてはありがたい申し出だ。
今日初めて会う人間の言葉よりも、ネストが全幅の信頼を寄せてるアスラの言葉の方が説得力があるのは明白。
そしてアスラの言葉は、そのまま俺への信頼につながる。
それは同時に、ネストとヤミーからの信頼を得られる事と意味する。
俺は無言で頷いた。
すると、アスラはネストに向いて口を開いた。
「ラインハルトという名は覚えておるか?」
「はい。あれは確か七十年ほど前、魔王殿と死闘を繰り広げた先代の勇者の名前。熾烈を極めた両者の戦いは、やがて次元を切り裂き、この世界と異界を繋いだのは、それがしの記憶に新しい歴史的事件です」
「ここにいる雄作は、その先代の勇者の孫じゃ」
「ううむ。確かにラインハルトは当時、次元の裂け目に飲まれて消息不明。魔王殿だけが生還した、と聞いておりますが――」
「ラインハルトの真相は実際、大した事は無い。あやつは、異界でバッタリあった女と結婚して、のんびり余生を過ごしておるわ」




