02_強いやつが勝つんじゃあない、説得力があるやつが勝つんだ!
小説における戦闘シーンのあり方について、最近考えていることがあります。
それは
「戦闘シーンは、勝つことに説得力があるキャラクターが勝つ」
ということです。
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作風によって、何が強さの指標になってくるかは当然異なるでしょう。
リアル寄りの作風だったら物理的強さが勝ち負けに直結するのでしょうし、寓話性が高い作風なら、主張に正当性がある方が勝つでしょう。
リアル寄りの作風で、そこらへんの少年が大人より強かったら変です。
かといって、少年漫画で主人公が、子供だからという理由で最終的に大人に負けたって変です。
どちらの場合にせよ、その作品内では明確に「強さの上下を決めるルール」が敷かれていると見るべきでしょう。そしてそのルールは、書き手側が一方的に決めればいいというものでもなく、書き手と読み手の相互の信頼によって出来上がるものだと考えています。
先ほどの例に再び立ち返らせてもらいますが、「リアル寄り」を志向する書き手とそれを読みたい読み手が納得し合うからこそ、リアルに寄ったパワーバランスが成立するでしょうし、心の力で勝つ物語なら、それを紡ぎたい作者とそれを信じたい読者が納得し合うからこそ、作風が成立できる。
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小説には絵がありません(挿絵は例外とします)。動画もつけられません。音もありません。
強さの描写は文章で表すしかないのです。だからこそ、キャラクターを勝たせるために必須なのは「説得力」であると思います。
そしてその説得力は、書き手と読み手の相互の信頼関係で構築された「その作品内の強さのルール」にどこまで「勝者側になるキャラクター」が合致しているかを示すことで得ることができるし、「敗者側になるキャラクター」がいかにその「強さのルール」に違反したかを示すということでも得ることができる。
私はそのように考えています。
かつてある偉い人は言いました。
「どっちが強いかじゃねぇ。戦いってのはなぁ…ノリのいい方が勝つんだよ!!」
(仮面ライダー電王のアルマジロイマジン戦で、主人公の一人モモタロスが言い放った言葉)
つまり、そういうことです。
主人公が勝つと読み手を説得できたとき! そのときすでに! 勝敗は決しているんだ!




