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07_小説を書く。私は孤独にあらがいたい。

たまには真面目な話もね。

いや、別に不真面目だったわけでもないけどもね。

今回はなぜ私は小説を書くのか、という話。



◇ 孤独を書きたい


孤独感。

そうですね、いろいろ考えてみると、私の創作の出発点は『孤独感』だという気がします。

この孤独感は、単に人と話したいとか、私の話を聞いてほしいとか、そういった次元の話ではないのです。

「人間とは、根本的に孤独であるとしか言いようがない」という認識に基づく『孤独感』です。



クオリアってあるじゃないですか。平たく言うなら、私が赤いものを見て感じる「赤」の感覚と、あなたが同じものを見て「赤」だと感じた感覚が同じであることを誰も保証できないという、あれです。

私たちの思考や感覚は、どこまでいっても内的で私的なもの。

それをなんとか言葉で伝えようとするわけですが、私的なものを本当の意味で共有することはできないのです。



私は子供の頃から、少し変わった子供でした。

何かの出来事に面したとき、それに対する反応がどうやら周囲の友人たちと微妙に違うらしいことに、小学生の頃にはうすうす気がついていました。

そこから少しずつ大人になり、社会人として数年経つころには「周囲の人間の思考や行動をエミュレートする」ことができるようになり──

少なくとも表面上は──集団に溶け込めるようになりました。


ですが内面では、自分が持っている感覚・感情・思考が、周囲と少し違ってしまっていると言う認識があります。極めて個人的で私的なものが、外に出ていく手段がないままそこにあるような感じがします。



この孤独感は、誰かと一緒にいることではけっして埋めることができないものです。

むしろ正反対です。

誰かと話しているときですら、私はこの「私的なもの」の共有できなさに打ちのめされてしまう。人といればいるほど、この孤独はむしろ深くなってしまう。そういう構造の「孤独感」だから。

(話すのが嫌いというわけではないです。念の為)


では小説なら、それを埋めることができるでしょうか?

「いいえ」。

それだって同じです。小説だって一種のコミュニケーションなのですから。

うまく言葉に落とし込めないことに怒りを覚えるだけです。

突破口がないことに絶望感を感じるだけです。



怒り!

ああ、たぶんこれです。これが一番、私のモチベーションを表しています。

私は怒っている!

私の感覚が極めて私的であることに!

人間がクオリアを共有し合えないこの不自由な世界に!

小説がいつだって、言葉の限界を超えないことに!


怒っている。

だから、書くしかない。書かざるを得ない。

書いたって何も変わりはしない。それも関係ない。

だって私は、怒っているんだから。

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