限界戦士 ムラオコシ見参!!!!
「だから言ったでしょう、うちの村には何もないって」
久瀬田課長は深くため息をついた。役場の会議室には、また一つ失敗に終わった「村おこし企画」の資料が散乱している。
「B級グルメコンテストも、ゆるキャラも、農業体験ツアーも全部ダメ。もう打つ手がない」
明日香は窓の外を見た。人口三百人を切った久瀬村。商店街はシャッター通りと化し、小学校は五年前に廃校。特産品と呼べるものもなく、観光名所も皆無。確かに「何もない」村だった。
「でも、何かしなきゃ」明日香は呟いた。「このままじゃ、あと十年で村が消える」
その時、会議室のドアが勢いよく開いた。
「あ、あのっ!」
息を切らして飛び込んできたのは、村唯一の高校生、田代響だった。スマホを握りしめ、目を輝かせている。
「これ見てください! 隣の市で『ご当地ヒーロー』が大人気なんです!」
スマホには、派手な衣装を着た「正義の味方」が子どもたちに囲まれている画像が映っていた。
「ヒーロー、ね」久瀬田課長は鼻で笑った。「響くん、気持ちはわかるが、そんなのうちには無理だよ。衣装作るだけで何十万もかかるし、演じる若者もいない」
「待ってください」
明日香の頭に、何かが閃いた。PR会社時代に学んだこと——成功するプロモーションとは、「あるもの」を最大限に活かすことだ。
「久瀬田さん、うちの村に『何もない』って言いましたよね」
「ああ、事実だから」
「それこそが、強みなんです」
二人は怪訝な顔で明日香を見た。
「考えてみてください。特産品もない、観光地もない、美味しいものもない。でも、それって逆に言えば——『守るべきものが何もない』ってことじゃないですか?」
「……それが?」
「つまり、何をやっても失うものがない。だったら、日本一バカバカしいヒーローを作ればいいんです。『限界集落の超ダメヒーロー』。カッコ悪くて、弱くて、情けない。でも一生懸命。そういうヒーローを」
響の目が輝いた。「それ、めっちゃ面白いです! 僕、衣装作れます! 段ボールとガムテープで!」
「段ボールって……」久瀬田課長は頭を抱えた。
だが明日香は止まらなかった。「名前は『限界戦士ムラオコシ』。必殺技は『過疎化アタック』と『シャッター通りキック』。決め台詞は『人口三百人以下の平和を守る!』」
「ダサすぎる……」
「いいんです、ダサくて。そのダサさがSNSでバズる。『こんなヒーローいるの!?』って」
響は既にスケッチを始めていた。「衣装は緑色のつなぎに、段ボールの鎧。マントは使い古しのブルーシート! ヘルメットは農作業用の帽子を改造して……」
「悪役は?」明日香が聞いた。
「『東京デベロッパー・ザ・メガシティ』とか? 村を買い占めようとする悪の組織!」
「いいですね。でも最終的には和解して、一緒に村を盛り上げる展開で」
二人の会話を聞きながら、久瀬田課長の表情が少しずつ変わっていった。
「……本気か?」
「本気です」明日香は真っ直ぐに課長を見た。「失敗したら笑われる? いいじゃないですか、どうせ今も誰も注目してないんだから。でも、もしかしたら——」
「もしかしたら?」
「日本一ダメなヒーローが、日本一有名な村を作るかもしれない」
沈黙が流れた。
やがて久瀬田課長は、二十年ぶりに――本当の笑顔を浮かべた。
「……やるか。どうせ失うものなんて、何もないんだ」
三ヶ月後。
「限界戦士ムラオコシ、見参!」
村の広場に響き渡る、どこか情けない掛け声。段ボール製の鎧を身につけ、ブルーシートのマントをはためかせた緑色のヒーローが、不安定に立っていた。
演じているのは、村役場の若手職員、二十五歳の野村だ。最初は嫌がっていたが、明日香の熱意に押され、渋々引き受けた。
観客は――いた。
驚くべきことに、約五十人。大半が村外からの来訪者だった。
きっかけは、響がアップした一本の動画だった。
『日本一ダサい、でも本気のヒーロー誕生』
手作り感満載の衣装、ぎこちない演技、背景に映る寂れた商店街。すべてが「わざとらしくない、本物のB級感」として、SNSで話題を呼んだ。
「これ、本当に実在するの?」
「行ってみたい」
「応援したくなる」
コメントは千を超えた。
そして今日が、初めての「ヒーローショー」。
「悪の秘密結社『ショウメツ団』よ、久瀬村の平和は俺が守る!」
野村の演技は相変わらず棒読みだが、それが逆に味になっている。観客席からは温かい笑い声と拍手。
響が演じる悪役「ジンコウゲンショウ怪人」との戦闘シーンも、予定通りグダグダだ。殴るタイミングがずれ、段ボールの鎧が外れかけ、それでも必死に演技を続ける二人。
観客は爆笑しながらも、スマホを構えて撮影している。
「くそっ、俺の……俺の『過疎化アタック』が効かない!」
「無駄だ、ムラオコシ! この村はもう限界なのだ!」
その時、観客席から子どもの声が響いた。
「ムラオコシ、頑張れー!」
野村の動きが止まった。
台本にはない声援。でも、それは確かに聞こえた。
「ムラオコシ! 負けるな!」
別の子どもも叫ぶ。大人たちも拍手で応援し始めた。
野村の胸に、何かが込み上げてきた。
――そうか、これが。
これが、ヒーローなのか。
「みんな……ありがとう!」野村は叫んだ。「みんなの応援が、俺に力をくれる! いくぞ、必殺技——『村おこし・ファイナルアタック』!」
ジャンプ。
着地と同時に、段ボールの鎧が完全に崩壊した。
会場が一瞬静まり返り――そして、大爆笑と拍手喝采が巻き起こった。
ショーの後、明日香は会場の片隅で、来場者たちの会話を聞いていた。
「いやー、面白かった。また来たいね」
「商店街も見て回ろうか。何か買って帰ろう」
「ここ、宿泊施設ないの? あったら泊まりたいんだけど」
久瀬田課長が隣に来た。「……まさか、本当に人が来るとはな」
「まだ始まったばかりですよ」明日香は言った。「でも、一歩は踏み出せました」
「村おこしなんて、二十年やって全部失敗だったのに」
「失敗じゃなかったんですよ、きっと」明日香は課長を見た。「その二十年があったから、『何もない』ことを強みに変えられた。諦めずに続けてきたから、今があるんです」
課長の目が潤んだ。
「桜井さん、ありがとう」
「私じゃないです。村を愛し続けた課長と、夢を捨てなかった響くんと、恥を捨てて演じてくれた野村さんと――みんながいたから」
響が駆け寄ってきた。「明日香さん! 次回の台本、もう書き始めていいですか? 次は『農業ロボ軍団』との戦いで!」
「いいわよ。どんどん書いて」
「あの……」響は少し照れくさそうに言った。「僕、高校卒業しても、もうちょっとここにいようかなって。大学は通信でも行けるし」
明日香は響の頭を軽く叩いた。「バカね。行きたいなら都会に行きなさい。そして、また帰ってくればいい。ここは消えないから」
「……はい!」
夕暮れの空の下、段ボールのヒーローの残骸と、笑顔の人々。
久瀬村に、小さな、でも確かな希望の灯が灯り始めていた。
エピローグ(一年後)
「えー、本日は『全国ご当地ヒーローサミット』にお越しいただき、ありがとうございます。それでは、『最も愛されたヒーロー賞』の発表です――」
司会者が封筒を開ける。
「受賞者は……限界戦士ムラオコシ!」
会場が拍手に包まれた。
ステージに上がる野村は、今やすっかり板についた動きで、段ボールの鎧(三代目)をまとっている。
「人口三百人以下の平和を守る! いや、今は三百二十五人になりました! 限界戦士ムラオコシ、これからも頑張ります!」
控室で、明日香と久瀬田課長が抱き合って喜んでいた。
「やりましたね、課長」
「ああ……夢みたいだ」
響は既に次の企画を練っていた。「ムラオコシの映画、作りません? クラウドファンディングで資金集めて」
「面白そうね。でも、今度は他の村の人たちも巻き込みましょう。『限界集落ヒーロー連合』とか作って」
「それだ! 日本中の小さな村のヒーローが集まって、過疎化と戦う!」
久瀬田課長は窓の外を見た。
故郷の空は、相変わらず何もない。
でも――その何もない空の下で、確かに何かが生まれている。
「村おこし、か」課長は呟いた。「結局、必要だったのは特産品でも観光名所でもなく、ただ――」
「諦めないこと、ですね」明日香が言った。
「そして、バカになること」響が笑った。
三人は顔を見合わせて、笑った。
限界集落の、小さな奇跡の物語は、まだ始まったばかりだった。
〈完〉




