不良品のスライム その1
小説家になろう版は2026/3/20に完結します
※本作は、カクヨムから転載したものです
またノベルアッププラスに掲載してる『現世のモンスターショップ奮闘記 ~そちらのお店から仕入れたスライム、服を溶かしてくれないんだけど、どういうこと!?~』のタイトル微修正+加筆したものです
「そちらのお店から仕入れたスライム、服を溶かしてくれないんだけど、どういうこと!?」
固定電話の受話器から鼓膜を突き破らんばかりの中年男性の怒声が聞こえる。
おかしい。
スライムの製造はアイツに頼んだから、間違いないはずなんだが。
「ちょっと!? 天城さん!? 聞いてますか!?」
俺の思索をよそに、震える声で俺の苗字が呼ばれる。
「そんなに怒鳴らなくても聞こえてますから、落ち着いてくださいよ。貴志さん」
「わかってると思いますがスライムプレイは、うちの目玉なんですから! あああああ、もうSNS全盛の今、一人のお客様の信頼を失ったら、ある事ない事書き込まれて、一人また一人お客様がいなくなって、最後には私の命も――」
電話越しの貴志さんの声は、野獣の雄叫びから空腹の子猫のように儚く消え入りそうになる。
毎度毎度、心配性だなぁと思うが、お得意様が消えるのは本意ではない。
仮に命が消えなくとも、信用を失うのはゴメンだ。
中年のおっさんに泣き落とされたみたいで不服だが、ここは早急に新しいスライムを手配するのが一番だろう。
「わかりました。それでは、迅速に新しいスライムをご用意いたします。つきましては、今回のスライムがどのような不具合を起こしたのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「単純に服を溶かさないだけです。それ以外は、注文通りでしたよ」
「ふむ」
「それと、全てのスライムがダメなわけじゃないんだよ。10匹の内、1匹混ざってる感じだったから。でも、どれがダメなスライムかは見分けがつかないから――」
「新しいものを同じ数、ご用意します」
「なるはやで頼むよ! 今日も予約一杯埋まっちゃっててさ」
「かしこまりました。では、ご用意でき次第、こちらからご連絡いたしますので今しばらくお待ちください」
俺は言い終えると同時に、受話器を電話機に戻した。
心なしか、右耳の聞こえが悪くなった気がする。
電話を切ったはずなのに、まだ貴志さんの声が右耳で反響してるみたいだ。
右耳にわずかな違和感を抱えつつも、店内をざっと見渡した。
うむ、いつも通り閑古鳥が泣いてる。
様々な仕様のスライム、良い感じに気持ちよくなれる胞子を放つマイコニド、大人しく閉じたままのミミック、直立不動のリビングアーマー等々、相も変わらず所狭しにモンスターが陳列されてる。
肝心のお客さんは居ないが、それが日常なので今更、気にならない。
店長の俺が一人、生きていく分の利益は出るから問題無い。
どちらかと言えば利益がないのに、お客さんでごった返してる方が色々と面倒だ。
「店長、珍しく固定電話が鳴ってましたが何かあったんですか?」
束の間の平和を謳歌してると店の奥から明るい声と共に女性が現れた。
不自然なまでに青い髪に、宝石のような青い瞳。
美しいよりも可愛らしいといった感じの顔立ちは、若さで眩しい。
実際、高校生くらいの年頃だけど。
女性は白いYシャツに黒いエプロン、下は地味なロングスカートを身に着けている。
飾りっ気のない、うちの店の制服だ。
エプロンの胸部に付いてるネームプレートには、神崎勇美の文字が印字されてる。
「お得意様からのクレーム。俺、バックに行くから少しの間、店番頼むわ、サミィ」
「ふぁーい」
勇美の間抜けな返事を聞きながら、俺はバックヤードに引っ込む。
ちなみにうちの方針として、度が過ぎてない限り、勤務態度には口うるさく言うつもりはない。
そこまで高い給金を払ってないし、何よりモンスターショップに来店する客層なんて色々な意味でマトモじゃないからな。
それと別の名前で呼んでるのは理由がある。
大した事ではないけど。
俺は扉を閉じると、スマホを取り出し、メッセンジャーアプリを起動した。
そしてスライムを造った奴に向けて「この前納品されたスライムに欠陥品が混ざってた。至急新しいスライムを送ってくれ。もしくは俺の店まで出向いて造れ」というメッセージを送った。
しばらく雑務をこなしてると、スマホからピロンと軽快な音が聞こえた。
画面には「すぐ向かう。五百円硬貨を用意して待ってろ」とレスがきてた。
とりあえず金は後で請求しよう。
そう思いつつ、俺は金庫から五百円硬貨の棒金をいくつか取り出してから、売り場に向かった。
売り場は、先ほどと同じく人がいない。
カウンターに青い髪を広げて、だらしなく項垂れてるバイトがいるだけ。
「ご苦労、サミィ。こっちは大丈夫だから、お前はあっちを頼む」
「ふわぁ~」
イサミは、欠伸と言っても差し支えない返事をしてから、バックヤードに引っ込んだ。
俺は入れ違いでカウンターの席に座ると、スマホを取り出し、貴志さんに向けてスライムの目途がついたことをメッセージ送信した。
その後、暇を持て余すようにぼーっとしてると店のドアが開いた。
ドアの先には、得意げな表情を浮かべた女性がいる。
キャリアウーマンを彷彿とさせる自信に満ち溢れた美しい顔に濡羽色の長い髪。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでる体躯は、闇のように黒いドレスに包まれている。
「来たぞー、雄作」
女性は親しげに俺の下の名前を口にした。
「ああ、待ってたよアスラ。早速だが――」
言いながら、カウンターの上に五百円硬貨の棒金を乗せてると、バックヤードの方から凄まじい圧力を感じた。
黒衣の女性――アスラも察したのか、鋭い眼光をバックヤードの扉に向ける。
すると、バックヤードの扉が勢いよく開け放たれた。
「魔王アスライド! 神のしもべたる勇者サミィがその命を貰い受ける! 覚悟!」
右手に剣を携えた勇美が物凄い剣幕でアスラを睨みつけている。
先ほどまでの労働意欲の欠片も無い、呑気な女性と同一人物とは思えない風貌だ。
「仕方ないのう、少し遊んでやるか」
アスラは、口端を軽く上げると右手を差し出し、かかってこいと言わんばかりに右の指を動かす。
そして勇者サミィは狭苦しい店内にも関わらず、猛然と魔王アスライドに斬りかかった。




