酔いどれダンジョンご飯
第一章:酔いどれ配信者の日常と鑑定眼
「さーて、今日も始まりました!『酔いどれダンジョンご飯』!皆、飲んでるかーい?」
九条司はカメラに呼びかけながら、手元のスキットルを傾けた。グラスの横には、昨日ダンジョンから持ち帰った「ハードシェル・クラブ」、通称『カニタンク』の胴体がある。
「見てくれ、この甲羅。冒険者ギルドのデータじゃ『甲羅硬度:A-』で、ほとんどの冒険者が捨ててくるらしいがね」
司がカニタンクに手をかざすと、彼の瞳が一瞬だけ微かに光った。すぐに彼の脳内にデータが流れ込む。
対象:ハードシェル・クラブ(胴体)
肉質:A+ (High Marbling)
水分含有量:95%
甲羅硬度:A-
潜在フレーバーランク:SS(濃厚なウマミ、海水のミネラル)
最適処理法:弱火で蒸し焼き(甲羅硬度をBまで低下させる)、甲羅内のカニ味噌を高温で濾過
「ふむ。甲羅硬度A-?関係ねぇな。潜在フレーバーランクはSSだ。こいつの中身は極上だよ」
司は笑い、視聴者に語りかけた。
「皆、硬いからって諦めるのは素人だ。このカニタンク、甲羅の内側には、極上の脂とウマミが詰まっている。今日はコイツで、視聴者リクエストNo.1の『痛風覚悟!特濃カニ味噌甲羅酒』をやっていくぞー!」
彼の動画が人気なのは、この「鑑定スキルに基づいた確信」にある。彼は捨てられていた素材や、毒があると言われていた魔物から、最高のウマミを引き出す天才だった。
第二章:最高のツマミを追う者
翌日、司は地方のローカルダンジョン「旧・採石場」の岩場に立っていた。今日のターゲットはB級魔物『ロック・ビーフ』。
「ロック・ビーフのハラミ肉。これが今日の目的だ。ビールに合わせるなら、他にはない極上の食感がある」
彼はダンジョンに入るとすぐに、【至高の鑑定眼】を発動させた。彼の視界は、通常の風景の上に、数値や色の情報が重なって表示される。
「…いた。群れから少し離れた単独行動のオス。個体ランクは『特級』、最高のコンディションだな」
対象:ロック・ビーフ(オス・特級)
部位:腹側横隔膜
脂の乗り:98(理想値)
熟成度:即時調理推奨(鮮度ゲージ:99%)
弱点:後足の腱(切断難度:C)、腹部皮膜(貫通難度:D)
司は、最高の脂の乗りを示す個体をピンポイントで狙う。無駄な戦闘を避けるのは、鮮度ゲージを少しでも落としたくないからだ。
ロック・ビーフが突進してくる。司は一瞬の隙を突いて突進の勢いを利用し、鑑定眼が示した「後足の腱」の最弱点部に特級解体包丁を正確に入れた。包丁は岩肌のような皮膚を容易に貫き、魔物はバランスを崩して倒れ込む。
司は即座に腹部に包丁を突き立て、狙いのハラミ肉を切り出した。手際の良い処理に、鮮度ゲージは98%を維持したまま。
「よし、最高の肉だ。さっさと帰ってビールを…」
その時、洞窟の奥から、C級魔物「スパイダー・ウルフ」の群れが姿を現した。
「チッ、毒持ちか。勘弁してくれ」
群れを率いるボスの巣の奥に、司の鑑定眼が捉えたのは、金色に輝く巨大な卵だった。
対象:スパイダー・ウルフの卵(未孵化)
通称:ゴールデン・キャビア・エッグ
毒素レベル:0.003%(加熱で除去可能)
潜在フレーバーランク:SSS(ウニ・カニ・フォアグラの集合体)
調理適性:生食(醤油漬け)、燻製
「潜在フレーバーランク:SSS…! これを逃すのは、食材に対する最大の罪だ」
司の瞳に、酒と美食への飢えが宿る。彼はハラミ肉のクーラーボックスを背負い直すと、毒の群れに向かって突っ込んだ。
第三章:食への執念
スパイダー・ウルフのボスが毒液を吐き出す。司はまな板シールドで受け止めつつ、鑑定眼が示した毒腺の位置(通常の魔物とは違う、腹部の特定箇所)に、正確無比な包丁の一撃を入れた。
「毒腺の位置がわかれば、ただの雑魚だ!」
司は群れを一掃し、黄金に輝く卵を抱きかかえた。
「SSS…。これほどのポテンシャルを持つ食材は、一年ぶりだ。このキャビアを肴に、最高の冷酒を飲めば…」
興奮冷めやらぬまま、彼はスキットルを空にした。
「酒が足りない!早くこのキャビアを、最高の状態で仕込むぞ!」
最終章:酔いどれダンジョンご飯、再び
その夜の配信。視聴者は、司が持ち帰った潜在フレーバーランクSSSの「ゴールデン・キャビア・エッグ」に熱狂していた。
「さあ、皆!これが昨日採れたてのキャビアだ。最高の品質を落とさないために、毒素を熱で飛ばすような愚行はしない。代わりに、僕がダンジョンで採った無毒のハーブと、天然水で作り上げた『浄化酒』に軽く漬け込み、毒素を完全に中和する!」
司は鑑定眼で導き出した最適解の手順を踏み、黄金のキャビアを醤油漬けにした。
そして試食の瞬間。
まずは、最高の脂の乗りを誇るロック・ビーフのハラミを炭火で炙り、ビールを呷る。
「ああ、美味い。脂の融点が低いから、口の中でスッと消える。完璧だ」
次に、黄金のキャビア。一口、口に運んだ瞬間、司は動かなくなった。彼の瞳は静かに閉じられ、視聴者は固唾を飲んで見守る。
数秒後、司は静かに目を開け、冷酒を注いだ升をカメラに向けた。
「視聴者コメント:『どうした!?』『酔いどれシェフ固まったぞ!』」
司は、まるで悟りを開いたかのような表情で語る。
「…このキャビア。鑑定眼の数値はSSSだったが…実際に口にすると、そのポテンシャルは数値を超えている。ウニの甘み、カニの風味、そして、冷酒が持つ米の香りが、口の中で完璧な円を描く…」
彼は升の酒を一気に飲み干した。
「皆さん。この酒とこのツマミのためなら、僕は明日の朝、地獄にだって潜っていける。最高だ。…はい、おかわり」
彼の配信は、視聴者を深夜の飲酒と美食の渦に巻き込みながら、最高の高視聴率と共に幕を閉じた。
(完)




