デッドリー・チューニング:病んだファンに殺されたカリスマの救世主狂想曲
序章:終焉のファンタジー
宵闇――それが、俺のヴィジュアル系バンド「クロウ・ノワール」での名前であり、世界に与えた唯一の顔だった。
最後のライブは、熱狂の坩堝だった。暗闇の中で響くノイズと、全身全霊を込めたシャウト。客席の最前列で、一人の少女が涙と汗で顔をぐちゃぐちゃにして叫んでいた。彼女こそが、俺の、いや、アスタロート・ノクスの究極のファンだった。
「ヨイヤミ様! あなたは私だけのものよ!」
狂気の叫びと共に、鋭い痛みが腹部に走った。鈍く光るナイフ。ステージライトの下で、少女は恍惚とした笑顔を浮かべ、俺の体から噴き出す血を見て喜んでいた。
ああ、これで終わるのか。俺の音楽は、結局、誰の心も救えなかった。ただ、狂気を生み出しただけなのか――。
薄れゆく意識の中、俺の頭を占めたのは、満足感でも後悔でもない、ただ一つの絶望的な問いだった。
「俺の歌に、本当に価値はあったのか?」
その瞬間、体内の血液が沸騰し、視界が白く弾け飛んだ。
第一章:絶望のチューニング
次に目を開けたとき、俺は土の上に横たわっていた。周囲は石造りの壁と、見慣れない星空。そして、耳慣れない言語が囁かれていた。
「おい、アスタロート。またこんなところで寝てやがる」
異世界、エリュシオン。魔力と剣が支配する世界で、俺は同名の追放された魔族の王子の身体に転生していた。魔族といっても、この世界の魔族は単に人間族と異なる種族というだけだ。
転生した体は、現世の俺よりも華奢で美しかったが、唯一、決定的に違っていた。その体には、魔族の証である強力な**「魔力」**が宿っていた。
しかし、肝心の王子アスタロートは、生前、一族のしきたりである戦闘魔法が全く使えず、辺境に追放されていた。
俺は絶望した。狂信的な愛に殺され、不本意な形で再スタートを切った世界でも、俺は「無力」だった。
唯一、現世から持ってきたものは、歌声と音楽への執念だけだった。
ある日、俺は森の奥深くで、追放された王子が残した奇妙な魔導器を見つけた。それは黒い鉄骨と結晶でできた、マイクスタンドのような形状をしていた。
吸い寄せられるように俺はそれに触れた、現世のステージで歌っていた、一番絶望的な曲を口ずさんでみた。
「...魂は叫ぶ、終わりのない狂騒曲を...」
歌声と共に、俺の体内の魔力が、マイクスタンド型魔導器を通じて放出された。周囲の木々が震え、大地が脈動する。
「魂の調律」
魔力は歌声によって増幅され、そして意味を持った。
その日、俺は理解した。この世界の「魔法」とは、俺の「音楽」だったのだ。俺の歌声は、聴く者の魂と魔力を、文字通り「チューニング」する力を持っていた。
第二章:狂気のファンと勇者の誕生
転生から数ヶ月。俺は歌を歌い、魔力を制御する術を磨いた。現世で培った音楽理論が、この世界の魔導理論に驚くほど応用できた。俺は、いつしか「歌詠みの流浪人」として、辺境の村々で歌を披露するようになっていた。
俺の歌は、村人の病を癒し、疲弊した大地に魔力を注ぎ込んだ。絶望的な旋律が、逆に、人々の心に確かな「生」の調和をもたらした。
しかし、平和は長く続かない。
その日、村を襲ったのは、魔王軍の尖兵だった。漆黒の鎧を纏った魔物が、村人を蹂躙していく。
村人たちの悲鳴を聞きながら、俺は一瞬、現世のトラウマに囚われた。
愛と狂気で俺を刺したファン。俺の音楽は、また誰かを狂わせ、殺してしまうのではないか?
その時、一人の少女が魔物に斬りかかられ、血を流して倒れた。彼女の目には、現世のライブハウスで、俺に熱狂していた少女と同じ、純粋で、しかしどこか歪んだ「信仰」の光があった……。
「歌って...アスタロート様!! あなたの歌声が、私たちを救うんです!」
その言葉が、俺の心臓を貫いた。愛は、狂気と紙一重だ。だが、その狂気を、今度は「救済」のために利用すればどうなる?
俺はマイクスタンド型魔導器を大地に突き立てた。
「...わかったよ」
俺は目を見開き、狂気と絶望のメロディを歌い始めた。現世で最後に歌った、自らの終焉を飾るはずだった曲だ。
俺の歌声は、音波としてではなく、純粋な「感情の波」として、周囲に広がった。
魔王軍の尖兵に対し歌声は彼らの心の核にある「破壊衝動」を極限までチューニング(増幅)し、制御不能の暴走へと駆り立てた。同士討ちを始めた魔物たちは、やがて自らの魔力で崩壊していく。
村人たちへの歌声は彼らの根源的な「生きる力」を調律(増幅)し、傷を癒し、恐怖を「怒り」へと変えた。
一曲が終わる頃には、魔王軍の尖兵は全滅していた。辺りに響くのは、村人たちの驚きと、そして熱狂的な歓声だった。
「救世主だ! 歌詠みの勇者だ!」
「アスタロート様!」
狂信的な愛に殺された俺は、今、異世界で、その狂信的な「愛と信仰」によって、勇者として祭り上げられた。
終章:魂の和音
その後、俺は「歌詠みの勇者」として名を馳せることになった。
俺は理解した。俺の音楽は、現世では狭い世界でしか響かなかった。ファンは、俺の歌声が持つ「魂を調律する力」のあまりの強さに耐えられず、愛という名の狂気に身を窶した。
しかし、この異世界エリュシオンでは、人々の魂は、魔力という形でその力を受け止め、利用できる。
俺の音楽は、狂気を生むのではなく、この世界の「力」として機能するのだ。
俺は今、現世でのステージ衣装をより華美にした黒衣を纏い、銀の装飾が施されたマイクスタンド型魔導器を携え、魔王城へと向かう旅路についている。
旅の途中で、俺はかつてのバンド名から、異世界での名を取って、人々にこう呼ばれる。
「ヴィジュアル系勇者、アスタロート・ノクス!」
空を見上げる。現世のステージでは見えなかった、三つの月が輝いている。
俺はマイクスタンドを握り、ニヤリと笑った。
「さて、魔王よ。お前の絶望と、俺の絶望。どちらがより美しいメロディを奏でるか、勝負といくか」
俺はもう、狂気を恐れない。
俺自身が、世界を変えるための「狂騒曲」なのだから。
(了)




