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パイロット作品集  作者: 怪人工房


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5/11

ばあちゃんの形見のタンスがダンジョンの入り口につながったんだけど?

第一章:開かずのタンスとフリーターの憂鬱

橘幸平、25歳。彼の人生のハイライトは、高校の体育祭で「障害物競走でなぜか一着になった」という、単なる運による一度きりの事故だった。それ以来、彼の日常は常にローライトだ。コンビニの深夜シフトで生計を立てるフリーター生活は、社会との関わりを最小限に抑えるための防護服のようなものだった。

その日もいつものように深夜シフトを終え、築40年のアパートの自室に戻った。散らかった部屋の中で、一つだけ異彩を放っているものがある。祖母から譲り受けた、年季の入った黒光りする桐タンスだ。

「はぁ……」

幸平はタンスの前に座り込んだ。いつも通り、疲労と自己嫌悪の深いため息をつく。このタンスの、特に一番下の引き出しは、なぜか数年前から微かに温かい。そして、いくら力を込めても、どうやっても開かないのだ。

「中には何が入ってるんだろうな。祖母ちゃんの秘密の財産とか、人生を変える手紙とか?」


 自嘲気味に笑いながら、彼はまたその引き出しの取っ手に手をかけた。

その瞬間、部屋の電灯がチカチカと瞬き、タンスから「ブゥン」という重低音が響いた。いつもはびくともしない引き出しが、ギギギ…という木材の悲鳴とともに、ほんの数センチ開いた。

幸平は、反射的に手を引っ込めた。恐怖というよりも、「面倒くさいことが起こった」というフリーター特有の面倒くささが勝った。しかし、彼は気づいた。引き出しの奥に見えるのは、衣類を収納するための暗い空間ではない。

そこには、漆黒の夜空に瞬く星々のような、青白い光の渦が広がっていた。

「……何、これ」


幸平は震える指で引き出しを完全に引き抜いた。タンスの奥には、服の代わりに、幅1メートルほどの垂直に立つ光の扉が出現していた。扉はゆっくりと回転し、その向こうからは、古い木造アパートにあるまじき、湿った土と鉄錆のような匂いが漂ってきた。

心臓が喉元で跳ねた。これは現実ではない、疲労による幻覚だ。そう自分に言い聞かせたが、光の扉はまぎれもなくそこにあった。

その時、幸平はふと、ネット掲示板で読んだ一つの書き込みを思い出した。


「もし自分の部屋に異空間の入り口ができたら、絶対に入ってみるべきだ。人生を変えるチャンスだよ。」


 彼は、現状の自分から逃げたいという衝動と、知らない世界への恐怖の間で、激しく揺れ動いた。しかし、コンビニで「またレジ袋を入れ忘れやがって」と客に叱られた時の悔しさ、人生がどこにも向かわない虚無感が、彼の背中を押した。


「どうせ、人生詰んでるんだ。これ以上悪くなることもないだろ」


幸平は、部屋に転がっていた祖母の形見の古い木刀を握りしめ、まるでゴミ箱に飛び込むように、タンスの引き出しから光の渦の中へ、一歩踏み出した。

第二章:地下採掘場のフリーター

光の渦を抜けた幸平は、硬く冷たい土の上に転がった。

「ぐっ……ここ、どこだ?」

彼の目の前に広がっていたのは、薄暗い地下の採掘場のような空間だった。天井は岩盤に覆われ、壁面には人工的に掘削された跡がある。遠くから、カツン、カツンという規則的な音が響いてくる。

足元には、誰かが忘れたのか、柄の折れたツルハシや、鉄の破片が散乱していた。

次の瞬間、幸平の脳内に、半透明のウィンドウが現れた。

[ステータスウィンドウが起動しました]

名前: 橘 幸平

レベル: 1

職業: なし(フリーター)

HP: 10/10

MP: 5/5

筋力: 3

耐久力: 3

俊敏性: 5

運: 1

「う、嘘だろ……ゲームみたいだ」

特に目についたのは、運の値だ。最底辺の「1」であることに、彼は妙に納得してしまった。

その時、カツン、カツンという音が近づいてきた。岩の隙間から、何かが這い出てきた。

それは、全長30センチほどの巨大なゴキブリ。全身が鉄のような外骨格で覆われ、光を鈍く反射している。

エネミー: 【アイアン・コックローチ】

脅威度: F(最低ランク)

「ゴ、ゴキ……! しかもアイアン!?」

幸平は悲鳴を上げながら、反射的に後ろに飛び退いた。しかし、逃げ場はない。タンスの引き出しは、光の扉として彼の背後に静かに立っているだけだ。

アイアン・コックローチは、幸平の存在を感知すると、鋭い鎌のような触角を向け、突進してきた。

「来るなっ!」

恐怖に駆られた幸平は、手に持っていた木刀を無造作に振り下ろした。その一撃は、運悪く(運は1なのだが)、ゴキブリの硬い外骨格ではなく、その鎌のような触角の付け根をかすめた。

キン!

硬い音と共に、木刀にひびが入った。ゴキブリは体勢を崩し、一瞬動きを止めた。

[スキル: 【緊急回避】 を習得しました。自動発動スキル:危険を察知した際、俊敏性に小ボーナスを与え、わずかに危機を逸する。発動条件:極度の恐怖。]

「え、なに? 運じゃなくてスキル?」

幸平は混乱した。しかし、目の前の敵は待ってくれない。ゴキブリは体勢を立て直し、再び突進してきた。

幸平は、逃げることを諦めた。どうせ死ぬなら、せめて一発殴ってやろう。彼はフリーターとして社会から受けてきた屈辱、コンビニで深夜働く寂しさ、全てを込めて、木刀を握り直した。

「くたばれ、不運の象徴!」

彼は叫び、地面の石を蹴ってゴキブリの横に回り込み、横腹に木刀を叩きつけた。

メキッ!

硬い外骨格に亀裂が走り、ゴキブリは黒い体液をまき散らして絶命した。

[アイアン・コックローチを討伐しました。]

[経験値を取得しました。]

[レベルが 2 に上がりました!]

[ステータスが上昇しました。]

幸平は、荒い息を吐きながら、絶命したゴキブリを見下ろした。木刀は完全に折れてしまっていた。

だが、彼は気づいた。**震えているのは恐怖だけではない。**体の中に、熱い何かが生まれている。初めて「何かをやり遂げた」という、ささやかな達成感だ。

第三章:タンスの中の日常

次の日。幸平は、普段よりも少しだけ軽い足取りでコンビニの深夜シフトに向かった。彼のズボンのポケットには、ダンジョンでドロップした「アイアン・コックローチの硬皮(Fランク素材)」が丸めて入っていた。


 深夜のコンビニの静かな時間。幸平は、裏で廃棄のチキンを食べながら、こっそり昨日からの疑問を整理した。

タンスの引き出しは、完全にダンジョンへのゲートになっている。

ダンジョン内では、レベルアップやスキル獲得、アイテムドロップが現実と同じ感覚で起こる。

疲労度は現実の疲労と同じで、ダンジョン内での怪我も現実の体に戻る。

彼は仕事の休憩中、再びステータスウィンドウを開いた。


名前: 橘 幸平

レベル: 2

職業: なし(フリーター)

HP: 15/15

MP: 7/7

筋力: 4

耐久力: 5

俊敏性: 6

運: 2

「運が……1上がってる!」

彼は思わず声を出した。たった1だが、彼の「不運」を象徴していた数値が、初めて動いたのだ。

それから数日間、幸平の生活は一変した。深夜のシフトを終え、朝のアパートに戻ると、彼は迷うことなく桐タンスの前に向かう。

「よし、今日もバイトの時間だ」

タンスの奥のダンジョンは、彼にとってもう一つの仕事場になった。

ダンジョン内は、採掘場の他に、水が流れる地下水路や、古代の石造りの部屋へと広がりを見せていた。アイアン・コックローチだけでなく、小型のスライム(ドロップアイテム:粘液)や、鋭い歯を持つ巨大なネズミ(ドロップアイテム:鋭い牙)など、様々なモンスターが出現した。


幸平は、コンビニで客に怒鳴られる時のような消極的な防御姿勢で戦った。しかし、戦うたびにレベルは上がり、スキルは増えていった。

[スキル: 【緊急回避】 Lv.2 に上昇しました。]

[スキル: 【安物鑑定】 を習得しました。安価な日用品や低ランク素材の価値を正確に見抜く。発動条件:貧乏根性。]

彼は、ダンジョンで得た「粘液」や「牙」を、試しに自宅近くの廃品回収業者に持ち込んでみた。

「おう、この粘土みたいなの、何だ?」

「えっと……ちょっと特殊な樹脂です。柔軟剤に使えます」

幸平は【安物鑑定】スキルで得た知識を駆使し、正直に話した。業者は半信半疑だったが、少量を購入してくれた。

「よし、これで今日のパン代が浮いた」

ダンジョンで稼いだ数千円が、彼の生活に初めての余裕をもたらした。

第四章:自己評価の上昇

レベルが10に達したある日のこと。幸平はダンジョン内で、初めて人間と遭遇した。

それは、まるで軍隊のような重装備をした、たくましい体格の男だった。男は幸平を見るなり、驚いた顔をした。

「おい、お前……こんな奥地で何してる? お前が噂の『桐タンスの男』か?」

「き、桐タンスの男?」

「ああ。噂になってるぞ。アパートの一室にある、極小規模のパーソナルダンジョン。その奥で、毎日コックローチを狩り続けている変な初心者がいるってな。お前、装備が木刀一本って……正気か?」

幸平は恥ずかしさで顔が熱くなった。彼にとってタンスの奥は「自分の秘密の仕事場」だったが、外の世界では「アパートにある変なダンジョン」として認知され始めていたのだ。

「あ、あの、自分は……ただのフリーターで……」

「フリーター? そんな格好でここまで来れるやつが、ただのフリーターなわけないだろう。俺は『採掘者』だ。いいか、この先は『ゴブリン・ジェネラル』がいる。撤退した方がいい」

男はそう言い残し、来た道を戻っていった。

幸平は、その場に立ち尽くした。

「フリーターなわけない……か」

初めて、他人から「不可能だ」と見られる行為を成し遂げている自分に気づいた。タンスの奥の、あの光の扉を毎日くぐり抜けている自分は、もうコンビニのレジ打ちでオドオドしているだけのネガティブな幸平だけではないのかもしれない。

彼は、自分のステータスウィンドウを開いた。

名前: 橘 幸平

レベル: 12

職業: なし(フリーター)

HP: 80/80

MP: 35/35

筋力: 25

耐久力: 30

俊敏性: 28

運: 3

そして、新しく習得したスキルに目を留めた。

[スキル: 【影の支配】 を習得しました。周囲の暗闇をわずかに操作し、自身を視覚的に隠蔽する。発動条件:存在感の欠如。]

これは、彼の長年の特技、「存在を薄くする能力」が、ダンジョンで戦うための力として変換されたものだった。

幸平は、新しくダンジョンで拾った、刃こぼれした「採掘用ショートソード」を握りしめた。


 もう、彼は逃げない。ゴブリン・ジェネラル。それまでコンビニのチキンを廃棄する段ボールの隅で生きてきた自分には、あまりにも巨大すぎる敵だ。

「……フリーターの俺が、ゴブリン・ジェネラルを倒すんだ」


 彼はゆっくりと、採掘者が警告した方向へ踏み出した。

タンスの奥で、幸平は初めて人生を前に進める勇気を手に入れた。彼の冒険は、まだ始まったばかりだ。そして、その終着点が、あの古い桐タンスの引き出しの向こうにあることだけは、確かだった。

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