洗礼
大聖堂の祭壇で左膝を着き、両手を組んで俯き、瞑目して神々に誓いの祈りを捧げる。
“貴士の洗礼”──ノーブルディネス王国学園に入学した生徒が最初に行う儀式。
これよって神々より天職の祝福を授かる。
祝福を授かる事が出来るのは王国の王公貴族のみであり、学園に入学出来るのも同様。
それは血統至上主義と言えるだろう。しかしだ、王公貴族は結婚相手以外との性的な行為を行えば、即座に力と血統を失う。当然、地位や財産もだ。
その為、一夫多妻が主流だが、夫婦関係は勿論、御互いが伴侶としての務めを果たしてはいない、と神々に判断されてしまうと力と血統を失う。それは当然、親としてもだ。
また一度結婚すると離婚は認められはしないが、女性に限り、夫が亡くなった時は再婚が可能。
だが、殺人であれば神々が赦しはしない。
それ故に、ノーブルディネス王国の王公貴族とは圧倒的に民からの信頼が厚く、責任も重い。
尚、結婚相手に条件は無い為、身分違いだろうが結婚は出来るが、王公貴族の家に入るという覚悟と責任を背負わなくてはならない為、滅多に無い。
有力な男性の側室に入る者が稀に居る程度だ。
そういった基盤が有るから、血統至上主義なのも何も可笑しくはない。
そして、洗礼により、生徒──王公貴族の子女は血に宿る責任を果たす為の力を授かる。
それは俺──レイグリフ・フォン・リェグレフも例外ではない。
洗礼によって授かったクラスは左右の何方等かの手の甲に刻まれる紋章により判る。
俺が授かったのは“見習い魔法使い”。
クラスは鍛練により実力を高めて、経験と実績を積む事で上位に昇進する。
“見習い”と付くのが最下位のクラスになる。
学園には十四歳で入学。一年間の在学。卒業後は各地の現場に配属される事が殆ど。後継ぎの場合は稀に卒業と同時に結婚する者も居るそうだ。
その為、在学中に一度か二度のクラスチェンジを経験する事が一般常識だったりする。
だから最下位のクラスというのも珍しくはない。寧ろ、大多数はそうだったりする。
“選ばれし者”と呼ばれるのが一つ上のクラスを授かる者であり、数十年に一人、居るか居ないかと言われているのが、更に上位を授かる“神童”で、同期なら、それだけで誇らしいという存在だ。
そんな俺だが──実は転生者だったりする。
授かるクラスは選べない為、今日までに努力し、何であっても生き抜ける様に準備をしてきた。
──が、此処に来て爆弾を神々から投げられた。それは、この世界に関する前世の知識。
洗礼と共に甦った──否、封印が解けたのか。
思わず、頭を抱えたくなったが、何とか堪えた。堪え切って、無事に儀式が終わり──部屋に戻った瞬間に崩れ落ちる。両手・両膝を着き、床を見詰めながら記憶の中の情報と照らし合わせる。
[Noble Bright]
自分が学生時代に遣り込んだSRPG。主人公は洗礼時にクラスを選択出来た。
それはゲームだからであり遣り込み要素の一つ。だから色々と覚えている。思い出せる。
俺が頭を抱えたくなったのは、俺自身の事でだ。別に悪役とかではない。単なるモブ。母は正室で、子爵家の四男として生まれ、親達とも兄姉弟妹とも関係は良好な何の問題も無い家庭環境。
だが、レイグリフは必ず死ぬ。必ずだ。
ゲームでは洗礼から1ヶ月間はキャラ強化期間。主人公を鍛える訳だが、1ヶ月後に最初のイベントとなる野外演習が行われる。
この野外演習での夜にモンスターに襲われる。
SRPGなので各マップが有るのだが、そこでのクリア条件は主人公と同じ部隊になった第三王女を助ける事になっている。
まあ、彼女はメインヒロインだから当然の事だ。存在価値も上位で、他の生徒は守る為には捨て身になるべき状況だと言えるしな。
そう。そのマップ上には他の生徒も居る。
主人公が彼女の元に如何に早く到着出来るのかで生存数が変わるのだが……どんなに頑張っても必ず死んでしまうのが俺──レイグリフだ。
ゲームはフルタイムウェイトバトル。マップ上の全てのキャラクターにタイムバー有り、そのバーが一杯になると行動順が回ってくる。
ただ、フルタイムとなっているが、キャラクター行動中は他のキャラクターは動かない。其処は昔と現代との認識の差と言えるだろう。
このイベントでは当然だが、先ずは襲撃してきたモンスター側が先に行動する。生徒側は後手だ。
そんな中、レイグリフは魔法職だからか兎に角、脚が遅い。恐怖状態で行動力──タイムバーも鈍り行動する前にモンスター達に殺される。
しかも配置位置が最悪で、どう頑張っても死ぬ。主人公は選択したクラスによってスタート地点が変わるのだが、何処だろうと助けられないし、助けに動くとクリア条件が満たせなくなる。
ヒロインは複数だが、クリアしてもステータスの引き継ぎはない。但し、クリア時に所持している物から一つを持ち越せる。
所持品の為、装備中の物は対象外。
蘇生アイテムは無く、身代わりアイテムは有るがイベント時は主人公以外はNPCの為、装備させるという事も出来無いし、味方全員を完全回復出来るアイテムを使ってHPと恐怖状態を回復しても無理だったし、モンスターを一掃出来る威力の範囲攻撃アイテムを使ったら巻き込むし、モンスターだけを対象にするアイテムは届かず、対象範囲内に入った時には死んでいる。
一つしか持ち越せないから回復と攻撃は出来ず、他の生徒が助かる場合でも必ず死ぬ。必死キャラ。それがモブのレイグリフ。
因みに、他のレイグリフは居ない。俺だけだ。
御判り頂けただろうか?
ただまあ、俺は知っている。知っているのだからイベント回避は不可能でも死亡フラグは回避出来る可能性は有る。有る筈! 有って欲しいなぁ……
「でもまあ、神に「無理ゲーをクリアしてみろ」と言われていると思えば少しは燃えてもくるか……」
こうなった以上、遣る事は一つだ。
いやまあ、生存するだけなら、適当に街で可愛い女の子をナンパして抱いてしまえば簡単だ。それで力と血統を失い、不評を受けても、世界の何処かで生きていく事は出来るだろうから。
だが、そうなると、俺の今日までの努力が無駄に為ってしまう。それは許容し難い。
だから、困難だろうが抗ってやる。必死の運命を覆して生き残って遣る!
──さて、それはそれとしてだ。
クラスには戦技と固有能力が有る。
アーツは任意使用、アビリティは常時・条件下で効果を発揮する力。クラス固有の力なので、クラスチェンジしてしまうと失われる。
その分、上位のクラスに成った方が強いのだから如何にクラスチェンジするかが重要となる。
ただ、その基準──ゲームではレベルだったが、それが現実では判らない。
──筈だったんだけど……何故か、今は判る。
…………ああ、成る程。このスキル【鑑識】か。
………………え? 俺、スキル持ちなの?
この世界での“スキル”というのは一万人に一人居るか居ないかという神々からの贈り物。
これはノーブルディネス王国に限らず、王公貴族だけという訳でもない。そして、人以外にも。
この世界の意思有る生命であれば可能性が有る。
人なら持っているだけで特別扱い。しかも対象を見極められるタイプは、それだけで勝ち組になる。まあ、仕事は大変らしいけど。前線に出なくて済む様になるのは大きいと言える。
……何故、このタイミングで? いや、元ネタの事も考えると、そういう縛りの上での転生か。
そんな遣り取りの記憶は無いけど、そう考えると一応は辻褄が合う。
ある意味、これは「レイグリフを救え!」というクリア条件みたいなものだろう。
転生者だという記憶と自覚だけは有ったんだし、その御陰で今日までの準備も出来てはいるんだから文句ばかりは言ってられない。
──なんて考えてる間にも無意識に腕立て伏せを遣っている自分が少し怖くなる。現実逃避か?
「……兎に角、先ずはレベル上げからだな」
クラスのレベルは誰もが1から。何れだけ洗礼を受ける前にモンスターを倒していても関係無い。
……いや、実は上位のクラスを授かる人の逸話に洗礼前のモンスター討伐は珍しくはないから、俺もモンスター討伐の経験は有る。約二年分程。
それでも最下位のクラスからなんだから、神々の定めたルールが判らない。まあ、今の俺に限れば、この状況がマストなのかもしれないけど。
取り敢えず、学園の中に有るダンジョンに行ってモンスターを狩りまくるか。
そう、この学園はダンジョンを利用して生徒達を鍛えている。危険そうに思うが、ダンジョン自体は脅威度は最下位のG評価。教師等が定期的に入ってモンスターを間引く事で調整・管理・維持しているダンジョンだから一応は安全。ゲームが進むと突如変異して主人公達に牙を剥くんだけどな。
入学前から愛用している剣を取り、ベルトをして腰に携える。魔法職が剣を使うというのは珍しいが気にしない。気にしたら死が近付くからな。
ただ、クラスを得ても、マイナスに作用する事は無いから良かった。他のゲームだとマイナス補正が入る場合も有る。このゲームでは成長率に差が出る仕様だったからな。遣ってきた事がクラスによって失われるという事が無くて一安心。
しかし、ゲームとは違い【鑑識】でステータスを知る事は出来無い。まあ、能力の数値化というのは難しいのだろう。全ての存在の基準値を同じにする必要が有ると考えれば平等な世界システムは色々と面倒臭いのだろうから。
ただ、そうなるとクラスチェンジに必要な条件だったステータス値は感覚的な事になるのか。
必要レベルに到達する事と、後はクラスチェンジまでの自身の行動と経験だな。
例えば“見習い戦士”はクラスチェンジする際に複数の可能性を内包している。
槍を主に使っていれば“槍士”に。
色んな武器を使っていれば“戦士”に。
剣を使っていれば“剣士”に。
ただ、剣士は“見習い剣士”からがメインルートなので見習い戦士からだと一層の努力が必要だ。
こういった様にクラスは最下位から枝分かれして幾つもの可能性を秘めている。
しかし、魔法を使えるのは魔法職のみ。
“見習い僧侶”系の使う回復魔法等は“奇跡”と呼ばれている。魔法と言ってはいけない。
洗礼前の俺は「魔法が有る世界なら自力でも使う事が出来るんじゃないか?」と思って頑張ったが、それは無理だった。
──と言うか、過去に同じ事を考えた偉人達でも机上の空論に終わった事。実現はしていない。
つまり、魔法職に付けた事は個人的には嬉しい。異世界転生したのなら魔法が使いたいからな。
「──でな、アル、何て言ったと思う?」
「う~ん……エドの話だからな~」
廊下で擦れ違う男子生徒二人。話に夢中ならしく此方等には気付かなかったが。
前者の方が主人公の親友のエドマース・フォン・ダルバーシュ。子爵家の五男。クラスはゲーム同様見習い戦士か。兄貴分肌でムードメーカーな陽キャだったな。優秀な盾役にしていた。
後者が主人公・アルサイス・フォン・バウニス。男爵家の次男。見習い剣士なのか。無難だと言えば無難だな。攻守のバランスが良く、最下位の中では一番速さも有るからな。
だが、二人共にスキルは無し。ゲームと同じか。まあ、ゲームにはスキルの要素は無かったんだから当然と言えば当然か。
気にならないと言えば嘘になるけど、気にしても仕方が無いし、関わるのは面倒臭い。此方は今から必死で遣れる事を遣らないといけないしな。
まあ、彼等には彼等の歩みが有る。俺は俺の道を歩いて行くだけだ。この世界で生き残る為に。




