夢見るサキュバス 最終話
例の相談事から数日経った、ある日。
アムさんは無事、個人勢の配信者としてデビューしたことを直接本人から聞いた。
ちなみに俺はファンでもなければ追っかけでもない。
サポートスタッフを紹介した手前、アフターケアとしてデビューするまで経過観察してただけだ。
パソコンの操作や動画の編集辺りは本人の適正もあるため、もしアムさんが極度の機械音痴なら返金も止む無し、と思ってたが杞憂だった。
それから、さらに時が経った。
アムさんのチャンネル登録者数は、今も順当に増えている。
サポートスタッフ曰く、その要因はサキュバスの配信者はアムさんが先駆者ということらしい。
サキュバスという希少性が話題となり注目を浴び、アムさんのルックスとキャラクターでリスナーを繋ぎとめてるようだ。
俺はアムさんの成功に安堵した。
配信者として、いつまで続くかは未知数だが、さすがにそこまで面倒見るつもりは無い。
大成功して金持ちになったのなら、俺が面倒を見てもらいたいくらいだ。
公務員だろうがサラリーマンだろうが個人事業主だろうが、生きてる限り皆等しく一寸先は闇。
悲しいことに現実は不公正である。
ちなみにアムさんの吉報を知った時のサミィの落胆ぶりは、それはもう凄惨の一言だった。
「何で勇者が受けなくて、サキュバスが受けるのよ……」と恨みがましい声で何度もリピートしていた。
勇者のウケが悪いのは、近年のエンタメでは勇者を悪者にすることが流行ってる弊害なのかもしれない。
そんなことは置いといてアムさんの相談事を契機に、ちょっとだけ事業を拡大することにした。
と言っても全く新しい事業ではない。
内容は、サミィが勝手にSNSで告知した『相談』である。
但し、料金に関する文言は有償以外、全て削除した。
金額を不明瞭にすることで低単価のふざけた案件をふるいにかけ、高単価と思しき案件を効率よく選出するためだ。
端的に言えば、金払いのいいお客様は大歓迎。
冷かしや肝心な時に出し渋ったり、値下げ交渉するせこい奴はお断り。
アムさんの時みたいにスタブ一万円なんて以ての外。
仕事には、相応の対価を要求するべきである。
本心を言えば、太客を一人でも多く抱えたい。
奥井さんの件で味を占めたのもあるけど。
ちなみにアムさんへのサポートスタッフの仲介料として、お気持ち程度の手数料は頂いた。
でも、あの日は色々と立て込んで気疲れしたせいか、小遣い程度では得した気になれない。
後、余計な案件を抱えたくない理由がもう一つある。
それは、無駄にタスクが積みあがるとキャパオーバーして俺が過労死するためだ。
俺は仕事人間じゃない。
余暇の無い人生なんてまっぴらだ。
相談事などという不確かな案件は、きちんと吟味した上で余暇に影響を及ぼさない範囲で引き受けるべきである。
そして仕事は、ボランティアじゃない。
割に合わない案件は、無慈悲に斬り捨てないと自分の人生が壊れる。
ご立派な社会活動なんて、行政や慈善団体、意識高い系の学生達に丸投げすればいいのだ。
「店長、お客様ですよ~」
客が一人もいないモンスターショップのカウンターで、過去の案件について思い返してるとサミィの声が聞こえた。
サミィの隣には、如何にも営業マンです、と言わんばかりのパリッとしたビジネススーツをまとった若い男性が居た。
「どういったモンスターをお探しですか?」
俺は若い男性に言った。
すると、若い男性は「本日は、あなたに相談に乗っていただきたくて、こちらに参りました」と言いながら、俺に名刺を差し出した。
俺は反射的に「これはこれはご丁寧に」と言いながら、名刺を会釈しながら両手で受け取った。
余計な装飾のない名刺には『モロライブプロダクション 営業部 脆出 判』と書いてある。
大手バーチャルライバー事務所が俺に一体、何の用だ?
名刺を手放した脆出さんは、背筋を伸ばしてから口を開いた。
「本日は、御社のSNSを拝見して、お伺いした次第です」
「という事は、異世界人絡みで何かお困りごとでしょうか?」
「はい」
「わかりました。立ち話も何ですから椅子と飲み物をご用意いたします……サミィ、椅子とお茶を」
サミィは「はーい」と緊張感のない声音で応じるとバックヤードに引っ込んだ。
「お構いなく」
「それにしても大手事務所が一体、何にお困りなのでしょうか? 経営方針の相談でしたら他を当たっていただきたいのですが――」
「それはもう危機的状況……というより、手遅れになるまでに何とかしたいのです。バーチャル配信者だけじゃない。この世の全動画配信者が今、重大な局面に立たされると言っても過言ではないでしょう」
「ライブ配信周りで、大手配信事務所が動揺するほどの事態が起こってて、それに異世界人が関わってるとでも?」
「その通りです。ここ最近、サキュバス達がこぞってライブ配信に乗り出してるのはご存じでしょうか?」
知ってるも何も、俺はある意味で当事者だからな。
俺も話に聞いただけだが、実はアムさんのライブ配信を皮切りに、他のサキュバス達もライブ配信を始めたのだ。
そして今ではサキュバス、インキュバス専門の事務所が開設され、リアルイベントまで開催する規模に成長。
サキュバス、インキュバス達はライブ配信で稼ぎ、リアルイベントを通じて好みの異性を漁っては夢にダイブして精気を頂く。
当然ながら精気を奪われる側も夢の中とは言え、気分良くなってるので、配信者とファンは、これ以上にない見事なウィンウィンの関係を構築。
しかもサキュバスとインキュバスは、人間と違い老けないので、今後数年間は安泰なのは間違いない、というのが事務所創設者から聞いた話だ。
何で俺が知ってるのかって?
事務所創設者が俺が紹介したサポートスタッフだから。
つまり、天城家の傘下にある事業の一つってわけだ。
そんなわけで脆出さんには悪いがモロライブは、ある意味で商売敵。
俺は話を聞くだけ聞いて、適当な理由を付けて追い返すことにした。
「ええ。話には聞いてます。うちの従業員にもファンがいましてね。毎日毎日、夢の中の出来事を聞かされてますよ」
「はい。今、天城店長が仰ったとおり、奴らのキャッチコピーは、夢の中で触れ合える配信者。嘆かわしいことに我が社の社員にも彼らに魅入られてる者が多くて、頭を悩ませております。ですが我々が直面してる問題は、そんな瑣末な事ではありません。今まで我々が取り込んできた視聴者がごっそり奪われたのです」
「資本主義ですからね。競争原理が働いただけでしょう」
「悔しいですが返す言葉がございません。そこで、ご相談があります」
脆出さんの顔が険しくなる。
緊張からか喉仏が上下に動く。
いよいよ本題という訳か。
「……サキュバスとインキュバスを駆逐してください。金に糸目は付けません」
「本気で言ってます?」
「本気も本気です! うう……あんなのズルですよズル。見た目良し、声音良し、キャラ良し、おまけに床上手。ガワとキャラで売ってきた、うちの事務所の売り上げはサキュバスの参入以来、急転直下のナイアガラですよ!」
脆出さんは本気のようだ。
荒ぶる脆出さんを横目に、どうやって追い返そうか考えてると「店長、店長」とサミィが小声で耳打ちしてきた。
「どうした? お茶と椅子を早くお客様に――」
「店長、これって無限ループって奴じゃないですか? うまく立ち回れば、魔族畜生共とバーチャル配信者、両陣営から一生、金を搾取できますよ」
「俺も一瞬、それを考えたけど、ずっと面倒を見続けなきゃって、思ったら頭が痛くなった。お前はどうだ?」
「え!? 面倒くさいことは、店長の仕事に決まってるじゃないですかー」
こいつに期待した俺がバカだった。
それにしてもまさか、アムさんの案件がここまで尾を引くとは思わなかった。
やっぱり割に合わない仕事なんて受けるべきじゃなかったんだ。
サキュバスへの殺意を反らしつつ、禍根を断ち切って、お引き取り願う。
俺は無い知恵を絞って、この場を切り抜ける方法を模索した……。




