オークED その4
あー、そういう事か。
受験生のNGワードみたいなものに触れちまったのか。
悪気は無い言え、これは俺の失態だ。
「すまないミカヅキ。決して悪気はないんだ」
二人は俺の言葉には耳を貸さず、熱い抱擁を交わしてる。
泣き声をBGMにするのは大変不本意だが、二人の意識が反れてる今のうちに考えを巡らせた方が良さそうだ。
この短い間でわかったことは、ミカヅキは真面目であることだ。
厳つい体躯にも関わらず、気品のある立ち振る舞いは、恐れではなく安心をもたらす。
俺自身、大抵の奴らを恐れない事を差し引いても、ミカヅキの所作には脅しや威厳の類いは一切感じない。
セレブ御用達のお店でナンバーワンになるだけはある。
夜の技術だけでなく接客技術も相当なものだろう。
その上、頭もいい。
日本語なんて習得難易度、極悪な言語を流暢に話す知能はもはや人間と遜色ない。
サミィより知性を感じる。
品行方正且つ真面目で有能。
俺と対極的な位置にいる奴だな。
しかし、そんな真面目で有能だからこそ、起こり得る事がある。
うつ病だ。
実際、真面目で頭がいい人間ほど、うつに罹りやすいと聞く。
おまけに超高級店のナンバーワン。
それはつまり、毎日オーナーである奥井さんの期待に応え続けていることでもある。
オークがうつ病になるなんて聞いたことはないが、少なくともEDにはなってる。
まずは仕事方面から探りを入れてみるか。
「ミカヅキ、少しいいかな?」
俺が切り出すと、二人は泣き止み、体を離してからこちらに向いた。
公衆の面前で堂々と喚くわりに冷静さを保っているようだ。
「最近、職場で困ったこととかないかな?」
「特に不満はありません。奥井様には懇意にしていただいてますし、同僚との確執もありません……強いて言えば、お客様の相手が出来ないことが――」
「あー、ストップストップ」
ふぅ、危うく地雷を踏むところだった。
奥井さんが鬼の形相でこちらを睨みつけている。
世の中、男は皆ケダモノと謳う女性も多いけど、男だってデリケートなのだ!
思わぬストレスがEDの引き金になることがあるんだぞ!
と何かの本で読んだことがある。
ちなみに俺は本日も快調だ。
それはそうと職場の人間(?)関係に問題がないなら、次はノルマだ。
俺も社会人の時は、散々せっつかれたなあ。
……いかん、いかん。
俺が自爆してどうする。
「最近は接客をしてないようですが、その点についてはどう思われますか? 例えば……ナンバーワン特有のプレッシャーや下からの突き上げ。オーナーから過酷なノルマを課せられてるとか――」
俺の言葉に奥井さんが驚いたように大きく目を見開いた。
何か思うところがあるのか?
そう考えた次の瞬間、テーブルを強く叩く音が俺の思考を中断した。
突然の大きな音に、全身が反射的にビクリと跳ねる。
音の元凶は、テーブルの上に乗っかってるオークのハンドボールのような握り拳だった。
続いて、全身にビリビリと殺気めいたものを感じる。
「オレのことは何を言っても構わない」
それならNGワードから『硬い』を消してくれよ。
「だが奥井様への暴言は許さない! 奥井様は、オレの恩人なんだ」
「ミカヅキ……」
ミカヅキの言葉に奥井さんは感激してるのか、涙目になっている。
「オレの世界は、魔王様が布いた資本主義社会によって、争いがない平和な世界になった」
その話は知ってる。
異世界の現状と成り立ちについては、幼少期に叩き込まれたな。
「その影響で、人間達がオレ達魔族の生活圏に立ち入らなくなった事によって、多くの魔族達は貧困と退屈に喘ぐ日々を送ることになった。その影響はオレの村にも及び、村の腕自慢は退屈しのぎに決闘を始めました。今まで人間達に向けてた力の矛先を、同族に向けるようになったのです」
何だか身の上話にまで発展しちまったが、こういう時は話を遮らないほうがいいよな。
腹の中にあるものを吐き出したら、スッキリするだろうし。
俺は聞き役に徹することに決めた。
「当然、魔王様から仕事を受ける事もありました。この世界で言う公共事業です。しかし、大半のオーク達は闘争か強奪しかできません。そのため自分より弱い者の命令を聞き入れることができません。本能の赴くままに生きるオークには、魔王様が築いた新しい社会に適応ができないのです」
オークはフィジカルなら人間の完全上位互換なのに、貧困に陥った原因は社会不適合者ということか。
「このままではオークという種が絶えてしまうのでは? オーク達の未来を憂いたオレは同志を募り、資本主義社会に適応するための改革を始めました」




