オークED その6
当然だな。
大の大人二人にデカい異世界人が子供のように喚き散らしてるんだ。
目立つに決まってる。
「痴話げんかかしら?」
「それともオークと人間で一人の女性を巡って、昼ドラ?」
「さすが河原町! ドラマもファンタジーだな……くぅ~、来てよかったぜ」
「しかも、超高級店のナンバーワンと小さな個人経営店の店長が、敏腕経営者を巡って争うなんて」
「片や物腰の柔らかく威厳あるオーク、片や全身が陰の文字で埋め尽くされたような、どんな光を当ててもパッとしない店長」
全方位からヒソヒソ話が飛び込んでくる。
俺達の会話は、綺麗に要点が取り除かれたまま聞いてたようだ。
それにしても、全身が陰の文字で埋め尽くされたようなって、俺は普段どんな目で見られてんだ?
確かに社会人になってから髪型やファッションは、あまり気を回してないけど、清潔感だけは人一倍気を付けてるつもりだ。
この商売は、わりと対面で接客する機会が多いから、河原町である事を除いても、人を不快にさせる要素は取っ払ってるはずだ。
「その上、労働は激務で給金は安くて、拘束時間は長い。私たち従業員は、ド陰キャ腹黒中年店長にこき使われてるんです」
「おい! お客様の風評に乗じて、何好き勝手な事いってんだ。このアホ勇者!」
「皆様、聞きましたか!? 今、店長がモラハラしましたよ! 私のことをアホって――」
「人の事をド陰キャ店長とか言う奴に、モラハラとか言われたくねえよ! というか、お前うちの求人票、見た事あるか? 同業種なら近隣の店より好待遇だろ!?」
「何しれっと腹黒店長を消してるんですか」
「とにかく! うちの店は驚くほど真っ白な職場です! 離職率低いし、そこいらの企業よりも時給高いし、就業時間はプライベートと両立可能なくらいだ!」
俺がどんなに訴えても、全身にまとわりつく侮蔑の気配が拭えない。
どうも俺とサミィの口論が余計に、お客様の薄情な正義感を刺激したようだ。
「弟さん、差し支えなければ経営のイロハをご教示しましょうか? 有料ですが――」
「結構です。間に合ってますので」
ミカヅキから言葉はなく、ただ軽蔑と憐憫が入り混じった複雑な視線を感じる。
一番、心にくるやつだ。
人格者の無言の圧ほど恐ろしい物はない。
そんな出来た従業員と違って、うちの研修生ときたら……。
俺は人垣に紛れてるサミィを引きずり出した。
丁度いい。
ド素人のカウンセリングがダメなら、現地人の見解をアテにしよう。
「店長、今度はパワハラとセクハラですか?」
「人聞きの悪い言い方をするんじゃない! ちょっと勇者様の知恵を拝借するだけだ」
「ん? どういう事ですか?」
「詳しい話は、そこのご婦人から聞いてくれ」
「特別手当は出ますか?」
「バカ言うな。これも接客業務だろ。それに、まだ就業時間内――」
俺は言葉が詰まった。
周囲からひしひしと感じる、痛いほどの無言の圧力のために。
サミィはそれを見越してるのか、勇者にあるまじき邪悪な笑みを浮かべてる。
「わかったよ。成功報酬だが特別手当として、向こう三日分のスタブ代を出してやる」
「フードとドリンクを一食として、一日三食ですか?」
「……いいだろう」
「やったあ! さすが店長、話がわかるねえ」
これはサミィに言い負かされたんじゃない。
周囲の圧力に屈しただけだ。
そう心に言い訳をしながら、サミィの条件を飲み込んだ。
「はぁ……弟さんの経営がいま一つな理由が何となく理解できましたわ」という奥井さんの言葉が聞こえたが気にしないことにする。
店内の空気を入れ替えるために。
何よりも奥井さんとミカヅキ、二人のためだ。
「それで店長。私は何をやればいいんですか?」
「俺の口から言うと、いらぬ誤解を与えるから奥井さんから聞いてくれ」
「はーい」とサミィが生返事をすると奥井さんの方に向いた。
「端的に申し上げますと、お隣のオークのEDを治療してほしいのです」
「イーディー?」
ダメだ。
アホの顔になってる。
EDの意味をまるっきり理解できてない、と顔中に書き散らされてる。
そう思った瞬間、サミィが「わかりました!」と胸を張って答えた。
もしかしてEDの事を知ってるのか?
基本的に俺は、サミィの面倒は雇用と住居の提供以外は見てない。
つまり、社会通念から世界状況に至る、こちらの世界に関する事は、サミィの自主性を尊重してる。
サミィから質問があれば答えるが、俺から世話を焼くことなんてない。
誰にだってプライベートがある。
就業時間以外は、自分で考えて自由に過ごしたいに決まってる。
といいつつも単に俺が面倒なのと、あいつはああ見えて勇者なので並大抵の荒事なら一人で切り抜けられる。
それで大事になった場合は、関係各所に手を回して事態を沈静化させるだけだけど。
サミィがこちらの世界に来て以来、ずっとそのスタンスでやってきた。
そして俺はサミィにEDの事を教えた覚えはない。
なのに、あの自信ありげな顔。
あいつもああ見えて、自己投資するんだな、と俺は素直に感心した。
まあ考えれば、勇者になってから地道にレベルアップを重ねて、魔王の住処に乗り込んだのだから、自己研鑽という点においては俺より上なのかもしれない。
俺は黙って事の成り行きを見守ることにした。




