夢見るサキュバス その2
そう。
この男の言ってる事は間違いない。
河原町の歓楽街周辺は、風営法対策の一環として、ありとあらゆる公共施設が存在しない。
基本的に学校、図書館、医療施設が無ければいいのに、クソ姉貴は法改正を見越して役所、交番、消防署も排除した。
そのため、この近辺に警察はいない。
110番をかけたところで一般居住区から、ここに到着するまで軽く数分はかかる。
金を奪って撤収するまでの時間はたっぷりあるのだ。
強盗の怒声で店内はどうなってるかと言うと、実はさほど変わってない。
一部のお客様が動揺してるくらいだ。
この光景を見慣れた常連様と従業員は平然としてる。
俺自身も特に緊張してないし、脈拍も至って正常。
鳥肌は立たないし、体温も上がらない。
むしろ強盗の反応の方が面白い。
凶器を披露し、力いっぱい叫んだにも関わらず、店内が粛然としてるため面食らってるようだ。
強盗の二人は不安にかられたのか、何度か顔を見合わせた。
そして、中背中肉の男性が改めてナイフの切っ先を俺に突きつける。
ナイフの先端が小刻みに震えてる。
悪事に慣れてないのだろう。
可愛そうに。
せめて、うちの店を選んだ度胸に免じて、凶器を取り上げるだけで済ませてやろう。
こういうのは穏便に処理した方がいい。
お客様に、うちの店の警備が万全であることをやんわりとアピールできるからだ。
ちなみに強盗の将来なんて1ミリも気にしてない。
かと言って、お客様の目の前で力任せに強盗をフルボッコにしたら、それこそ俺の悪評が秒で拡散して、客足が遠のく。
だから穏便に処理するのだ。
俺は、わざとナイフに近づいた。
その様子に驚いたのか、はたまた腹が据わってないのか「ひぃ!」と中背中肉の男性が小さな悲鳴を上げつつ、一歩後ずさる。
「詳しい話は、あちらでお伺いしますよ」
俺は、いつもの態度でご案内した。
「てめえ! おちょくってんのか!」
俺の態度が気に障ったのか、メタボ気味の男性が殴りかかってきた。
欠伸が出そうな鈍い右ストレートが俺にめがけて放たれる。
殴られても痛くはなさそうだが、お客様を不安にさせたくないので右掌で受け止めることにした。
俺が右掌を上げた、その時――右ストレートが止まった。
俺に届くよりも早く、メタボ気味の男の右手首を掴んだ者が居るからだ。
結果的に俺を守ってくれた者の顔は、俺の知人であった。
ポマードがたっぷり塗りたくられたリーゼントに真っ白なスーツをまとったガタイの良い男性。
強盗を前に見せる余裕たっぷりの顔には、深いほうれい線が刻まれてる。
見た目だけなら、ヤのつく御仁である。
「休憩中じゃないのか? 宮田のおっさん」
「うちらの目の届くところで若にもしもの事があったら、姐さんにどやされますので……」
「お勤めご苦労様。でも、ヤクザのノリは勘弁してくれ……それに男の俺に継承権はねえよ」
「承知してます。ですから近い将来、若はわしらを背負って立つのでしょう?」
「冗談は、顔だけにしてくれ」
「その言葉、そっくりお返ししますよ若」
「はいはい……それじゃ物のついでだ。この場を任せていいか?」
「へい!」
宮田のおっさんは二人の強盗にぐいっと詰め寄る。
……小脇に真っ白な殺人兎を抱えたままで。
「な……なんなんだよ! お前!」
中背中肉の男性は、体も声も震えてる。
きっと宮田さんをヤクザと勘違いしてるのだろう。
もはや強盗を目論んでた入店時の勢いは、どこにもない。
宮田さんの目が鋭くなる。
「おい、ガキども!」
「「ひぃ!」」
「せっかくバニーちゃんと遊んでたのに、お前達のせいでこんなに怯えてるじゃねえか!」
たしかに宮田さんの左腕に抱えられてる殺人兎はジタバタしてる。
どうみても殺人兎は、宮田さんが怖くて暴れてるようにしか見えないけど黙っておこう。
「い、いや……僕たちは関係ないと思い――」
「ああん? 俺とバニーちゃんのイチャコラタイムを邪魔しといて何だァ、その言い草はァ!」
言葉はともかく、宮田さんの凄味に二人の強盗は尻もちをついた。
中背中肉の男性の手から離れたナイフが床に落ちる。
それを宮田さんが蹴って、ナイフを強盗から遠ざけた。
尚、左腕に力が入ったのか、殺人兎は苦しそうに口を開けてる。
整然と並ぶピラニアのように鋭い歯を覗かせる。
ちなみにジンバブエドルから造ってるので、人間の肉を噛み千切る力はない。
せいぜい甘噛みだ。
「残念だったなお前達。確かに、この近辺にサツはいない。だがな……治安を維持するための組織は、ちゃあんとあるんだよ。俺達は自警団って奴だ」
「どこから、どうみても暴力だ――」
「自警団って言ってんだろうが!」
宮田さんの言う通り、河原町には警察の代わりに、天城家が組織した自警団がある。
そして警察ではなく自警団を置いてる理由は意外と単純で、異世界人に関する法整備が間に合わないから、と聞いたことがある。
今でこそ法整備も国際法も進み、異世界人は世間に認知されてるが、昔は異世界人の対処に苦労したみたいだ。
ちなみに現在の自警団の役割は、歓楽街の治安維持。
悲しいことに現実は、残酷なまでに力が物を言う。
如何なるルールも暴力の前では、只の文章に過ぎない。
だからこそ暴力への抑止力として自警団が存在する。
構成員には異世界人もいるので、魔法でひと暴れする輩が出ても即対処できる。
そんな彼らの助力のおかげで、多くの異世界人が住む河原町は今日も平和だ。
河原町の平和を守る自警団の尽力によって、二人の強盗は腰が抜けてるのか立ち上がる様子がない。
それどころか宮田さんの迫力に圧倒されて言葉もないようだ。
「そこんところ理解したなら、とっとと失せな! それとも痛い目にあわないとわからんか? 安心しな。ちょっとやそっとの暴力沙汰なら表に出ることはない。何せ、ここいらにはサツはいないからな」
その言葉がダメ押しになったのだろう。
二人の強盗は、パタンと背中から倒れた。
二人揃って白目をむいてる。




