第三王子が婚約破棄した人は真なる聖女でした
「貴様との婚約は破棄する。下賤の商人娘が、余の妃になる資格などない」
玉座の間で、第三王子クリストフの宣告は冷たかった。
私は、フィオナ・ロッセン。前世は日本の平凡な会社員だったが、交通事故で転生したこの国で小さな商会の娘として育った。クリストフとは幼馴染で、十五歳の時に婚約した。彼を支えたい一心で、現代の知識を活かして商会を大きくし、財政難だった王国を何度も救ってきた。
それなのに、彼が隣国から迎えたと噂の『聖女』なる女性に心奪われた今、私は用済みらしい。
「クリストフ様、それはあまりに……」
「お静かに。フィオナさん、あなたがこれまで王国に尽くしてくれた功績は認めよう。だからこそ、穏便に婚約を解消する。せいぜい商人としての身分に戻り、慎ましく生きるがいい」
彼の傍らに立つのは、眩いばかりの金髪と透き通る碧眼の美女『聖女』エレーヌ。彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべているが、その瞳の奥には確かな勝ち誇りが光っていた。
胸が張り裂けそうだった。これまでの想い、努力の全てが無に帰す絶望。しかし、流れる涙よりも先に、体内で何かが沸き立つのを感じた。
「……そうですか」
見上げた私の言葉に、クリストフは少しばかり安堵の表情を浮かべた。きっと従順に引き下がると期待したのだろう。
その時だった。
私の全身を、かつてない強烈な光が包み込んだ。
「な、なにこの光は!」
「まあ! 女神の御光!」
玉座の間が騒然とする。光はやがて収まり、私の頭上には純白の光輪が浮かび、背中には光の羽根が輝いている。
宮廷魔導師長が驚愕の声をあげる。
「まさか……フィオナが……『真なる聖女』だと!」
この世界で千年に一人現れるかどうかと言われる『真なる聖女』。それは王国の礎を築いた始祖の聖女の生まれ変わりであり、その力は隣国からやって来た『聖女』エレーヌの比ではない。
クリストフが狼狽して叫ぶ。
「ありえぬ! エレーヌこそが聖女のはずだ!」
エレーヌの顔から血の気が引いていく。彼女の聖女としての能力は、実は女神の加護によるものではなく、高位の幻術魔法による偽装だった。『真なる聖女』の出現により、その幻術は霧散する。
「に、偽物の聖女!」
「エレーヌ様が!」
周囲から非難と怒りの声が上がる。エレーヌは崩れ落ちた。クリストフは呆然と彼女を見下ろし、そして我に返ると私を見た。
「フ、フィオナ! これは誤解だ! 余は騙されていた!」
その変わり身の早さに、私は静かに微笑んだ。
「クリストフ様。先程のあなたのお言葉、そのままお返しします」
ゆっくりと一歩、前に進み出す。
「下賤の商人娘が、あなたのような軽薄で見る目のない方の妃になる資格など、これっぽっちもありません」
光の羽根が輝きを増し、宮廷中を浄化するような優しい光で満たす。
「私はこれからこの力を用いて、本当にこの力を必要とする人々を助けに参ります。あなたには……せいぜい、偽物の聖女様とこの財政難になりかけた王国で、幸せにお暮しくださいませ」
そう言い残し、私は光の粒子となって玉座の間から消え去った。
背後には、全てを失った王子の絶叫と周囲の冷たい視線が残されている。
そして、私は自由な空の下、真の聖女としての旅を始めるのだった。次の出会いは、もっと誠実で、誰かのためではなく「私」という人間を愛してくれる人であるように。
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